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風任せで人任せな俺がここにいる理由  作者: 明月 文


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022 ロシアンルーレット

「アルローラ・ヴォルテスだ。クラスはBだ。」


 着いた当日は、予定外はあったものの、昼メシの後で旅に必要な買い物を手分けして済ませて後は宿でバタン。


 昼から飲み過ぎたか?

 アホ過ぎるかも知れないが、こういうのが俺の理想の生活でもある(笑)。


 そして翌日の夕方になって、俺ら2人は予定通り討伐組の顔合わせ兼宴会に出席した。


 30名程の人数が出席していた。討伐としては悪くない数だ。


 他の連中はこのギルドのメンバーだから何もいらないが、俺達は新参だ。誰も俺達を知らないし、俺達も知り合いなどいない。

 そこでまずは一座の大将らしい大男が名乗った。

 後ろに大きな戦斧が立て掛けてある。アレが振り回せるならかなりの威力だろうから、当たればランクBの魔物でもそこそこ戦えるだろう。


「クラスCで弓師のクリス・シーガイアだ。クリスと呼んでくれ。」

「おお!」


 周囲の半分程が期待の眼差しで俺を見るのが分かった。


 あ~あんま期待はしないで欲しいなあ。

 ギルド長の脅し半分でのムリムリ、イヤイヤ、渋々参加で、あんまし気合が入ってないわけだし。


 俺の若干引き気味な思いを他所にアルローラと名乗った巨漢も嬉しそうに笑った。


「遠距離の戦力が欲しかったんだ!ギルド長もいいのを捕まえてくれたぜ!」


 まあ、正に「捕まった」という表現が正しいだろうな。


「いや…まあ…宜しく。」


 あまり気乗りしない感じの俺の返答をアルローラと名乗った大男は気にした様子もなく、俺の後ろの彼女の方を見た。


「で、そっちは?」

「クラウディア・バウバリアンだ。クラウと呼んでくれ。連れのクリスが参加するから手伝う事にした。」


 俺がすかさず手を挙げた。


「彼女は冒険者じゃない。唯の俺の連れだから賞金は俺とコイツの2人で1人分でいい。」


 今回の様な冒険者寄せ集めの討伐においては賞金は基本的に平等に山分けだ。即ち人数が増えれば1人当たりの取り分は減る。

 金の話に困ってなかったし、金の話で揉めたくなかった俺はすかさずフォローしたつもりだったが、大男のクラスBは聞き流し、クラウをジロジロと見た。


 イヤらしい目とかではない。

 確認箇所は胸部装甲とかではなく体格、武装、そして眼差し。

 戦力を確認する目付きだ。


「アンタ、何がデキんだ?見たとこ剣士みてえだが?」

「ハイダル流だ。マスターを持ってる。」


 マスターなのか!


 こっちの世界の剣術は色でクラスを現す。

 下からホワイト、イエロー、グリーン、レッド、ブラックだ。


 出発ラインのホワイトは置いておくとして、すんごい運痴でもなければイエローはほぼ誰でも到達する。普通の兵士レベルだ。

 グリーンも5年も真面目に修行するか、長年、軍で実戦でも経験し続ければ大概は到達する。


 だが、ここから先はかなり難しく、才能が必要だ。


 レッドというと前線の隊長クラスにも滅多にいない。ブラックと言えば達人と見られる。


 そしてマスターはその上だ。道場主レベルである。

 彼女の若さ(礼儀作法として正確な歳は聞いてないから知らない)では有り得ないレベルの高さだ。


 だがBクラス冒険者の評価は芳しくなかった。


「剣術屋か…経験、あんのか?」


 彼の評価が芳しくない理由は分かる。

 剣術は対人戦を基本としている。だから対人戦闘が基本の軍や騎士団ではある程度評価されるが、冒険者の基本は対魔物戦だ。勝手が違う。相手は人の動きをせず、人を超えた動きで襲って来るのだ。

 だから人間相手の剣術で腕前を誇っていても、魔獣退治では本人が思う程には役に立たない事例は多い。非常に多い。


 思うに冒険者が前歴に関係なく最初は全員がEクラスに分類される理由の1つはここにある。


 魔物退治は人間同士が相手の戦争とも野獣狩りとも勝手が大きく異なるのだ。そして冒険者の仕事の大半が魔物絡みだ。

 隊商の護衛などは、人間である盗賊を相手にする事も多いが、魔物関係の仕事に比べれば少ない。

 探索や採取、人探し(賞金稼ぎ含む)を専門にする人間もいるにはいるが、それもそれ程多くない。大概はそれだけでは食っていけないからだ。冒険者の殆どは多かれ少なかれ魔物を相手にして暮らしている。


 彼が聞いた「経験」とは魔物を倒した経験である。


「彼女の腕は俺が保証する。2人で魔物狩りしながら旅してんだ。経験はある。」


 Cクラスの俺が「経験がある」と若干盛ってフォローすると、大斧使いのBクラス冒険者も彼女を上から下まで眺めながら曖昧ながら頷いた。


「切味派も悪くねえかも知れねえ。まあ、人手はあるに越したこたあねえからな。」


 紹介が終われば、後は顔合わせの宴会だ。

 俺らも適当な席に座った瞬間、待ってましたとばかりに酒が回され始めた。



 宴会での顔合わせの重要性はクラウにも説明したがクラウの言う通り「宴会の前にすることあるだろ!?」という声があるのは勿論、承知している。


 けど、それは立場と仕事を弁えたエリートさんワールドだけの話だ。


 俺らは冒険者である。


 親しくもない、腕前を認めたわけでもないヤツの意見などアタマから潰すか無視するだけだ。だから親しくなるまでいかずとも、話の通じる間柄を作るにまずは飲み会が先の方がいいのだ。

 何処の世界でも酔っ払えば多くの人見知りや礼儀作法、身分の上下を乗り越えることができ、その関係は酔いが醒めた後も残ることが多い。ノミニケーションは古い、昭和だと言われつつも全滅しないのはその効用が否定できないからだし、平成が全否定するのはその世代はお友達じゃないヤツはお友達じゃない、という真逆の思想体系だからだ。


 だいたい平成だって友人同士の飲み会は嫌いじゃないヤツは多い。だか上司、上役、会社の同僚、取引先は友達じゃないので飲みに行くとか非常識じゃないスか?というだけだ。挙句、ノミニケーションの効用を認めるどころか飲み会とかアルコールに金を使うとかコスパ悪いッスよね?違いますか?という強硬意見すらある。

 昭和華やかなりし頃は会社の飲み会と言えば会社持ち、上司持ちだったという羨ましい話も聞くが、昔の日本人は全員丁髷だった話と一緒で俺らは見た事がない。今は上司も含め全員で割り勘とかって話が多いので、主に飲み会嫌い勢からコスパの話が出るのは分からんではない。

 ちなみにコスパという意味でいけば今日のこの会合はギルド持ちと聞いてるので気にしなくていい。


「おい!オメエ、弓師だそうだな!」


 その俺らがコスパを考えなくていい今回の飲み会で皆に酒が回り、リーダーであるアルローラの発声で乾杯も終わって飲み始めれば、すかさず寄ってきたヤツがいた。ノミニケーションの一般的な効用とは逆にどうみても仲良くなりたいと言うノリじゃない。会の趣旨に関わらず酒癖の悪い人間とはどこにでもいるが、会は始まったばっかりでまだそこまで飲んではいない。

 繰り返しになるがこの飲み会のコンセプトは「仕事の前にみんな仲良く友達になろうぜ!」なのだが、趣旨を理解しない、あるいは理解しているが回答と行動が間違っているタイプはどこにでもいる。「SNSで闇バイトの募集が増えていますので気を付けましょう」というニュースを見て、「そんな稼げるバイトがあるならやってみるか!」と思うタイプだ。

 そこまで阿呆でなくとも、仲が良くなる、とはオマエが俺の下につくか、貴方様の言う事を全て聞かせて頂きますのどちらかでしか判断出来ない輩もいる。ジャ〇アンと〇び太の関係を友情と誤解し、人との繋がりをその関係でしか見た事がない、文字通りヤカラだ。

 マンガとかを例にすると普通じゃない風だが、程度は軽いが、暴走族社会とノリは一緒で、関東も東の方の県では中学生ぐらいから70代以上の揃う老人ホームに至るまでごく普通の社会形態だから、そんなに不思議でもない。


 案の定、彼の後ろには彼の仲間と思しき3人程が、特段言葉は発しないがニヤニヤしながらそれとなく控えていた。


「後ろでチョロチョロしてるだけで同じペイを貰えんだからいいよなあ!ああ?」


 チ〇ラギヤンキーワールドじゃなく、東京のウチの会社にだって、こういう先輩はいた。

 新入りがまだ右も左も分からずに遠慮がちにしているうちに、すかさずマウンティングを獲りにくる類である。


 会社にいた3つ程歳上の先輩もそうだった。

 無論、ウチは左遷子会社とはいえ一応大企業系列の会社だから暴走族のそれの様な感じではないが、彼は事あるごとに俺に対してマウントを獲りに来ていた。


 先輩と俺の出身大学は、世間的には同程度のレベルで知られていた。

 要はお互いに大したレベルじゃないFラン大学の出身ってことだが、同時に世の中では同レベルのライバルと見ている所もあったし、それに当てられてか、お互い同士(俺と先輩という意味ではない)も互いを意識しており、少し張り合っている様な所もあった。


 そして先輩は飲み会とかで一緒になると、チマチマと自身の出身校の誰々が今度某社で社長になった、週刊なんとかの記事では自分の学校と俺の学校の双方に合格した場合は圧倒的に自分の学校に入るヤツが多いと書いてあった、とかって自分の方が上であるとチラつかせるのが得意技だった。

 東大と京大とか早慶とかならともかく、所詮はFラン同士なんだけどな(笑)。


 なので、早慶とか東大京大のヤツらから見れば張り合っている意味も分からないだろうが、当事者の我々からすれば当然違う。

 俺自身はそんなに愛校心が高いわけでもないし、世間一般的な互いのライバル意識などは全く気にもしていない方だったが、それでも自分の出身校を遠回しにバカにされるのはイラっとはきた。

 相手が早慶とかならともかく、世間一般的にも同レベルと理解されている大学のヤツに言われるのも微妙にムカついた。

 けど、会社にいた時は、やはり社会常識的に先輩に直接的にガチで言い返すのは何か遠慮があって、イラっとは来ていたが表面的には愛想笑いで「はあ」とか言いながら、彼のチマチマとしたマウントを受け流していた。


 が、今はそんな立場ではない。そんな商売でもない。


 商売的にも売られた喧嘩は買うし、実力的にも買える。

 それが、この世界の数少ない日本より良い点だ。


 俺は挑発的な薄ら笑いで言い返した。


「そもそも前衛がキッチリ仕事すんなら、わざわざ後でちょろちょろするだけの弓師の俺に声がかかる事もなかっただろうけどな。」

「…ああ!?何だとテメエ!」


 簡単に馬脚を現した彼を俺は殊更無視する様に、意識して更に挑発的に嗤った。


「ハハ!心配すんな。ケツがお留守になっても俺が後ろから守ってやるよ。但しお漏らしの世話はゴメンだぜ?」

「…(怒)何だとこのヤロウ!ぶっ殺されてえのか!」



 私は女だ。

 だから、騎士団の様な男社会の宴会に出ると往々にして囲まれやすい。

 

 案の定、宴会が始まって直ぐにむさ苦しい冒険者どもに囲まれて、肩とか足とか腰とかに伸びて来る手を適当にあしらいながら飲んでいた。

 男社会ではありがちな飲み会で、豊富とは言わないまでも、こういうのは経験もあるから、あしらいも分かっているので、鬱陶しくはあるが大きな問題はない。14、5の小娘じゃあるまいし泣きが入ったりもしない。


 今夜もまあ同じ状況だが少し違う点もあった。クリスという連れがいる点だ。

 彼は自分では冒険者はまだ日が浅い、と言っていたが、旅や魔物退治は経験豊富そうで冒険者社会のイロハにも通じている。こういう場でも上手くやるだろう。

 と思っていたら、ふと気が付くと、その連れのクリスの方が数人に囲まれて談笑…というか絡まれているのが目に入った。


「ああ!?Cぐらいの新入りが偉そうにしてんじゃねえよ!」

「同じCなんだろ?」

「成りたてのCとな、俺らキッチリ実績のあるのとは違えんだよ!たく、そんな事も分かんねのかよ!」


 腰に数本の短剣をぶら下げた、わりかし体格のいい男に対し、クリスはニッコリ笑顔を浮かべた。


 あ!あれは嫌な事を考え付いた時の顔だ。


 私は気付いたが、絡んでいる男の方はそうでもないらしい。

 笑顔になったクリスを「コイツ、どういうつもりだ?」という風な少し探る様な顔で見た。


「ほほう。じゃあ実績あるCクラスさんは俺の勝負を受けるってか?」

「おう!おもしれえ!何でも来いよ。勝負は選ばせてやるぜ!」


 クリスは懐から小さな紙の包みを出して広げた。中には薄緑色の粉が入っている。


「……おう、体が弱えんなら早く薬飲んで元気になれよ。それまで待ってやるからよ!」


 何も知らない短剣を数本腰に差した絡み男が言い、周りはゲタゲタと笑ったが、私はアレが何だか知っている。


いや!クリス!

それはマズいだろ!


「おいおい…」


 私は止めに入ろうとしたが、それが聞こえたのか聞こえなかったのか、クリスは傍にあった皿に包みの中身を半分程入れ、コップの水を少し入れる。


「……おお?何だってんだよ。」


 短剣の男の問いにクリスは答えず、近寄ってきた猫を一匹掴んで顔を皿に突っ込んだ。


フギャー!


 ネコはいきなり水に顔を突っ込まれジタバタしていたが、周囲はいきなりのクリスの奇行にあっけにとられて黙っている。


 クリスはと言えばネコを直ぐに床に放り投げた。


フンギャ!


 ネコは床に投げられて抗議の声を上げたが、直ぐに逃げ出そうと走り始めた。が、3歩程で唐突にパタンと倒れた。

 手足をヒクつかせ、口からどす黒い泡を吹いている。


 そりゃ、そうだ。


 アレはCクラスの魔獣ですら1分ともたない猛毒なのだ。むしろ猫はよくもった方だ。水で薄めた分、量が少なかったからだろうか。


 周囲もクリスが何を実演したか分かり沈黙した。


「さって、ここからが勝負の内容だ!」


 周囲が沈黙する中で彼だけが明るい声で言った。


「マスター!グラスを5つ持って来い!」

「へ?…へい!」


 今の猫の実演を見ておらず、何も知らないマスターが営業スマイルで持って来たグラスにクリスは赤ワインを等分に注いだ。

 ここまで来れば、全く説明はないが彼が何をしようとしているのかは全員が分かっていた。

 ワイングラスを使ったロシアンルーレットだ。


 全員が無言で見守る中で、クリスはグラスに赤いワインを同じ量だけ注ぎ終わり、嫌な笑顔続行で相手を見た。


「さって、アンタ…何てんだ?」

「…ガルだ。」

「じゃ、ガルさんよ、俺は後ろ向いてるから好きなグラスにコイツを入れてくんな。」

「「「え?」」」


 ガルも含め、周囲は驚いた様にクリスを見た。

 対するクリスは彼らをバカにしたような眼差しで眺め、肩を竦めた。


「どっちみち俺は他所モンで周囲はアンタのお仲間だらけなんだろ?誰に入れさせても意味ねえ。メンドーだからアンタが好きなグラスに入れてくれりゃあいい。その後、お待ちかねの度胸試し勝負だ。」

「……」

「あ、流石にグラスは回させて貰うぜ。そのくらいは公平にやんねえとなあ!」

「……」

「…何だよ?それともどんな勝負か一から説明しねえと分かんねえってか?」

「……」


 あんまりな言い様に全員が何も言い返せずにいると、その空気を無視してバカは更に付け加えた。


「ちなみに俺は先攻でも後攻でもどっちでも構わねえぜ?」

「……言ってくれるじゃねえか。後悔すんなよ!」


 ガル、と名乗った短剣男がクリスを睨みつけながらクスリに手を伸ばそうとした時に、ドスの効いた声が後ろからかかった。


「それじゃ賭けにならねえ。」


 目の前に出て来たのは先程最初に出て来た一座のボスと思われるアルローラだ。周囲が一歩下がる。


 そのアルローラはカウンターに向かって怒鳴った。


「マスター!お前がカウンターの裏でクスリ入れて持って来い!」

「アルローラの旦那、それは…」


 漸く状況を飲み込んだ店のマスターは床でドス黒い泡を吹いて死んでいる猫を横目で見ながら当然の様に難色を示したが、アルローラは容赦なく言った。


「心配すんな。持ってきたら俺らが気の済むまでグラスは回す。どっちに当たってもお前の責任じゃねえのは俺が誰にでも保証してやる!」


 彼の言う“どっち”とは無論、クリスとガルと名乗った前衛の男の事だ。


「…じゃあ……。」


 渋々、といった様子で出て来たマスターにクリスが嫌がらせ的に明るく声を掛けた。


「ああ、クスリ入れたら念の為、手はよく洗えよ!」

「へ?…へ、へい!」


「さて…」


 アルローラは目の前に大振りの金貨を一枚投げた。


「俺は弓師に賭けるぜ?」


 金貨を見て、固まって様子を眺めていた全員が目の色が変わった。


「ヨシ!俺が仕切るぜ!右がガル、左が弓師だ!みんな金出しな!」「おおう!じゃあ俺はガルに賭ける!」「俺もだ!」「へっへっへ!弓師さんよ、俺あアンタに期待するぜ?」「ガルは勘は悪くねえ、俺はガルの1枚、いや2枚だ。」「ガルに俺も。」「…弓師に張らせて貰う。」「けっ!こういうのは新入りのラッキーに賭けるべきだろ。弓師に3枚だ!」「度胸勝負でガルが負けるかって!ガルに4枚だ。」


 あっと言う間に机に流石に金貨は最初の1枚だけだが、銀貨、銅貨が二手に分かれて並んだ。どちらかが毒杯を呷れば確実に死ぬ、という事を気にしている素振りのヤツは1人もいない。


 金が並んでる間にマスターがカウンターの下でクスリを入れたグラスを持って来て、アルローラがグラスを回す。

 そして、彼が適当な所でアゴで短剣の男に合図し、今度は短剣の男がグラスを回す。そして最後にクリスがグラスをいい加減な感じで回した。


「さて、どっちが先行だ?」


 アルローラの声にガル、と名乗った短剣の男が反応した。


「後ろで縮こまってるだけの弓師と俺らは違え!俺から逝ってやろうじゃねえか!」


 威勢のいい言葉と裏腹に、彼はかなりじっくりグラスを眺めた。私の目からはどれも同じグラスにしか見えない。

 そもそも店のマスターがどのグラスに毒を入れたのかは誰も見ていないから、グラスを見たって何も分からないはずだ。


 だがガルという短剣の男は、ワインの赤い色の中に何かを見付けようと真剣な眼差しでグラスを眺めていた。

 そして結構な時間をかけて眺め続けた結果、真ん中の1つを手にした。


「「「「おおおぅ」」」」


 グラスを選んだ段階で周囲がどよめく。

 ガルは、選んだ後もグラスを上から下からじっくり眺め、そして皆が固唾を飲んで見守る中で、グッとイッキした。


「「「「……おおお!」」」」」


 イッキして特に何事も起きなかったガルは、全員に見せつける様にグラスを上げて見せ、ドヤ顔でクリスを見た。


「次はオメエだよ、弓師!」

「おう!」


 ドヤ顔で言うガルに対してクリスは感心した様子も考える風もなく、右端のグラスを取って誰かが何か言う暇もなくグッと呷った。


「「「「……おおお!」」」」


 ガルの時とは反対に全員が固唾を飲む暇もなく呷ったクリスを見て、一瞬、反応は遅れたが、また周囲は感心した声を挙げた。残るグラスは3つだ。


「おし!次はお前だ。」


 あまりに躊躇のないクリスの態度に呆然としていた相手のガルも、声を掛けられてハッと我に返った表情になった。


「…うるせえ!黙ってろ!」


 ガルは残された3つのグラスを再びじっくりと眺めた。誰一人、声を挙げる者はいない。

 彼はテーブルを周り、グラスをグルリと眺め、上からも覗き込み、やがて3つ並ぶグラスの左端にある1つを取った。


「……」


 誰かがゴクリと唾を飲む音が聞こえた。


「……」


 ガルは持っているグラスを凝視し、1つ息をつくとグッと飲み干した。


「「「「「……おおおおおお!」」」」」


 ガルは飲み干したグラスをダンっと机に置き、ドヤ顔でクリスを見る。


「残るは2つだ!自分で選んだ勝負だ。度胸見せてくれよ、弓師!」

「……」


 ガルが勝ち誇った表情で続けた。

 対するクリスは顔を微妙に顰めている。


「……」


 クリスは流石にじっくりとグラスを眺めた。


「おいおい!時間、かかり過ぎだろ!」「見て見分けがつくのかあ?」「2つに1つだろうが!さっさと決めろよ!」


 大方、ガルの仲間か彼に肩入れする方だろう。後ろからヤジが飛ぶ。


「俺は運は大切にする方だ。」

「……」


 後ろからのヤジを全く気にしない様子でクリスがグラスの品定めをしながら呟く様に言った。


「運のいいヤツが仲間ならヤバい時もラッキーが味方してくれる。」


 クリスは顔を上げて冷静な目でガルを見た。


「お前さん、運はそこそこ悪くねえようだな。」

「……お、おう、おうよ!俺ら前衛は運が良くねえとダメだ!」


 クリスの真剣な目で冷静な眼差しを見てガルが少し動揺した様に言った。


「任せられる前衛がいりゃあ、俺も後ろから安心して援護出来るってわけだ。」

「……そうかよ。」


 クリスは再び呟くと左のグラスを取ってグッと煽った。


「「「「……おおお!」」」」


 彼にも何も起きず、周囲がどよめく。


「俺の勝ちだが、悪くねえ勝負だった。」


 勝負した相手のガルは悔しそうだが、何かサッパリした顔だった。

 だが、後ろに控えている数人と賭けに負けた数人はそうでもないらしい。


 クリスはそっちの方角をチラリと眺め、周囲に冷たい口調で言った。


「見ての通り俺は毒使いだ。俺の毒にゃ匂いも色も味もねえ。けどCの魔物も殺せるぐれえ効き目は強えからな、人間ならカスってもお終いだ。」

「「「「…」」」」


 クリスはもう一度周囲を見回す。


「もちろん、今回の相手はビッグヘッドだ。矢もコイツをタップリ塗ったヤツを使う気だ。」


 ここで彼はまた先の嫌な笑いを浮かべ、ガルの後ろで囃し立てていた数人の方を見た。


「気に入らねえヤツのメシにコソっと混ぜたりすんのは好きじゃねえ。」

「「「「…」」」」

「でも弓師の俺は一番後ろの方で構えてる。働きの悪いヤツが前にいるとブルっちまって手元が狂っちまうかも知れねえから気いつけた方がいいぜ!」


 普段とは順番が逆だが、後衛の弓師が先手を撃ったなら、次は前衛が突撃だ。


「私はハイダル流だ。」


 静まり返った中で、後ろから声を上げた私の方を皆がギョッとした顔で見た。

 全員が、最初の紹介の時に私とクリスが一緒に来たのは見ている。


「どっちかと言えば対人戦が得意でな。なに、マスターだから手加減は出来るつもりだ。」

「「「「…」」」」

「でも夜中にコソっと私やクリスに忍び足で近寄ってくるヤツがいたら…まあ、慌てちまって手加減が出来ないかも知れないな。流石にいきなり首を狙ったりはしないつもりだが、手足の2、3本は…そうだな、ちょっと運が悪かったと思って諦めてくれ。」


 最後に私は笑顔で周囲を見回した。

 クリスを真似た嫌な笑顔のつもりだ。


「用心深えってのはいい事だ。」


 我々の脅しが効いたかどうか、皆が黙っていると、アルローラが言った。


「けど、そこまで用心するこっちゃねえ。ここにいる連中は故郷の為にビッグヘッドに立ち向かおうって仲間だ。銭金の問題じゃねえ。」


 全員ではないにせよ、周囲の多くが真剣な面持ちで頷くのが見えた。


「アンタらも討伐にマジで加わってくれんなら、俺らの仲間だ。その仲間が何もしねえうちから闇討ちされたとなりゃあビッグヘッドになんか勝てっこねえ。そんなのは俺が許さねえ。」


 シンとなった周囲を迫力ある眼差しで見回した後、彼は今度はクリスの方を見た。


「けど、逆も同じだぜ、弓師。」


 アルローラは「何だよ!俺かよ!?」と言わんばかりの白々しい顔をしたクリスの方に向き直った。


「仲間、後ろから撃たれたとなりゃあ、俺らは誰も黙ってねえぜ。」


 迫力あるアルローラの顔を前にクリスは「おお、怖!」とばかりに見返して両掌を上げた。


「ビッグヘッド相手なんだろ?現場じゃあ俺にもそんなヒマはねえだろ。ま、前衛は運の強えヤツだってのも分かったしな。」


 クリスは積まれた賭け金を無造作にガシッと掴んだ。


「飲み直そうぜ!マスター、いい酒持って来い!俺の奢りだ!」


 クリスの声にアルローラが苦笑いで言った。


「バカヤロウ!全額、オマエ1人のモンじゃねえ!」

「おう?」

「…ッチ!まあいいや。俺の分も飲み代に回せ!」

「「「「おお!」」」」


 早くももうだいぶ酔いが回った風の別の奴も叫んだ。


「アルローラの旦那がそうならしゃあねえ!俺のも回せ!」

「もうメンド臭え!全部回せ!」

「「「「「「おおおおっ!」」」」」」


 なるほど。

 先に飲み会がある理由がなんとなく理解出来た。この馬鹿どもにはこういうのが先に必要なんだな。


 慣れ親しんだ騎士ワールドとは当然の様に違う。

 が、私はコレも悪くはないと思った。


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