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【書籍化進行中】カフェにて~転生令嬢は人生を楽しむことにした

ご近所にて~転生令嬢は隠されなかった秘密と遭遇する

作者: 瀬嵐しるん
掲載日:2026/06/28


「痛たたたたたたたたた……」


「お母様、無理しないでください」


たまに腰が痛くなる母様が、このところの天候不順に影響を受けたのか絶不調のようだ。


「今日は、フリーダおばあちゃんの様子を見に行く日なのに、困ったわね」


フリーダおばあちゃんは以前、産婆さんをしていたご近所さん。

母様は妊娠から出産まで毎度安定していたので、我が家の兄弟姉妹は全員おばあちゃんに取り上げてもらったそうだ。


「だったら、わたしが行ってきます」


ビアンカ姉様が嫁いでいったので、家に残った子供は十四歳のダミアン兄様と十二歳になったわたしグレーテルだけ。

兄様は昼間学校に行っているし、母を手伝うのはわたしの仕事だ。


いちおう男爵位の貴族家なので、こういうときは使用人を行かせるのかもしれないが、うちでは無理。

わたしたちが小さいうちは、子供が五人もいたので手が回らず、住み込みのメイドを雇っていたが今は通いのメイドが一人だけだ。


以前は、掃除はほとんどビアンカ姉様がやっていた。

わたしも窓拭きなどは手伝うし大掃除にも参加するが、常に動き回っていた姉様ほどには役立たないので、結局メイドの仕事が増えた。

わたしだって裁縫なら得意なのだ。

カーテンでもクッションでも仕立てるし、補修にも自信があるから向き不向きの問題だと思う。


住み込みの使用人は、身寄りがないから働けるうちは置いてくださいという、やや高齢の執事が一人。

彼は母の実家から付いてきてくれた人だ。


そして、もう一人、料理人と庭師を兼任する中年の男性。

彼は薄給にもかかわらず、精力的に働いてくれている。

食費を節約して美味しく健康的な食事を作ることを目標にしていて、うちの庭と厨房で実践した結果をいつかは本にして出版する予定らしい。

ありがたきかなオタクの人。


皆、それぞれに忙しいので、イレギュラーな用事を頼むのは気が引ける。


というわけで、フリーダおばあちゃんの家には、わたしが行くことになった。

今は十二歳の子供だけれど、前世三十八年分の記憶もあるから観察においては大人の視点も持っている。

何かあれば家に戻って、母様に対処を相談すればいいのだ。

わたしは差し入れの入ったバスケットを持って家を出た。



おばあちゃんの家へ続く道の途中には、小さいころに遊び場にしていた懐かしい場所がある。

その頃は空き地だったけれど、今では洒落た家が建っていた。


上の兄二人とは歳が離れていたし、姉様は家から出せなかったから、外遊びにつきあってくれたのは二歳年上のダミアン兄様。


空き地では近所の子供たちと一緒になることもあった。

うちみたいに、仮とはいえ一応貴族の家というのはこの辺にはなかったけれど、お母様のご近所づきあいが上手なおかげで、仲間外れにされたこともない。

でも、子供らしい小さな事件は起こるのだ。


ある時、空き地でよく顔を合わせる兄弟が毛虫を取ってきて、わたしに投げつけた。

彼らからしたら驚かそうと思っただけの小さな悪戯だろう。

ところが、毛虫は小さくて軽いから怪我こそしないけれど、直接皮膚に触れるとかぶれてしまうことがある。

わたしは咄嗟に顔を庇ったせいで腕に毛虫が触れてしまい、すぐに痒みが出た。

子供なら搔きむしりがちだけど、そこはそれ、前世の記憶持ちである。

必死で堪えた。


『兄様、かゆい。おうちに帰る』


ダミアン兄様は地面に落ちた虫に直接触れないようハンカチで拾い上げ、わたしを連れて家に戻った。


ご近所には引退した薬師さんがいて、ちょっとした傷薬とか腹痛の薬などは物々交換で作ってくれる。

兄様は毛虫を持って行き、それに効く痒み止めの薬をもらってきた。

物々交換の方は、細かい字で書かなければならない書類の代筆を引き受けたそうだ。


少し赤くなって腫れた部分を母によく水洗いしてもらい、そのあと薬を塗ってもらった。

痒みはだんだん治まっていき、翌日にはほとんど気にならないほどになった。


痒みが落ち着いたわたしは、あの男の子たちも素手で触っていたから痒みが出ているんじゃないかと兄様に訴えた。

すると兄様は、なぜかニッコリと笑ったのだ。


兄様に連れられて彼らの家に行くと、そこには涙目の犯人たちがいた。

よその女の子に毛虫を投げたなんて言えなくて黙っていた結果、自分の痒みを訴えることも出来ず、夜中に掻きむしってひどい傷をこしらえていた。

きっと手の平についてしまった毛虫の毛を、知らずに身体のあちこちを触って広げてしまったのだ。

赤くなって血がにじんだ首元は見るだけで痛そうだった。


兄様は涼しい顔で犯人たちの母親に言った。


『うちの妹に毛虫でかぶれたみたいな痒みと腫れが出たので、一緒に遊んでいた彼らはどうしたかと思って』


『あらあら、心配してくれてありがとうねえ。

この子たちったら、毛虫に触ったと言えばいいのに黙っているから。

夜中に掻いたみたいで、ひどいことになっているでしょう?』


『これ、薬師さんからもらって、妹はこれですぐ治ったんです。

傷になっていたら滲みるかもしれないですけど』


そう言って兄様は、薬を渡した。


『まあ、なんて親切な子なの。

うちの子たちに見習わせなきゃ。ほんとうにありがとう』


痒さと傷の痛みで何も言えない彼らを糾弾することはせず、そのまま兄様と外に出た。

ほんの数歩あるいたところで、男の子たちのすごい悲鳴が聞こえてきた。


『傷になった後でも、同じ痒み止めが使えるんだけど』


そう言った兄様は、いい笑顔だった。


『ものすご~く滲みるらしいよ』


掻かなかったわたしにはスーッとする程度だったけど、掻いた後では想像するのも恐ろしい痛みに襲われるらしい。

懐かしくも、ちょっと恐ろしい思い出である。

くわばらくわばら。



さて、目指すフリーダおばあちゃんだが、彼女は住み慣れた家から離れたくないので、田舎に嫁いでいる娘さんからの『一緒に暮らそう』という誘いをずっと断っていた。

足腰は弱って来たものの、ゆっくりとなら自分のことは十分できるし、何より頭の回転がしっかりしている。

お口の回転は、それ以上だ。


「こんにちは、フリーダおばあちゃん。

母の代わりに、差し入れを持ってきました」


「あらまあ、ありがとねえ。

あんた、グレーテル嬢ちゃんかい? 別嬪さんになってきたねえ。

あんたのとこのお母さんは、あんな細っこいのに四人もよく産んだもんだ」


「四人? うちは五人兄弟姉妹ですけど」


「男の子を一人もらっただろう?」


「男の子を一人?」


あれ? おばあちゃん、さすがに記憶がアレになって来た?

いやでも、昔のことは鮮明に覚えていることが多いって言うしな。

あ、子供のわたしにとっては昔でも、おばあちゃんの人生からすれば最近なのかな?

とにかく、ここで細かく聞いてもややこしくなりそうだったので、わたしは話を家に持ち帰った。



その夜、談話室で訊いてみた。


「フリーダおばあちゃんから、うちは本当は四人兄弟姉妹で、男の子を一人養子にしてるって言われたのだけど。

おばあちゃん、少しボ……記憶が曖昧になっているのかしら?」


「いや、それで合っている」


いつものように、ソファで隣に座って本を読んでいたダミアン兄様が答えた。


「え?」


「初めまして。僕が養子のダミアン君です。

これからもよろしくお願いします。

というわけで、実はグレーテルが母様が四番目に産んだ子供だ」


「え? えーと、そういうのって、何か深い事情があって伏せられてたりした?

それで、家の事情を知らないおばあちゃんがうっかり話しちゃったとか?」


「いや、別に隠してないし。

この辺の人はみんな知ってるんじゃないかな?」


新聞を読んでいた父様も、腰のためにゆっくりと動いていた母様も、全く慌てていない。


「わたし、初耳なんですけど」


新聞から目を上げた父様が、呆れたように言った。


「グレーテル、君は妙に大人びているかと思えば、間が抜けているところもあるんだね。

とっくに気づいていると思っていたよ」


「ええ~!?」


察しが悪いわたしがいけないの?

誰も教えてくれないから知らなかっただけなのに、ひどい言われようだ。

でも、養子であることが話題に上らなかったということは、ひょっとしていわくつきのお家の……。


「残念でした。いわくも秘密もなにも無いよ。

お産のせいで実の母が亡くなって、育てきれないと考えた実の父が、知人だった父様と母様を頼った、それだけ」


兄様は、本当に当たり前のように語る。


「実のお父様は今、どうなさっているの?」


「僕が今通っている貴族学園の専門部で、経営学の教授をしているよ。

毎日顔を合わせてる。

気になるなら一度会ってみる?」


おいおいおいおい、ちょっと待って。

驚愕の上にひょいっと衝撃を上乗せしてきた。

だが、家族団らんの場はあまりにもいつも通りなので、わたしはなんとか平常心を取り戻す。


「では今度、機会があったら是非」


「教授も学園では研究室に引きこもりがちだから、お客さんが来たら喜ぶよ」


お兄様、実のお父様と仲良しの気配である。



だいたい、うちの兄弟姉妹は個性が違いすぎる。

その中で何かしらのグループ分けをするのは無理だ。

顔についても、両親のどちら似だとか隔世遺伝だろうとか結果だけを云々したところで過去からの遺伝子の混ざり合いなのだから意味がない。

似ていると言えば似ているし、似ていないと言えば似ていないくらいのものである。

むしろ、全員養子だったと言われたら逆に納得するかもしれない。


いやちょっと極論だった。



ダミアン兄様は現在十四歳だが、貴族学園の中等部と高等部を短期間で修了し、今は前世で言うところの大学にあたる専門部で学んでいる。

専攻は経営学で、この異世界ではあまりお金にならないらしい。


「そうなんだよね、経営学はお金にならないんだよ。

特に私のやり方ではね。

なにせ、儲かってるところじゃなくて、お金に困りがちなところをなんとかして回そうという、そういうことをやっているから」


思いのほか早くダミアン兄様の実父、ユルゲン・ヘーブラー教授との面会が叶った。

やっぱり兄様にどことなく似た涼やか系イケメンですらっとしたスタイルなのに、それを台無しにしている猫の背中。

残念ながら渋オジではない。


訪問に当たっては差し入れを奮発し、ジギー氏に連れて行ってもらったことのあるカフェのクッキーボックスを持参した。

その支払いは、なんと自腹である。


テニッセン侯爵夫人からお仕事の報酬をいただくようになった時、わたしは両親にお金の使い道を相談した。

そうしたら、家には入れなくていいから自分でよく考えて使い方を決めなさいと言われたのだ。

結局、ほとんどを貯金に回している。

今回は手元に予備費として残してあるお金から、お土産代を出した。



余談だけど、今日はちょっといい余所行きドレスを着ている。

これは侯爵夫人からいただいたものだ。

夫人と相談しながらリメイクドレスや小物を作る中で、ごくたまに彼女がおっしゃるのである。


『うーん、これはボツね』


『これがですか!? とても可愛く仕上がったと思うのですけど』


リメイクだから量産品ではない。

一着きりのドレスである。

これを飾るのは知る人ぞ知る裏通りの小さなブティックのショーウインドーで、仕上がったドレスがボツなんて本来ならあり得ない。


ちなみにリメイク事業は侯爵家のボランティアの一環でもある。

ちょっと金銭的に余裕のない貴族家から古いドレスを高額買い取りして、新しいドレスを誂える資金になるように計らうのだ。

夫人と親しくしている高位貴族の奥様方が、由緒あるドレスをタダで譲ってくれることもあるから、損益的にはトントンになるらしい。


わたしの報酬は損になっていないか心配だが『あなたみたいに忖度なく意見を言ってくれる若い子は貴重なのよ』と言ってくださるので、ありがたく受け取っている。


で、ボツドレスの話に戻る。


『わたくしが知る中で、このドレスが一番似合うのはグレーテルだと思うの。

だから、あなたが着なさいな』


『はい、ありがとうございます』


その場では侯爵夫人が上司であるから、逆らうことは許されない。



さて、場面は現在に戻って、貴族学園専門部のユルゲン・ヘーブラー先生の教授室である。

クッキーボックスは思ったより喜ばれたようだ。


「嬉しいなあ、どうもありがとう。

考える仕事はね、甘いものが必須なんだよ」


「辛党の研究者はいないんですか?」


「いい視点だね。

酒好きの人も、研究の休憩には甘いものをよく食べているような気がするけれど、調べてみたことはないなあ。

いつか誰かが研究するかもしれない」


あははぁ、と笑うヘーブラー教授はなんかふにゃっとした印象だ。

でも、嫌な感じじゃない。

無駄に力まない人なのだと思う。


「ダミアンと、こんなふうに学問の話が出来る間柄になれるとは思わなかったなあ。

私が育てたら、こんないい子には育たなかった」


「お兄様がいい子?」


頭はいいけど腹黒気味だと思う。

転んでもただじゃ起きないというか、そもそも転ばないけど。

ちょっと意地悪なところもある。

そう、小さなころの毛虫事件なんかいい例だ。


そんなことを考えていたら、兄様の握った手がわたしの頭をグリグリと攻撃してきた。


「止めてください! 今日は上手に結えたんだから」


慌てて髪の毛をガードした。

わたしはもう十二歳の淑女なのに、以前より兄様からのスキンシップが増えている気がする。

今までなら夕食後の談話室でも、間に姉様が挟まっていたから直接攻撃されたことはほとんどなかったのに。


そういえば、ビアンカ姉様は後から部屋に入ってきても当然のように、ダミアン兄様とわたしの間に座った。

ひょっとして、やんわりと守ってくださっていた!?

兄様は意外と甘えたがりなのかしら?


ヘーブラー教授はわたしたちを見て「仲のいい兄妹だねえ」と楽しそうに笑っていた。



そんなところにトントンとノックの音がする。


「どうぞ」


返事をもらって顔を出したのは、おそらく学生であろう若い男性だった。


「ヘーブラー教授、事務室でフィールドワークの計画書の直しを提出して欲しいと言付かりましたよ」


「ああ、済まない。すぐに持っていくよ。伝言ありがとう」


男性の目がクッキーボックスに向いたので、ダミアン兄様が素早く紙ナプキンに二個ほど包んで手渡した。


「嬉しいお駄賃だ。ありがとうございます」



「お兄様、これは教授へのお土産ですよ?」


男性が出て行ったあとで兄様に注意した。

いくら実父でも、断りなく土産物を横流しするのは駄目なのではと思ったのだ。


「いいよいいよ、グレーテル嬢。

うっかり残っているのを忘れて、湿気らせでもしたらもったいないからね」


「忘れると言えば、教授、フィールドワーク計画書はどこです?

僕が提出してきましょう」


「机の上の処理済み箱に入れてあるよ。よろしく頼む」


兄様は書類を持って出て行った。



二人きりになったところで、せっかくの機会だから訊いてみる。


「教授は、お一人で寂しくなかったのですか?」


教授はまた、ふにゃあと微笑んだ。


「私はその頃、あちこちでフィールドワークに勤しんでいてね。

田舎の貧乏子爵家なんかに居候しては、立て直しの相談に乗っていた。

さっぱりお金にはならない仕事なんだが、私にとっては楽しくてしょうがないんだ。

人の不幸を笑うような気持ちはないんだけどね、時々申し訳なくなることもあったよ」


素晴らしい仕事だと思うけれど、困っている人がいなければ成り立たない。


「ウルリヒ家からの折々の手紙で、彼が幸福であることがわかったよ。

文字を書けるようになってからは、ダミアン自身の手紙も同封されてきた。

私は遠方にいて好きなことをしていたのに、ウルリヒ家から幸福のおすそ分けまでもらっていたんだから、暢気なものだろう?

少しも寂しくなんてなかったさ」


「そして」と教授はいったん言葉を切った。


「ウルリヒ家で彼は、一番大切なことを学んだ。

それは、自分にとって大事なものを、他人がどう言おうと手放さないってことさ。

何が自分にとって幸福なのかは本人にしかわからない。

その幸福が他者の幸福を犯さない限り、それは自分のものなんだ。

私はそう考えているんだよ」


教授の笑顔はふにゃあとしたままだったけれど、その奥にはしっかりした信念があるのだろう。



帰り道、兄様に訊かれた。


「教授と何を話してたの?」


「家族がいない生活は寂しくなかったか訊いてみたんです」


「答えはどうだった?」


「教授も、兄様も寂しくはなかったみたい」


うん、と兄様はひとつ頷いた。


「専門課程を修了したら教授のフィールドワークに付いて行きたいんだ。

助手として誘ってもらえたらだけど」


「誘ってもらえるといいですね」


「いざとなったら、身内贔屓を狙ってみるか」


「兄様らしくないかも?」


「目標が決まったら手段を択んでる場合じゃない」


「やっぱり兄様は兄様でした」



クッキーボックスは、家のお土産用にもう一つ買ってきた。

今夜の談話室で、皆と分け合って食べるのが楽しみだ。




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― 新着の感想 ―
この一家の懐の深さが好きです。 腹黒兄様は、グレーテル狙いかな
嫁さん連れて父親の元に戻る感じかな?腹黒兄様頑張れ。
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