水木粗鋼の場合 14
第三十一節
「なあ斎賀、俺って将棋は詳しくないんだけど、あれって相手を詰ませるゲームなんだろ?」
「僕だってルールと駒の動かし方を知っているレベルに毛が生えた様なものですけど…プロどころかアマチュア上段位者レベルでもどちらかが詰むまでゲーム続けるなんてことはありえませんよ」
「そういうものなのか?」
「ええ。お互いに先が読める者同士ですから、「こりゃ駄目だ」となったらその時点でギブアップします。それ以上やるのは無駄なので」
「メタモルファイター同士でもそういう紳士協定みたいなものがあるってことか」
「ちょっと待て」
武林が割って入った。
「参ったを相手が認めなかったらどうなる?」
ふう、とため息をついて水木。
「それが結構問題なんです」
「そうなのか?」
「このゲームは優位にある者に主導権があります。負けそうな側が『投了』宣言をしても、勝っている側がそれを認めなければ続行になります」
「っつってもやってもやらなくても同じなんだろ?」
「ええ。それに『投了』宣言をした側はいずれにしても戦意は喪失しているので遠からず精神は折れるでしょう。だから余り『投了拒否』は意味がありません。それどころかマナー違反と取られます」
「マナー違反ねえ」
「問題なのは、相手の精神を折ることに快感を感じているタイプのプレイヤーです。彼らは相手の精神を屈服させて勝つことが目的なので、精神が折れる前に話し合いで負けを認める『投了』は都合が悪いんです」
「…そういうタイプがいるんだ」
「ただ、『優位な側に主導権がある』というのもある意味当たり前です。不利な側に主導権があったら、負けそうになったら「無効」を宣言しちゃえばいいんだから」
「…何か新しい用語が出て来たぞ『無効』って何だ?」
橋場が訊いた。
第三十二節
「『無効』というのは、『無効』という用語がある訳ではなくてそれに似た状態をまとめて指して仮にそう呼んでいるだけなんですけどね」
「いいから教えてくれ」
「読んで字のごとく、無効試合。英語で言うならノーコンテストです。試合にはどちらの勝敗も付かず、戦績にも反映されません」
「意味があるのかそれ?」
「余り無いです。というのも、これまた優位な側に宣言権利があるからです」
「…勝ってる側が試合を投げないだろ」
「その通り。ですからこれは、試合中の不慮の事故などでプレイヤーのどちらかあるいは両方が自らの意思の元で中止を認識しないまま中断された場合などの裁定で使われてたんです」
「それこそ対戦相手に変身させられて、まだ試合は続いているのに突如相手がトラックに轢かれて試合続行不可能になった場合、変身させられている自分は元に戻れるのか?という問題ですね」
「そうです」
「そういう場合はどうなるんだよ!冗談じゃねえぞ!」
武林が青い顔をした。
「この場合、試合が成立しなかったということで無効試合です。どちらの勝敗にもならず、試合は行われていなかった状態に戻ります」
「勝敗として扱われないってことになると、勝利数を稼ぎたい奴には上手くない制度だな」
「ええ。メタモルファイトで本当に勝ちたいなら、決して相手を殺したり、不慮の事故で意識不明にしてはいけないってことです」
「…そういう意味ではフェアってことか」
「さっきも言いましたけど、有利な側に権利がありますので、自分が勝っている場合には無効宣言が出来ます。負けている時には出来ません」
「えーと…つまりどういうことだ?」
「勝って居る状態で試合を止めることでそこで終わらせてしまうことによる『勝ち逃げ』が出来ません。また、負けている場合は相手の同意なしには無効試合に出来ません。つまり「負けそうになったら無効試合宣言」の『負け逃れ』も出来ません」
「なるほど、『無効』については大体分かりました」
ジャージ美少女の斎賀が勝手に仕切る。
「一番大事な『談合』についてよろしく」
(続く)