004 トイレと就活
今はそうでもないのかも知れないが、就職というのは人生の一大事、というのが俺が大学生だった頃の相場だ。転職という手段はあるとはいえ、最初に就職する場所はその後の人生に大きく影響することが多い。皆、それが分かっているから同年代での一斉競争となる。
俺が小学生だか、もっと小さかった頃はバブルとか言われて、大学生は5社ぐらいの内定を持っているのが当たり前でそうでないやつは人間性に問題があるとまで言われ、誰でも何処でも就職はし放題だったらしいが、俺らの世代はそんなのはない。
とは言っても、出来る競争は限られる。
まずは試験で一歩前に出る層がいる。
士業と言われる中でも最難関の司法試験、会計士試験を通った者は就職先の心配はまずいらない。
国家資格でなくとも公務員試験を通った者、TVやら新聞やらマスコミ系の試験を通った者も一般の競争から足抜け出来る。
専門職層もそれに近い。医者、薬剤師などだ。
もっとも、これらの割合は就職希望者全体に比べれば絶望的に少ないし、半年かそこらで準備出来る話ではない、だろうし、医師に至っては医学部を出ている事が絶対条件で、就職する時期になってからおっとり刀で考える話ではない。
だから大半の者には関係ない。
試験組や専門職組程ではないが、特殊技能で争う組もいる。
一番幅広いのが理系で、大概は専攻を活かした就職を目指す。美大、音大等の芸術系の学部、学校を出た者も大概はこの枠だ。
それに加え、東大早慶の様な超有名大学や東京6大学レベルの有名校を出た者だけには、大手上場企業の門戸が開かれる。
彼らは彼らで身内同士の熾烈な争いがあるのかも知れないが、大手では、我々その他の大学出身者は中卒と同じで、採用対象外だから彼らは恵まれている。
ちなみにこのことは、学生側の一部からは学歴フィルターだと今更な文句もあり、企業側からも幅広い人材が集まらないというこちらはあまりに自分勝手過ぎる声もあるが、同時に当たり前の話で、無くなることはないのも全員が理解している。
言うなれば野球のドラフトと一緒だ。
球団のスカウトが見に行くのは野球名門校か、甲子園に出場するレベルの学校か、現在、活躍している噂のある人間のところだけだ。
もしかすると一般の公立校の野球部にだって今は然したる実績は全くないが、鍛えればイケる選手もいるかも知れないし、他のスポーツで活躍している選手もプロのコーチの手に掛かれば凄い野球選手に化けるかも知れない。
けど、そんな所にスカウトは誰も見に行かないし、そういう所から選手として採ったりもしない。
メンドーかつ成功確率が見えない程低いからだ。
企業活動もプロ野球も遊びではない。下手だけど仲間に入れてあげるとかは当然なく、常に即戦力を求めているし、才能が現状で確認されていない人間を1から鍛えてモノにしようとかは考えない。
これに対し、世間一般も、個人としてもチームとしても見るべき実績がない高校生がドラフトに掛からなくたって「学歴(?)フィルターだ!」と騒いだりしない。
一般人を相手にした入団試験なるものもあるにはあるが、ドラフト組には課されない高い運動能力試験を突破する必要がある上、合格者は若干名という超難関で、しかも入団出来てもドラフト組とは違い、高い契約金など出ないが、誰も差別していると言ったりもしない。
俺も大学の就職活動では無駄と思いつつも上場企業数社に願書を送ったりもしたが、書類審査段階でハネられただけだ。つか正確にはなしの礫で、Fラン大の学生の願書なんぞ実際には見たり、ましてや審査したりもしなかった可能性が高い。
そんなんだから、当たり前の様に1回目の面接にすら行きつかず、ややもすると筆記試験の申込すら定員オーバーを理由に出来なかったが、Fランだからしゃあないと別に不思議も不満もない。
文句があるなら、もう1年ぐらいキッチリ勉強して東京6大学レベル以上の有名校に入れば良かっただけで、そうしなかったのは自分の能力と判断の問題だ。
一方、この世界では就職だけなら然程難しい事はない。冒険者ギルドに行けばいい。名前さえあれば冒険者にはなれる。
いや、本人確認をとらないから、実際には名前すらいらない。その場で適当な名前で登録すれば、冒険者として取り敢えず就職可能だ。
勿論、就職とは言っても実際には土建の1人親方状態の請負業だから、実際にこれで食べていこうと思えば、何か仕事を引き受けなくてはならない。
給料なるものが毎月自動で払われるわけではないから、地球で言う就職とは厳密には違うのは当然だ。
だが、そこは今の俺には無関係だ。
今の俺に必要なのはこの世界で生きていける新たな身分であって、食えるかどうかは当座の問題ではない。
話(?)は少々脱線するが、冒険者にはランクはSからEまであり、成り立てはEランクからである。俺がなろうとしているのも当然、Eランクとなる。
冒険者になったことはないので「絶対そうか?」と言われると自信はないが、前職でどんな実績があろうとも変わらないルールと聞いている。
昇格条件は決まった何かはない。
ある種、いい加減だとも言えるし、これも詳しくはないが場所、見る人によって基準にズレはあるのかも知れない。
まあ、人が人を評価するなんてそんなモンで、中高の成績の様に完全デジタルな方が珍しい。自動車運転免許試験だって実技に厳しい人に当たる事もあるし、会社の評価に至っては営業成績トップが必ずしも社長になるわけではないし、最も優れた研究者が研究所長とも限らないのは皆、承知している。
だからではないだろうが、田舎のギルドにいくと箔付けで高ランクは持っているが、実際には大した腕前じゃないのがいたりする。大概は、その土地で長く貢献したベテランに対する名誉ランクみたいなものが多い。
だが、運営している支部によって内容は微妙に異なるが、普通は暗黙の基準はある。
だいたいその土地によって各クラスを代表する強さの魔物がいて、それを倒した、安定的に倒せると認められればランクが上がる。
意外かも知れないが、仕事を引き受けるのに特にランクによる公的な基準はない。
ないが、Eクラスの者がCクラスに相当する魔物の討伐を引き受けようとしてもギルドの窓口でハネられる。
これは冒険者の身を考えているのではない。失敗する可能性が高く、ギルド側が依頼を出した依頼人に説明がつかないからだ。
だが、それだと理屈だけ考えれば、上位ランクの魔物とは当たらない事になるから、ランクを上げられるヤツはいなくなる。なので、大体、1つ上のランク差の依頼なら、ギルドが認めれば受けられるのが普通だ。ギルドが認めれば、という条件にはなっているが、余程、実力に不安がある場合を除き、ハネられる事はない。
もっともSランクはおろかAランク相当の魔物だって、そうそうはいないから、普通ならCランクまでくればギルドにある大概の仕事は受けられるし、Bランクはその土地の冒険者の中で最強、という例は多かった。
ちなみにCランクの魔物退治に出掛けて”たまたま運悪く”依頼にないBランク、あるいはAランクの魔物に当たってしまい、だが運良くこれを倒した場合、ギルドではちゃんと実績として認めてくれる。最も重要視されるのは手続きではなく結果なのだし、冒険者ランクが現しているのも手続きではなく実力であるからだ。
だから、実力はあるけど登録した直後でEクラスに強制分類された冒険者の中には、早期昇格や飛び級を狙って、表面上はEランクやDランクの依頼を受けて実際にはBやAの魔物狙いでいく、なんてのはザラにいる。そして少なくとも俺が知ってる頃のギルドは放置していた。
結果的にA、Bランクの魔物が駆除されればそれでいいし、失敗したところでギルドとしては公的にはEランクの冒険者にEランクの依頼を任せたのに"運悪く"失敗した、という話なだけで、ギルドの責任とはならないからだ。
但し、扱いは依頼外の仕事だ。
なので表面上はEクラスの仕事を受けてA、Bクラスを斃した場合、その実力は評価されるが有用部位の買取は別にして報酬は出ない。
ギルドで最も忌避される行為は依頼の横取りだ。既にギルドの依頼が出ており、なおかつ引き受けた人間がいる獲物を狙いにいくのは基本的にはタブーだ。それをやられると、ギルドとしても冒険者同士が現場で諍いを起こさない為の依頼という仕組みを無視される事になる。
そういった意味合いの延長線上だから高ランクの魔物であっても依頼外なら報酬は出ない。
ゴネたりでもすればヘタすりゃヘソを曲げられて何の評価も得られない可能性もある。ランク評価はあくまでギルドの一存なのだ。
あくまで実力を評価する、という話なので逆に本当に運良く倒した、とか、仲間がほとんどやって本人は貢献してない、と見られた場合にはランクは上がらない。
この辺りもまた臨機応変である。
なので、ゲームなんかではたまにあるパワーレベリングなんぞは不可能だ。
そもそもRPGゲームじゃあるまいし、強さが数字で見えるわけでも表されるわけでもない。ましてや、同じチームにいれば等しく経験値が入るとか、そんな夢の様な人材育成があるはずもないから、自分で身体を動かして実績を積まなければ強くはなれない。強くもないのにランクだけ上がったって本人も周囲もギルドも迷惑するだけだ。
下手なのにコネでプロ野球選手になったって、その瞬間は本人は満足で周囲に気分良く自慢出来るかも知れないが、いざ試合ともなれば観客が注視する中で本人は碌にプレーも出来ず惨めな思いをし、1人戦力外がいるとなればチームも困る。
それに現実問題として冒険者はつまるところ請負業でBだろうがEだろうが依頼を受けなきゃ金は稼げないが、実力もないのにコネでBランクなんぞになってしまえば、普通は暗黙の了解で2ランク以上下のD、Eランク相当の仕事は受けられないから喰うに困ってしまう。
まあ抜け道はいっぱいあるし、田舎の名誉Bランクなんかはそれじゃ喰っていけないのでそこらも臨機応変だけどね。
そういう面から、あまり大物のいない都会の郊外ぐらいのギルドには逆に実力はBランク相当なのにB、Cランクの少ない仕事だけでは食えないので敢えて上位ランクに上がらずにCクラスに留まっている実力者や、周辺にBランク相当の魔獣がいないが故にBに上がれてないベテランなんかがいたりする。
依頼人が依頼相手を指名する指名依頼も特に基準はない。依頼人は、Aクラスの誰それでも、Dクラスの誰それでも好きに指名出来る。
だから前回、俺がこの世界にいた頃には金払いのいい依頼人を上手に囲い込んで、美味しく稼いでる人間はいた。
そこまで悪どくなくとも、ある程度一つの土地でベテランになってくると、大概は顔見知りの依頼人なんかを数人持っていて、指名依頼を稼ぐというのは普通だ。
専属にならずにギルドを通すのは、大概の依頼人は専属を雇う程、仕事を依頼しないし、冒険者側はギルドを通す事で、囲い込んだ依頼人からであっても割の合わない仕事からは逃げる為である。専属は逃げられないが、ギルドを通るなら何だかんだ理由をつけて断っても、依頼人は別の冒険者を指名するか、普通にギルドの掲示板に内容を張り出し、他の適当な冒険者が手を挙げるのを待つ事も出来る。
指名であっても、断るのは自由だ。
機嫌を損ねた依頼主から、次から指名されないリスクがあるだけである。
冒険者ギルドは多くの仕事を冒険者にやらせているが、代表的な仕事は隊商、旅行の護衛、それに集落周辺の魔物狩りだ。護衛も結局は魔物の襲撃からの護衛が多いから、要は魔物から守るのが冒険者の主な仕事だ。
ここまで来ると分かると思うが、魔物が減っていれば冒険者ギルドも仕事が減る。
ザンビアナで超臆病なマリラの飼育が盛んという事は俺の知る当時より魔物が駆除されて少なくなっている可能性はあった。が、勇者が呼ばれたという事はそういう事だから、ザンビアナはともかく全世界的に魔物が少なくなっている可能性は低い。
そして昔に比べてどうだかは分からないが、魔物がいるという事は冒険者ギルドは衰退はしていないはずで、昔と同じく、基本、来る者拒まずで受け入れているはずだ。つまり、異世界(?)から来たばかりの今の俺でもEクラス冒険者になるだけは楽勝というわけだ。
メシの時間が終了すると、待ってましたとばかりに侍女達に「今日はお疲れでしょうから…」と俺らは1人1部屋の個室に案内された。集まったままで良からぬ相談などさせないという配慮(?)だと思われる。
現に俺らは今の大部屋に案内された瞬間に彼らとは無関係に今後の方針を決めようとしていた。ザンビアナ側からすれば"良からぬ"相談だ。
そのザンビアナ側の思惑に他の連中が気付いていたかどうかは分からないが、腹いっぱいになった俺らは全員、特に文句を言う事もなく案内に従って個室にバラけた。
…やっぱり、何か一服盛られていたのかかも。(笑)
大部屋では全体方針など決めさせなかったが、俺的には方針が決まった、というより選択肢がないので、それしか出来ない訳だが、取り敢えずやる事は決まっていた。
特に緊張したとかなかったはずだが、やっぱりなんだかんだで精神的な疲労はあったのだろう。風呂入ってサッパリしてえなあ、とも思ったが、この部屋には天蓋の付いた比較的立派なベットと簡単な文机ぐらいはあるが水回りはない。
貴族向けの貴賓室というよりは、お付きの騎士辺りが泊まる用の部屋なのかも知れない。
仮にも勇者を招いたんだから貴族来賓用の部屋ぐらい用意すればいいのに、と思ったが、ザンビアナの考えている俺らの扱いは所詮はこんなものなのだろう。表面上は歓待しているような素振りだが、要するに魔王を斃すという超3K仕事を受け持つ作業員だ。彼らのやりたくない危険でキツくて手の汚れる仕事を押し付けてやらせる相手だ。
そもそも見下しているところにもってきて、若造だらけの素人くさい、庶民くさい我々を見てこの程度で宜しかろうと思ったのかも知れない。
人の思いというものは、この種のほんのちょっとした小さな扱いに出やすいものだし、やってる方は分からないがやられている方には分かり易いものだ。混み合っていて店員が皆、テンパってる遊園地のレストランで水を頼むとバイトの店員がものも言わずにガチャンと水を置く様なものだ。
長年離れていて忘れかけていいたが、利己的で自己中心的な人間しかいないこの世界らしくもある。
いやあ、マジに戻って来ちまったんだなあ。
まあ、風呂には入れないが、水回りが全くない部屋というのは部屋から出る口実の欲しかった俺には好都合ではある。
俺は、まず案内された部屋から出た。
部屋の前には衛兵が1人立っていた。一応、俺らの護衛という口実なんだろうが、実際は見張りだ。
案の定、彼は勇者様にお話し申し上げるとはとても言えない横柄な態度で言った。
「こんな時間にどこに行く?外出は禁止だ!」
俺は大げさな仕草でケツを押えた。
「すいません。漏れそうなんです。トイレ、どこですか?」
チッと衛兵は不機嫌な顔で舌打ちした。
良かった、と俺は安心した。
俺がいなくなれば、真っ先にこの担当の衛兵がツメられる。先の侍女みたく、人が良さげな人だと多少は良心も痛むが、そうでなければ何も思わなくて済む。
「向こうの角だ!」
何か想像でもしたのか非常にイヤそうな顔の衛兵の指した方に向かう。彼はついても来ない。
俺はますます安心した。
俺がいなくなっても、それは彼が無能だからだ。
俺は安心してトイレに行き、用を済ませた後は大人しく部屋に戻って来て寝た。
明日は大忙しなのだ。




