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風任せで人任せな俺がここにいる理由  作者: 明月 文


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2/22

001 商社マン?

 結局、俺は横浜駅まで行き着く事なく、警察のご厄介になった。

 と、言っても捕まった訳ではなく、自分で交番に行ったのだ。


 自首したとかではない。

 横浜云々と書いてあるから恐らくここは神奈川だが、全く土地勘がないから正確にどの辺りだかよく分からない。どのみち神奈川から家まで歩いて帰るのはムリだ。

 そうなるとタクシーとは言わないまでも電車に乗るしかないが、部屋着だけの一文無しの俺は、警察に頼るしか家に帰れない事に(今更ながらではあったが)歩きながら気が付いたからだ。


 警察や家族の話によると、俺は1年弱程、行方不明扱いだったらしい。


 小学生の女の子が居なくなれば、親兄弟も大騒ぎするし、大きなニュースとして報道されるだろうが、高校生の男子の場合、家出と判断がつかない。

 (当たり前だが)身代金要求とかもどこからもないので、一応、親は警察に届け出はしていたらしいが、ニュースになって世間一般に知られているという程ではなかったらしい。


 だが、両親は警察に届け出は出していたので直ぐに連絡がいき、3時間程後に保護されていた警察署に駆け付けた父母はその場で泣き崩れ、つられて俺も涙ぐんだ。


 行方不明になっている間、どこで何をしていたか、両親にも警察にも滅茶苦茶聞かれたが、知らぬ、存ぜぬ、分からないで押し通した。


 実際問題としても、行った先の記憶はあるが、知らない場所だし、何処だかも分からない、説明も出来ないから嘘ではない。仮に正直に説明しても、警察にいる時間が長くなるだけで、結局は理解されないという非生産的な時間となるだけだ。

 しかも聞く方も悪気はなく、理解してくれようと努力した結果、やっぱり理解出来ないという悲しい結末しか考えられない。それとも、アタマから信用されず「ふざけた話をしないで、本当の事を言え!」と怒鳴られて、双方とも不機嫌になって終わりか。

 一歩間違えると警察に長めに留め置かれた挙句、精神系の病院へ直行という可能性すらある。

 病院にニコニコしながら毎日通うのが楽しい日課、という歳でもないし、檻のついた部屋と外出に多大な制限がある生活が好き、という変態的な趣味もない。


 仕方がないので途中で休憩した公園名を挙げ、気付いたら、そこのベンチに座っていた、と説明した。


 当然、全く納得しない警察相手に同じ話をエンドレスしているうちに、しびれを切らした両親が早く連れ帰りたいと言い出して、最終的には有耶無耶になった。


 警察は結局、家出と理解した様子で「親御さんや警察に迷惑をかけんな!」的な軽い説教があった。


 警察は路上で車が人とぶつかれば「目の前に歩行者がいるのにハンドルを切らなかったのは轢き殺そうとしたんですよね?(実際は狭い道で歩行者が飛び出して来てハンドルは切れなかったがブレーキは踏んだし、そもそも見知らぬ歩行者を轢き殺そうなんて誰もしない)」と言うし、町を歩いていれば突然職務質問とかを噛まし、「カバンの中を見せられないのは何故ですか?何か隠さなきゃいけないモノでも入ってるからですよね?」と凄み、中にドライバーの1本でも入っていれば鬼の首でも獲ったかのように「こんな凶器を持ち歩いて何をしようとしていたんですか?」と何でも悪い方に解釈する達人揃いだ。


 その一方で、今回の場合、本人(俺)も至って元気そうで何かの被害を訴えているわけでもない、身代金要求があったわけでもなく誘拐やら何か犯罪を示唆する明らかな証拠もない、という現状で、これ以上手間暇をかける意味はない、という観点から家出という結論にしたのだろう。


 そもそも誘拐にしても行方不明にしても家出にしても、俺が何か犯罪したわけじゃない。

 どちらかと言えば、警察も家族も未成年な俺は立場的には被害者、あるいは保護対象という認識では一致していたから、結局、何も説明しないまま帰れる事になった。


 部屋着についても同様だ。

 この変な服もよく分からない、と言い張り、親の持ってきた服に着替えると、警察が欲しがったので差し上げた。

 いや、後で返してくれるそうだが、特に不要だ。

 指紋か何かをとるのかも知れないが、俺のモノしか出ないだろう。仮に他人のモノが出ても合法、非合法関係なく警察が集めて回っている指紋データベースに引っ掛かる事はない。

 いやいや指紋を取るとかって発想もなく、後で何事か問題になった時に備えて一応取り調べはしました、証拠物件も押収しましたって形式を作るためだけに押収したのかも知れない。どこの世界でも役所は仕事をしたフリの為に証拠を積み上げるのは得意技だ。


 特に神奈川県の公務員はそれを十八番にしているのは全国的にもよく知られている。

 生徒が学校には来ずに夜な夜な変な連中とコンビニにタムロってると聞けば、先生は母子家庭の自宅にわざわざ母親が仕事に出掛けていない時間帯を狙って家庭訪問して「何度か話し合いに行ったが親が出て来なかった」と言い、ストーカー被害を警察に訴えれば話は聞くが、明らかにヤバいストーカーに「こんなことしちゃダメだよ」と口頭で注意して対応済と記録に残し、その後は被害が訴えられても「もう注意しましたよ。警察は私人間の争いにはこれ以上は何も出来ないんですよ」と相手にしない。


 それはともかく、事情聴取やら何やらでやたらに時間を取られ、小半日後の深夜になって漸く家に帰ると大して仲良くもなかった姉も起きて待っていて、見た事もない優しい泣き顔で抱きしめてくれた。両親もまた泣いた。俺もまた貰い泣きした。


 3日後には両親と揃って学校に行った。

 両親は警察に行方不明届を出しており、学校にも説明していて休学扱いになっていた。


 何故か疑いの眼差しで最初から最後まで詰問調だった警察とはうって変わって学校側はいい人が揃っており、顔も忘れかかっていたが白髪頭でベテランの担任の先生も家出なのか誘拐なのか碌に問い質すこともなく、ただ俺の無事を喜んでくれた。

 こちらは最初から顔もよく覚えていなかった校長先生も、家出だとすれば唯の無断欠席なのにやはりそこを問い質す事無く笑顔で復学を認めてくれた。

 今考えてもいい学校だった。


 ただ、当然、そのままでは進級出来ないから、復学するなら1年下の学年に入れてくれると説明はされた。学校の嫌がらせとかではなく、単純に単位も出席日数も足りないからだ。

 

 1年いなかったわけで学校の対応は当然ではあったし、繰り返しになるが退学でも不思議でない立場でもあったから何の不満もない。

 けど、それも何となくダブりみたいでイヤだったし、何よりここで時間をロスるのはごめんだった。俺にだって人生設計はある。なので、結局、そのまま中退した。そして大検を受けて大学に進学した。


 元々通っていたのはそれなりの進学校だったし、もう1年ぐらい浪人のつもりで頑張るか、それこそ高校が勧めてくれた様に1学年やり直せば有名校も視野に入ったかも知れない。

 けど、それも面倒だったので実質2年の勉強程度の学力で入れる所に入り、適当に単位だけ揃え、4年でとっとと卒業して今勤めている商社に就職した。


 商社といっても大手総合商社とかではない。

 大手メーカーの子会社で、その大手メーカーの購買、物流その他雑用の別動隊みたいな会社だ。


 販売取引先の殆どはグループ内企業で、親会社の購買部やグループ会社の必要とするものを調達するのが主な仕事だった。しかも、大物は親会社の購買部が直接相手先と交渉して購入を決めるから、我々の会社の仕事は、納入が決まった後の日々のデリバリーとグループ全体の細々とした小物の購入、管理だ。

 無論、純粋な外部販売もあるにはあるが、これも仕事自体は親会社の高学歴かつ優秀なセールスマン達が決めてきて、我々は日々のデリバリーやら、その後の定期的な御用聞きが担当である。


 給料は親会社の水準から50から70%以上オフらしいし、会社の上の方、つまり部長とか課長とかは親会社からの天下りだから、俺らプロパーには入社した瞬間から縁がない。

 仕事は基本的に親会社の言いなりで、業務の必要性も効率性も無関係に、親会社がこうしろ、と言う通りにやるだけだ。そもそもが必須だが重要視されていない、けど人手が必要な仕事を、親会社の給与水準では割に合わないので、より安い給与でやらせるのが目的の会社だから、自らのアタマで何か考える事は求められていない。

 田舎の市役所だって出生届のフォームぐらい自分で決められるが、こちとら営業日報の書式ですら親会社の決めたグループ統一フォーマットから変えられないのだ。親会社が俺らの営業日報を見る事など過去半世紀の間に一度もなく、向こう100年の間にもないのは確定なのにも関わらず、である。


 こう言うと何か卑下している様だが、要は考え、指示を出すのが親会社の仕事で、それを確実にこなすのが我々の仕事、ということで、役割分担がハッキリしているというだけだ。

 ちなみに世の中一般の上司と部下の関係と一緒で、実務をする我々より指示出しする親会社社員の方が給料が高いのは当然である。


 繰り返しになるが、会社幹部は親会社からの天下りだから2種類しかいない。 

 親会社から左遷されてきたか、親会社での出世争いに敗れ、定年までここで実質引退かのどちらかだ。

望んでここに来るヤツは皆無で、望まれた者がいたとしてもこの会社には引っ張って来る権限は皆無だから結論的にそんなヤツは存在しない。


 前者、つまりは左遷されて来る者は若手の終わりぐらいから中堅どころで、親会社水準の高学歴揃いだが仕事が驚異的にデキないか、性格に難があるのが多い。

 後者は定年までが片手で数えられるぐらいの年齢で部長以上だからやる気がないとまでは言わないものの、少なくとも自らガツガツ仕事をする気まではないのが多かった。


 これも繰り返しになるが、仕事の内容自体もあまりガツガツする必要はない。


 親会社が何々という部品が必要だ、と言えば方々に電話して探して回り、カタログを取り寄せて提出する。カタログのないような特殊な部材とか機械とかだと時には先方の担当者と親会社の担当者を引き合わせての打合せとかもある。

 親会社が「これだ!」と言った先に再度連絡して、時には対面で価格、納入交渉をしてご報告する。因みに全てが言うなればプロ用資機材だから、小物文具の類は別にしてネットで探せるようなものは9割5分方存在しない。


 親会社が価格が高いと言えば再度交渉し、了解が下りれば発注する。了解が下りなければ再度交渉か、親会社の優秀かつ超厳しい購買さんが直接出張ってきて、結果待ちだ。


 発注となれば、親会社はウチに発注し、ウチが一旦は全てを買い上げる。

 そしてウチの倉庫に纏めて保管して、親会社やグループ会社はウチに発注し、ウチの倉庫から全国に散らばる親会社、関係会社の工場に必要量だけ出荷、販売する。グループ内で継続的に使用されるものは、次の注文に備えてウチが取引先に再発注し、常に一定量の在庫をウチの倉庫にキープする。


 日々の業務はこんな感じだ。


 親会社は大企業の集中する東京中心部のファッショナブルなビルに入っているが、我々の会社は、そこから3駅程離れた目立たない駅の目立たない街角にある、小綺麗ではあったが所謂雑居ビルに入居していた。成り立ちからして人件費も含めたコストダウンが主題の会社だから当然だ。

 都内で親会社の本社からそう離れていない場所にいるのは、親会社がいつでも呼びつけ易い位置にいるというだけだが、偉い人の引退先でもあったので、もしかするとあんまし親会社の本社から離れた場所じゃない方がいいぐらいの意味もあったのかも知れない。


 だが、就職難の時代にあって、パッとしない大学の出としては悪くはない就職先だった。


 親会社のそれよりは随分下とはいえ、同級生達の就職先と比べても給与はほんの少しだが高い方だったし、大手の子会社は売られる心配はあっても潰れる心配はなく、安定性は抜群だ。

 仕事も8割方は親会社関係だから、少なくとも苛烈なノルマとかはなく、仕事を探して外をウロウロする必要もない。

 子会社に無理を強いても意味がないので、まあ、最近は不況という事で、親会社からの突然のコストダウン要請みたいのは増えてはいたが、基本、全く採算が取れない商売とかもない。


 外売りにしても新たな販売先を開拓せよ、とも言われておらず、テリトリーは国内に限られ、余裕のあるグループ内の要請だけをこなせばいいから、世間でよく言われる商社の様な夜討ち朝駆けで、世界中を飛び回る様な仕事もない。そういうのはウチの倍か3倍以上の給料が出てる親会社の優秀な社員達の仕事だ。

 本業であるグループ会社相手の商売では無理な売り込みも不要だし、出来ない。


 先にも言った通りグループ以外の純粋な外部への販売もあるにはあったが、多くは親会社の営業さんの獲ってきた仕事の窓口と受発注実務だけだった。親会社の営業さんが受注までは決めて、最後に「実際の発注は子会社の方にお願いします」とこちらに回す仕事だけだ。

 仕事を探して獲るという最も重要で困難な業務は高学歴の優秀な社員の揃う親会社の営業部隊がやり、我々の役目はその後に纏わる日々の面倒で客先は突如無理難題しか言ってこないデリバリーやら、袋が汚れてたとか取説の日本語版と英語版で微妙な表現の違いがあったので手順を間違えたがどうしてくれるんだ!とかって苦情処理を低コストでこなすことなのだ。

 ちなみにこの苦情の件は結局、謝り倒して有耶無耶にしたが何故、わざわざ英文の方を読んで作業したのかは最後まで分からなかった。それに俺らは商品に付属する説明書を作ってないから日本文と英文に表現の違いのある理由は知らないし、そもそも内容に口を差し挟む権利もない。親会社の事業部にクレーム原因の報告はしたが、特に何の返答もなく説明書が改訂されたりもしなかった。


 外部仕事はこんな感じだったが、元よりグループ内が最優先なので、そちらに支障の出る様な商売は暗黙の了解で受けない様にしていたし、親会社側も配慮していた。


 要は親会社からの命令を安定的に低コストで確実にこなす事が求められている全てで、それ以外に労力を割く事など我々も親会社も望んでいないのだ。

 繰り返しになるが端的に説明すれば、必要だが親会社の高い給与には見合わない雑用を、雑用に見合った給与でこなす。それが唯一のミッションなのだ。


 ちなみに残業代も厳しく管理されていた。

 管理というか単純に言えば残業代という名の予算がそもそも労務費に計上されておらず、かつ上の方もそれを公言していた。そして我々も充分分かっていたので、残業は極度に少なく、多少の手違いでそういう時間帯が生じてしまっても就業時間と記録しないのが暗黙の了解だ。

 厳密に言えば労働基準法とかに違反しているのかも知れないが、会社の公的な就業時間だけチェックすれば残業の全くない極めてホワイトな企業で、地元の労基もそう理解して、それ以上は突っ込んでくる事はない。彼らからすれば大手の子会社のウチがホワイトなのは当たり前だし、調査しても自分達の仕事が増えるだけで意味がない。実態としても精々が7時ぐらいまでだから然程大きな間違いではない。


 これに限らず昭和から成功を続けている会社(親会社)は現状を変える必要性を感じないので、社内ルールは昭和のままの状況の話は多い。

 なので親会社は同じ昭和でもウチとは全くの逆で無限サービス残業三昧だったから、本社から夜中の1時、2時にメールが飛んできて翌朝にそれを見た俺らが朝一からゲンナリするとかしょっちゅうだった。

 夕方7時ぐらいまで残っていようものならこれ幸いと本社から電話が掛かって来ちゃったりして、しかもウッカリ受けてしまうと自分のみならず周囲にも仕事を振らなきゃいけないハメになったりする。

 そんな迷惑を同僚に掛けたいという人間はおらず、終業時刻になれば皆、1秒でも早く帰ろうと努力していた。


 位置付けがこんな会社だし、100%親会社からの天下りで構成される経営陣は基本、引退モードだから、社内にもどことなくそんなマッタリした雰囲気が漂っており、滅茶苦茶忙しいとかもない。

 若い人間、特に最近の意識の高い系からすると小一時間、罵倒したくなる様な状況かも知れないが、経営陣の気持ちは充分に理解出来る。親会社の偉い人だった彼らは、この会社の立ち位置を俺ら以上に熟知しており、親会社が求めた以上の仕事することに何の意味もない事を理解しているのだ。

 

 タイヤに空を飛ぶことは期待されてないし、運転手からすればむしろタイヤが想定外の動きを勝手にするのは止めて欲しい。走る、曲がる、止まるが出来ていればそれでいいし、空を飛ぶ高価なタイヤなど全く不要で安価で耐久性が高いことしか求めてない。だから俺らも空を飛ぶ必要はない。そもそも超頑張って仕事した挙句、空が飛べるようになったらタイヤは不要とされてしまう。それは我々タイヤにとって何の良い事もない。


 俺らを率いる経営幹部達にしても部長以上でここから親会社に戻った者はいないし、50以下の働き盛りが経営幹部として異動してきた事もない。そして、その事は当然、本人達が一番良く分かっている。


 それに彼らは親会社での長く熾烈な出世争いの果てに、ここへの異動を言い渡されたのだ。

 ファッショナブルな本社高層階の役員個室ではなく、自分では全く望んでいなかった雑居ビルの窓際席が終着点なのは確定だから、来た瞬間、緊張が緩むし、テンションが落ちるのは止むを得ない。


 本社からの出向者でも課長以下クラスは異動もあるにはあったが、多くは良くて定年前にここで課長ぐらいまで出世して終わりだ。部長席以上は親会社でも部長以上ぐらいにはなった人間の指定席だから、ココに課長ぐらいで来た連中は良くて部長代理、あるいは副部長ぐらいまでになって終わりだ。悪くすれば、ここでも出世せずに終わり、更に悪くすればまたも異動だが、ここから先の異動といえば、地方のウチの物流拠点(倉庫)とか孫会社とか更に辺境への左遷しかなかった。

 元々、親会社で仕事がデキるとされた人間はここへは来ず、結果として仕事がデキた人間でも上へ異動するルートはなく、下か、良くて横へ異動するルートしかないのだ。


 俺が知る中で、1回だけ、グループ内で同格とされている子会社の部長として異動になった人間がいたが、文字通りのご栄転として本社から天下り組の部長連中から「良かったな。お前、頑張れよ!」と温かく肩を叩かれて転勤していった。

 彼は仕事はデキたが性格に難がある方で、本社でその常に意味なく反抗的な言動が問題視されてウチに飛ばされて来たという噂だった。ウチでは、本来は彼が担当するはずの定型的な仕事をイマイチやる気も能力も欠ける部下の俺らプロパー達に丸投げし、自分は本社から時折来る面倒な仕事や、客先とのトラブル解決に注力して、上から評価されていた。

 ま、俺達にしても親会社絡みの厄介事を進んで引き受けてくれるのは有難いから良かったんだが。


 こんなだから社内の雰囲気が脱力系に流れるのは誰も責められない。


 我々プロパーの立場は、役所のノンキャリと同じだ。

 日々の仕事にも給料にもそう不満はないし、目先の仕事はキチンとやる。が、出世の頂点は定年間際に課長になれれば最高、給料もその辺りが精々なので、その程度のモチベーションだ。


 けど、福利厚生はグループ企業として大手のそれがほぼ同じ様に使えたし、名刺には親会社の企業名も入っているから、世間的にもそれなりの扱いで、家を買ったりする時も効くらしい。年収は全然違うんだけど信用の問題ということらしい。


 俺個人に関して言えば、卒業と同時に家を出て、会社人事部の紹介で埼玉の方にアパートを借りたが、家賃の半分は会社が補助してくれている。


 俺的には何も言う事はなかった。


 俺はこういう生活を望んでいたのだ。


 毎日、決まった時間に出社して、まあまあ仕事して、時には7時くらいまで残業したりもしながらも、大概の日はほぼ定時に退社して、まあまあの給料を貰って、休日は家で読書したりゲームしたり映画見たりしてゴロゴロする。


 特に誰かから羨ましがられる様なものではない。

 都内のタワマンはおろか普通のマンションも買えない、都内でなくともタワマンは買えない程度の給料しか一生出ないのは確定だ。ましてや同年代でTVに出る様なベンチャー企業のオーナーの様に、都心の高級マンションに住んでスポーツカーを乗り回し、六本木で毎晩飲み歩く様な生活は望むべくもない。


 けど、こんな風な生活を強く望んでいたのだ。

 3年おきに全世界を転勤するとか、24時間IT機器に追い回されて平日は9時から翌日の2時まで仕事して土日も必ず出社するとかではなくて、定時までマイペースで仕事をしたら1時間半ぐらい電車に揺られて帰宅し、週末は1人でゆっくり過ごす。そんな平和な生活だ。


 俺は俺自身をよく理解していた。


 スポーツも芸術も並だ。

 運痴でも音痴でもないがその程度。それで生きられる様な才能など全くない。

 顔もブサメンではないかも知れないがフツメンの域を出ない。オンナが大挙して寄って来るどころか、局部的にモテもしないは向こうの世界でもよく分かった。

 勉学はまあまあ出来たが、所詮は東大早慶レベルではないし、1年、ムダにした影響もあるかも知れないが出た大学は結局はFランに過ぎない。もう人生の勝負はついているのだ。


 だから、日本に戻って来た時から、向こうで身につけた力のほぼ全てが使えるのは分かっていたが、最初に会った何がしたかったのか最期まで分からなかった3人組の処分を除き、力を使って何かする気は全くなかった。

 そもそも、現代の日本ではあまり役に立たない能力だし。


 このまま基本マターリで生きたい!

 今も、そしてこれからもずっとだ!


 勿論、向こうに帰る(?)つもりなどまるでなかった。


異世界には次回行きます。

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