夢小説のヒーローを不幸騎士に魔改造したら、私がヒロインに憑依してしまった
「こんなはずじゃなかった……!」
過去一番の悲哀を込めて、鏡の前に座る美女が呟く。
ピンクがかったブロンドの長い髪は艶を放ち、翠色の瞳はエメラルドのように輝いている。
けれどその顔色は青白く、内面から浮かび上がる『絶望』の色が滲んでいる。
「私がルナリアになっちゃうなんて嘘でしょう!?」
フリルやレースをふんだんに使った真紅のドレスは、私がやりこんでいた乙女ゲーム『麗しの騎士・アンシャンテ』の主人公が着ているものだ。
さっき支度をしてくれていたメイドから「今日は婚約者のルイ様とのお食事会です」とお知らせがあったので、これからストーリーが始まるらしい。
私は主人公・ルナリアだ。
このゲームは誰でもクリアできる、いわゆる”ぬるゲー”なので死ぬ心配はまったくない。
好感度なんて大して上がらなくても攻略対象のイケメンはルナリアのことを好きになる。簡単すぎて「どこに好きになる要素あった?」と考察に走るユーザーも多い。ある意味でミステリー要素たっぷりの乙女ゲームだった。
では何が問題かって────『婚約者がルイ様だ』という部分である。
「なんでゲームじゃなくて夢小説の世界に入っちゃった!?」
ルイ様はこのゲームに出てこない。
いや、正確に言うと予告画面には存在する。
でもゲームが1年でサ終したために『coming soon』のまま一度もプレイできなかったキャラなのだ!!
銀髪に赤い目をした黒衣の騎士、クールビューティーな見た目で「早くルイ様をプレイしたい!」というファンの期待は高まっていて、私もその一人だった。
それなのに一度も表に出ずにサ終したのだから私の恋心はまったくもって報われなかった。
はい、だから書きました。
ルイ様が出てくる夢小説を!!
婚約者をメインヒーローではなくルイ様に変えて自分の好きなストーリーに書き換えたの!!
私の大好きな鬱展開に!
私は「好きなキャラが苦しむ様子が見たい」そんな病を患っている女なのだ。
何が私をこうさせた!?自分でもわからない。
「このままストーリーが始まればルイ様が流血したり毒に侵されたり、テキトーに生み出した魔神の生け贄にされちゃう!」
まずい。このままではいけない。
私はともかくルイ様の命があやうい。
推しの流血が見たいとか言ってる場合ではない。
「実際に苦しむところが見たいわけじゃないのよ、あくまで創作物だからなのよ」
まさか私がルナリアになるとは思っていなかったわけで、いざ目の前にルイ様が現れたとして苦しむところなんて見たくない。
誰なの、この夢小説書いたの!私だよ!ごめんなさい!
「悪夢だ」
頭を抱えていると、メイドが私を呼びに来た。
「お嬢様、お時間でございます」
「……覚悟を決めるしかない」
私がルナリアになったからには、ルイ様は守ってみせる!
ここは私が生み出した設定ガバガバの世界なんだとすれば、きっと何とかなる!
私は立ち上がり、メイドと共に部屋を出た。
石造りの廊下を歩いていると「本当にゲームで見たまんまだ」と感心してしまう。ランプの柄まで覚えるほどにゲームをやりこんだ自分の記憶力にびっくりだ。
食堂に到着すると、すでにルイ様が待っていた。
私の両親と姉もいる。
全員の顔面偏差値が高すぎて眩しいっ!なんてキラキラした人たちなんだろう。
「遅れてすみません。ルナリアです」
私は急いでルイ様の隣に座る。
ああ、なんて美しい人なんだろう。つい見入ってしまう。
そんな私を見て、ルイ様はくすりと笑った。
「お久しぶりです。ルナリア嬢にお会いできて光栄です」
「あ、ありがとうございます」
ありがとう!ルイ様を拝めて嬉しい!!こちらの方が光栄です!!
思わずうるっと涙ぐんだ私は、ぱっと下を向いてごまかした。
「さあ、お食事をいただきましょう。ワインも色々と揃えておきましたのでたくさんどうぞ!」
お父様がルイ様に向かって笑顔で告げる。
テーブルの上には鶏の丸焼きやサラダ、スープなどが並び、日本人が考えるザ・中世ヨーロッパの食事シーンが展開された。
大丈夫。毒はまだ早い。
この料理は安心してルイ様に食べてもらえる。
私は警戒しつつも食事を始めた。
両親は上機嫌でルイ様と会話をしていて、私たちの婚約がよほど嬉しいらしい。
ルイ様は名門侯爵家のご次男で将来有望な騎士だから、この伯爵家に婿入りしてくれるなんて夢小説の成せる技だ。
うちって財力も家柄も何もかも中の中だから、両親の喜び方は尋常ではない。
それに比べて、笑顔ではあるものの目の奥が不満げなのが姉・サーシャだ。
何かにつけてルナリアと自分を比べて、些細なことでも妹をバカにして優越感を保ってきたのに、自分の婚約者が格下の子爵家の子息だから「もっと早く縁談が来ていれば自分がルイ様と婚約してこの家を継げたのに」という心の声がダダ洩れだった。
私はこの女からもルイ様を守らなければならない。
「お姉様、あまり召し上がっておられないようですけれど食欲がありませんか?」
微笑みながら問いかければ、姉は満面の笑みで返してきた。
「そんなことないわ、いつも通りよ。ルナリアみたいにたくさん食べられないだけで」
さすが、嫌味を付け加えることも忘れない。
見下した目が腹立つ~!
でもそういう設定にしたのは私~!
「ごめんなさい、お姉様」
「何を謝ったの……?」
お姉様が不思議そうに目を眇める。
何か企んでるのかと疑っているみたい。
いやだな、企んでいるのはお姉様のくせに。
「ルイ様、デザートもたくさん召し上がってくださいね」
「ああ、ありがとう」
私は隣を見てにっこり笑う。
ルイ様は食事を楽しんでいるようでよかった。
和やかな空気のまま食事が終われば、いよいよトラップの発生である。
両親は自室へ向かい、姉も「眠くなったわ~」とか何とか言いながらわざとらしく消えていった。
ストーリー通りだと私はルイ様を客室に送り届けた後、「やっぱりもう少しお話がしたいな」と思ってルイ様のお部屋を再度訪れたところで姉に媚薬を盛られて襲われかかっているルイ様を発見する。
そこへ窓から刺客が現れて姉は重傷、ルイ様は左腕を斬られて軽傷を負いながらも敵を倒し、ルナリアは彼の手当てをしているときにまだ媚薬の効果が続いていることに気づいてその身を捧げる……。
うん、忙しいな?このストーリー。
自分で書いておきながら、一晩に色々と盛り込みすぎた気がする。
「やっぱり夢小説は夢小説のままがいい」
小さな独り言が漏れる。
「どうかしたんですか?」
「いえ、今夜はとても楽しかったなと」
ルイ様が私の独り言に反応したので、笑顔でそう答えた。
「ところで客室ですが──」
二階の一番奥にやってきた私は、大きな茶色い扉を開く。
「ご用意が間に合わず、すみませんが私の部屋を使ってください」
「!」
ルイ様が驚いて目を瞠る。
そうですよね、びっくりしますよね?
でもご安心を。私は姉と違ってあなたを襲うことはありません。
「私は別室で眠りますからご安心を!」
客室に連れて行くと姉に媚薬を盛られるし、襲われるし、刺客にも突撃されるから私の部屋にいた方がいい。絶対に。
「どうぞ中へ!」
ルイ様は戸惑っている様子だったけれど、ゆっくりと中へ入った。
さっきメイドに言づけてあったので、ガウンや軽食、冷たい水の入った瓶とグラスも置いてある。
「……」
ああっ!ルイ様が「この用意ができるなら客室の用意ができたのでは?」と思っていそうだけれどそこは突っ込まないで!
私は笑顔を保ったまま部屋を出ようとする。
「それではこれで──」
「待ってください」
「え?」
ルイ様に呼び止められる。
もしかして部屋の前で徹夜で見張りをしようとしたのがバレてる?
「……ルナリア嬢は気づいているんですか?」
ルイ様はドアノブを握る私の手に自分のそれを重ね、そっと扉を閉める。
重なった手にどきりとして一瞬心臓が止まったような気がした。
ドキドキしすぎて思わずドアノブを掴む力が篭った。
篭りすぎた。
──ゴキッ。
「ドアノブが取れた……!?」
私の力が強いのか、建物が古いのか?
取れたドアノブを両手で持ち、恐る恐るルイ様を振り返ると目の前に黒い隊服がある。
「ひぅっ」
奇跡の壁ドン体勢が完成して、これは私には刺激が強すぎる!
同じ空気を吸っているだけで中毒になりそうなのに、こんなに接近していいの!?
「ルナリア嬢はどこまで知っていますか?」
「知って……?それはあなたの不幸のポテンシャルですか?」
「話を逸らさないで」
「すみません」
言えないよ!?今夜事件が起きるからここにいて、なんて……。
握り締めたドアノブが悲鳴を上げていそう。いつの間に怪力キャラになったのか?
いやいや今はそんなこと考えている場合じゃなくて!
「ルナリア」
呼び捨て!
顔がアツくて爆発しそうになる。
「すみません!質問したいならまず離れてくれませんか!私は何を答えれば……」
あれ?ルイ様は何も知らないはずなのにどうしてこんなことを聞くんだろう?
この人は私にどんな答えを求めている?
私の書いた夢小説の世界ならルイ様は今夜の事件の被害者で……。
見上げれば、私の知っているルイ様は行方不明だった。
「困ったな。君には何も知らずにいてほしかったのに」
今まで優しかったルイ様の空気が一変し、冷酷な目で私を見下ろす。
その声はまるで一切の情がないようで──。
「新解釈!でもいい!!」
「は!?」
私の書いた夢小説とは違うけど、でもこんなルイ様もかっこいい!
好き!
胸がいっぱいでぎゅっと目を瞑っていたら、突然バルコニーの方から声がした。
「あら、こんなところにいたのね」
「お姉様!?」
ルイ様は私を背に庇うようにして姉の方を見る。
視線の先には真っ黒いドレスを纏った姉が妖しく笑っていた。
どうしてここに?客室のある別棟にいるはずじゃ……!
私はごくりと唾を飲み込み、緊張した声音で言った。
「あの、ここ二階ですけど……?」
どうやってのぼって来た?
思わず尋ねると、姉は呆れた風に言う。
「偉大なる魔法の力よ」
「ま、ほ、う?」
さすがは私の作ったガバガバ設定の世界!
予想外なところで敵に塩を送ってしまった。突然のことに呆気に取られる。
ルイ様は剣を抜き、冷静に姉と対峙していた。
「おまえの方から来てくれて助かった。伯爵令嬢が魔神の眷属になったという情報は本当だったんだな」
え?どういうこと?
魔神の眷属ってなに?
最終的にルイ様が聖なる力に目覚めて、魔神を鎮めるために生け贄にされそうになるアレに繋がるやつ?
「ルイ様はご存じだったので?」
「?君は知らなかったのか?」
ルイ様が聞きたかったのはこの件なのか、と今さら納得する。
「とある機関のそれなりの人物が何となく古代文明の研究をしていたところ、そこそこの魔神がしれっと現代に蘇り人間の心の闇に反応してけっこうな数の人間を支配下に置いていると情報が入っている」
全体的にふわっとした情報だ!
これも私のせいなの!?ねぇ、どうなの!?誰か教えて!
姉はルイ様の言葉に引っかかりを覚えることはなかったようで、笑いながら話を進める。
「私は選ばれし人間なの!無能な人間ばかりのこんな退屈な世界を魔神様が変えてくださるって。あなたも魔神様の眷属になってみない?強大な力を使えるようになるわ!」
「遠慮しておく」
「あら残念。強引なことはキライだけれど、魅了の魔法に耐えられるかしら?」
「魅了の魔法だと?」
不敵な笑みを浮かべた姉は、ドレスの袖から何かを取り出そうとする。
ルイ様は剣を構え、姉に攻撃するタイミングを図っていた。
姉が袖から取り出したのは、手のひらより少し大きい水晶玉のようなものだった。
それを頭上に掲げ、自慢げに声を発する。
「魔人様にいただいたこのオーブで!おまえの思考を……」
やめて、これ以上謎の設定を持ちだすな!
私は握り締めていたドアノブをぶん投げる。
「作者が知らん物を出すなー!」
「んがっ!?」
ドアノブは姉の顔面に命中し、次の瞬間にはルイ様がダッと地面を蹴って走り出す。
その切っ先が姉の体を斜めに斬ったと思ったら、傷口から血ではなく黒い靄が一気に溢れ出すのが見えた。
「ぎゃぁぁぁ!魔神様ぁぁぁ!」
姉は右手を高く上げ、そう叫びながら床に倒れ込んだ。
「よくある小ボスの死に方……!」
私は口元を手で押さえ、立ち尽くしていた。
後半でこんなシーンを書いた気がする……!わりと地味……!
目の前で起きた惨劇よりも自分の筆力のなさにショックを受けていた。
「大丈夫だ。死んでいない」
「えっ」
「しばらくすると目が覚めるだろう。魔神に関する記憶は失っているが」
ルイ様は姉が落とした魔神のオーブとやらに剣を突き立て、それを破壊した。
私はルイ様に駆け寄り、姉とドアノブが転がっている以外の被害はないことを確認する。
「よ、よかったです。性格が合わない姉でしたが誰にも死んでほしくないので」
私の夢小説なんかで死んでいい人なんていない。
ちょっとほっとした。
「ところでルナリアは今夜何が起こるか知っていたのでは?」
「え」
「私たちの婚約は魔神の調査のためだった。この家から悪しき気配がするという情報が入っていたから」
「とある機関のそれなりの人物からの情報ですか……?」
「そうだ」
困ったな。私の書いた夢小説の通りじゃないから、これは『知っていた』と答えるのも間違っている気がしてきた。
でも今夜私がルイ様をこの部屋に招かなければ、怪我をしていた可能性がないわけではなく?
頭の中で、たらればを繰り返すしかない私はただ首を傾げるしかなかった。
「言えないなら仕方ない。これからは調査対象が姉から君に変わる」
「……つまり?」
「悪いが婚約は解消できない。私と一緒にいてもらう」
「!」
思いがけない言葉に私は目を丸くする。
そして大きな声で言った。
「ありがとうございます!絶対に守ります!」
ルイ様は困惑していたけれど、私はこの方を助けられればそれでいい。
夢小説を書いた責任は取ります!あわよくばこの先、一生!
私はルナリアとしてルイ様を幸せにすると誓った。




