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沢尻瑛子の場合 03


第五節


「俺じゃねえ!人違いだ!」

「それは通らないんだよおっさん」

「はぁ?この頃のガキは大人に対する礼儀も知らねえのか!俺じゃねえっつってんだ!子供は大人の言うことを黙って聞いてりゃいいんだよ!」

「悪いけどそれは通らないんだって。だって二回目だから。おっさんに触られたの」

 一瞬言葉に詰まるおっさん。

「はぁ!?」

「あたしだって冤罪や勘違いで裁くの嫌だからさ。ガマンして証拠固めしたの。あんた二回目だから完全アウト。もう駄目だから」

「うるせえ!」

 再びハンカチごしに口を塞ぐ瑛子。

「確かめるまでも無かったね。あんたのその反省が全く見られない態度が致命的。ここでしおらしくごめんなさいでも言えば…まあ、結果は同じだったかもしれないけど」

「何の…こと…」

 くぐもった声が漏れる。

「…とりあえず身を持って体験してみな。その後のことは知らんわ」

 変わらず正面から見据えてくる女子高生。

 チビデブハゲに加えて脂ぎって、加齢臭と口臭と不潔を兼ね備えた中年は、目の前の女子高生がよくよくみると制服も着崩しておらず、引き締まった凛々しい佇まいである…口調や勇ましい態度の割には…ことに気が付いた。

 おっさんの背中の真ん中あたりに奇妙な感覚が走った。

 身体の中が熱く感じられる。

「…?…ぁ…」

「悪いんだけどおっちゃん、汚いんだよ。色々とさ」

 全身がミキミキと軋む音が感じられる。



第六節


「…っ!?」

 おっさんは自らの身体が、意思に反して勝手に動いていく現象に恐怖していた。

 だらしないがに股が内側に閉じていく。

 抵抗の甲斐なく、膝同士が無理なく接触していた。

 目の前の視点が下がっていくのが感じられる。

「はいはい、静かにね。目立つの嫌だから」

 ささやく様に言う瑛子。

 お尻がむくむくと膨らんでくる。

 男性もののスーツのズボンが一杯になる…かと思いきや、元々腹回りだけは太かったために張りつめはしなかった。

 浮き輪でも埋め込んでいたかの様な腹回りはしぼむ様に溶けて行き、ほっそりとしたウェストになる。

「あ…あああ…」

 目の前に手をかざしてみるおっさん。

 どんぐりを並べたような短く丸く、醜かった手の指が、うっとりするほど細く長く白く変わっていく。

 肌からは脂が蒸発し、代わりに瑞々しい水分に満たされてもちもち肌となる。

 あちこち剃り残していたみっともないヒゲは消滅し、大理石の様に滑らかな表面となった。何より、ブルドッグの様にたるみまくっていた肉や肌が凛々しく引き締まり、若々しい肌へと変化していく。

「バカ…な…」

「バカとは何よ。一番のお悩みを解決してあげようってのにさ」

 そういうと同時に、炒めものをする直前の油を引いたフライパンを下から丸く膨らませ、使い古しで髪の量の少ないウィッグをひっ被せたようなことになっていた頭頂部から余計な脂が引いて行き、全体からまんべんなく頭髪が吹き出てきた。

「うわ…」

 すぐに十分な分量を確保した頭髪は、日々の手入れを欠かしていないかのごとく綺麗な光沢を放ちつつ、さらりと流れ落ちた。

 どんぐりの様だった鼻はすらりと通って大きさも控えめになり、ぼうぼうに噴き出していた鼻毛も引っ込む。

 腐った明太子のようだった唇は、初々しいさくらんぼのように染まった。

 濁った細い目は、ぱっちりと見開かれ、くりっとした瞳となる。

「あら可愛い。流石あたし」



(続く)


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