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風任せで人任せな俺がここにいる理由  作者: 明月 文


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021 ランチミーティング

 ギルド長室から出ると、受付の前の待合にはクラウが既に待っていた。


 ベンチに座る彼女の周囲には数人のご同業らしき人間が立ち、何か彼女に話かけていたが、俺の姿を見ると、彼女は彼らを無視して立ち上がった。


「おう!宿は見つけてきたぞ!」

「おう!ご苦労さん!」


 俺も手を挙げて答える。

 彼女の周囲は会話を中断して、見慣れない俺の方を胡散臭げにジロジロ見た。


「何、してたんだ?」


 彼女の問いに俺はカウンターの横の柵を跨ぎながら、彼らにも聞こえる様に答えた。


「Cクラスのギルドカード発行ついでにギルド長と、ちと話してた。」


 周囲の冒険者達が物理ではなく精神的に一歩引くのが分かった。


 Cクラスはある程度の経験を積み、実力が公に認められた冒険者の証だ。

 Eクラスは誰でもなれるし、身分証欲しさではなく、早ければ1年以内、どんなにどん臭くとも4、5年、真面目に冒険者をすれば殆どがDクラスまでは上がれるが、Cの壁はいきなり高くなる。

 CになるにはCクラスの魔獣を安定的に斃せる実力が必要で、Cクラスの魔獣は普通のケダモノとは格が違う。

 先に出て来たレッドコブラにしたって、ビックヘッド程ではないにせよ、アナコンダぐらいの大きさの割に、動きは地球でいう所のチーターに匹敵する速さで、蛇特有の蛇行した変則的な動きで襲って来る。その上、その毒は致死性が高い。見通しの良い場所で10m程先から襲い掛かられたらEクラス程度では剣を抜く間もなく殺られる。


 その魔獣の相手が出来るCクラスの冒険者は、滅多やたらに喧嘩を売っていい相手ではない。

 しかもギルド長とサシで話が出来るとなれば、かなりの実力者の可能性もある、と普通は判断する。俺の返答は内容は事実でもあるが、そういう風に響かせる効果を狙ってもいる。


 俺が”かなりの実力者”かどうかは別にして彼らの判断は正しい。

 ここは脳筋の支配する強いは正義なワールドなのだ。


 デアコアイルでの例を見て分かる通り、喧嘩を売りました、返り討ちにあってボコボコにされました、は、以上そこで終わりだ。死人でも出ない限り官憲が出てくるもない。ギルドが仲裁してくれるもない。むしろ官憲に聞かれれば結果はどうあれ「ギルド員同士の些細な喧嘩で打ちどころが悪かっただけだ。」と庇う事もあるぐらいで、北海道で中学生がイジメ殺されるのと同じく単なるヤラれ損だ。

 運悪く死人でも出て官憲が嫌々乗り出して来た場合でも旭川よろしく「殺ったギルド員にも未来があるんですよ!」と言ってくれるのかも知れない。「2次被害は避けたいので」と言い訳して詳しい情報を出さない可能性もある。


「おお、良かったじゃないか。前々からお前の腕前はDなんかじゃないとは思ってたんだ。」

「まあ、昇格は悪かねえな。」


 彼女がさも当然かの様に朗らかな感じで祝ってくれてるのを聞きながら、周囲の冒険者達は彼女に「じゃな」という風に手を挙げて、さり気無く散っていった。

 どこぞの異世界マンガにある様に相手の実力を全く確認もしないうちから、見慣れない他所者には取り敢えず喧嘩を吹っ掛けるというテンプレは、ヤクザワールドで生きる冒険者としての常識を弁えた賢者しか所属しないこの冒険ギルドには存在しないらしい。


 ヤクザワールドは常識的な危険予知を弁えて、かつ正しい行動がとれる者だけが生き残れるのだ。

 しかも冒険者は町中のヤクザとも違い、全員が見える、手に取れる位置に武器をガン決めで携帯している。その上、時にそれは熊よりも大きな魔物を一撃で葬れる威力のあるものだ。対戦車RPGかサブマシンガンを構えたテロリストに喧嘩を売っている様なものである。


 賢い周囲がCクラスの冒険者に難癖をつけられない様に愛想笑いで散って、俺はニヤニヤしながらクラウに話し掛けた。


「なんかモテてたじゃねえか?」


 俺の揶揄いに彼女は負けじとニヤニヤと笑った。


「こんな美人が1人で座っているんだ。声の1つも掛からない方がおかしい。」

「まあな。美人は確かだからな。」


 俺がそこは特に異論なく同意すると、彼女はちょっと焦った顔をした。


「おいおい、冗談だ。それにお前は毎日、顔は見てるだろ!?」


 揶揄いがキマった俺はまたニヤッと笑った。


「まあな。俺が声を掛けたくなる好みのタイプかどうかは別だからな。」


 彼女はニッコリ笑顔でガンッと俺の肩のプロテクターを殴りつけ、言った。


「宿は押えてきた。宿に行く前に昼飯に行くぞ!」

「おう。」


 仮にも剣士の本気入った殴りだ。

 かなり痛かったが俺は素知らぬ顔で答えた。



「いいんじゃないか?」

「何がいいんだ?」

「引き受けたらいいじゃないか、それ。」


 昼飯を食いながらクラウにギルド長の話を相談すると彼女はアッサリ言った。


「お前、軽く言うけどビックヘッドってなあ、Aクラスに近いんだぜ。しかも双頭って話だ。実力は確実にAクラスだ。」


 フィレオフィッシュに挟まれているのは肉じゃなくて魚だ、と聞いたぐらいの「ふ~ん」という感じで肉に齧り付く彼女を見て、もう少しハッキリ言わなアカンと思った俺は付け加えた。


「俺らが2人で旅の途中で出会ったら間違いなく喰われて終わりだ。逃げるのもムリだ。」


 もっとも実際には、まあ、俺がレーザーを使えば双頭程度なら不意打ちでも喰らわん限りそんな事はないだろう。

 なんせマトはデカくてアタマは2つしかない。心配なのは強度に相応する威力がだせるかとスピードに対抗してマトが絞れるかだけだが、経験もあるし、1人なら的を絞るのに多少は苦戦はするかも知れないが、まあ数撃ちゃなんとかなるだろう。

 けど、今はそんな話は出来ない。


「けど、報酬はいいんだろう?」

「そりゃ当然だ。Aクラス相当の報酬が無けりゃ誰も引き受けない。」

「なら引き受けたらいいじゃないか。弓師は後方から攻撃するだけで前衛は他にいるんだろう?」

「…まあ…後方火力が足んねえって話だったから、そうだろうけどなあ…」


 実際そう言ってたし、ビックヘッド相手に強力な前衛と頭数揃えずして挑もうとしてるなら、ここのギルド長は唯のアホだ。そしてギルドはどんな田舎の支部でも魔物の実力を見誤る類のアホがギルド長になれることはまずない。


 ギルド員のメインの仕事は魔物退治なのだ。ギルド長が判断をトチればギルド員は死ぬ。魔物が退治できなければギルド員だけでなく一般周囲にも被害が及ぶ。

 そして大半のギルドのギルド長はそこのギルド員の持ち上がりだ。地球の会社とかなら本社から場当たり人事で変なのや未経験者が支店長として来る事もあるが、ギルドのギルド長は実質的にそこの所属員の総意に基づいて就任している事が多い。能力面は様々だろうが少なくとも経験が足りないヤツがなる事はないし、ギルド員の一定の支持のないヤツが就任する事もない。他所から来る事もないではないが、その場合は他所でキチンと実績を挙げたヤツが来る。アホが就任したとなれば目端の利くギルド員はサッサと他所へ移ってしまうだろう。

 実際に前回の旅ではダメなギルド長の下でギルド員が散逸してしまって魔物が碌に退治出来ず、俺らが領主に泣きつかれた事もあった。


「だったら問題ないだろう?安全な所から攻撃して上手くすれば多額の報酬だ。乗らない手はないだろう?」


 勿論、金はあって悪い事はない。

 けど、危険性、もっとハッキリ言えば命の価値と見合うかは考え所だ。

 彼女の言う通り、安全な場所から攻撃してれば終わる可能性もゼロではないが、十中八九、そんな程度では済まないとは思っている。


 とはいえ、俺1人の身だけなら遠間からの攻撃に徹していれば最悪の場合でも逃げる事は可能だろう。

 討伐に失敗して逃げるのは唯の依頼失敗だ。そんな事をする気もないが、仮に討伐の最中に逃げ出せば、仲間を見捨てて逃げたとして他の冒険者からは見下され、ややもするとそのギルドに居場所は無くなるかも知れないが、ギルドから公式に責任を追及される話ではない。他の遠くのギルドに移ればいいし、俺の場合、元々ここのギルドの人間ではない。


 ……気は進まないがやるか!


 そうなるとクラウとの今のコンビの問題は片付けなくてはならない。


「……そうすっと、アレだな。ここでお別れだな。」


 俺がここでビッグヘッド退治に加わるとなれば暫く足止めだ。

 旅を急ぐ彼女は無関係だから、俺と別れて先に進めばよい。


 俺は普通にそう考えたのだが、彼女は意外そうな顔をして言った。


「何を言ってるんだ?お前が参加するのに連れの私が行かない訳ないだろう!」

「おいおい、俺はギルド員だからあんま不義理もできんけど、お前さんはそうじゃないだろう?」

「ギルドなんかに別に用はない。2人で旅をしてるのだから何かあれば助けるのは当然だと言ってるんだ。」

「……!」


 正直言って俺はちょっと感激した。こちらの世界に戻って来て一緒に危険に立ち向かってくれるような知り合いはいなかった。それに戦力としても彼女の腕前なら充分期待していいだろう。

 しかしながら今回は内容が誠に宜しくない。

 内心ではちょっとウルっと来るところもあったが、俺はなるべく平静な声で一応、彼女に状況を分からせるべく言葉を繋いだ。


「さっきから言ってるけどビッグヘッドはその辺にいるEやDの魔獣とは全然訳が違う相手だ。」


 フィレオフィッシュに挟まってるのは魚だ、という話ではない事がようやく分かってきたのか、彼女も食事の手を止め、真剣な表情になった。


「…そうなのか?」

「正直、かなりヤバい。何人で殺る気か知らんが死傷率は結構激しいと思うぜ。俺らも例外ってわけじゃない。これもさっき言ったけど、俺らだけで当たれば速攻死ぬ。確実に死ぬ。間違いなく死ぬ。」


 だが彼女は事も無げに言った。


「大丈夫だろ。」


 人間は自分が死ぬって事を容易に想像出来ない。

 けど俺は前回の旅で人間が突然、何の前触れもいなくザクザク死ぬのを見て来た。だから想像ではなく、実体験として知っている。人間は時にサクッと死ぬのだ。


 だが若い彼女には想像出来ないのも分かる。

 俺だって前回は迷宮で人が目の前でアッサリ死ぬのを直接見るまで想像出来ていなかったのだ。


「私とお前はいいコンビだ。私がお前の前は絶対守る。後ろはお前がいれば何も寄せ付けない。このコンビならちょっとデカいかも知らんが、蛇如きに早々殺られはしないだろ。」


 世の中にありふれた組み合わせである唯の前衛剣士、後衛弓師のコンビなんだがな。


 けど彼女に自信たっぷりで言われると何だか嬉しかった。

 面映ゆい、と言ってもいい。


 マサさんとシイちゃんと俺、そして前衛騎士4人で戦っていた頃を思い出した。

 腹の内はどうあれ、俺達7人はお互いの能力を信頼し、互いにカバーしあいながら3年間の旅をした。

 結果はどうであれ、あの旅が俺の原点になっているのは間違いないし、それは今回の討伐の話を聞いた時に改めて認識した事だ。


 俺は説得は諦めて笑った。


「唯のオオカミに追い回されてた女とはとても思えんな。」


 俺の言葉に彼女はニッコリ笑って、オオカミにトドメを刺すかの如く、目の前の皿の肉にグサッとフォークを刺した。


「…今日のこの席はCクラス昇進祝いに私が持とうと思ったんだけどな。過ぎた事をネチネチ言う様なヤツのメシ代を持つのは願い下げだな。」

「お?マジ?お嬢様、大変失礼致しました!ゴチになります!」


 何かよく分からんが、彼女がいきなりワタワタした。


「何がお嬢様だ!?」

「お嬢様の御身をお守りする事が出来て光栄であります!イヌコロ如きの退治などいくらでもお任せ下さい!」

「いきなり調子が良すぎるだろう!奢るからお嬢様はヤメロ!変な敬語もお前が言うと何かの呪いの呪文にしか聞こえない。」

「そうか?」

「そうだ。」

「じゃあ、止めよう。」


 俺は手を挙げた。


「すいませーん、ワインをもう一杯!」

「奢りと分かると、いきなりお代わりか!おい!」


 昼間なのにいつもより少し大目に酒が入り、町の様子の雑談などを楽しくした後、俺が話を戻した。


「参加する面子との顔合わせが明日の夕方にあるらしい。一緒に参加しよう。」


 夕方から、と言ったが、昼間ではなくわざわざ夕方に集まるのは皆が他の仕事から帰ってくるのを待っているのではない。夕方の会議=飲み会という意味だ。


 特に説明はしなかったが、彼女にも意味は分かったらしい。

 彼女は微妙な顔をした。


「分かった。……でもその日は顔合わせだけなのか…」

「ん?何か?」

「いや…別に文句ってわけじゃないが…宴会からとは随分、マッタリした話だな。」


 被害多数なら今日、明日にでも討伐に出るべきだろう、というのが彼女の顔に書いてあったが、今回の様な場合はむしろ逆だ。


 町に魔物が迫っているスタンピードとかなら今すぐ対応が必要だが、今回は魔物が大挙して人里を見境無く襲う様な状況ではない。

 なので、損害度外視で兎に角対処ではなく、キチンとメンバーを把握し、各々の特技を考慮して当たった方がいい。その方が勝率が高いし、結果的に討伐隊も周辺も損耗も少なくてすむ。


 そしてメンバーを把握する、というのはお互いに顔合わせする、という意味だ。


 本社や偉い人は、履歴書と社内評価書だけ見れば人と成りは把握出来ると豪語するが、単純にムリだ。

 現にウチの会社には本社から流れてきた東大卒もいたが、人は良かったが仕事はまるで出来なかった。学歴と仕事ぶりが全くあってない例だ。履歴書に書かれている東京大学卒業の文字だけではそこらは分からない。


 本社で花形部署だけを渡り歩いた挙句、何故かウチに来た慶應卒のかつての上司も社内履歴だけなら華麗だった。

 けど、普段はいいが、逃げ癖が激しく、逃げ先のないどん詰まりのウチでは、いざという時にはオロオロするばかりで口先三寸で誤魔化して逃げようとして話にならなかった。

 他の部署の責任にしようとして本社と違い仕事が終わらなくても困らない他部署に差し戻され、部下に丸投げしようとして出世に興味がない俺らにソッポを向かれ、時間切れで逃げようとしても逃げ切れず、結局、期末に普段は引退気分でニコニコしてるだけの人格者(?)の部長から直接、キツくお叱りを受けるハメになった。そして次の年にはメキシコの曾孫会社の工場の総務に異動となった。部課長とかではなくヒラの担当者だ。

 まあ高学歴らしくTOEICはほぼ満点というお得意の英語(親会社は知らないが、ウチは海外取引はグループ会社を除けばほぼないので役に立たない)に加え、実は帰国子女でスペイン語も片言はイケるって話だったから、落とし所としては良かったのかも知れない。最早、社名に親会社の偏諱もない孫会社のそのまた生産子会社のしかも場所はメキシコのクソど田舎の工場だったけど、本人も「海外はエリート畑だからな!」って嬉しそうだったしな。

 日本人だし日本の大企業に籍はあるわけだから一生メキシコから帰って来れないってこともないだろうが、帰国してもあの調子なら同じ様な曾孫会社辺りをウロウロして終わるだろう。


 …こうして思い返して一周回って見ると、ヤツをウチにトバして来た本社の人事部ってやっぱり優秀だったんだなって思い直したりもする点が全くないとは言わないが、やっぱり人は見ないと分からないし、一緒に飲めば何となく親しさが湧く、事もあるのは古今東西、何処でも同じだ。


 なので、この種の搔き集め討伐の場合、先に顔合わせという名の呑み会があるのは、ごく普通だ。


「速攻、対応が必要なスタンピードって訳じゃない。参加する面子で先に顔合わせはしといた方がいいってのは割りかしある方だ。」


 人付き合いに飲み会はそれなりに重要だぜってな昭和丸出しの説明をしても仕方がないので、俺は経験者っぽい説明で誤魔化したが、彼女は感心した様に頷いた。


「さすが、詳しいな!」


 あまりに素直に感心された俺は逆に苦笑いだ。


「いや…まあ…そうでもなねえけどな。」

「ま、その辺はお前に任せるよ。」


 彼女がアッサリ言って昼食兼俺の昇進祝い兼仕事の打ち合わせ、元の世界風に言えばランチミーティング(笑)は2人とも上機嫌で終わった。


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