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リンクライン  作者: 伊月
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Episode__11

 そうして、殺し合いが始まった。


 街一つの規模にすぎないとはいえ、これはこの世界における人類と魔物の生存戦争だ。負ければ死に、勝てば束の間の平和を手に入れることができる。


 誰もが守りたいもののため、死力を尽くして戦っている。


 俺とクロノを除いて。



     ▼



 苛烈。

 その一言が状況の全てを表していた。


 刃が閃き、獣の皮と肉を抉って臓器を断絶する。魔力光が周囲を照らし、一拍遅れて全てを燃やし尽くす火矢が放たれる。足元はすでに元の土色が判別できないほど黒く、モンスターの体液によって染められていた。


 悪臭に顔を顰めつつも足は止めず、周囲を囲んでいる敵、レベル6モンスター〈グレイウルフ〉へと突進する。鋭い牙と爪を使った攻撃を紙一重で避け、すれ違いざまに腹を裂く。


 返り血が派手に顔へと掛かる。目に入らないようコートの袖で拭おうとするが、生地が顔以上に濡れていてあまり意味を成してくれない。


 やむなくその状態のまま戦闘を続行。


 今度は逆に向こうから飛び掛かってきた数匹をまとめて相手にする。低位のモンスターであるため負ける気はしないが、イヌ科の脚力で後方に抜けられると面倒だ。いかにして敵の注意を自分に引き付けて戦うかを考えていると、前触れなく背後から火薬の破裂する乾いた音が響いた。


 同時、奴らの額に小さな穴が穿たれ、断末魔を上げる間もなく血を吹き出して倒れ伏す。


 支援射撃。援護に感謝の言葉を述べつつ、撃ち漏らしに接近して首を落とす。


 これで、残存する敵反応はあと五つ。


 およそ二十を数えるウルフの群れと出会ってから半時間。個体能力は低いながらも、巧みな連係によって翻弄され、長引いてしまった戦闘にもようやく終わりの気配が見えてきて気を緩めないまでも僅かながら安堵する。


 やっと一息つける――そんな風に思った瞬間。


 狙ったかのようなタイミングで、反対側で戦っていた男の一人が悲痛な叫びを上げた。


「くそったれがっ、新手だ! 奥から十、いや十一、接近してくるぞ!!」


 自然と舌打ちが漏れる。一瞬だけ後方に目を向けると、緑を茂らせる木々の間を縫うようにして進む、人よりも巨大なカマキリの姿が確認できた。


 思うようにいかない事態に歯噛する。いくらなんでも数が多すぎる。森に踏み込んでから遭遇した敵数はすでに会議で伝えられた予測を大きく上回っていた。


 気力を振り絞るように叫びながら剣を振るう。振るうたびに血が流れ、その匂いがまた別なモンスターを呼び込む悪循環。もともと一帯に存在する全てを狩る作戦とはいえこうも連続して来られては休む暇もない。


 何か打開策はないのか、戦いながら思考を巡らせていると背後で人の動きを感じた。一拍遅れて聞き慣れた相棒の声が耳に入る。


「一度引いて体勢を整える、逃げるよ!」


「……! わかった!」


 大声で返事をし、ポーチから出した煙玉を投げて後方に下がる。特殊な野草を混ぜ込むことにより嗅覚による追跡も妨害できる、冒険者必須といってもいい便利品だ。


 そういった大量の目くらましアイテム、弓矢、弾丸を消費しながらの撤退戦。とてもではないが報酬額に見合わない仕事に辟易しながら、俺たちは何とかその場をやり過ごすことに成功した。



     ▼



 掃討戦が始まってから五時間が経った。


 逃走中に偶然発見したこじんまりとした洞窟。少し奥に進んだだけで行き止まりになり、脅威となるモンスターの居住になってもいなさそうな、一先ずは安全と判断したそこに俺たちは座り込んでいた。


 満身創痍、という訳ではない。


 先のグレイウルフを含めここまで戦ってきた数種のモンスターたち。それらは特別強くはなく、むしろ初心者の狩りの対象となるような雑魚である。俺とクロノはもちろん、推定平均レベル20といった他の仲間たちも苦戦するような相手ではない。


 よって傷はごく少なく、見回してHPバーを確認してみても、一番減っている者で二割前後。そこらに生えている薬草をすり潰して塗っておけばそのうち回復するような微々たる怪我だ。


 問題は気力と体力の消耗で、連戦に次ぐ連戦、息をつく暇もない闘争の繰り返しは俺たちに色濃い疲労を与えていた。


 この体の重さ、気怠さはゲームでは再現されていなかったものだ。ステータスにはスタミナの項目は存在せず、以前は全速力で駆け回ったところで息切れすらしなかったのだが、この奇妙に現実的な世界では残念ながら無限に戦い続けるような無茶はできない。


 一応補正効果はあるのか多少の余裕は残っているものの、10レベルにも満たないモンスターにここまで翻弄されていてはとても自慢できるものではない。


 どこか、傲慢になっていた。


 力に振り回されないようにと口では言いつつ、俺は無意識に周りを見下していたのだと思う。いくらレベルが高かろうが一人でできる事には限度がある、そんな友人からの忠告にも内心では反発して、この世界の非力な冒険者たちでは街総出で掛からなければならない問題でも自分ならば解決できる――そんな風に思い上がっていた。


 せめて言葉通りに結果を出せていれば矮小な自尊心を満たすくらいは出来ていたのかもしれないが、現実はこの体たらく。何ともまあ、情けない。


 消沈する俺の様子を見て、相棒は苦笑する。


「なんだか機嫌悪そうだねえ。無理もないけど」


「……機嫌というか、気分が悪いんだよ」


 はあっ、と息を吐きつつ返すと、白いローブを赤く染めたクロノはなるほどねと小さく肩を竦めた。それから周囲を見回し、やや難しい顔をして言った。


「皆、消耗が激しいね。来る前にウェスリーのことを警戒してたのが馬鹿らしくなるくらい余裕がない」


「そうだな……」


 地面の方を向いていた顔を上げ、洞窟の奥に目をやると、そこには憔悴したウェスリーの姿を見ることができる。俺たちを除けば最高レベルであるだけに他と比べればまだ顔色はいいが、それでも息を荒くして体力の回復に努めている。


 出発前に考えていたような事は全くない。もはや今の俺たちに、仲間内で醜い争いを繰り広げるような、無駄なことに労力を割く余裕はなかったのだ。


 ちなみにフィオナは入り口で見張りに立っているためここにいないが、現状に対する感想として、嫌味を言われない現状を不安に思わなきゃいけないなんてとんだ皮肉ねと愚痴を漏らしていた。


「あんな数は想定外だったからな。一体、何がどうなってるんだか」


 今までは、生息域の変化と言ってもほんの少しずつズレていくだけだった。無論それだけでも異常な事であり、だからこそ俺たちがここに派遣されている訳だが、この森の落ち着かなさはいくらなんでもおかしい。


 例えるならば、そう、以前のモンスターの動きが龍の巣から遠ざかろうとしているものだとするならば、現在は龍そのものに追い立てられているような雰囲気だ。


 やはり、引き金となったのは〈ヴァイス〉なのか。高位モンスターの生息域の変化が、他の生物に過敏な反応をさせたのだろうか。情報が少ない中での勝手な推測だが、まあ、それが当たっているにしろ外れているにしろ討伐の命令は出ているので奴らとの戦いは避けられない。


 なにせ――ウェスリーにフィオナ、それから決闘の一件で相応の腕を持っていると認識されてしまった俺たち、高レベル帯の人間を揃えたFグループには、低ランク冒険者には荷の重いモンスターを討つという実に面倒な仕事が押し付けられているのである。


 最低限ヴァイスを狩っておかなければ、ただでさえ少ない、雀の涙ほどの報奨金すら受け取れなくなってしまう。よっていつ遭遇してもいいように準備を、万全は無理だとしてもせめて息くらいは整えておきたいところだった。


 ……もし仮に今の状況で出会ってしまったとすると、正直まともに戦えるかどうかすら怪しい。逃げに徹するにしても犠牲が出る可能性は否定しきれない。


 殿しんがり、もっと言ってしまえば囮役は必ず必要になるだろう。


 その時は――


「一応言っておくけどさ、変な気は起こさないでくれよ」


 不意に、クロノが俺の方に顔を近づけ小声で囁いた。


「……どういう意味だ」


「全力で戦うとか、考えるなって言ってんの。力を見せることで生じる面倒事についてはギリアムさんに聞いているだろ」


 見透かされている。


 言葉を詰まらせる俺を見て溜息を吐き、クロノは表情を険しいものへと変えた。


「やっぱりか……。君は、少し優しすぎる。甘いと言い換えてもいい。人間的に言えばそれは長所なんだろうけど、現状を考えると短所だよ。まさか助けられる力があるのだから全てを救うべき、なんて勇者じみた正義感は持ってないだろうね?」


「そこまでは思わない。けど、だからといって、今日だけの話とはいえ仲間が危機に陥ったとき、力を隠すためだけに見殺しにするのは抵抗感がある」


「別に見殺しにするとまでは言っていないさ。目立たない範囲で、こっそりと援護すればいい。気づかれないように弱体化魔法を掛けるなりなんなり手はある」


「もし、強敵に奇襲を受けたら? 俺の警戒スキルは十メートルを探るのが限度だ。後衛の立つところまではカバーしきれない」


 瞬時の判断を求められる場面で「こっそりと」などと悠長な真似をしている暇はない。それでも自分たちの都合を優先するのかと、やや強い調子で問い詰めた。


 感情的になっている俺に対しクロノはどこまでも冷静だ。しばらく考え込むように俯いた後、視線をこちらに戻し、そして小さく頷いた。


 奥歯を、噛む。


「それがフィオナでもか。ギリアムさんの、恩人の娘でもか……!?」


 頭に浮かぶのは先日の凄惨な光景。人間としての尊厳など関係なく、生きたまま貪られ餌となった冒険者たち。あれがフィオナに変わっても仕方のない事だと、必要な犠牲なのだと言うのか。


 その非道徳性に俺は声を震わせたが、クロノは前言を撤回する様子は見せなかった。


「彼らには世話になった。それは事実だし、僕だって感謝してる。けどそれに見合った対価の支払いは終えているんだよ。格安で依頼を引き受けていたのはそのためだろう?」


「お前……!」


 恩を金に換算するようなその考えに怒りを覚え、俺はクロノを睨みつけた。


 それを冷めた目で見つめ返し、彼はまた衝撃的な宣言をする


「この際だからはっきり言ってしまうけど、僕は、何よりも〈僕ら〉を優先して動く。君と一緒に元の世界に帰ることが第一なんだ。それ以外なら誰が生きようと死のうと――些事だ」


 あまりに迷いのないその口調に思わず呼吸を忘れた。


 リアリストだとは知っていた。元の世界に居た頃から常に堅実な道を選ぶタイプで、ギリアムに保護された日の夜、何とか現実を受け入れて今後について二人で話し合いをしたあのときも、目の前の相方はまず真っ先に資金確保と常識の学習を提案した。


 事態に対する認識が深い、とでも言えばいいのだろうか。


 例えば、戦闘とそれに付随する生死の問題について、俺は初日に血を浴びるという衝撃的経験から違和感なく現実として受け入れている。けれど買い物などの日常生活時、ウインドウやアイテムボックスを見るせいか時折ゲーム的な思考が出てきてしまうこともある。


 クロノにはそれがない。先入観をすべて捨てて、一から世界を知るところから始めているのだ。だからこそ自分がゲームの中での能力を持っていようと万能感などまるで抱かず、揺るがず、判断を下すことができる。


 徹底的な合理主義者。


 幼少期からの長い付き合いだ、時に冷たいと感じるほど計算尽くの考え方をすることはよく知っている。


 だが――それでもこいつは、俺と同じくつい先日まではただの高校生でしかなかったはずだ。


 戦いとは縁遠い平和な国の住人がここまで冷徹に損得を計算し、取捨選択ができるものなのだろうか。


「まあ、我ながら随分と機械的な思考だとは思うよ」


 自嘲気味に、クロノは唇を吊り上げた。


「けど本音だ。嘘偽りのない、ね。……軽蔑したかい?」


 その問い掛けに俺は、力なく首を横に振った。そんなことはあり得ない。クロノが正しく現実を見ていることは理解できている。世界は俺たちに優しく接し続けてくれる訳ではなくて、いつまでも子供のわがままを通すことを許してはくれないのだから。


 けれど一方で、そう簡単に割り切れないのもまた事実だった。我ながら煮え切らない、中途半端な思考だ。なら君はどうしたいんだという当然の問いに対し俺は卑怯にも黙り込み、うなだれた。


 ……そしてそのまま、確固たる答えを出さないまま、外から慌ただしく響いてきた足音によって話は中断されることとなる。


 駆け込んできたのは迷彩柄のフードで銀髪を隠したフィオナだ。時計を見るも、まだ見張りの交代には早い。となるとそれが意味することは一つ。


 彼女は疲労を滲ませながらも凛とした声で緊急の知らせを口にした。


「敵襲よ。さっきとは別口みたい、すぐに準備を」


 休憩は終わりという事らしい。以前訪れたのと同じ森とは思えないエンカウント率に溜息が出る。それだけ外側にモンスターが押し寄せてきており、街に脅威が迫っているということだ。


 それぞれ剣と杖を握って洞窟から出る。


 集まってきていたのは総勢十の〈グリーンキーパー〉――樹木が意志と歩き回るための体を持つ、緑に包まれた巨人とでも言うべきモンスターだった。


 丸い窪みで目と口を形作る顔はどことなく愛嬌を感じさせるものの、その姿に反してかなりの凶暴性を持っている面倒な相手である。


「……確かあれって、HPが減ったら種族関係なく周辺の敵を呼び込む特性がなかったっけ。また連戦になるのは正直怠いんだけど」


 クロノがうんざりとした顔で言う。


 ウェスリーにもその知識はあるのだろう。腐っても高位パーティーという事なのか、手早く指示を出すと仲間に集中攻撃の構えをさせていた。


「〈呼び声〉が発動される前に片付けるぞ! 我々は右に行く、貴様らは左だ、もし鈍間に敵を呼び込んだときは覚悟しておけ!!」


 貴様ら、とはもちろん俺たち三人のことである。そっちこそと肩を竦めて返し、剣を構える。あれの弱点は中心部にある核だったか。迅速に壊せば問題は起こらない。狙いをつけバネのように勢いよく踏み込む。あくまで常識的な速度で、けれどこちら側の陣営に被害が出ないようモンスターを屠ってゆく。


 そうして何とか仲間を呼ばれない内に全てを倒しきった頃には、戦闘に集中していたためか、あるいは無意識に結論の先延ばしを望んでいたためか、俺は直前の会話のことをすっかり忘れてしまっていた。


 覚悟についての問答はうやむやのままに終わり、自身の答えは未だ出ていない。


 きっと何とかなるはず、上手くやれるはず――そんな根拠のない妄言を胸に抱きながら俺は森の中を歩き続けた。

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