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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

昔ばなしパロディ

魔界でシンデレラ?

作者: 工藤るう子

 昔ばなしのパロディは二次創作に入るのだろうか? 謎です。

 新月の夜を裂くような、轍を刻む車輪の音。


 黒々としたシルエットの馬車が、オレンジのランプの炎にうっすらと形を浮かばせている。


 やはり薄暗い車内では、年若い婦人の首に巻かれたチョーカーの宝石が、ランプの明りを弾いて揺れている。


 大きく開いた胸元からウエストまでを覆うレースの波に包まれた淡いピンクのサテンのドレスとオパールの靴といったいでたちの婦人が、深紅のビロードに包まれるように腰掛けている。


 アップに整えられた栗色の髪には、真珠と小さな金のティアラが載せられて、少しおおどかな作りの顔は、特別に美人というわけでもないがさして不美人というわけでもなく、愛らしいと思うものもいるだろう。事実、うっすらとピンクに染められたくちびるは、少し大きめではあるものの、その容貌を損ねるにいたってはいないのだ。パーティーで壁の花に甘んじるというタイプではないと見えた。


 しかし、ぶつぶつとつぶやき続けているそのピンクのくちびるから転がりでているのは、哀しいかな、男のものである。


 なんでオレが………


 弓形に細く整えられた眉がしかめられ、目も、眇められていた。


「いいかげんにあきらめたらどうだ」


 ぞんざいな口調は、令嬢とそのお付の者といった風情の黒服の男から発せられた。細い剣呑なまなざしが、じろりと、少年を見ていた。


 少年が、びくりと、肩を震わせる。


 顔をそむけるのは、恥ずかしさというよりも、苦手意識が先走ったためのように見受けられる。


 むっつりと黙り込んだ少年に、


「俺が女の格好をしたのよりは、はるかに美人だぞ」


 男が、笑いを含んだ口調で言った。


 痩せたコヨーテのような男である。どうがんばっても、女装は、無理があったろう。


「だからって」


「おまえが言ったんだぞ。彼女を救えるなら、何だってすると」


「……………」


「今日は、新月宵。魔者たちの力が最高潮に達するタイミングだ。おりしも、魔族の有力者たちが、一斉に花嫁を募集中ときた。この地域のうら若い未婚の女性には、残らず、まじないをきった招待状が配られている。――――逆らいたくとも逆らえないような、有無を言わせないものだ。おまえの婚約者も、それを受け取って、出かけて行った。折りも折り、おまえさんとの結婚式の当日にな」


 少年の顔が真っ赤に染まった。


 それは、怒りなのか、羞恥なのか。


 ひとが悪げな笑い声が少年の耳を打つ。


 十日前、若い女たちが、こぞって姿を消した。残された地域の男や親たちの元には、後なって、魔城から、花嫁を選ぶために女性たちを城に招いた旨が知らされた。


 相手は、魔者である。普通の人間に太刀打ちが出来ようはずもない。男たちは、魔と戦うことに慣れたハンターを雇った。


 たくさんのハンターが集められたが、誰一人として、魔城から生還したものはいない。


 少年の両親と婚約者の両親の雇ったこの男が、実を言うと、最後の頼みの綱なのだ。


 裕福な階層に属する少年から見ても、かなりな大金を懐に入れたこの男が、役に立つのか立たないのか、不安でならなくて、それでなくてもいても立ってもいられなくて、少年は、自分も行くと、男に詰め寄ったのだ。


 じろじろと自分を見て、男は承知し、考えがあると言って少年を女装させた。


『まぁこんなもんだな。まだ成長期らしくて、助かった』


 あまりのことに震えていた少年が、男の楽しんでいるような笑い声に顔を上げると、


『さて、ここに一枚の招待状がある』


 タイミングを読んでいたように取り出した白いカードをひらめかせた。


『これはとある少女から譲り受けたものだが。これを、おまえに』


 これがなければ、魔界には入れないのでな。


 得意げに言うと、男は、少年の広く開いた胸元に、カードをねじ込んだ。


 ――――――そうして、少年は、今、馬車の中にいるというわけである。






 新月闇よりも黒々と聳え立つ数多の尖塔が、空を切り刻んでいる。


 城の入り口に続く長い階段の両脇に立つ異形の門番が、少年に手を差し伸べた。


「カードだ」


 少年に付き添う男が、そっとささやいた。


 胸元から取り出したカードは、いつの間にか、黒く染まっていた。黒地に血のような赤い文字は、誰が書いたものか、流麗だった。


 カードを確認した門番が、男を見たが、特にいぶかしむ様子もなかった。どころか、


「どうぞ。パーティーは始まっていますよ」


 異形にしては最大級ににこやかなようすで被り物に手をやると、腰を折って、ふたりを階段へと先導したのである。


 新たな来客の登場を告げるファンファーレが鳴り響き、広間に集まった幾千もの目が、少年に向けられた。


「怖じるな。胸を張って進め。俺は、ここでチャンスをうかがっている」


「う、うん………」


 履き慣れないヒールの高いオパールの靴と奮闘しながら、少年は赤い絨毯の上を進んでゆく。


 黒檀のような壁と天井。黒曜石のような床。壁際に置かれた陶器の花瓶には、薔薇と百合とが、あふれかえるようではあったが、着飾った女性たちの色とりどりのドレスには適わなかった。


 ひそひそと、女性たちのささやき声が、少年の耳に届く。


 見世物かよオレは。


 恥ずかしくてならなくて、少年は、口に出さないように気をつけながら、それでも、毒を吐かずにはいられない。


 いくら胸に詰め物をしているとはいえ、大きく開いた襟ぐりからそれがあふれ出ないかと、冷や冷やする。


 女じゃないってばれたら、どうなるんだ?


 今更ながらの疑問がわきあがる。


 魔者を騙したら、やっぱ、捕まって、食われる………とか?


 ゲッ!


 思わずのけぞりかけた少年に、


「どうなさいました」


 魔者とは思えないほどの美麗な声が、かけられた。


 目の前には、鮮やかな赤い髪の、美貌の男が立っていた。


「え、あ……いえ」


 なんでも――――出来るだけ裏声で、短く答えた少年は、


「ダンスのお相手を」


 次のことばに、


「へ?」


 目が点になった。


 そんな少年に、


「踊っていただけますか?」


 にっこりと笑うのは、もしかして………


「だ、れっ………?」


「王子です」


「お、王子っ………さま?」


 あわてて敬称を付け加えると、育ちの良さはそんなささいなことを気にさせないのか、


「さあ」


 それでも、支配階級の強引さを覗かせて、少年の手をとった。


 その刹那、しんと静まり返った大広間に、楽士たちの奏でるオーケストラがながれはじめた。


 オ、オレ、女のパートなんか、無理だってっ!


 足、いてぇ!


 なんで、オレがっ!


 ぐるぐるといろんな思考が、空回りする。


 そんな少年の視界の隅に、


「あっ」


 結婚するはずだった少女が映った。


「どうしました?」


 少女は、頬を染めて、魔族の青年を見上げて笑っている。


 よくよく見れば、あちこちで、女性たちは、楽しそうに笑っているではないか。


 なんでだよっ!


 これまで、彼女たちは、震えているのに違いないと、そう思っていた少年は、なにか、釈然としないような腹立たしさを覚えた。


「私がお相手では、ご不満でしょうか?」


 赤毛の王子が、小首をかしげたときだった。


「そのものは、おまえには荷が重いだろう」


 厳かな声が、かけられた。


「ち、父上っ?」


 大広間の上座、玉座に座っている黒髪の男が、やおら立ち上がる。


 父上ってことは、ま、魔王っ?


 少年の鳶色の瞳が、まん丸に見開かれ、思わず知らず、いつの間にか離れていた王子の手をいいことに、背を向けた。王子は、数歩離れた場所で魔王に礼をとっている。


 しかし魔王は諾うだけで素通りする。


 気がつけば少年の正面に回り込み、少年の手を、がっしりと掴んでいた。


「ひっ」


 くちびるから、短い悲鳴が転がりでた。


「我が城へようこそ」


 黒い瞳に見下ろされ、少年が、その場に強張りつく。


 にやりとにっこりとの中ほどの、ひとの悪い笑みをたたえた魔王が次に言うせりふを、少年が予想できるはずはない。いや、誰一人できなかったに違いない。ただひとりをのぞいて。


 その証拠に、


「我が花嫁よ」


 よく通る声がそう告げた途端、オーケストラは奏を止め、その場に居合わせるものたちは踊りをやめた。


 くつくつと、やけに耳につく笑い声が、静寂を破る。


「魔王よ、約束のものは届けたぞ」


 少年の付き添いとして城に来ていたハンターが、王に歩み寄った。


「確かに受け取った」


 言いのけざま少年の手を掴んだのと反対の手を一振り。


 大の男の一抱えはあろうかという宝石箱が、空中から現われた。


 もちろん中には、金銀財宝が、これでもかとあふれかえっている。


 今や少年の頭の中は疑問符で一杯である。


 おかげで、思考はもとより全身の機能が、停止寸前だった。


「それじゃな。俺は引き上げる」


「ご苦労だった」


 鷹揚にうなづいた魔王の顔が、少年の顔に近づいてくる。


 その時、ようやく我に返った少年は、紙一重、魔王から顔を避けることができた。


「オ、オレは、男だぞっ!」


 やっとのことで男だと口に出来た開放感に、天井を振り仰ぐ。


「そんなことなら、最初から判りきっているが?」


「な、なんで………」


 なんで、オレ?


 なんで、オレが、花嫁??


 なんで、オレが、魔王の、花嫁―――なんだっ???


「魔界に招く花嫁たちを探していたときにな、私は、おまえに、一目惚れしたのだよ。だから、おまえが妻を娶る前に、こうして、女たちを招き、おまえをつれてくるよう、あのハンターに依頼した」


「オ、オレの意思は?」


「おまえの意思か?」


「そ、そうだ」


「私の心が、おまえを花嫁に――と求めた。それ以外に、なにが必要だ」


 喉の奥で、魔王が低く楽しげに笑う。


「愛している。我が花嫁よ」


 今度のくちづけは、避けられなかった。


 長く深い口付けから解放された少年は、


「あ……」


「あ?」


「悪魔っ」


 息も絶え絶えにそう叫んで、意識を失った。


 腕の中に倒れて仰け反る少年を愛しげに見つめながら、


「我が花嫁はこうして決まった。貴君らも、それぞれ、花嫁を決めるがいい」


「父上、おめでとうございます」


 王子が先鞭を付けるなり、魔族の男性が、人間の女性たちが、くちぐちに、おめでとうございます―――と、繰り返す。


 それが合図であったかのように、再びオーケストラが奏でられはじめ、踊りが再開する。




 大広間を背に、魔王が退出する。


 この後、少年がどんな目にあうか、誰一人として気にかけるものはいなかった。




 数日後、少年は花嫁として、魔界中の祝福を受けたのである。


 少年の胸の内を知るものは、少年本人と、そうして、夫である魔王だけだった。



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