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リンクライン  作者: 伊月
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11/15

Episode__8

サブタイはその内つけます。

 石壁の外側に広がる草原、柔らかな緑の上に俺は立っていた。


 目の前には半透明の四角いボード、ウインドウが展開されている。数多くある機能の中で現在は音声通信を使用しており、表面には【Sound Only】の文字が表示されている。


 どんな仕組みなのか知らないが、これを介して届けられる声は周りに響くことがない。脳に直接情報が送られてくるような、そんな不思議な感覚を味わいながら、俺は通信相手であるクロノの返答を待った。


『君って……馬鹿? 単独行動を始めた初日で問題起こすとか、さすがに想定外なんだけど』


 まったくもってその通り、言い返す言葉もない。


 眉間を押さえて呻くクロノの姿を幻視しつつ、俺はひたすら頭を下げた。電話を掛けながらお辞儀する営業マンのごとく、繰り返し。


「すまん、本当に」


『まあ、戦ったのがウェスリー・クレイグでない事だけが唯一の救いだね。前に噂を耳に挟んだことがあるけど、その男って適当なシーフが見つからなかったからパーティーに入れただけの奴だそうだし』


 大したレベルでもないらしいし、ぎりぎり大丈夫かな。とクロノは仕方がなさそうに言った。


『でも頼むから、これ以上は止めてくれよ? あとは一応、ギリアムさんとフィオナさんにも事情を説明しておくこと。決闘が公式に認められた行為だとはいえ、相手が相手だけに何か問題が起きる可能性もある』


「わかった。というか、フィオナには決闘が終わった直後に見つかった。これから説教。正直怖い逃げたい」


『自業自得だね』


 できる限り悲痛な調子で言ってみたのだが、にべもなく切り捨てられた。当然のことだが。


 続きは帰ってきてからということで通信を終了する。無音状態になったウインドウを閉じると、俺は恐る恐る背後を振り返った。


 視界に入るのは、ネーピア家で見る私服とは違い、実用性に富んだジャケット型の迷彩服に身を包んだフィオナの姿だ。特徴的な髪色を隠すためかフードも完備。小柄な体躯でじっとしていれば、森の中などではさぞ高い隠蔽度を誇ることだろう。


 背中には突撃銃、より馴染みのある言葉で表せばライフルに似た銃器――あくまで似ているだけであって、その機構の大部分に魔法技術の関わるファンタジックなものだ――を担いでいる。他に目につく装備はないため、おそらくはこれがメインウェポンだと思われる。さすがに元の世界のそれと同等の性能はなく、射程距離や精度など諸々の点で劣る武器だが、魔法刻印のなされた高威力弾を遠距離から撃たれるのは中々厄介なものだ。


 腕が悪ければ弾薬、イコール金を消費し続けるだけのガラクタになってしまうため、その戦闘スタイルを取れるということ自体が強さの証明になっている。


 その辺りはやはり、あのギリアムの娘という事なのか――


 ……などと思考を逸らして現実逃避している間に、彼女との距離はゼロになっていた。


「通信、終わったの?」


「え、あ、ああ」


 先程までの笑顔はどこに行ったのやら、今度は完全な無表情で俺のことを見てくる。なまじ顔が整っているだけあり、ただ単純に怒りを顕にされるよりもずっと怖い。


 止まらない冷や汗を流していると、彼女は桜色の薄い唇を小さく動かし何事か呟いた。


「……ここにいてもしょうがないから。歩きながら話しましょう」


 そう言って、俺の返事を待たないまますたすたと進み始めてしまう。無論、無視して逃げるなどといった選択肢はない。慌てて後を追う。


 それからしばらくはお互い無言のまま足を動かし続けた。ちなみに目的地は茜の森と呼ばれる、ハイムズの北方に広がる巨大な森だ。今日の俺の仕事場であり、そして偶然にも、フィオナもまたそこでの依頼を引き受けていたことから道中を共にすることになったのである。


 なんという運命のいたずら。その結果がこの空気、素晴らしすぎて涙が出て来そうだ。


 やはりこちらから話を切り出して謝るべきだろうかとも思うのだが、あまりの沈黙の重さに気後れしてしまう。これはもういっそ土下座でも敢行する他ないのではないかと思考が暴走し始めた頃、突然彼女が口を開いた。


「さっきのことだけど」


「は、はいっ」


 不意打ちに心臓が跳ね上がる。裏返った珍妙な返事に、しかしフィオナは何の反応を示さず、ただ淡々と言葉を紡いだ。


「私、さ。ウェスリーとは関わらないでって、言ったよね?」


 怒りを抑えているのか、意図的に感情を込めていない平淡な声。


 俺は罰の悪さに頭を掻いた。


「……ああ。言われた。あのとき道具屋で、確かに」


 ごめん、と。


 芸もなく、ただそれだけを言う。


 再びの沈黙。気まずい空気の中で、しかし今度はフィオナが何かを言おうと言葉を探していることが分かったため、俺は何もせずに待っていた。


「怒ってくれたことは、嬉しかった。凄く」


「っ……」


 感謝される。それはつまり決闘に至った経緯を知っている、ウェスリーらの暴言を聞いていることに他ならない。最初の方から居たとは言っていたが、まさかそこからとは思っていなかった俺は驚きに息を詰めた。


「門に向かうユトを見つけて、声を掛けようと思ったんだけど、先にウェスリーに絡まれてて。口論が始まってて。止めようにも私が出ていくと余計に空気が悪くなりそうだったから、遠くで見てるだけにしたの」


 表情を見れば、彼女がその時の判断を悔いていることがよく分かった。


 だが、それはきっと正しかっただろう。あの場にフィオナが出てきて、例えば俺を無理やり連れだすなどの解決策を取ったところで諍いがなかったとは思えない。それこそあのシーフだけでなくウェスリーと剣を交える結果になった可能性すらある。


 ごめんね、と説教を受けるはずが何故だか逆に謝られてしまい俺は慌てて言葉を探した。


「あ、いや、別にその判断は間違ってなかった、と思う。武器を振るう者はそれを正しく扱うための自制が必要である――って、ギリアムさんにも教えられたし。それを破って、感情任せに戦った俺が悪い」


 フィオナが気に病む必要などまるでない。そう伝えると、彼女はくすくすと小さく笑った。どこか嬉しそうに、楽しそうに、言ってくる。


「優しいね、君は」


「……そうか?」


 庇って言っている訳ではないのだから、そういうのとは違うと思うのだが。


 意外な評価が気恥ずかしく、なんとなく渋い顔をして誤魔化そうとしてみるも、それを見てより一層彼女が笑みを深めている所からして上手くいっていないようだ。


 どうやら俺にポーカーフェイスの才能はないらしい。剣を振るしかできない脳筋みたいで微妙に嫌だが、腹芸や交渉事はクロノに任せた方がよさそうである。


 そうしてしばらくの間フィオナは忍び笑いを続けていた。しかし不意に、表情を真剣なものに戻した。


「けど、やっぱりあれは私の判断ミスよ。もっと他にやり様はあったはず。だから、ね。本当はこんなこと言う資格はないんだけど……」


 言いながら、立ち止まる。


 真剣な表情で俺の目を見つめ、告げる。


「……ウェスリーとは関わって欲しくない。何があっても、何を言われても」


 俺たちの間を穏やかな風が吹き抜けた。


 流れる髪を押さえながら、憂うような目をしてフィオナは言った。


「私や父さんのために怒ってくれるのは嬉しい。気にしないようにはしてるけど、暴言を吐かれるのは嫌だから。けど、その結果あなたが死んだり大怪我したりするのはもっと嫌」


 だから、もう彼らと揉めないと約束して欲しい――その言葉に俺は目を瞑り、考える。今後また同じような事、絡まれて目の前で恩人に対する侮辱がなされるのを無視できるのか。耐え忍び、問題を起こさずに処理することができるのか。


 ……正直、自信はない。


 なんせ今の心情からして、反省はしているが後悔はない、というものなのだ。もう一度があったとして、むしろ剣を抜かない自分の方が想像しにくい。


「気を付けるよ、できるだけ」


 それが精一杯の回答だった。


 全然安心できない返しだなあと、フィオナは困ったように笑う。


「まあけど……今はそれでいいことにしておくわ。私もあまり強く言える立場じゃないし。本当に気を付けてよ?」


「ああ。俺としても、目立つのも死ぬのも遠慮したいから好んで突っかかるような事はしない」


 それだけは、本当に。今回は最悪の事態、ウェスリーとの直接戦闘にならなかったこともあり許してもらえたが、これ以上馬鹿をやったらクロノに見捨てられかねない。


 いやまあ、幼馴染だし、長い付き合いだし、本気でそうなる事はないと思うのだけれど。その好意に甘え続けるのは俺自身が嫌なのだ。


「そう……じゃあ、この話はこれでお終わりね」


 パンッ、と手を打つ音が響く。


「自分で話を振っておいてなんだけど、そろそろ本格的にモンスターの出てくる地域に入ることだし、いつまでも雑談している暇はないわ」


 言われ、周囲を眺めると、いつの間にか丈の短い草に覆われた地面がなくなりかけていた。


 目的地である茜の森に着いたのだ。


 街に近い草原はモンスとの遭遇率が低く、事実ここに来るまで出会うことはなかった。しかしこの先からは危険度が跳ね上がる。敵の数も、質も、遥かに上回るのである。


 ゲームでは初心者向けダンジョンとして低位の敵しか出なかったものの、その理屈が通用するのは外側のみだ。


 ギリアムの話によると結構なレベルのものも居るようなので、俺は油断することなく表情を引き締めた。剣の吊る位置を確かめ、いつでも抜けるように整える。隣ではフィオナが同じように装備の簡単な点検を行っていた。


 俺の受けた依頼は森の片隅に出没する対象の討伐、彼女の方はそこからやや逸れた場所で行われるモンスターの巣の破壊だ。複数の冒険者によって行われる仕事らしく、定時までに現地に集合しなくてはならないとのこと。


 二つの区画がそれほど離れていなかったため、フィオナの目的地までは二人で進むことになった。この森は奥まで潜らない限りそれほど厄介な敵は出てこないものの、やはり仲間がいるかいないかでは安全度がまるで違うのだ。


「じゃあ、途中まで、即席だけどパーティーね。父さんからは駆け出しだって聞いてたけど、さっきの戦いを見た限り腕はいいみたいだし。前衛を頼んでもいいかしら」


「ああ、問題ない。そっちは武器的に遠距離が専門なんだろ?」


「ええ、そうよ。援護は任せて」


 頼もしい言葉に自然と笑みが浮かぶ。


 それに、見る機会の少ない〈こちらの世界での戦闘〉についての興味も多少あった。ギリアムから回されるのは大抵が極秘依頼であるため、仕事中に他の冒険者と出会うようなことが滅多にないのである。


 出費のかさむ銃器はSCOでも使い手が少なかった。それを、ゲームなど比較にならないほど金銭面で厳しいこの世界でどのように扱うのか。実に楽しみだ。


 特に声を掛けあうこともなく、俺たちはどちらともなく歩みを再開させた。


 季節がら、名前に反しまだ茜には染まっていない森に一歩踏み出す。腐葉土の柔らかさを靴底に感じながら、普段とは違うパートナーとの冒険に心を躍らせる。


 それは、殺し尽くすことが日常となっていた最近では珍しく、かつてゲームの中で感じていた純粋な冒険心による期待感だった。

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