005 カツアゲと就職
昨晩、説明した(?)通りだが、就職するには冒険者になればいい。
身分証明書も手に入れられるし、あちこちの町をフラフラしていても特に問題視されない。
冒険者ギルドでの登録のみが必要で、その登録は偽名でも何でも受け付けてくれる。
方針は明確である。
それに伴い、すべき行動もまた明確になっているが問題が全てなくなった訳ではない。
俺は次の日の朝、予定通り朝早く起きて、朝食前にトイレの窓から城を抜け出した。
何か工夫がいるかな、と前日の夜に下見したわけだが、人が1人出るぐらいには特に苦労しない大きさの窓があった。ム所じゃあるまいし鉄格子とかもない。おあつらえ向きに目の前に木もある。お約束のカーテン束ねてロープとかをコソコソ作る必要もなさそうだ。
ちなみに部屋の窓は開かなくされていた。魔法でロックしたものと思われる。
翌朝、予定通りトイレに行ったが、衛兵がトイレの中までついて来るどころか、トイレの前までも来ない。それどころか居眠り中で俺が扉を開けた音には流石に反応したが、椅子の上で薄目を開いてチラッとこちらを見ただけで「…トイレか」と言う風にまた目を閉じて居眠りに戻った。タルんでんな。
なので、手早くではあるが気分的には悠然と窓を開けて外にジャンプ。そのまま手前の木に捕まってスルスルと下に降りた。
日本の城とかみたく周辺が高い塀で囲まれていたりすれば建物から出た後も今度は敷地内から出るのに苦労もしたろうが、ここは城と言うより宮殿みたいな建物だ。そもそもこの世界は中世のヨーロッパみたいなモンで、高い塀は魔物避けの意味もあって町の周辺に存在する。領主の館周囲ではない。
それでも5mぐらいの高さの塀とかあったらヤだな、と思っていたが、ここは街中であるからか平和だからか反抗的な領民とかがいないからか周辺は2m程の軽い柵で囲まれてるだけで、俺でも簡単に乗り越えられた。このあたりも昨日、窓から確認した上での本日の脱出決行だ。
「さて、と…」
早朝に予定通り宮殿を無事に抜け出した後で、俺は独り言ちた。
この後やることは決まっているが、地理が全く分からないからどっちへ行ったものか分からない。行きたいのは繁華街で知りたいのはその方角だ。
繁華街と言っても色々あるが、より治安の悪い方向を目指しているので飲み屋街ならベストだ。が、市場でも別に構わない。
飲み屋街には飲み屋街の、市場には市場の治安の悪さがある。朝、という時間帯を考えればむしろ市場の方が人が多くていいし、行き易くもある。
なんとなくフラフラと人の多そうな方へ行き、何となく人混みに紛れ、なんとなく朝の人の流れにうまく乗り、そのまま歩いて行くと予定通り市場についた。朝の早い時間帯に最も人通りが多いと思われる場所である。
好都合な事に結構、賑わっている。色々な恰好の人間が忙しそうに大勢足早に歩いているから、この変な姿(スーツ姿)もあまり目立たない、様な気がする。
俺はこれも予定通りに喧噪の溢れる市場表通りとその一本裏辺りの通りを交互に歩いて回った。
「おう、兄ちゃん。」
あちこち素人丸出しでウロウロする事、30分程後で、俺は早くも狭い路地で2人組に前を止められた。後ろにもう2人がいて、囲まれている。
4人の如何にもガラの悪そうな顔付きを見て俺は密かにほくそ笑んんだ。狙い通りである。
時代は変われど、繁華街にはこの種の手合いは必ずいる。
どこにでもいるアタマの悪いヤツは、行動にバリエーションが少なく画一化されているので、予測が簡単だからこういった場合には実に助かる。
そしてスリでもひったくりでもなく、彼らがある種余裕をもって俺を取り囲んだという事は、この辺りは人気は全くないのに加えて他の人間が偶然通り掛かる事も少ないという意味だ。
この状況を、彼らは俺には不都合と考えており、俺は俺で、彼らには不都合を通り越して不幸と考えている。
要はお互いに人気のないこの状況は自分に好都合と思っているわけだ。
マーケティング用語的に言えばWIN-WINの関係ってヤツだな。
前の2人組のうち1人がニヤニヤしながら口を開いた。
「何も難しいこたねえ。有り金、全部置いてきな。」
「金はないな。」
実際に全くの文無しだ。これが今の俺が抱えている問題の1つである。
ギルドに登録するには少額だが登録料がかかるが、俺にはその金がない。
「じゃ、その変な服、置いてきな。」
「服が欲しいのか?」
「おうよ。」
「奇遇だな。俺も服が欲しかったんだ。」
逆光の中からだが、前に立っている男が少し変なモノを見る表情になったのが分かった。
「……別に男相手に脱がしてどうこうしようって訳じゃねえから、心配すんな。金も服も置いてけってだけだ。」
「気が合うね。俺も全くそう思っていたよ。」
ますますWIN-WINの関係だ。違いはどちらが金と服を置いて行くかだけである。
彼らは俺の言い分に顔を見合わせたが無言だった。もう俺の戯言に付き合う気はなくなったらしい。
そして見せつける様に手にナイフを握ってニヤニヤと距離を詰めてきた。
いやあその自分達の優位を確信した上で格下相手に暴力を振るう悦びがモロに出た下卑た笑いが実にヤラレ役らしくてナイスだね!
慣れた調子でカツアゲにくるチンピラらしく、4人ともガラは悪いがガタイは悪くない。
然程気にはならないが武器も持ってるし、あんまし手加減とかしない方がいいかな。時間もないし。人気がないとはいえ、いつ何時、他の人が来るとも限らないし。
王都の冒険者ギルドには色々な人間が出入りする。
冒険者はギルドで登録さえすれば誰でもなれるので、冒険者になりたい者、つまり今は冒険者ではない素人さんも多く来る。
新人登録の受付の前には、黒目黒髪の男が立っていた。
20代後半ぐらいか、と新人登録受付の男は思った。
冒険者登録するには少し年齢が高めだが、今まで別の商売をしていて、何かの事情で喰うに困ったヤツなんかで、冒険者志願に来るのはいるから、そう珍しいわけではない。
だから、職業柄、チラッと志望者を眺めはしたものの、特に注目する事はなく視線は手元の受付用紙に戻った。
どこがどうと言うわけではないがちょっと着慣れない感じで平服を来た男は、新人受付で誰もが必ず言うセリフを普通に喋った。
「登録をお願いします。」
「名前は?」
「アル・ニージゲンです。」
平凡な容姿に平凡な名前。
黒目黒髪はこの辺りでは少し珍しいが、その他には特に注目すべき点は何もない。
「年齢は?」
「28です。」
思った通りの年齢だ!
受付は自分の小さな勝利に心の中で小さくガッツポーズをしたが表面上は平静を保った。
年齢を訊くのは、一応、ギルドのルールとして成人前、つまりこの世界では15歳以下の人間は登録出来ないとなっているからだ。成人以下は働かせないという人道に基づいた崇高な何かではなく、食うにあぶれた貧民街の子供達をハジく為だ。
食うにあぶれるのに年齢制限はないから、彼らは放っておくと気軽に登録だけは出来るこの商売に押し寄せてくる。
しかも何とか登録料だけは払って冒険者になっても、実際に仕事を受ければ何も出来ない事が多い。冒険者の仕事の大半は体力勝負か、危険と隣り合わせか、体力勝負で危険の中どっぷりかのいずれかだからだ。痩せこけて危険を跳ね返せる体力のないスラムの子供に出来る仕事ではない。
結果として、仕事受付窓口が、それでもダメ元で仕事を受けようとする彼らを追い払うという余計な仕事が増えるだけだ。
ちなみに逆は滅多に無いが、誰がどうみても70超えぐらいのジジイが「ワシは30じゃ!」と言い張って登録しようとしたのを、宥めすかして断った事もある。
後で話を聞くと、賭場で負けすぎて借金で首が回らなくなり、ここに来たらしい。夜逃げしちまえばいいのに、真面目に(?)働いて返そうとかご苦労な事である。ここを追い払われた後、どうなったのかは知らない。
ギルドが年齢を聞く諸事情に照らして考えても、目の前の男は、どう見ても15以下には見えないし、70代でもなさそうなので、受付は登録用紙に聞いた数字をそのまま書き込んだ。
人手不足のギルドは、他のブラック企業と同じでそもそも性善説で成り立っている。使い潰される希望者が折角来ているのにあれこれを根掘り葉掘り聞いたりしないし、身分、学歴で差別したりもしない。
「何か特技はあるか?」
しかしながら、これは冒険者ギルドでは必ず聞く事柄だ。
何か特技があって、かつそれをギルドに登録した場合、ギルドからその特技に基づいた仕事やパーティが紹介される事がある。これは常に仕事や仲間を探しているギルド員にとって好都合だし、ギルドとしても、仕事を依頼してくる客先や欠員のあるパーティに紹介ネタはあった方がいい。
但し、ウソや実力不相応な何かを名乗ると碌な話にならない事が多い。
剣士と名乗るのは勝手だが、実際に剣がそれほど得意で無かった場合、剣士に相応しい討伐の仕事を紹介されても本人としては困ってしまう。
魔法使いを名乗った場合には、もっと覿面で、魔法が使えないとか論外だし、ショボい魔法しか使えなくてパーティーに損害でも出た場合にはその場で仲間にぶち殺されてもおかしくない。紹介したギルドにも当然、文句は来る。
その他、シーフを名乗って罠も外せないでは話にならないし、弓の引いたこともない弓師は戦力にならない。
冒険者ギルドでは基本的に名前や年齢を確認したりはしない。確認手段もない。だから基本、言われた通りに登録するだけだ。
しかしながら、こういった事情で特技は紹介する側の信用にも関わるので、剣士とか魔法使いとか特定の職業的な何かを名乗った場合には後で腕前をザっと確認するルールになっている。
もっとも実際に申告テクを確認するのは受付の男ではなく違う担当がいる。けれど最初に申告を確認するのは受付の仕事だ。
「いや、特には。」
だが男は素っ気なく言っただけだった。
これも不思議な答えでもない。
多くの新人冒険者は特技などない方が多い。体一つで出来るからこそ冒険者の成り手は多いのだ。
剣が得意なら城兵になればいいし、魔法が得意ならそれで生きていける、場合も多い。わざわざ、その日暮らしの冒険者になる必要はない。なので男の素っ気ない回答は実は最も多い、殆どの志願者のする回答でもある。
男の返答を聞いた受付は、特に何も思う事無く、用紙に名前と年齢だけ書いて後ろの事務に回した。
「登録料は300ドルン。登録証の作成に50ドルンだ。」
志願者は100ドルン硬貨を4枚出した。
この出し方も普通で、志願者からは見えないが受付の前には常に50ドルン硬貨が大量にスタンバっている。
受付はそのうち1枚をとって志願者に渡した。
「登録証は15分ぐらいで出来る。あっちの窓口だ。出来れば呼ばれるから、そこらで待ってるといい。」
志願者は窓口の方を確認して頷いた。
「指名じゃない仕事を探すなら、向こうだ。」
志願者が振り向いた方角には、掲示板があり、ギルドに来た客からの指名もなく、ギルドも指名しない、誰でもが受けられる仕事が貼り出してあった。
冒険者になれば、基本的にはギルドに来たらこの掲示板を真っ先に見て、仕事を確認するのが日課になる。だから、どの冒険者ギルドでも、新人には最初に必ず教える事項だ。新人登録では、一般的で普通の会話、という意味である。
志願者はまた大人しく頷いた。
「以上だ。」
志願者は再度頷いて列を離れ、その後ろのちょっとチャラい感じの男が受付の前に立って、チャラい感じそのままで言った。
「冒険者になりたいんスけど?」
ここに並んだって事は、そうだろうな。
メシが食いたくて来たわけじゃないだろうし、強盗がしたいわけでもあるまい。
メシはここには置いてないし、強盗がしたいなら、足を悪くして引退したとはいえ、元冒険者の自分を脅すよりも、もっといい場所はいっぱいある。だいたい小銭しか置いてないここより、銀行か大商会の窓口を狙った方がいい。
いや、ある意味、メシが食いたくてココに来てはいるのか(笑)。
「名前は?」
受付は勿論、心の中の下らないセルフ雑談を口にする事無く、お定まりの言葉をリピートした。
黒目黒髪のアル・ニージゲン氏の事はすっかりアタマから消え去っていた。
彼は後で思い出すのに苦労する事になるが、この時は、まだ通常の日常業務の一瞬に過ぎなかった。




