014 経験に学んだ
「どうだ?」
「足跡、バッチリでさ!マレーさん。」
マレーはクリス・シーガイアという弓師と話をして、コイツがマイク達を始末したと確信していた。
Bランクの自分を前にしても落ち着き払った態度、マイク達が行方不明になったと聞いても変わらないその態度で確信したのだ。
組織の偉い人間は基本的に他人の意見は聞かない。
自分が信じる事をやってきて、他人より成功しているのだから当然だ。
そして、その判断は理屈も証拠も必要としない。
だから客観的に見れば、クリス・シーガイアこと海野隆人が「会ってない」「やってない」と言っているのは隆人がマイク達を始末した証拠には全くならないし、ましてやマレーに対する落ち着いた態度など、証拠どころかマイク達に何も繋がらないが、ボスであるマレーは手下がコイツに殺られたと判断したのだ。
案の定、ではないが、張らせていた部下からは彼が宿に帰るなり行動を起こしたと報告が入っていた。
これも客観的に考えれば怪しくはあれど、犯人であると断定できる程の行動ではない。
大方、冒険者ギルドの実力者マレーが声を掛けてきた以上、このままでは済まさない事を敏感に感じとったのだろう。
悪党としては悪くない勘を持っている。自分の部下に欲しいぐらいだ。
違う宿にチェックインしたら寝込みを襲うつもりだったが、宿を変えるぐらいでは話にならない事もよく理解しているらしく、そのまま町を出て夜の森に入っていく。
これも自分がマトに掛けられている事を認識している者としては悪くない行動だが、マレー達からすればその行動は願ったりかなったりだ。
弓師からすれば夜の森の中なら姿を隠せると考えたのかも知れない。あるいは月夜に紛れてこのまま逃げるつもりなのかも知れないが、この町に長くいるマレー達にとって周辺の森は庭も同然だ。昼だろうが夜だろうがどこに隠れていても見つけ出すのは容易いし、こちらには探索スキルを持つ者もいる。頭数も揃えている。
マレーの思惑通り、彼は何も隠すことは出来ず、探索スキルを持つ子分が早速足跡を発見してきた。
彼はニヤリと笑って小声だがよく通る声で子分達に命じた。
「よし。このまま見失うな。姿を確認したら囲め!」
「「「ヘイ!」」」
逃がしゃしねえぜ!
「よう!マレーさんだっけか?先ブリだね。」
彼は、何らかの理由でそこだけ周辺の木が無くなった様な森の中にあるぽっかり空いた小さな空地で、あたかもマレー達が追って来るのを予期し、それを待っていたかのように切り株に腰掛けていた。マレー達は知らなかったが、本日の狩りでクリスが待ち伏せ猟に使った場所だ。
そして姿を現したマレーに対して向こうから明るい感じで声をかけてきた。
周囲は既に仲間が包囲済で、一方、囲まれている彼の方はと言えば唯一の武器と思われるボウガンは手には持っておらず、横に立て掛けてある。
周囲は10名で囲んでいる。
姿を見せているのはマレー他6人で、残り4人は森の暗がりに潜んだままだ。
一部のメンバーは闇に伏せた用心深さは彼を殊更警戒したからではない。ワル達の間でボスとして君臨出来るベテラン冒険者としての習性みたいなものだ。マレーとて町の喧嘩でのし上がったわけではない。伊達に冒険者Bクラスではないのだ。
絶対、逃げられやしない!
しかもヤロウは、今、武器を手にしてない。
もう俺には勝ちしかない!と思い込んだマレーは、先の様に迂遠な話をする気はなかった。
あれは酒場だったから周囲にボスとしての余裕と威厳を見せる必要があったが故の態度だ。こんな人気のない森では不要だ。
今や余裕しか感じてない彼は、少しそれを滲ませながら先よりは単刀直入に切り出した。
「マイク達がどこにいるか、教えちゃくんないか?」
マレーは目の前の袋のネズミ男が答えようと口を開いた瞬間に手で止めた。
「おっと!イヤだ、とか、知らねえ、とか、教えねえなんて返事は聞きたくねえ。」
マレーは手を広げて周囲を指した。
周囲は彼の仲間がニヤニヤしながら囲み切っている。
「分かるだろ?1秒だけよっく考えて、けど今直ぐ答えな。」
「イヤだ、何て言いやしねえよ。」
マレーの遠回しの脅しが効いたのか、男は比較的、素直に答えた。
アタマの回転も悪くなさそうだし、先程のマレーとの遣り取りもそうだし、囲まれてる現状での落ち着いた態度といい度胸もありそうだ。ここで囲む前にも思ったが、場合によっては手下に加えてやってもいい。
但しそれはマイク達がどうなったかにもよる。
マイク達がもう始末されてしまったのなら、残念だが手下達の手前、息の根を止めるしかない。
が、生きているなら、居場所を吐けば半殺しぐらいで済ませてやってもいい。そして明日からはたっぷり扱き使ってやるぜ!
そんな心の広いプランすら浮かんでいたマレーだったが、しかし予想外の言葉が後に続いた。
「でも、そういうのは本人に直接聞いたらどうだい?だいたい俺は、そもそもどれがマイク君だとかもよく分からねえんだ。」
「はあ!?」
意味が分からず、マレー達は一瞬、止まった。
ボバッ!
地面から手が生えて、手下の1人の足首を掴む。
「うっわ!」
部下の1人が叫んで、思わずマレーが振り向く。
ガサッ!
「おわっ!」
今度は上から何かが落ちて来て、マレーに覆い被さった。
かなり重いもので、魔法使いとは言っても冒険者として体は鍛えられているマレーも咄嗟に避けたが、倒されて仰向けに倒れ伏した。
ガブッ!
「痛ってええええ!」
肩辺りに鋭い痛みを感じてマレーは叫び、手足を振り回して上に乗ったモノを引き剥がして立ち上がる。
薄暗くてよく分からないが、足元には人間の形をしたモノが転がっていた。そして、それはゆっくりした動作で立ち上がった。
「…?…!!…マ、マイクか?」
顔色が土気色で動作の鈍い目の前の人間(?)は探していたマイクだった。但し頭を見ると上部の4分の1ぐらいが、何かで吹き飛ばされた様になくなっており、口の周りは血塗れだ。
マレーは痛みを感じた肩を見た。
肩に服の上からも分かる大きな歯形がついており、血が滲んでいる。痛いはずだ。
彼はもういちど目の前のマイクを見た。
いつものバンタナがなく、アタマの4分の1程もないマイクは濁った眼で微妙に視点が合わない感じの無表情でこちらを見ている。
ボスであるマレーに半日ぶりに会っても嬉しそうな感じは微塵もなく、何時もの様に畏まる風な態度もしない。
そして彼の口の回りが血塗れなのと、自分の肩の傷との関係に思いが至った瞬間に、全てが繋がった。
「ちきしょう!テメエ、死人使いか!弓師じゃねえのかよ!」
彼は今更ながらに飛び下がってマイクから距離を取った。
マイクだったモノは生前慕っていたボスが距離をとったのが不満だった様子で、「あ~う~」と声を出しながら、マレーを追ってのったりと一歩前に出たが、足元の何かに引っかかって転び、そのままそこでガサゴソ藻掻いている。
マレーにはもう、先程会った時の様な大物を演じる余裕はなかった。
だが、それに対する目の前に座る同じ年頃か少し年下の男は、メシ屋で会話した時と同じような落ち着き払った態度のままだった。
「いや、弓は使うけど実は弓師ってわけじゃない。まあ、死人使いでもないけどね。」
意味が分からん、とマレーが思っている後では手下達が騒いでいた。
「ああああああっ!」
「ちきしょう!何だ、コイツら!」
「離せ!離せよ!オラ!」
マレーが横を見ると更に3体のソンビが現れ、手下達に絡みついていた。
その様子を落ち着いた感じで眺めながら、切り株に腰掛けた男はパッと両手を開いた。
「ま、俺はシイちゃんみたく専門じゃないもんでね。」
「…な?誰だ、そりゃ!?」
ゾンビに噛まれて逆上していたところに、手下も襲われて動揺し、その上、突然、知らない人間の名前まで出されて混乱しているマレーの問いに、男は答えずに続けた。
「シイちゃんみたく詠唱で死人を操ったりは出来ねえけど、質の悪いゾンビぐらいまでなら、道具、つかスクロール使って時間かけりゃ可能だ。」
「な、なんで…」
死人使いでもないのに、そんな事が出来るんだ?とマレーは聞こうとしたが、何でか舌も口も自分が思う様には動かない。
だが目の前の男は、彼の言いたい事をキチンと読み取ってくれたようだった。
「そりゃ、本職から教わったからさ。けど、俺は本職じゃねえから結局、この程度しか使えないってこった。ヤツら、シイちゃんがやった時みたいなイキのいいのはおらんし、俺の命令なんか碌に聞きやしねえ。精々が俺をマトにしない程度だ。」
男はここで、何が可笑しいのかクスクス笑った。
「でも最初にアンタが襲われたのは、多分、死んだ彼もアンタらの中じゃアンタを真っ先に潰さないとダメだって分かってたからじゃねえかな。死んでも冒険者の本能が残ってたってわけだ。俺もいい勉強になったわ。」
「テメエ!」
手下の1人がゾンビを振り払い、男に向けてボウガンを構えた。それに対し男は避ける仕草をすることなく、ボウガンを構えた手下の方を指差す様な仕草をした。
ピカッ!
男の指先が一瞬強く光り、ボウガンを構えた部下が倒れる。間髪を入れず、更に2体のゾンビが暗闇から現れて、倒れた手下に覆い被さった。
グシャ!ゴブッ!グシャ!グシャ……
彼らは恐らく初めて聞くのだろう、人が人を喰う音が響き、マレーも仲間達も思わず固まった。
「今のは…」
「お前さんの知る必要のない事さね。」
男は今度は素っ気なく言った。
「あぎゃあああ!」
「ち、ちくしょうおおお!こいや!おら!全員、ぶっ殺してやるぜ!」
漸く我に返った手下たちが応戦を始めたが、明らかに手遅れだ。
だいたいゾンビは普通の人間と違い、斬られても痛みを感じず襲って来るし、急所を刺しても死ぬとかもない。だから動きは鈍いが、その行動を止めるのは難しい。
しかもおぞましい事に先に殺られたと思しき胸や顔を食われた仲間が早くも立ち上がりつつあった。
「真っ先にやられたのに、まだゾンビに成りきらんのは個体差かな?それとも魔法による抵抗力かな?}
男は自分は襲われてないからか、のほほんとした感じで呟いた。
その声でマレーもハッと我に返った。
おうよ!
俺はBクラスの魔法使いだ!
ゾンビなんぞに襲われたからって簡単に仲間入りはしやしねえ!
「テメエも死ねや!」
マレーは手を男の方に向けた。
向けて……えっと…何だったっけか?
……そうだ!魔法だ!魔法でアイツをぶっ飛ばすんだ!でも何て唱えるんだっけか?
………そうだ!水だ!俺は水の魔法使いだ!一番強力なヤツで、コナゴナにしてやるんだ!
…………きょうりょく?きょうりょくって何だ?
……………とにかく水だ!水を出せ!
「清らかな流れよ!我の命に従いて…」
詠唱が始まっても男は慌てるそぶりもなく、弓を構えるでもなく、座ったまま腕を組んで興味深そうにこちらを見ている。
くそっ!舐めやがって!
…従いて、何だ?
……何が従うんだ?
詠唱が途中で止まったマレーの手から、キレの悪い小便の様に水がちょろちょろと流れ出した。
警戒した様子は全くなく、滅多に見れない珍奇な動物を見る子供の様な興味深そうな目でそれを見ていた男は、その場に全く似つかわしくない嬉しそうな笑顔でパチパチと手を叩いた。
「おお!その状況で魔法、いけるのか!流石はBクラス!……つか、よく考えてみたらBとかって雑魚なレベルの魔法使い、あんまナマで真面目に見た事なかったんだよなあ。ナマBじゃん。今日は色々勉強になるなあ。」
くそ!くそ!くそ!
集中できないから、途中で失敗しちまったじゃねえか!
けど、まだアイツは目の前から動いてない。もう一度だ!
…もう一度?
……何をもう一度?
………そんな事より、何か旨そうな匂いがするな。
…………つか、旨そうな匂いのしない目の前の男とか、どうでもよくないか?
……………何でもいい。とにかく喰いたい!喰いたい!喰わせろ!
………………ぐいたい!ぐいたい!ぐぃぁぁぁたぁああぃぃぃぃぃ………
俺は、暗がりにいた手下の最後の1人が逃げるのに失敗してゾンビに襲われ、最終的にはマライア君以下、目の前の連中が全員ゾンビ化したのを確認してから、その場を後にして帰路についた。
結果的に彼らはゾンビ仲間として再び合流出来たわけだ。探していたマライア君も満足だろう。
社会的に格上の方からのご要望にキチンとお応え出来た俺も満足である。
一応、アリバイじゃないが、ブラッドバットも3匹程、仕留めてはいる。
今夜は枕を高くして寝れそうだった。




