沢尻瑛子の場合 05
第九節
ついさっきまで、「女性が生理的に受け付けない男の記号」を一心に体現していた中年の醜いおっさんは、「制服姿の女子高生美少女」へと変わり果てていた。
「ふーん、素材は最悪だったのに我ながら良く出来たわ」
瑛子は自画自賛した。お揃いの制服である。
「あんたとはこれでお別れだね」
耳元でささやく様に続ける。
「生憎だけどもう一生戻れないから。小娘から人生やり直してくれるかな?」
「え…」
「どんな風に頑張って大学入って一流企業の入社試験通って受かってんのかとか全然知らんけど、まあその辺り全部やり直しってことになるね。…出来るんならだけどさ」
「…え…ええええっ!」
おっぱいをむぎゅりと鷲掴みにする瑛子。
「…あっ…!」
「声が大きいっつってんだこの変態が。男のくせにパンティだのブラジャーだの着こみやがってよぉ」
「だってそれはお前が…」
「やかましい!」
お尻をさするどころか鷲掴みにする瑛子。
「っ!ぁあっ!」
「図々しいこと抜かすなこのスケベが!ケツを触りたいならウチに帰ってかみさんのケツをさすっとけ!他人の娘に手を出してんじゃねえよ!」
「オレは…どく…しん…」
「あーそーでしたかそーでしたか。それはお気の毒。でも同情はしないよ。男のくせにこんな可愛い制服にミニスカートで電車に乗ってるこの変態が…」
「だからそれはお前が…」
第十節
この異常な会話に気付いているのかいないのか、周囲の乗客で瑛子を咎めようとする人間はいなかった。
男が女子高生に猥褻狼藉を働く場合には正義漢が登場しても、女子高生が女子高生を言葉責めしているのを痴漢…いや、痴女として当局に付き出そうという意欲には至らなかった模様だ。
電車が次の駅に着いた。
観客が吐き出されていく。
再び、瑛子はおっさんだった美少女の耳元でささやいた。
「あんたなら知ってると思うけど、この時間帯のこの路線は痴漢が多いんで有名なんだわ。何度警告しても分かんなかったみたいだから、この電車が回送になるまで突っ立った状態で自ら体験してみるといいよ」
「え…?」
縋る様な目で見上げてくる美少女。小動物の様に怯えていて可愛い。
そして先ほどの腐臭も加齢臭もしなかった。それどころか瑛子のメタモル能力によってアレンジされた女子高生からは、どことなくいい香りが漂ってくる。吐息すら甘い。新鮮な女物の下着の放つ石鹸の様な爽やかな香りも感じられた。
瑛子がその場を離れ、反対側のコーナーに向かって二歩ほど動いた。
乗客が降りきった後、大量の新しい乗客がなだれ込んできた。
「んあっ!」
忽ち角に押し付けられ、押しつぶされるように混雑に巻き込まれていくおっさんだった美少女。そして新米の女子高生。
他人事の様に澄ましてそれを見下ろしている瑛子。
電車が走りだした。
そして、同時におっさんだった女子高生は気付いた。
隅に追い込む様に囲まれたその男たちの獲物を狙う獣の様なねっとりとした視線に。
(続く)




