水木粗鋼の場合 09
第二十一節
「とにかく気が進まん!」
「それはおかしいですねえ」
くいっとメガネを上げる斎賀。
「別におかしくねえだろ」
「でも、ついさっきまで野試合で勝利してきたんでしょ?これも野試合の申し込みだと割り切ればそれでいいんじゃないですか?」
「ええー、ひどーいー」
「…もうお前、一生そのまま女やっとけよ」
「そりゃ出来れば…じゃあこういうのはどうですか!?」
またぱああ!と表情が明るくなる水木。もう生まれてくる性別を間違えたとしか思えない。
「ボクはこんなんですけど、これでも談合やりまくってきたので、この能力について結構詳しくなりました。その情報を提供しますから」
「あーすまんけどその前に質問いいか?」
これは武林である。
「ええ、どうぞ!」
自然な目一杯の笑顔で言う水木。
両手を後ろに回し、きゅっ!と女の子っぽいポーズを取る。ふわりと揺れるスカートがなんとも可愛らしい。
思わず斎賀を見てしまう武林。
「僕は何もやってません。彼女…敢えて彼女と言いますが…はこういう仕草を自ら演じられるほど身に付けているみたいですね」
「まあいい。とにかく、今お前は女になっちまってるな」
「はい!」
水木の屈託のない笑顔の余りの可愛らしさに一瞬顔が赤らむ硬派の武林。
「しかしなんだ…自分のことを『ボク』とか言ってるがそれはそれでいいのか?」
第二十二節
「よくぞ訊いて下さいました!」
余りの勢いに気圧される三人。
「ボクの夢は中身が男のまんま、身体と服はどこからどう見ても美少女になっちゃってる状態で、自分で自分のことを『ボク』とか言っちゃう女の子になることだったんですよ!だからこれはこれでいいんです!」
橋場は頭が痛くなってきた。
「だって、『ボク』とか言ってる方が余計に可愛いじゃないですか!でしょ?」
「…少なくとも僕の親戚の女の子が自分の事をボクとか言ってたら注意すると思いますね。痛々しいからやめろって」
「でもそれは生まれつきの女の子に対してでしょ?ボクは中身は男の子なんだから、ボクを自称しても全くおかしくありません!」
えっへん!とばかりに胸を張る水木。
その胸は制服に押し込められた可愛らしくも綺麗な形の乳房であり、「中身は男の子」を自称していながら完全に美少女然としているのである。
「あー話が逸れました。とにかく、ボクの持ってる知識を皆さんにも提供します。その見返りとして、試合でボクを一方的に負かして、…出来たら写真撮って…いただければウィンウィンの関係じゃないかと」
「…写真…写真ねえ…」
もう橋場は水木の方は見ていなかった。
声を聴きながら目の前のテーブルに視線を落としている。
何というか、自分にもそういう要素が無かったとは言わないが、ここまで無邪気に「可愛らしい女の子に一時的に変身出来た」ことを喜ぶ人間を目の当たりにして自己嫌悪に陥ってしまったのだった。
橋場がこれまで変身したことは二回しかない。
だが、一歩間違えればこいつと変わらなかったということだ。
しかもこの水木とやらは、普段の男状態ではあの有様なのである。
オタクどうこうについては詳しくないのだが、少なくとも異様なオーラを醸し出す奇妙な人種だ。
「で?どうです?受けてくださいますか?」
(続く)