023 知識と経験と団体行動
愉しかった(?)飲み会が終われば仕事だ。
ディープな飲み会の翌日には早朝から仕事が待っているのは世界を問わずお約束である。
社会人としてそれが予め分かっていた俺は、この仕事を引き受けるに当たり、飲み会の前に半日掛りで準備はしていた。
剣1つで勝負出来る、逆に言えば武器で戦力底上げは難しい剣士とは違い、弓師は道具を選べる。
勿論、剣士だって良い剣を選べばいいわけだが、少し大きめの町をはいえ、戦力底上げが図れる程の業物はそうそうない。が、弓の場合は種類を変えればいいだけだ。
翌日の昼過ぎの出発までに俺が用意したのは、ボウガンが5つ、普通の中弓が1つだ。
いつも使ってる速射が効く小型のヤツに加え、通常の中型ボウガンと中弓も持っているものだが、今回は更に大型ボウガン3つを買って用意した。理由は簡単、威力を求めたのだ。
こんな田舎では城塞防備に使われる様な据え置きメインの大型は流石になかったが、両手で持てる大きさでは最大に近い大きさだ。手で装填など当然出来ず、1回づつ弦をハンドルで巻かなくてはならない。とにかく店にあった一番大きいものを買い占めたのだ。
俺がそれを荷車で引いてえっちらおっちら集合場所に来ると、1人、小柄な男がニヤニヤしながら寄ってきた。
「おい、弓師。そんなに荷物あんなら俺のトコに乗せろよ。」
「ああ?」
小柄な男は俺の不審げな様子にも全く動じず、ニヤッと笑った。
「へへ、俺はジムだ。キャディだぜ。」
「ほう!?」
キャディはこの世界ではスキルと呼ばれる特殊能力の持ち主だ。
一言で説明すればそのスキルは怪力で、500㎏ぐらいの荷物なら片手で平気で持ち歩ける。だから冒険者といっても、戦闘職ではなく荷物持ちに徹している事が多い。
だが、だたの荷物持ちと嘲笑う事無かれ。
500㎏オーバーがひょいと持ち歩けるのだ。パーティーに1人いると戦い方の幅が断然広がる。
キャディが1人いれば、他のメンバーは荷物を持つ必要がない。つまり常に身軽なまま動き回れるので、どこから敵が襲って来るか分からない森や、荷車や馬車の使えない迷宮探索などでは断然有利だ。
複数の武器も持ち歩けるので、戦闘の最中に補充も出来る。
武器防具が途中で損傷したりするのも珍しくないCクラス以上の討伐では、これも非常に助かるのだ。
だからキャディはこの種の複数人を必要とする討伐では非常に重宝されるし、逆に実戦では大概は何もしない。安全圏にいて武器、弾薬(矢)の補給に徹する。それでいて魔獣を倒せば報酬は山分けだ。
長旅の護衛任務でも、特に徒歩の場合は持てる荷物が多ければ全然違うから場所によっては引く手あまたで、冒険者としては危険も少なく、非常に美味しい商売だ。
但し繰り返すが、特殊能力で500kgなら屁でもないから出来るのだ。
「おお!なら頼むわ!」
「任せな。」
彼は俺が両手で何とか持てる重さのボウガンを片手でひょいひょいと掴むと、小型の馬車ぐらいはある自分の大きな荷車にガシガシと放り込んだ。500kgオーバーが持てると言っても両手にいっぱいというわけにはいかない。普通は超バカでっかいザックを背負う事が多いが、今回は荷車を使うらしい。
「今回は結構、人数がいるし、殺るのは山地じゃなくて平地だそうだ。なんで車だ。」
「馬、使ったらいいじゃん。」
「相手はデカい。現場じゃ馬は怯えて暴れる可能性が高いから使えねえ。けど途中の村か…ビックヘッドにかち合わない所までは馬を使うぜ。」
彼は何も載ってない荷馬車を回す様にクルリと武器その他で満載の荷馬車を回した。向いた方向には馬が2頭待ってる。
「俺らは後衛だし、多分、俺はお前さんより更に後だ。戦闘の時はこの大弓、巻くのも手伝ってやるよ。」
器具でギリギリやらないと弦の弾けない類のボーガンでも、キャディのパワーに掛かればスイスイ出来るだろう。彼の申し出は非常に有難い。
「おう、そいつぁ助かる。頼むわ!」
「任しときな。」
キャディのジムが俺の弓やら他のヤツの大楯やら槍やらを積んだ所で、先頭にいたアルローラが声を張り上げた。
「おーし!野郎ども、出発だ!」
「「「「おおっ!」」」
「おう、弓師!」
「ああ?」
皆で一応の目的地とされている村まで歩いていく最中に俺に声をかけてきたのは、昨日飲み会で絡んだガルだった。
「オメエの毒はどこまで効くんだ?」
言葉は少ないが言っている意味は分かる。
彼の問いに俺は肩を竦めた。
「普通のDぐらいなら即死に近え。Cまでは結構効く。けど、ビッグヘッドは図体がデカいから多分、効いても回りが遅い。しかも相手も毒持ちだとそもそも効きが悪いから、即死とかはないし、ぶっちゃけかなり効かねえだろう。」
俺のあっさりした言い様にガルは呆れた顔になった。
「ふん!それじゃ役に立たねえじゃねえか!」
俺は歩きながら、ガルの方に正面から向き直った。
「お前、大蛇関係、経験あるか?」
「…ッチ!嫌な聞き方するじゃねえか。」
要するに、ないって意味だ。
なら俺が教えてやるしかない。
これは俺の親切心から来るものではない。経験から来ている。
こういう多人数討伐は相手を知ってる奴が知らない奴を上手く指導しないと、人数が多いだけのただの烏合の衆で終わる。
前回の旅では、上手く立ち回れば上手く戦力になるヤツが、未経験が故のイージーミスや指揮するヤツのノータリンな指示で無駄死にするのは沢山見た。
挙句、そのノータリンな指示で不要な犠牲を大勢出したのに、結果として討伐したから何の反省もなく評価されたクソも結構いた。
現代の会社にもその種の周辺被害をまるで気にしない一将功成って万骨全滅タイプは多い。
討伐で犠牲者が出るのは仕方がないにしても、無駄死は横で見ていて気分が悪いし、現場では無駄な戦力ダウンで俺らの生存確率も下がる。
現場から離れた後方にいて討伐出来たという結果だけを美味しく戴こうと待ち構えているだけの上のヤツらからすれば、戦死者の数は唯のメーターゲージかも知れないが、現場の俺らはそうじゃない。現場での人数と危険度は単純計算ではないが基本的には反比例の関係だ。しかも人数が増えてもゼロにはならないけど、人数が減れば死に率は確実に上がる。二次関数の曲線みたいな感じで上昇する。
1回、一緒に飲んだくらいで身内意識が出来たわけではないが、仮にも知り合いが危険に遭う可能性があるなら知らせてやるぐらいはするのが人間だ。討伐前の飲み会にはそういう効果も当然期待され、含まれている。そういった意味で正に昭和の社内飲み会に期待されているソレと一緒だ。
昭和の頃は高度経済成長期と言われていたと習った。
日本の会社は経済を発展、要は豊かになる為に皆、寝食を忘れ寸暇を惜しんで働いた。逆に言えば、寝食を忘れられないヤツや仕事以外に時間を使いたい人間がいても強引に日本株式会社の一員に引き込む必要があり、そういう仕組みが陰に陽に構築された。
自分1人で好き勝手な商売をする事よりも、いい大学を出て大きな会社で轡を揃えて働くことが奨励され、諸般の事情でいい大学を出れなかったヤツも工場のラインに整列して浮世と煩悩を忘れて写経する信者の如く無心で組み立て作業を行うのが良しとされた。
そして24時間365日働く人間が出世街道をひた走って新聞の履歴紹介記事で喋りまくった。中身は24時間働きまくったので引退したら(70過ぎた今でも会長として君臨中)今迄一度も出来なかったヨメと近場の温泉にでも旅行したいとか、若い頃には残業規制に掛からない様に18時になったらタイムカードを玄関に押しに走ったとか、徹夜続きで会社の来客用ソファで寝てしまい、あくる日に客前で無精髭全開で起き上がって皆から苦笑いされたとかって話だ。
そうは言ってもいい大学を出れる人間は限られるから、それ以外にも希望を持たせるべく高卒で働いた方が大卒よりも生涯賃金は高くなるという統計と、転職を重ねてあちこちフラフラするよりも定年まで勤め上げるのが最も生涯賃金が高いという統計が用意され、上から命じられた通り馬車馬の如く働けばその人なりに(重要)報われるというストーリーが流布された。
どんなに会社に不満があっても一か所で長く働いた方が有利という風にする為に年功序列の給与体系も組まれ、しかも社会全体にそれが推し進められた。
だから、どんなに待遇の悪い会社に入っても同じ年功序列の給与体系の他社に移れば双六で言う「振り出しに戻る」と同じ状態だからやり直しを図る事に意味がなく、仕舞には高待遇を求めて転職を繰り返す人間は信用ならないという空気すら醸成された。
しかも、結果論に過ぎないがそんな昭和社会にあっても転職を繰り返す人間は結果的には色々な意味で組織に馴染めなかった類の人間が多かったので、転職を繰り返す人間は信用ならない説は増幅され、日本では転職市場が長く発展しなかった。日本の会社間で転職して偉くなった例は少なく、経済誌なんかに出て来る転職組はむしろ新卒でその会社一筋なんぞは存在しない外資系の経営幹部が多かった為、2年でクビか更に高給を提示した別の外資系に移る例が多かったのも転職は特殊というイメージを助長した。転職がスカウトと呼ばれていた頃だ。
そしてトリタマな話だが転職市場がないので、日本での大卒の就職は4年次の半年程の間にほぼ固定化され、そこで就職しなかった場合、平成の就職氷河期世代の様に出世はおろか生涯、スタートラインに過ぎない正社員になる道すら閉ざされた。
諸外国は知らないが、日本では正社員以外の仕事は学生や主婦など他に食う手段、あるいは本業を持っている人間が短時間やるのが前提で組まれている。なので、それだけでは食っていけない程度の時給しか出ず、各種社会・労働保険的な諸々も対象外で、大学4年次に正社員になれなかったというたった半年の失敗で就職氷河期世代は長く苦しむ事になった。
税務当局、労働当局の制度設計も絶妙で、バイトが正社員化、あるいは正社員同然の勤務時間で働くと企業の負担も増え、当人の手取りも減る仕組みになっており、雇用主、雇用者双方からの異論が出ないようにされていた。
その一方で正社員組織内部では執務時間外にも社内行事、社内飲み会が奨励され、公私に渡り組織への一体化が推し進められた。
万人単位の大企業ではプロ野球球場を借り切って小学校宜しく運動会が開かれたり、財閥系を中心とする大きな企業グループでは各企業集団が東京近郊に自前で持つ運動施設で社内サッカーチームやら野球チームやらのリーグ戦が毎年開催されている例すらあった。
会社の外側、会社員以外にも洗脳の手は広げられた。
子供達の見るヒーローモノはアメリカのソレが基本的にクリプトン星人とか、絵面的に問題があったせいか元になった生物とは違い手足は4本だが尻からではなく手足から糸を出せる人、コウモリのマークの人など才能輝く1人が戦うのに対し、日本では戦隊モノというジャンルが作られて、組織で敵に対抗し、正義の為、そして仲間の為に犠牲になる事が尊いとされた。
戦隊ものを卒業して学校に入れば、小学校では放課後の全員での掃除から班活動、運動会、学芸会と団体活動がみっちり仕込まれ、中学、高校ともなれば部活動が勉学という本業を圧する程に異常に奨励された。それもテニスや体操の様な個人戦主体ではなく、ラグビー、野球、サッカー、バレーボール等、大人数での団体スポーツが中心だ。本来は個人競技の極みの様な剣道、柔道ですら団体戦が存在する。
そこでは数少ないレギュラー以外もグラウンドの外で所属組織の為に声を涸らして応援する、レギュラーの為に3年間パンツを洗い続けるなど滅私奉公が美徳、というより強制された。その反面で同時に日本代表やらプロ選手に成れるほどの才能がなくともスポーツで進学、就職する道が多数用意された。文字通り飴と鞭である。
昭和は流石に行き過ぎかもだし、今の判断基準に基づけばややもすると全てが犯罪的とさえ言える状況だが、さりとてその根幹的思想の全てが間違っているわけではない。
困難な目標は優秀な個人によるスタントプレーだけでは達成困難だ。多かれ少なかれ組織的行動と団結が不可欠で、人間はこの組織的、社会的活動をもって自然界で一頭地抜け出したのだ。
そしてビッグヘッド討伐は個人の力では到底達成困難な目標である事は間違いなく、その達成の為には組織として動けるだけの身内意識と、団結とまでいかずとも参加冒険者全員の協力が必要だ。
だから俺は大蛇系未経験で何も分かっていない彼に一から説明した。
「いいか、ビッグヘッドみてえなデカいヘビ系統の奴らの1番怖え攻撃は実は尻尾だ。アタマじゃねえ。」
「んだよ、それ?」
ガルはきょとんとした顔をした。
予想はしていたが俺は心の中で溜息をついた。イメージとか出来ねえのか?
一瞬、そう思ったが直ぐに思い返した。
俺らだって最初はイメージなんぞ湧かなかったのだ。他人を小馬鹿に出来る立場じゃない。
賢者は知識に学び、愚者は経験に学ぶと言うが、俺だって経験したから学んだわけでおバカ脳筋基本の冒険者の立派な一員だ。
俺はキョトンとした顔のガルに丁寧に説明した。
「大概、俺らの攻撃はアタマに集中する。だから視線も注意もアタマ向いてる。」
「…おう?」
「みんながアタマに集中してると、意外と横から来る尻尾の攻撃は見辛えし、避けづれえんだ。気付いた時にはぶっ飛ばされてる。レッドコブラの尻尾なら喰らってもぶっ飛ばされるぐれえかも知んねえけど、ビックヘッドのを喰らったら即死だ。」
いつの間にかガルだけでなく、大将のアルローラも含め、全員が歩きながら俺の話に耳を澄ませているのを感じた。
「アタマ、狙うんは悪くねえ。むしろ尻尾なんかぶっ飛ばしても死なねえから意味がねえ。」
「「「「……」」」」
「けど尻尾の攻撃を警戒するんを忘れちゃなんねえ。」
「「「「……?」」」」
聞いて来たガルや周囲で耳を澄ませている連中は少し混乱した様子だった。
まあ、考えてみれば脳筋系前衛戦士のガルからすれば、「尾を撃っても倒せねえけど、尾を警戒しなきゃいけない」とは何のこっちゃ?という所なのかも知れない。
俺は辛抱強く説明を続けた。
「どっちみちビッグヘッドクラスじゃあ、遠間から弓でアタマ撃っても弾かれるか避けられる。だから、俺は尻尾に集中する。尾に矢見て避ける目ん玉はねえ。」
「…お、おう。」
「尾は俺が止めてやる。オメエらはアタマに集中しろ。」
「お、おう…要するに俺らはアタマ狙えばいいって事だな?」
そうだけどそうじゃない。
俺は辛抱強く続けた。
「その代わり、俺がヤバいって言ったら従え。俺が言わなくても横にチラッとでも何か見えたら下がれ。見えねえ所から尻尾が来る。」
命の懸かってる真剣な会話だ。その雰囲気が分からない様ではこの業界ではどのみち長生き出来ない。
そして完全には理解出来ずとも、従った方がいいアドバイスが分からない奴も、これまた早死する運命だ。
ガルは見るからに脳筋だが、冒険者的な脳の回転ではパーではないはずだ。俺のなんちゃってクラスCはともかく、普通のクラスCは伊達ではない。実力があり場数を踏んだ証だ。
ガルは俺の真剣な言い様に、まだ何だか分からんという顔をしつつも、俺の真剣なアドバイスの雰囲気と論点はキチンと掴まえて頷いた。
「お、おう…分かった。アタマだけじゃなくて尻尾からの攻撃もヤベエから気ぃ付けろってことだな。」
「そういうこった。」
やはり冒険者的なアタマはそれなりに回転するらしい。
分かって貰えた俺も頷いた。
「随分、知った風じゃねえか、弓師。大蛇、経験あんのか。」
横から入って来たアルローラの問いに俺は思わず苦笑いした。
勿論、経験はある。数限りなくある。けど思い出されたのは最初の1回目だ。
「……ああ、まあな。」
「どうやって倒したんだ?」
「俺が尻尾止めた瞬間に、仲間の魔術師がアタマ、一撃でぶっ飛ばした。」
「……。」
なんで、みんな微妙な顔すんだ?
なんとなく、何か自分でフォローしなきゃいかん雰囲気を感じた俺は続けた。
「いや、まあ…もう一人の仲間は、俺の出番が無かった!って怒ってたけどな。」
「「「「「………」」」」」




