007 いまのところ予定通り
主人公ではなく、王城側の話です。
実際は海野が考えていたより王城側の動きは遅かった。
いや、遅いと言ってはいけないのかも知れない。彼らとしては特段落ち度もなく、手を抜いたわけでもない。しかも結論的には出来るところまではシッカリやっている。
が、海野の予想よりもかなり時間がかかった。
もっとも海野の予想は捜査側が幸運に幸運を掛け合わせた場合、つまり捜査としては最も上手くいきまくった場合であり海野にとっては最悪の事態を想定していたから当然とも言えなくもない。
「まだ見つからんのか!」
「申し訳ございません。」
怒鳴り散らす大臣を前に捜索の責任者であるザンビーの警邏所長は小さくなった。
まず王城内は大騒ぎになったのは、海野の予想通りである。
海野が予想しなかったのはまずは城内で大掛かりな捜索が行われた事だ。
と、いうのも見張り役のあの城兵が「トイレに行ったきり戻って来なかった」と報告し、そのいい加減な仕事振りに激怒した上官も周囲も、彼の言葉を全く信用しなかったからだ。
部下の仕事上のミスに激怒した挙句、起きた事態に冷静に対処出来ず、部下の人間性そのものを却下して肝心な情報を仔細に吟味しないというには上の人のデフォルトの対応ではある。
この場合も「トイレに行ったきり戻って来なかった」という言葉を冷静に考えれば窓から逃げ出した、という正解に辿り着くのは容易だっただろうが、部下の失態に激怒した直属の上官は彼の言葉の内容を真面に吟味しなかった。そして結果として更に上に伝わった時には「勇者の1人が突然いなくなった」という話だけになっており、城内大捜索と相成ったのだ。
上官の感情的でいい加減なヒアリングとそれに基づく初期捜査の誤り、更には重要情報の欠落も重なって、最初は脱走か事故か、はたまた勝手に出歩いた挙句の迷子(笑)かも判断がつかず、まずは城内捜索に脱走当日の午前中半日が費やされた。
しかし半日後に城内にいないという確認がとれ、正規の出入り口から出た形跡もない、となると、やっぱり逃げたに違いないとして今度は城下の警邏事務所に連絡がいき、同時に多くの城兵が派遣された。
但し捜索はあまり町中を刺激しない様に静かに行われた。
本当は町中をひっくり返して捜したかったが、ここは海野の予想通り、逃げた勇者を捜しているなど大っぴらにするのは躊躇われたからだ。
第一、勇者を召喚した話は国内外に全く公表していない。
なので大量の人員を投入しての捜索はしたものの、全捜査員に子細を知らせることも出来ず、「大騒ぎにするな!」という命令に従った結果、道行く人々に声高に「こんなヤツを見たか?」と聞いて回ることも出来ず、スピード、徹底度合いともに落ちた。
それに、そもそも子細を教えると言っても彼らは海野を知らなかった。
大量に動員された警邏、城兵に与えられた情報は「変な服を着た黒目黒髪の20~30代くらいの男性」というぐらいだ。それに加え、最も重要な点である海野がこの世界の知識を、少なくともこの場を切り抜けられるぐらいには持っている事は上も下も全く知らなかった。
その結果、城側は、勇者は取り敢えず城からは逃げ出したものの、知らない土地でそう遠くまでは行けまいと考えた。勇者はこの地以外の異世界から召喚された、という前提に立てば当然の思考である。
なので、彼らは城内と城の比較的近場を虱潰しに探して回っていたが2日経っても手掛かりが掴めずにいた。その間に、というより半日程度で海野は服と小金の手配(強盗)を終え、冒険者登録も終え、準備を整えてサッサと町を出てしまっていたが、それも知らない警邏、城兵達は2日後には捜索範囲を町全体に広げて未だ捜し回っていた。
「あの服装は特徴的です。残った勇者達にも協力を願い、似顔絵を描いて追わせているのですが…」
捜査の主担当を言いつけられた町の警邏事務所長は、突然、重大な任務を押し付けられて困惑の態だったが、懸命に捜している、と怒鳴り散らす担当の大臣(司法相)に説明した。
彼は文無しで知らない町に潜んでいるのだから、という先入観があるので捜した場所も悪かった。
そういう場所を中心に捜したのだ。暗がりとか空き家とかである。
現実には、彼はこの世界の知識があり、絡んできた、というより絡みにいったチンピラから奪った服で身なりを整え、同じくチンピラから奪った金で冒険者登録で身分証を取り揃え、悠然と(そうはいっても用心しながら手早く)店で買い物をしたりしていたのだが、城兵は店屋などには殆ど顔を出さなかった。
4日目に漸く手掛かりらしきものが発見された。
「裏通りで4名の死体が見つかりました。」
「…それが何だ?」
「1人が例の勇者が着ていたものと聞いている服と似た服を着ています。」
「見せろ。」
「ご案内致します。」
日本の外務省なら海外で事故に遭ったり死んだりした場合には、本人が大使館を訪ねて報告してくるのを基本としているが、死人が歩いて大臣の下に来るはずがない、という真っ当な常識を持っており、かつ町中を死体を運ばせるのも非常識かつ自身の居心地の良い執務室に死体を運び込まれるなど真っ平と判断した大臣は、町の警邏事務所までわざわざ自ら足を運び、死体安置所で問題の死体と面会した。
「同じ服でしょうか?」
「…その様に私には見える。顔を見せろ。」
警邏所長が顎をしゃくると控えていた部下が死体の顔にかけてあった布をとった。
大臣は死体と目が合って嫌な顔はしたが、仮にも司法を司る大臣である。その場でもどしたりする程、神経は弱くない。日本のそれとは違い、この世界では大臣とは年功序列の場当たりで任命されるものではなく、能力的な部分を充分考慮して充てられる。重要会議席上で開口一発「なにぶん素人ですのでお手柔らかにお願いします」と挨拶したりしない。
相当酷く殴られたのか、死後、暫く経ったからなのか、ボコボコで人相はよく分からない。
人相は分からないが、大臣は分かり易い特徴に着目した。
「……この様な明るい髪色では無かったと思う。」
「そうですか…」
説明したこの警邏事務所の所長は多少残念そうではあったが、驚いたりはしなかった。
町の警邏が長く捜査経験も豊富な彼も、薄々違うだろうとは感じていたのだ。この世界の警邏所長席もまた、東大卒3年目のキャリア辺りが腰掛で座れる席ではない。
「こいつら、何で死んだんだ?」
「手に手に刃物を持っており、見ての通り、めちゃくちゃ殴り合ったと思しき後もあります。持ってる刃物と切り口もほぼ一致しますので、4人で喧嘩にでもなって、相打ちになったのではないかと考えられます。」
「バカ過ぎる連中だな。」
死因はどんなにバカであれ、勇者の服を着ているという事は、何らかの関係が疑われる。
大臣がバカを軽蔑の眼差しで見下していると周囲にいた捜索に当たっている数人の警邏のうち、1人が恐る恐るという風に大臣に声をかけた。
「あのう、閣下…」
「何だ!」
うすうす分かっていたとはいえ、わざわざ足を運んだ挙句、ただのバカの死体を見せられただけで相当不機嫌だった大臣から、それが遠慮も何もなくモロに出た態度で問われた彼はかなり怯んだが、口を開いてしまった以上、話すしかない。
「こ、こ、こちらの男ですが…」
彼は勇者の服を着ていない方の死体を指さした。
「アル・フールという男です。市場辺りをウロついているチンピラでして、何度か微罪で捕まえた事がございます。」
「チンピラ?」
「まあ…カッパライとかカツアゲとかをする類の…4、5人の仲間といつも群れて、市場辺りで不用意にウロウロしている弱そうなヤツを狙ってるといった具合の連中でして。」
「…それが何だ?」
チバラギのヤンキー生態を聞かされた大臣の態度は不機嫌そのもので、全く担当警邏の言い分を聞く態度ではなかった。
が、切り出してしまった以上、警邏は権力者の発する不機嫌オーラにビビりながらも続けた。
「ほ、ほ、他のヤツらも、見覚えがあります。アル・フールとツルんでいた連中ではないかと思われます。」
「…ふむ。」
ゴキブリとかチンピラとかの生態などに全く詳しくない大臣も彼の言わんとする事が飲み込めてきた。
「その町のゴミが何故、勇…いや、そんな服など着ている?」
「恐らくは奪ったのではないかと。珍しい服地ですし。」
「…じゃあ中身はどこに行った?」
「いい歳した男が、裸で明るい往来に放り出されれば人を呼ばれそうなものです。恐らくは…」
既に殺されてしまっている可能性も高い、ということだ。
しかしながら、それはそれで確認しなくてはならない。
同時に生きている可能性も考えられた。
生きているならどうしているのか?
「裸ではそう何日もウロウロも出来まい。そうなると誰かに匿われている可能性もあるな。」
「どんな誰かですか?」
思わず、と言う感じで大臣に問い返してしまい、ただでさえ顔色が悪かったのに自身のミスを悟り最早土気色になってしまった警邏を他所に、大臣は今度は気にした様子はなく少し考え込んだ。
異世界から召喚したサトーという名と聞いている男がこちらに知り合いがいるとは考えにくい。
王城内にいた短い時間内に城兵の捜索から匿ってくれる程の知り合いが作れたとも思いにくい。
いなくなれば捜される事は分かり切っている。それが分かっていながら、勇者召喚の場にいた自分と同じ重鎮達の誰かが匿っているとも考えにくい。大臣としても思い当たる人間はいなかった。
「……とんだ親切な誰か、だ。」
事前に何の関係もない人間が匿ってるとなれば、捜索の難易度は格段に上がる。
しかも捜索は目立たぬ様に、と念押しされている。怪しそうな家々をひっくり返す様に捜すわけにもいかない。
上の人の前であるにも関わらず警邏事務所の所長が思わず渋い顔になったのは無理もなかった。
幸いにして大臣は思わず出てしまった部下の渋い表情を咎める事無く、質問を発した。
「他に何か考えられるか?」
警邏実務のベテランでもある所長は少し考えて答えた。
「……服の話は置いておくとして…普通の犯罪者などでは、新たな身分を取るのに冒険者ギルドを利用したりします。あそこは誰でも受け入れますから。ただ、今回の場合は可能性は低いと思いますが…」
慣れた犯罪者なら他所の町から逃げてきた場合、小金を使って冒険者ギルドで新たな身分を作る事はあり得る。
だが、この場合、捜しているのはこの世界に慣れていない異世界から来た文無しで、しかもややもすると着ていた服をチンピラに奪われて全裸の男である。冒険者ギルドが誰でも受け入れると言っても全裸の文無しはダメだろう。所長が可能性が低いと言ったのはそういう意味だ。
だが、大臣は言った。
「念の為、そっちにも人をやれ。」
当たり前だが、捜索という実務をするのは大臣ではない。だから彼からすれば手間と結果はトレードオフではない。
可能性が低かろうが手間暇がかかろうが何だろうが、そんな事には頓着せず、簡単に命じた。
「畏まりました。」
何か発案はあるか、と言われて咄嗟に口にしただけだったのだが、自分で言い出してしまったから仕方ない。
それにどうせ空振るのだ。
「全裸の文無しの男がギルドに来たか?」
「はあ?我がギルドは変態には用がありません!」
これでお終いのはずだから、逆に言えば冒険者ギルドでの確認自体は大した手間ではない。
所長は了解した旨、返事をした。
王城側の大捜査線は次回も続きます。




