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普通の女の子の優雅な一日

作者: 境内

ちくしょう、神様。




そもそもの始まりは寒い日のことだった。

ぼーっとしながら友達のことを待っていた。


短い髪が引っかかってちくりと短い痛み。


いつものように彼女は遅れるようで、ごめんの一つも言わないだろう。

明るく活発なスポーツ系乙女。

私みたいな文化系乙女に接点なんてないのが常の世というものだが、世界は思ったよりもおかしく出来ているようで、そんな彼女との無二の親友という立ち位置になってしまった。


こうして毎日一緒に学校へ行ってることも、こうして考えると不思議な気がする。


やがて突然大きな音がして、むんむんとした私の意識は戻された。

音の主は、やや前方に倒れている人。

安っぽいコートを身にまとっているが、様相は逆。

どこか上品に感じられる白髪と穏和そうな顔立ちをした翁がそこに倒れていた。

大方、人混みに付いていけず、その場で倒れてしまったのだろう。


倒れた翁を避けるように人の流れが形成されて、少しおかしく感じた。

避けるぐらいの優しさがあるのなら助けてあげればいいのに。それが都会の冷たさとでも言うのか。寂しいものだ。


うめき声ががここまで聞こえる。

倒れたときにどこか打ったのだろうか?優しそうな顔が苦痛にゆがむ。


ふといてもたってもいられない自分に気付く。

うん。わかっている。早く翁を助けなければ。

急ぎ足で近寄り翁に声をかける。


「「大丈夫ですか?」」


声をかけたのは、私だけじゃなかった。

ふと顔を上げていくと、同じ学校の制服が見え、続いてどこかでみたことのある顔が見え、どこかですれ違ったことがあるような普通の男子学生が見えた。


世界は意外と優しいらしい。


ちくしょう、神様。






翁をともに助け起こし、最寄りのベンチまで引っ張り、翁を休ませる。

どうやら腰を痛めたらしく、腰に手を当てるジェスチャーをしている。ふるえた手が痛々しい。


あの優しい青年は腰をさすってしきりに大丈夫か?と聞いて、どこか手慣れた対応をしている。

私はというもの、どこか置いてかれた気がして、自分に出来ること(翁が倒れたときに、ぶちまけられた荷物の回収)をしていた。


荷物を集め終わると同時に、翁もなんとか話せるようになり礼を言った。


名をヤマオカといい、家に帰る途中に人とぶつかって倒れてしまったらしい。


よくあることだ。ただ腰をひどく痛めたようで動けない。

家は近いし、回復するまでここにいることにする。本当にありがとう。ということを続けて述べる。

すると青年、家が最寄りなら私が背負っていきましょう。

ここにいても痛みは取れにくいでしょうし、家でゆっくりした方がいい。そうしましょう。と言う。


無遠慮な物言いに翁は少し目を開いたが、早く家に帰りたいのか。

ゆっくり頷き、では頼むことにしようか。本当にありがたい。と青年に負ぶさってしまった。


いえ、気にすることない。この国は若者が老人を背負う国だ。これから私たちに訪れるだろう責務よりかずっとも楽だ。と笑い、さあいこう。そこの女子生徒よ。と二人のやりとりを妄っと眺めていた私に声をかけた。


荷物を持ったままの私が、付いていくことしかできないことを見越したのだろうか。


それだけ言って翁が指さす方へ行ってしまった。


私は思わず、彼に置いてかれないように小走りで追いかけた。


この青年がこれからやろうとすることは、善行のように見えるが、要約するとサボりをしようという声掛けの様で、その現場をみられたか弱き黒髪の乙女を巻き込んで口裏を合わせようとする魂胆のようでもあった。


ちくしょう、神様。






どうしてこうなったんだろう。


前には翁を背負う青年がいて、もう仲良くなったのか翁と談笑している。

私はすっかり蚊帳の外。

たまに問われる問いかけに相槌を付くばかり。

思考が状況に追いついていない気さえする。

翁の荷物は予想外に重く、か弱き乙女の腰にダメージを与え続けていて、私の思考をさらに鈍くするよう。


翁の家は駅から20分とすこし離れたところで、時計をみると到着するのが一時間目の途中になるみたいだ。


初めてのサボリがこんなことになるとは思わなかった。


私ともにサボることになった彼は陽気に笑ってる。


私だけドキドキし、緊張しているのは恥な気がして、この感情をそっと胸に隠した。


ああ、そこを曲がれば自宅だ。と翁。

なるほど、なるほど。趣が感じられる門構えだ。と青年。


確かにここらの土地は交通の便もよく、高級住宅が固まっている場所なので、比較的大きい家なのだろうと思っていたが想定外だ。

大きな門があり、奥の方に平屋が自分の存在を主張するようにそびえ立っていた。

本やTVでしかみたことのない邸宅に思わず唖然としてしまう。


近くで潜むような笑い声に気付いた。

青年が私の表情をみて笑っているのがわかり、赤面して顔を下に向けた。


私たちのやりとりをみて。

さあ、この先が我が家だ。ここまで本当にありがとう。心優しい青年と少女よ。すぐ茶の支度をさせよう。いちゃつくのはその時にしてくれないか。と翁が言う。


思わず私は赤面してなんかいないと主張したが、青年は笑っているだけであった。


さんざんな一日になりそうだ。


ちくしょう、神様。






ヤマオカの家に入ると、小柄な婆がでてきた。


どうやら翁の妻らしい。


事情を話すとすぐに翁を奥につれていき、こんなところで話すのも何だしあがってください。といわれ、NOという意志を伝えたかったが、青年がああ、ありがとうございますと、さっさとあがってしまった。


こうなると私も付いていくしかなくなる。


今日は流されてばっかな一日だ。

青年がこちらをみて笑ってる。

なにがおかしいんだ。私はただ睨みつけることしかできない。


縁側がある日に当たる部屋に通された。

こたつがひっそりと佇んで、侘びしいと言う言葉が脳裏に浮かぶ。


ここでようやく体の心まで冷えきっていることに気付いてこたつにいそいそと足を入れる。


足先がじんわりと暖まっていく感触にうっとりとしていたら、また笑い声が聞こえる。


また彼か、さっきからよく笑うヤツだ。

人の家ということもあるし、静かにしろと恥ずかしかったという個人的念を込めて、太股を軽くつねった。

彼がこちらを睨む気配がしたが、外を見る振りをして誤魔化した。

自業自得だ。ざまあみろ。


あらあら、仲がよろしいようで、と笑いながらお婆さんが入ってきて、私たちは違います!と同時に答えた。


ちくしょう、神様。






お婆さんは深々とお礼を述べた。


ヤマオカさんは早朝から散歩に出かけ、その帰り途中の出来事であったらしい。

腰が痛いとあんなにいっていたのに散歩だけはするんだから。とため息がちのお婆さん。


そこには老後の夫婦特有の、お互いがお互いのことを信頼し合っている独特の雰囲気があって、自分の老後もこんな風になれたらいいなと思った。


学校に遅刻までして、あの人を助けていただきありがとうございます。よろしければ学校の方まで連絡させてもらい、この一騒動のことを先生の方々にお伝えしたいのですが、よろしいでしょうか?非常に丁寧な物言いなお婆さん。


奥の方からそうだ!おまえら昼飯を食べてけ!と翁の声が聞こえる。

おおきな声も出せるようだし、大丈夫そうだな、と一安心。


あの人もこう言っていますし、どうでしょうか。の遠慮深いお言葉をこちらこそ、丁寧にありがとうございます。

よろしければその方でよろしくお願いします。と答えたのはあいつ。ここで、丁寧な言葉遣いも出来るのかと感心したのは内緒だ。

ではお電話をしてきます。お二人は同じ○○校でしょうか?


同時に頷く。先ほどからいちいち行動がかぶるのに、少し腹が立った。


学年とクラスは?


「「2年6組です」」


あれ?この人同じクラスだっけ?と首を傾げるまで一緒だった。

あら?と目を丸くしたお婆さんは笑いながら、電話をかけにいった。


「「同じクラス?」」


お婆さんがいなくなって出た言葉も同じ。


ここで、なぜか私と彼との間にマリアナ海峡からロッキー山脈さえ通じそうな図太く真っ黒な運命のあれを感じてしまった。

一般に腐れ縁と呼ばれる唾棄すべきものなのだろう。


ちくしょう、神様。






お婆さんが電話しているうちに軽い自己紹介をした。


ここまで名前すらも語らなかった理由は、お互い違う学年だと思っており、自己紹介など関係ないと考えていたが、同じクラスになると気まずくなるからだ。

名前を聞いて、脳内検索にかけてみると見事ヒット。


確か私の席からぎりぎり視界に入るところの人だ。

地味で、学校イベントにほどほどにがんばっているあまり印象に残らないあいつ。


「まさか同じクラスだったとは・・・。なかなか印象に残らないもんだ」笑う彼。

それはお互い様だ。

「学校サボることになっちゃったね?」


それを無視して、言外に皮肉をかくす。

よくも私の連続登校記録をうちやぶってくれたものだ。私の恨みは七代先まで続くぞ。


「たぶん午後から呼び出しがかかるだろうし、サボリにはならないから安心してよ」

皮肉に気付かなかったらしい。それにしてもよく笑う。学校での印象と食い違ってきた。


「いやあ、初めて学校をサボってみたけどなかなか乙なもんだ。皆が必死に勉強と格闘している中、自分たちだけゆったりしていて、なんだか変な気分がする」

サボリに乙な気分というのは聞き捨てならなかったけど、それは私も思っていたことで。

「昔、学校を風邪で休んだ時、世界がゆったりと、時間もゆったりしていて、どこかいい気持ちになったことを思い出しました」

ぽつりと漏らした言葉は、気が緩んでたせいにちがいない。


そんな言葉にすら彼は笑って


「さすがはクラス1の文学少女だ。言うことがメルヘンチック」

またバカにされた。だけどおかしい。あいつの言葉は私気をゆったりとさせてくれる。それを私は好意的にとらえてしまう。


「この愚鈍!大愚ら凡愚!」

「はははっ。またおかしい日本語を使い始めた」


彼が笑い、私が怒る。そんなリズムが私と彼の間に出来始めた。

なぜか共にこの雰囲気を楽しんでいることを確信していた。

初めて話すのにこんな風に息があうとは。なかなかない経験だった。


本当に仲がいいのね。とお婆さんが入ってきて、余りにも盛り上がりすぎたことで赤面した。

隣をみるとあいつも赤面していた。おい、こんな時にもかぶるな。よけい気まずくなるんだ。


お婆さんがほっほっほと笑っている。

ほぼ初対面なんです。そんなに仲良くなんてありません。とは言い出せなかった。


ちきしょう、神様。






放課後学校へ登校。担任に改めて事情を説明し、今日の分のプリントをもらいに行けばいいそうだ。


今から登校しろと言われなくて本当によかったとはあいつの弁。


私もこのゆっくりとした雰囲気から抜け出しにくいと思い始めてきた。

今日の私はどこかおかしいのかもしれない。


じゃあ昼ご飯のお買い物つきあってもらえるかしら?私たちの分の食材しかないのよ。とおばあさんに頼まれ、私はあいつと共に買い物につきあうことになった。


その道中で、彼は漫画が好きだといった旨の話になった。


なかでも、有名週間少年雑誌を購読していて、その話を私とお婆さんにおもしろおかしく話してくれた。

ふと学校の休み時間に級友に囲まれ、漫画をおもしろそうに読んでいる姿を思い出した。


漫画の話をするあいつがやけに生き生きとしていたことは今でも覚えている。


漫画は今の日本を支える重要なファクターだ。

いまは落ちぶれた現代文学に取って代わるのではないかという偏見に満ちた意見には少しイラっとした。


だから私は、現代文学の儚そうで冷たい魅力。

前時代の文豪たちの心に訴えくるものを言葉という縛られた表現で、どこまで描けるのかということを自分なりにまとめ話した。


これにはお婆さんに好評なお言葉をいただいて嬉しかった。がしかし、あいつにも譲れない思いがあるらしい。


この話題はスーパーへ行き戻ってきて、飯の支度が終わるまで続いた。


時にはお婆さんや、だいぶ調子のよくなった翁の意見も交えつつ語り尽くした。


にぎやかでいいですねえ。とお婆さん。

昔を思い出すなあ。と翁が語っていたことが印象に残った。


本当に佳い夫婦だ。


昼ご飯は私たちに気を使ってか、カレーだった。

なんともいえぬとろみもあり絶品とはこの事だろうと感じる。

そんなご飯を食べながら、老夫婦は私たちに、寂しいながらもどこかおかしい夫婦生活を話し始めた。


今度娘夫婦がこっちで暮らすこと。


年に一度か二度会えるという孫がかわいいこと。


この年になって肝臓がだめになって、あんなに好きだったお酒を断たなければいけなかったこと。


どこか年をとることへの寂しさが含まれているが、終始ニコニコ顔で話していたのに、胸が苦しくなった。


このときはあいつも黙って話を聞いていた。


食後の片付けをし終わると、丁重に感謝の意を伝え、私たちはそろそろ学校へ帰ろうと思うと切り出した。

すると私が送ってもいいかしらとお婆さん。担任にも学校を休ませることになって申し訳ないと伝えたいそうだ。

いたせりつくせりで感謝の言葉しか出てこない。


ひさびさににぎやかで楽しいご飯を食べれたから、そのお礼だとお婆さんは語った。

暇なときは顔を出してほしい。私もあの人も一日中家にいるから、いつでもいいわよ。と言われ、それからすっと私とあいつとヤマオカ家のやりとり続いてる。


学校へ行くともう放課後で、今日一日があっというまにすぎたことを知った。


職員室で担任に理由を話し、おまえら人助けをするなんてよくやったとお褒めの言葉。

お婆さんにも、私たちを今時こんな良い子たちいませんよ。と言われ赤面した。


お婆さんが帰った後、担任に今日は特別に登校したことにしてやると言われた。

例のあの友達が人を助ける場面を目撃し、それで遅れるのではないかといったらしい。

あの場にいたなら、一言いってほしかったなと思ったが、それも彼女らしいと思った。


プリントをもらい、駅まで行く。あいつは部活に入っていて、そっちの方にいくと言うことで別れた。


「「また明日」」その言葉もかぶり、二人で笑った。


帰宅途中はずっと今日の優美で楽しくて散々な記憶を振り返り続ける。


顔を上げるとコンビニがあり、ふと思い立って立ち寄る事にした。

目的の品を見つけると、なぜか頬が緩む。

会計後外に出ると、寒気が私を包んで、腕の中にある有名週間少年雑誌の重さがしっかりとわかった。

あいつの熱意が伝わったのかと自問する。


どうして、神様。






この後のことは、誰にも教えたくない。それこそ神様にだって。


わたしとあいつの関係は複雑かつ微妙なのだ。


私の伸ばした髪のわけも、あいつと真夏の少女の関係も難解で。


この先にあいつとわたしで


色々なやりとりもあるかもしれないし。ないのかもしれない。


そして私のお話は続いてく。




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