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リンクライン  作者: 伊月
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12/15

Episode__9

……小説の書き方を忘れかけていることを自覚した今日この頃。

今後、冷却期間中に書いてた三人称文の影響が微妙に出てくるかも。

 かつて冒険者であったギリアムが、現役時代は国内最強とまで言われる凄腕だったことを知ったのはつい最近の事だ。


 一流、とは自分で言っていたしレベルの高さも見た。しかしまさかその頂点に位置する人間だとは思っていなかったため、当時はずいぶん驚いたものである。彼一人のことだけを記した本まで出ている始末で、その中にはよく今まで生き残れたなと感心よりも呆れの気持ちが先立ってしまうような戦歴の数々があった。


 そんな彼が引退を決意し、ここハイムズへとやってきたのは、ウェスリーの仲間が口にしていたような理由ではなく娘であるフィオナだった。


 何でも、もともとあまり体の強くなかった奥さんが出産と同時にお亡くなりになり、男手一つで育てなければならなくなったらしい。さすがに冒険者を続けながら子育てとはいかず、いい機会だと完全に現役から降りたのだそうだ。


 だが――武器を振るうことを止め、ギルドの一職員となった後も、ギリアムの本質自体は変わらなかった。体が鈍らないよう訓練は続け、そしてそれを毎日のように見ていたフィオナが同じ道を進もうとするのはある意味当然の流れだろう。


 紆余曲折があった結果、扱う獲物の種類は変わったが、物心ついた頃からの訓練は年齢にそぐわない強さを身につけるに至った。


 その凄まじさは、彼女の戦闘を見ていれば痛いほどによく分かる。


 パンッ――と乾いた破裂音が鳴るとほぼ同時、前方から徒党を組んで襲い掛かろうとしていたゴブリンの内一匹の頭が破裂した。炎熱系の陣が刻まれた弾丸だったのだろう、肉も骨も関係なく吹き飛ばし、閑静な森の中にスプラッタな光景がつくり出される。


 血液の成分が人間と違うのか、青黒い体液を溢れさせながら倒れる緑色の小人。当然HPバーは一ドットも残らずに消滅している。きーきーと叫び声を上げる残りの首を斬り落としながら、俺はその正確無比な射撃の腕に感嘆の息を漏らした。


 遮蔽物の多い地形をものともせず、敵と、そして即席パーティーを組んだ俺の動きを完璧に把握した上で引き金を引く。当たり前のように急所を狙っているが、それがどれだけ難しいことなのかは専門でない俺でさえ理解できる。


 なにしろ、この世界の仕様がゲームと同じならば、命中率に影響するスキルやアイテムは一切存在しない。


 これは銃だけでなく俺の使う剣などすべての武器に言えることなのだが、SCOでは攻撃や防御を補佐する効果のスキルはあっても、プレイヤーの動き自体にシステムが介入することは一切ない。


 例えば、俺の保有するスキルの中に〈スルーエッジ〉というものがある。効果は単純で、移動速度と武器攻撃力の上昇だ。


 これを戦闘中に発動したとする。しかし、そこでプレイヤー自身が何もしようとしなければ、スキル効果はそのまま時間制限により消滅してしまう。自然に体が動いて敵を追ってくれるなどの便利な機能はなく、どんな強力な技を持っていたとしてもそれを生かせるかどうかは個々人の腕にかかっている訳だ。


 特に遠距離武器は風向きやその強さ、重力による弾丸の落ち方、敵の動き方、それらを全て自らの頭で計算しなければならない。その難易度故にメインで扱うものは少なく、逆説的に扱える者の腕は驚嘆に値する。


 フィオナの動きは、それこそ攻略組の銃士にも匹敵するものだった。


 もしかすると、レベルはあくまでも本人の基礎能力値を示すだけの物であり、そこに身のこなしや武器の扱いといった評価は含まれていないのかもしれない。


 一応それらに当てはまるステータスとしては熟練度が思い浮かぶのだが、片手剣のそれを限界まで上げている俺の動きが達人級かと言えば首を傾げざるを得ない。二年間のプレイ歴によってそれなりの動きは出来ていると自負しているものの、それだけだ。


 異世界人である俺たちと元からの住人は別な法則の上で動いているものなのかもしれないな――そんなことを考えながら、しかし表情には出さずに剣を振るう。


 前方から石斧を持って接近する二匹、木の上から奇襲しようと飛び降りてくる一匹。上体を逸らして上からの攻撃を避け、タイミングを合わせてボールのように蹴り飛ばす。見事前方から迫ってきていた敵に当たり、全員が体勢を崩してくれた。


 フィオナが見ている以上全力では動けないが、初期に現れるスキルくらいならば問題ないだろう。


 使う、という俺の意思に反応して剣が淡い燐光を纏う。一振りすると同時、直線上に斬撃を飛ばす基本技〈ソニック〉が発動して固まっていた敵の胴をまとめて切断した。


 さて次は、と周囲に目を走らせたところで、横合いから小さな火球が飛び出てくる。


 木々の奥、暗闇に潜んでいたゴブリンメイジ――初期魔法を扱えるゴブリンからの不意打ちだ。


 にたり。そんな擬態語がぴったりの笑みを浮かべるメイジ。しかし〈警戒〉スキルによって始めから存在を知っていた俺は、ほんの少し後ろに跳ぶことでそれを回避する。


 驚きに目を見開き、慌てて次を用意しようとしたところで鉛玉が飛来。呪文が完成することはなく彼は永遠に沈黙した。


 あっという間に味方が討ち取られ、獲物を振り回しながらがむしゃらに突っ込んできた相手の始末をしたところで敵反応の全消滅を確認。剣を振ってざっと血糊を払い、鞘に納める。


「お疲れ様。今のでゴブリンは二十体目だっけ。やっぱり森に入ると遭遇率が高くなるわね」


 同じく銃を背のベルトに仕舞ったフィオナが労いの言葉を口にしながら近寄ってくる。どことなくデジャヴを感じる台詞。何だったかなと考え、思い出す。そう、確かこちら側に来る前に、レベル上げの狩りをしているときクロノが似たような事を言っていた。


「ん、そうだな。後はギリアムさんが言ってたけど、最近はなんだかモンスターが活発化してるとかなんとか」


 生息域の変化と凶暴化、だったろうか。俺は以前の森について何も知らないため異変と言われても実感がわきにくいのだが、曰く、常ならばさほど好戦的でなく衝突を避けられるモンスまでが襲ってくるようになったため、探索の危険度が飛躍的に上昇したらしい。


 ギルドの方で警告は出しているものの聞くかどうかは個々人の判断だ。残念ながらそれをあまり重要視せず、普段と同じ感覚で入った冒険者が死亡する事態は増えていると言う。


「原因はわかってるのか?」


 職員ではないにしろ、それでも街に来たばかりの俺よりは詳しいことを知っているだろうと思い尋ねてみる。


 が、フィオナは戸惑いの表情を浮かべながら首を振った。


「出没地域の変化を地図に書き込んでみると、全体的に、森の中心から外に向けて移動しているみたいなのよね」


 まるで、何かから逃げ出そうとしているかのように。


 よって最初の頃は龍種などの強力な個体が流れつき、森に巣をつくったのではないかと考えられていたらしい。しかし実際に調査隊を向かわせてみればそれらしい姿は何もなく、ただ中心部から生き物の気配が消えている不可思議な状態だけが確認されたそうだ。


 他にもいくつか仮説は出ているものの信憑性は薄く、すでにギルドは原因解明を諦め大規模討伐などの直接的な手段でもって解決を図ろうとしているとのことである。


「それだと、根本的なところでは何も解決できてないんだけどね。もたもたして街に被害を出すわけにもいかないから」


「そうか……」


 ゲームでは絶対の安全圏であった街だがこちらではそうはいかない。ウインドウやレベルなど、未だこの世界の法則には不明瞭な点が多いが、一つ言えるのはここも一つの〈現実〉であるということだ。


 復活の神殿などなく一度死ねばそれで終わり。電子の神によるシステム的保護の恩恵は消え、生き抜くには自らの両腕を振るうほかにない。


 本当に、厄介だ。


 そのうちギルドの方からそれに関しての召集が行われることだろう。


 ハイムズには優秀な冒険者が多い。加えて、現在は俺とクロノという、自分で言うのも何だが規格外の戦力が存在している。


 だから大丈夫なはずだ。


 ……はずなのだが、どうしてか喉の奥に何かが引っかかっているかのような気持ち悪さを覚える。


「……何事もなければいいんだけどな」


 そんな俺の呟きを最後に、ともすれば後ろ向きな考えに囚われてしまいそうだったため、この話題はここで意図的に終わらせることになった。


 そもそもモンスターの領域である森に踏み込んでいる時点で悠長にお喋りを楽しんでいる暇など本来はない。木漏れ日と鳥の囀りの穏やかさに騙されがちだが、ここはすでに命の危険が蔓延るダンジョンなのだ。


 カンストまで育てた警戒スキルの効果により安全は保障されているのだが、負けたら本当に死ぬと思うとどうしても緊張してしまう。


 今にもそこの茂みから飛び出てくるのではないか、木の上に潜んでいるのではないか、地中や上空から狙われているのではないか……そんなあり得ない想像をしてしまう。ゲームから能力を引き継いでも変わらない、俺のへたれた心が必要以上に行動を慎重にさせた。


 だが、そんな俺の気の張りつめようとは裏腹に、その後は簡単な戦闘を二、三度行っただけで目的地付近にまで辿り着くことができた。


 マップを開き現在位置を確かめる。これ以上進むと俺にとっては遠回りになってしまうだろう。フィオナに声を掛け、この辺りで別れることを告げる。


「そっか。あ、ユトの方の依頼って、どのくらいで片付けられそうなの? 父さん今日も遅いみたいだから、夕飯どうするかまだ決めてないんだけど」


「それならクロノがやってくれるって言ってたよ。あいつ結構器用だから、変なものは出てこないと思うぜ」


「へえー、ちなみにユトは料理できるの?」


「簡単なものなら。見た目にこだわらない男飯だけど」


 ちなみにサバイバル料理はまだ苦手である。いや、調理自体はある程度できるようになったのだが、いまだに虫の類を口に入れることに抵抗感があるのだ。その点クロノの方は「腹に入れれば全部同じじゃないか」と豪気に食べるのだが。


 と、ほのぼのとした空気は名残惜しいものの、雑談もそこそこにしておかなければ人の気配を察した獣に寄って来られかねない。


 じゃあ行くねと、手を振りながら歩き去ってゆくフィオナの背を、一抹の寂しさを感じながらも見送る。


 仲間とともに行く探索は一端これで終わり。あとは一人で適当に獲物を討ち取り素材を剥ぎ取って帰る一日になる。


 ――そう、思っていたのだが。


「えっ、これって……?」


 数メートルを進んだ辺りで何故かフィオナが立ち止まった。戸惑いの声を上げ、小さく鼻を動かす。その表情が徐々に深刻なものに変わっていくのを見て俺は慌てて彼女の元に駆け寄った。


「どうした!?」


 問いかける俺に、彼女はただ一言だけ答えた。


「……臭いが」


 それだけでは全く状況が分からない。やや苛立つが、背中の銃を下ろして素早く戦闘態勢を整えているところを見ると、おそらく詳しく説明している余裕がないのだろう。


 仕方がなく、俺は先程彼女がそうしていたように鼻を動かしてみる。


 感じたのは草木から香る緑の、そしてそれに混じって届く微かな錆のにおい。


 これは、まさか――


 はっとする。風上は確か、フィオナが仕事前に集まると言っていた場所であるはずだ。


 最悪の事態が頭に浮かび、俺は自分の引き受けた依頼のことなど忘れて彼女と共に森の中を駆け抜けた。


 そして俺は、十数分前に覚えた嫌な予感が見事的中したことを知った。


 討伐依頼の事前集合場所とされていたその地点には、むせ返るような血の臭いと、無残にも体を食い散らかされた冒険者たちの死体が転がっていた。

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