沢尻瑛子の場合 06
第十一節
おっさんだった女子高生には必要以上の抵抗は出来ない様にしてある。
しかし同時に、恥ずかしさを感じる感情を目一杯増幅してある。離れ際に挙動と言葉遣いを女子高生に相応しいものに変えておくのも忘れなかった。
効果はすぐに表れた。
小動物の様に小柄で、可愛らしい制服に身を包んだ背中まである緑なす黒髪の美少女がおどおどしているのが目立たないことか。
明らかにサラリーマンでは無さそうな大きく若く、そして黒づくめのファッションのイケメンが二人立ちはだかった。
視線をそらしもせず、にやにやと下卑た笑いをしながら見下ろして来る。
おっさんだった美少女は自分の置かれた立場を本能で理解していた。
電車が揺れる度に強引に距離を詰め、そして背中でぎゅうぎゅうと押しつぶして来る。
「…ぃたい…」
押し殺す様なその声と挙動に黒ずくめたちの胸は高鳴った。
電車が揺れる度に不可抗力を装ったその男たちの手が生まれたばかりの乙女の柔肌を下ろしたての初々しい制服に包んだ少女を蹂躙する。
ガサツに大きな手が弾力のあるお尻をスカートの上から撫で回す。
おっさんだった女子高生はその生暖かさに背筋全体に怖気を走らせた。
だが、それはついさっきまで正に自分自身が行っていたことだった。
その手は徐々にエスカレートし、遂にむき出しの太ももにまで這い寄ってきた。
太ももに直接ガサついた手の表面と、生暖かい感触がなすりつけられる。その生理的嫌悪感は筆舌に尽くしがたかった。
そして、心理的に操られているのか、その手がスカートの中に侵入してくるのを拒むことが出来なかった。
第十二節
瑛子の位置から完全に見えた訳ではないが、上手いこと同類の痴漢常習者が乗りこんで来て、まんまと目の前の美少女を餌食にしたらしいことは分かった。
それにしても都会の乗客は冷たいねえ。続けざまに二人もリアルな痴漢被害に遭ってて、どう見ても何人かは気付いてるでしょうに何もしれくれないなんてさ。
次の駅に到着し、また乗客が吐き出される。
瑛子はその波に乗った。
「あ…」
女子高生となったおっさんが、必死に瑛子の姿を認めて、助けを求める様に手を伸ばして来る。
瑛子はそちらを一瞥した。
黒づくめの二人組は、相変わらず女子高生だったおっさんを角に追い詰めて動かさない体制を固めている。あれじゃあ逃げられないなあ。
瑛子は女子高生となったおっさんと目があった瞬間、「あかんべー」をした。
一縷の望みに賭けていたであろう美少女の表情が絶望に堕ちていく瞬間を確認したところで視線が途切れた。電車の外に出たのである。
とにかく人が多いので、ホーム中央までまずは移動する。
瑛子は視線を上げて駅名を確認した。
次にスマホを取り出して現在時刻をチェックする。
がっくりと肩を落とす瑛子。
「…こりゃ今日は遅刻かな」
(続く)




