013 やはり経験が足りてない
普段より少し長めになりました。
結局は甘く見た、という事だろう。
所詮は冒険者としては素人だった、という事もできるし、この歳にして未だ世の中が理解出来ていなかった、とも言える。もっと俗な言い方をすれば、渡世が分かっていなかったってとこかな。
森の中で囲まれてるのを感じた時、俺は渋々ながらそれを認めざるを得なかった。
今にして思い出せば、ギルドで受付が俺に声を掛けたのも、この事態を予期していたからだろうし、周囲のベテランも勘づいていただろう。いや、ヘタすると受付もグルだった可能性もあるな。
そしてこれも今更ながらに理解したが、所詮は彼らはゴキブリと同じだ。追い払う事に何ら意味がない。息の根を止めないと増殖してまたやってくる。
人口の9割が現役ヤンキーまたは元ヤンと言われる東京近郊の某県ではこういうのが普通と聞くが、例え港区とか世田谷区の連中からは「どこ?それ?」とか冷笑される外れの場所であっても都民だった俺にはよく分からない。
いや、それは実家の話で成人した今は埼玉県民だが分からないのは一緒だ。
幸いにしてそういう類の学校に通った事もない。
今の(?)勤め先も空気は微妙に昭和だし全面的に黒くないかは置いておくとして、少なくともそういう類のブラック企業ではない。
そして最も重要かつ最大の反省点は、俺はこういう事態が予想出来なかったが、受付も含め、ギルドにいた周囲は皆、予想済だった可能性が高いところである。
客観的に考えればこの辺りはある意味仕方のない事でもあった。
前回は別に冒険者とかした事はない。旅の途中で色々見たり、商売(?)柄、冒険者とも結構付き合いがあったから知識としては知っているだけだ。
そして所詮、知識と実践は違うのだ。
まあ、素人冒険者がギルドで質の悪いベテランに絡まれるという異世界転生モノのお約束に関わりあいにならずにきた今までが上手くいきすぎていたって言い方も出来る。
しかし、こういうのが普通にあるんだったら、やっぱりイヤな業界だな。
仲間に誘うってなれば、多勢で取り囲んで殴りつけてマウント取ってから。
負けても潔く諦めもせず、知り合いに声を掛けてリベンジ。
そして周囲はそれを知っていても、見て見ぬフリか、面白がって黙っているだけ。
あーやだやだ!
偏差値40の工業高校と全く同じ世の中である。一般人が敬遠するのもよく分かる。
だが、今はコレで生きているわけだし、多分、今後もそうだろう。となれば慣れるしかない。
彼らは俺が出て来たところで包囲を縮めるつもりだろう。
彼らが、俺が猟をする為に木の上に隠れているのを知っているかどうかは分からない。
しかし遠間が得意な弓使いなのは知っている。当然、通常のマトは彼らではないが、弓で待ち構えている所にノコノコ出てきたりもしないだろう。
そして俺はマサさんじゃないのでこの距離で正確な人数までは掴めないが、普通に常考すればこの前よりかは人数は多いはずだ。流石に同じ面子、同じ人数で再試合を目論む程、パーではないだろう。
神奈川やら埼玉の暴走族だって通っているのは偏差値35ぐらいの学校っていうか高等幼稚園だが、タイマンで負ければ学習して次は仲間を大勢連れてやってくる。
こうなってしまえば、俺としてももう追い払って事を済ませる気はない。元からしっかり絶つ気だが、具体的にどうするのかは思案が必要だ。
殺るのは簡単だ。
問題はその後だ。死体をどう処分するか、である。
昨日の揉め事はギルドの入り口で発生した。
全く周囲を気にもしていなかったが、結構大勢がその様子は見てるはずだから、彼らが死んでるのが見付かれば、真っ先に俺に疑いがかかるだろう。
そして別にこの世界じゃなくとも、日本でだって最有力容疑者(しかもこの場合はばっちり犯人でもある)の俺が否定しようが明確な証拠が無かろうが1時間程度の事情聴取で無罪放免とはならんだろう。
彼らが先に手出ししてきた事を官憲やギルドに説明したところで、どうなるかは分からない。
アメリカならハロウィンの日に自宅庭に間違えて入り込んで来た英語が片言の学生を問答無用で撃ち殺しても、相手がアジア人で撃ち殺した方が白人なら、即日保釈されて仮に裁判になっても正当防衛がギンギンに認められて即日無罪放免だろう(だってイエローが自宅庭に入って来てるんだぜ。怖過ぎるだろう?)が、普通の世界はそうではない。
この世界が普通かどうかは別にして、襲われたんで反撃しましたで話が済むかどうかはよく分からない。つか済まない公算が高い。ギルドが冒険者間のイザコザに一々口を出さない、見ても知らん顔するというのは、北海道の某市教育委員会の様にイジメた方を堂々と庇ってくれるという意味ではない。単に関わり合いにならない様にしているに過ぎない。
では殺害を誤魔化すにはどうすればいいか?
そりゃもう単純に考えれば死体を見付からない様に処分するしかない。
だが連中がこちらの予想以上にパー過ぎて今回も昨日と全く同じ4人組だけだったとしても、出来る死体は4つになる。処分は簡単ではない。
更に4人以上ともなると埋めるにしても相当時間がかかる。日暮れまでにはちと厳しい。
埋めるにしても相当デカい穴が必要で、大変だ。魔物処分用のスクロールを使うにしても、今日は小型のウサギ狩りの予定だからそんなに多く持って来てないし、だいたいコスト高だ。しかも埋めた後は目立つから直ぐにバレる。
かと言って沈められる池とかもないし、バラバラにして近くの川に捨てるにしても、全部がキレイに魚とかに喰われて無くなるのは相当な時間が必要だし、バラバラにするんだって時間はかかる。そういうグロい作業をしたくもない。
燃やすにしても野焼きじゃ、人数が多けりゃ全部が全部は燃え切らない。骨とかは残るから人間であるのは直ぐバレる。燃えやしてる最中には煙も上がって目立つ。いずれにせよ証拠隠滅という目的を根本から逸脱している。
それに死体をきれいさっぱり処分できても、彼らが帰って来ない事は、数日もすれば、誰かが気付く。
そうなればダチの一行が捜しに来るかも知れないし、彼らが予想通り大勢で来ているとすればそこそこの人数が一気にいなくなるわけだから、高位の魔物が現れた可能性があるとギルドが捜索隊を出すかも知れない。そうなりゃ、この辺りで埋めてみても直ぐに見つかるだろうし、川に捨てても同じだろう。やっぱり直近でモメた俺に疑いがかかる。
俺は溜息をついた。
いずれにせよ、このデアコアイルには、もういられない。
容疑者(つか犯人だが)として官憲にビクつきながら生きて行くのは真っ平だし、彼らには他にもお仲間がいたりして、俺の知らない誰かがある日突然襲って来るのをまた相手にするのも御免だ。
この世界でも日本でも、官憲にしても半グレのお仲間にしても、証拠などあろうがなかろうが、ある日突然襲い掛かってくる可能性が高いが、お仲間の場合には最初から殺す目的だろうから、より危険だ。
EレベルよりDレベルの魔物がそこそこにいて、結構、稼ぎ場としては悪くなかったんだけどなー。
そうして色々考えているうちに昔の会話を思い出した。
「俺らの技の事だけどさあ…」
ある日、シイちゃんが言った。
「他の人の技、覚えられねえって言うじゃん?」
「実際、ムリだったし。」
実際に俺らだけでなく、召喚された14人ほぼ全員が迷宮の図書室で入手した自分の本を見せ合ったが、他人の本の中身が見れた人間はいなかった。
それを大前提としたマサさんの気のない返事に、シイちゃんはキザな感じでチッチッと指を振った。
「でも、スクロールとかは使えるわけじゃん?」
「ありゃあ、自分で魔法唱えてるわけでもないって扱いなんじゃないスか?」
「んだ、んだ。」
俺らのあまり気のない相槌を聞きながら、シイちゃんは今度は指を立てた。勿論、中指とかじゃなくて人差し指だ。
「じゃ、俺らの技もスクロール作ったらいいんじゃね?」
「スクロールって簡単に言うけど、特殊な紙が必要なんだろ?」
「それに、そもそも俺らの技を書く技術がムズくないすか?」
世の中で面白いのは後向きな反対意見の方が、意外と説得力を持つ、という事だ。
現状を変えようという前向きな意見には「技術が足りていない」「今は出来てない」という現実に依拠した論拠がハッキリしてるからだし、現状を変えるとなればそれに伴うマイナスはプラスに比べれば比較的容易に想像がつくからだ。
会社でも同じで、俺らの意見は上司の後向きな反対意見の前に一歩も進められず、そのままお蔵入りになる例が多かった。
過去に失敗した事例に基づいた反論とかならまだマシで、何の根拠もなく
「本当に上手くいくのか?お前が完全に保証出来るのか!?」
(→未来は誰にも保証できない。)
「その必要が本当にあるのか?」
(→嘘ついてまで会社で新たな仕事をするヤツはいない。)
「コストがかかる!」
(→何でもコストはかかる。)
「上手くいかなかった場合、お前が全責任をとれるのか!?」
(→責任をとるのは上司の仕事。下っ端が責任をとっても意味がない。)
「こんな資料じゃあ上の許可は取れないと思うよ。」
(→アンタの上の許可を取るのはアンタの仕事だろ!)
「そもそも意味が分からない!」
(→頑張って理解出来るように努力しよう。そうでなけりゃ黙っとけ!)
と、中身の議論に辿り着かず、難癖を次々に付けられて終わりな場合も多い。
まあ、俺のいた会社ではそもそも新しい事をしようという上司は全くいなかったし、会社自体がそんな役割は求められていなかったから仕方ないと言われればそうなんだが。
とにかく現状維持、というか何もしない圧は凄くて、グループ会社からの注文ぐらいはFAXじゃなくて、システム化しよう、という今ならごく常識的な先輩の意見ですら
「今まで普通に出来てるのに何故、そんな必要があるんだ!」
(→業務効率が上がるから。)
「システムがトラブったら誰が責任を執れるんだ!」
(→だから責任を取るのは上司。トラブル対応はシステム部の仕事。)
「各社に誰が交渉するんだ!?」
(→課の正式方針になれば、やるのは課長も含めた全員。)
「導入コストが高過ぎる!」
(→何と比べて高いの?)
と上司に言いまくられて、反論も許されずにアッサリ却下された。
ちなみに当時の上司がイメージしていた導入コストは3万円ぐらいだったらしい。積算根拠は不明だが、その金額では会社で使うシステムの整備など何も出来ないのは明らかだ。
なんせ、きょうび、小学生向けのテレビゲーム機だってソフト抜きでも軽くそのぐらいの値段はするし、世間一般で業務用として普通に使われているソフトウェアの1人用の年間使用ライセンスすら買えない可能性もある。
けど、1年後ぐらいに親会社から親会社のグループウェア、それも先輩が導入を提案したものと全く同じ会社製の上位バージョンの導入を強制され、同時にグループ会社間のFAX受発注が一切禁止され、終いには逆に役員が「今時、FAXでの受発注とか考えられない。何故、今までFAXのままだったんだ!?」と我々に言った時は嗤った。
当の先輩は既に自分の中で3周ぐらいしてて、怒るを通り越して、呆れるも卒業して、ただ飲み屋で静かにブー垂れただけだった。無論、素面の会議で「ほら!だから言ったじゃないか!」と言う事もない。
そして先輩の意見を潰した上司は、先輩が先に正しい提案をしていた事にも、それを自分が碌な検討もせずに潰した事にも一切触れなかった。あの時入れておけば、顧客への説明は早く済み、上位バージョンの導入だからバージョンアップ扱いで実はお値段は半分で済んだ。
先輩の方は以降は全員が使うシステムについては一切触れる事無く、プログラミングを自学自習して面倒な仕事、間違いやすい手順は自分1人で裏でマクロやらVBAやらで自分の担当部分のみ完全自動化して対応していた。
彼の業務スピードの速さ、正確さはデリバリー実務を担当する女性や経費を見ている経理、経営資料を集約している経営企画なんかの間では密かに有名になっていたらしいが、当然だが彼はそれを上司には一切告げず、そのテクニックを課内で一切共有しようとはしなかった。そして結局は何も残さないまま他社へ転職したので、今もって彼がどうやってその業務量をこなして定時にサクサク帰っていたのかは謎だ。急遽、彼の後任とされた人間はあまりの業務量に鬱になって退職し、今は3人でこなしているのだ。
ちなみに世の中では逆の場合も多い。
現状から鑑みてどう見てもミッションインポッシブルな案件に対し、上司が「やれ!」という場合だ。ウチの会社だと親会社のご意向とかだから分かり易い。
親会社のご意向通りやると手間暇が増える。つまりコストアップだ。
コストアップすると親会社が求めている利益水準、或いは調達コストを全く達成出来ない。
だが親会社のご意向に逆らうなど出来ない。
結果として上司はミッションインポッシブルを下に「やれ!」と丸投げするのだ。
コストアップしてもいいなんて当然言わない。利益水準を割っていいなんて口にしない。そもそも解けない方程式をヒントも手助けもなしに丸投げするだけだ。ただ「自分としては部下に命じました。けど部下がパーだから出来ませんでした」と言い訳する為にそうする。
戦死者が出るのはむしろウェルカムで、そうなれば親会社にもムリと説明しやすくなる。
もっとも我々は我々でミッションインポッシブルはハナからやる気が起きない。
イー〇ン・ハントならビルとビルの間を命綱もなしに飛び回って仕事がデキるのかも知れないが、我々の所属はIMFではない。日本にある唯の一般民間企業だ。しかもエリートの集う親会社ではない方だ。
なので大概の場合は口では「ハイハイ」と言いつつ、シカトして終わっていた。
所詮、真っ先に困るのは本社から天下ってきた幹部連中なのだ。そこは俺らの知ったことではない。
だが、この種のミッションインポッシブルに食らいつき、解決するのがナイスアイディアというヤツで、ナイスアイディアに行きついた者だけが現状を打破出来る。
「だあー!オメエら纏めがつまらんな!難しいならチャレンジ!」
あくまで1人前向きなシイちゃんに対し、フリーターは厭世的だが他人を否定する様な傲慢な立場に辿り着いた事もないので、この場合も特に否定はせず穏やかに言った。
「難しいのが分かっててチャレンジとか意味が分からんけど、要はやってみるって言ってんだな?」
手伝う気はないが、シイちゃんがトライする事に特に猛反対する理由も持たない俺も言った。
「まあ、いいんじゃん。出来たらスゲーって感じで。出来なくても損ないし。」
そういった意味で何が偉かったって、この時のマサさんと俺の後ろ向きかつ消極的な反対意見にも関わらず、シイちゃんが諦めなかった事だ。
まあ、もっとも人間は基本的に、他人の意見は聞かない。
上の人じゃなくたって子供は親の意見は聞かないし、上司は部下の諫言はただ怒鳴り潰すだけだし、ヒラ社員だって飲み屋では店員から「呑み過ぎですよ。もう止めて置いた方がいいですよ。」と言われてすら、「あ?まだ、だーいじゅぶら!」とか噛みながら「もう一ぴゃい!」とか言うのが普通だ。
一応、俺らの中でリーダーだったシイちゃんも、例えたった3人の中でのリーダーだったにしても偉い人派閥の末席の連なる者として唯、俺らの意見は聞き流しただけだったのかも知れないが、今こそ彼の知識を使うべきだ!
スクロールは冒険者にある種必須で、俺の場合はコスパ重視で自分で書くこともあるから、この場で道具も揃ってる。
俺は木の上で準備を始めた。
2時間ぐらいが経過した後、俺が森からノコノコ出て来るのが待ちきれなくなったのか、木々の向こうにハッキリと人影が見えてきた。
こちらの準備そのものは中途半端だったけど、方針が決まった以上、向こうが来るのを待ってたって仕方がない。
時間の無駄だし、処理しなくてはいけない人数は、予想より多いかも知れない。
俺は木からスルスルと降りた。
「鑑定を頼む。」
「お、おう…」
俺は机の上にバーサーガーラビットの討伐部位である牙をバラバラと出した。全部で7匹分だ。思ったより群れが小さかったのと、今日は他にする事も多くてこの程度だ。
受付は牙を纏めて確認しながら、チラリとこちらを見た。
「…お前さん、今日は森で誰かと遭わんかったか?」
今度は朝と違って、まま予想していた問いに俺は全く素知らぬ顔で即答した。
「いや。」
「そ、そうか…」
受付はまたチラリと目線を上げて俺の方を見た。その態度に少しムカっときた俺は意地悪く、けど明るい調子で訊いてみた。
「なんだ?なんかあったのか?」
「いや、誰にも遭わなかったなら、いいんだ。」
バレバレなんだよ、先から!
だいたい「遭う」の字が違うだろ。人と会うは遭難の遭の字じゃねえよ!
もっとも気分は悪いが、彼がミッキー達の肩を持つのはアタマでは分からんではない。
俺はここにまだ1か月ぐらいの新人だが、ミッキー達はもっと長かっただろうし、仲は知らないが顔見知り度は高い。顔見知り度の高い知り合いと付き合いの浅い新参を比べれば、どっちの肩を持つかは決まっている。例え新参がこれから彼らにリンチされるのが分かっていても止めることなどなく、知らせてくれるほど親切でもない。所詮は所属員から職員に至るまで、底辺のならず者揃いの冒険者ギルドなのだ。
自分で考えて、自分の結論に不愉快さが増した俺は更に意地悪く続けた。
「なんだ?危険な魔獣でも出たってか?」
「いや…いやいや、そんなんじゃねえ。何も無かったならいいんだ。」
むっつり答える受付に俺は冷たい目を向けて、当てこする様に言った。
「そうかい。ま、なんかあったら早めに教えてくれ。いきなり予備知識なしにケダモノに囲まれるとか面白くねえからな!」
「……ああ。」
「よう!クリス・シーガイアってアンタ?」
ギルドで終了報告をして報酬を受け取ってから俺は一端、宿に戻り、狩りの道具を置いて改めて外出し、まあまあ行きつけの飲み屋で食事をしていた。その俺の前に、中肉中背の男が立った。
歳の頃は同じくらい。ローブを羽織っている所を見ると魔法使いだろう。
ギルドで見た事があるのかも知れないが覚えていない。話をしたことはないのは確かだ。
「そうだが?」
俺はイモにフォークを突き刺し、口に放り込んだ。
男はそれを黙って見てた。
「前、座っても?」
「特に待ち合わせをしているヤツもいないし、そこの席は予約席でもねえ。好きにしてくんな。」
彼は俺の前に腰掛けた。よく見ると手にジョッキを持っている。
彼はそれをグイッと飲んだ。
「知ってるかもしれないが、俺はマライア・ランバートだ。」
「マライア?」
思わず漏れた俺の呟きに、彼は歪んだ笑みを浮かべた。
「女みてえだって言うんだろ。自分でもそう思う。だから誰でも1回目まではその感想を許す事にしている。」
2回目は許さない、という遠回しのマウンティングを無視して、俺はイモを更にナイフで小分けして口に放り込んだ。
このマライアと名乗る見知らぬ男の態度、話し方は、自分の方が圧倒的に上である事を確信しており、かつそれをあちこちに滲ませてはいる。
表面上は丁寧な口を利くが、自らのカースト上位を確信している親会社の平社員みたいな感じだった。
「見ての通り魔法使いだ。仲間内じゃマレーって呼ばれてる。」
「そうかい。」
イモも旨いが、この店は野菜がイケる。俺は今度はサラダの皿を引き寄せた。
全く興味が無さそうな俺を見て、彼は苦笑した。
「少しは俺の話も聞けよ。こう見えて俺はBランクだ。」
ほほう!
と、すると、この辺りじゃ最強クラスなのかも知れないな。
知ってるかもしれないが、という彼の普通とは逆な枕詞の意味は分かった。何の魔法が得意か知らないが、おっかない事だ。
俺はキュウリ(みたいな野菜)にフォークを刺してマグマグした。
「ほうかい…モグモグ…アンタが狩場に来たら場所を譲るよ。」
彼が何者かにも彼の得意技にもあまり興味はないが、さりとて特に揉めたいわけじゃない。そういった意味で俺的には神妙な言い分に彼はまた苦笑した。
「それはそうした方がいい。ところでマイク達はどうした?」
「マイク?」
「昨日、お前を誘ってた連中さ。」
「?」
昨日、俺に喧嘩を売ってきたバカ共はいたが、何かに誘ってくれたヤツなんぞ、いやしねえぞ?
俺の本気で分からない顔を見て、彼はジョッキを置いてアタマの回りで手をグルグル回した。
「ほら、アタマにこんな布巻いてたろ。」
ああ、あの連中か!
そう言えば、受付も彼ら、俺を仲間に誘いに来たんじゃないかって言ってたな。あれ、何かのジョークかと思ってたけど、マジだったんかいな!
連中がどうなったかは勿論、教えてやる事も出来るが、自爆してまで初対面の彼を助けてやる義理はない俺は答えた。
「俺に聞かれても知らん。ヤツらとは昨日、別れて以来、会ってないし。まあ、俺が言うのも何だが向こうも会いたくないんじゃないかな。」
「そうなのか?」
「昨日は、あまり友好的な話し合いじゃなかったしな。」
「それはそうみたいだな。」
俺は今度は肉を切り分け始め、彼はそれをジョッキを啜りながら暫く眺めていた。
俺からすると彼から訊かれた事には答えたわけで上位ランカーに対する礼儀も失してはいない。
内容が彼のお気に召すかどうかは俺が気にする話ではない。意地悪で言っているのではなく、上の人は自分の望む答えが返って来ないとそれだけでキレる。そこに事実も真実も関係ない。
アメリカのキリスト教徒が「地球は丸い」と聞かされると怒り狂って銃を乱射するのと一緒だ。しかも「聖書にはその様な記載はない!」と裁判で堂々と主張し、挙句、その主張が認められて無罪になる可能性すらある。だから上位ランカーである彼が俺の返答にどう思うかを気にしても無意味なのだ。
俺の話は終わったという態度を見て、Bクラスの魔法使いはゴトン!とジョッキを置くと勝手に話を再開した。
「一応、俺はここらじゃ、いい顔でな。」
「Bクラスだもんな。」
話し掛けられては仕方なく俺も話を合わせると、彼は「分かってるじゃねえか!」とちょっとドヤ顔になって、机に肘をついて少し身を乗り出した。
「あんなヤツらでも仲間は仲間だ。それがフラッと来た新人に始末されちゃ、立場的に少々具合が悪くてな。」
その程度の引っ掛けに引っかかる程、子供じゃない。ギンギンの社会人で仮にも交渉事を仕事とする商社マン(笑)なのだ。
俺はフォークを持ったまま両手を挙げて素知らぬ顔で言った。
「始末も何も俺はヤツらをあれ以来見てない。それとも昨日のあの程度ボコったぐらいで奴ら死んだのか?」
「いや。」
彼は引っ掛からないか、という風に薄く笑ってジョッキを持ち直し、残りを呷った。
「けど、今朝方、お前さんが依頼を受けた後、お前さんを探してギルドに来た。んで、そこらの仲間に声掛けて、森にお出掛けのお前さんの後を追ったみたいだったからさ、お前さんがどっかで会ったんじゃないかと思ってな。しかもヤツら、この時間になっても帰って来てない。」
「運悪く…かどうか知らんが、会ってないから何とも言えん。俺に会う前に、なんぞ手に余る魔獣にでも当たったんじゃねえか。」
ゴトン!
彼は再度ジョッキを置いて作り笑いでこちらを見た。
「アイツら、何処にいるかマジに知らないか?」
「悪いがマジで知らねえな。」
実際に彼らが今、何処で何をしているか俺は知らない。
彼は俺の顔を一瞬凝視し、そしてジョッキを持ち直し、中身を飲干して立ち上がった。
「そうか。邪魔したな。」
少なくとも彼はこれ以上、ここで事を荒立てる気はないらしい。
そういう社会的配慮は汲んでやるべきだ。俺だってもう1回目に来た頃の様なコゾーではない。今や立派な社会人なのだ!(2回目)
「いや、こちらも役に立てずに申し訳ない。」
申し訳ないなど微塵も感じていなかったが、俺もギルドの実力者である彼に敬意を表した返事をした。
前にも言ったが日本語の「申し訳ない」とは自分に非があるとは全く感じていない時に使用するのが正しい用法だ。携帯が繋がらない時に自動音声で流れ、チェーンの居酒屋で注文が間違えられた時に言われ、裁判では執行猶予を貰う為、死刑を回避する為に加害者側だけが頻繁に口にする。
それが伝わったのか、伝わらなかったのか、彼は空のジョッキを持って2歩程歩いて振り向いた。
「さっきも言ったけど、俺はここらじゃ、いい顔だ。」
「……(もぐもぐ)」
「俺の問いに答えないヤツはいねえ。俺にウソつく奴もいねえ。俺が誰か探してるってなりゃ、知らなくても自分から率先して探してくれるってなヤツも多い。」
「だから何だよ?」と反射的に言い返しそうになったが、繰り返すがこれでも俺は一人前の社会人、のつもりだ。(3回目)
俺はごっくんとメシごと反論を飲み込むと当たり障りなく言った。
「流石はBクラスだな。」
口元がちょっと曲がるのは止められなかったけど、そこは勘弁して欲しい。
対する彼は今度は笑わず、俺を睨みつけて付け加えた。
「そこんとこ、ようく覚えときな。」
とは言え、Bランクという彼の社会的立場をガン無視する様な事はしない。限りなく自由業に近いとはいえ、冒険者業界もまた人間社会の一端だ。
人間社会ではあるが、その社会の有り様はヤクザワールドに限りなく近く、上位の人間に下位の人間が逆らうのは一般社会とは異なる危険を有する。ヤクザ映画の様に一見の若い流れ者が土地の親分に生意気な態度をとると「なかなかホネがあるじゃねえか」と褒めてくれるとかは現実社会ではない。ただその場で物理でツブされて生物学的な終わりが訪れるだけだ。
俺は残りのイモにフォークを刺した。
「ああ。なるべくアンタの邪魔にはなんないように、気ぃつけるよ。」
彼の社会的立場を慮ったはずの俺の言葉に対し、彼は一睨みしただけで無言で立ち去った。
俺は残りのメシを完食して、そのまま宿へ引き上げた。そして、宿では先程仕舞ったばかりの商売道具をもう一度出して担ぎ、外へ出た。
もし彼が既に手下を俺の周囲に張らせていれば、他の宿に移っても無駄だ。
周囲にそれらしき人影はないが、先のマライアとかってヤツの仲間なら相手は冒険者だ。素人ならともかく、ややもすると斥候とか隠密とかってスキルを持った冒険者に尾行されている場合、こんな暗い中じゃどうせ俺にはよく分からない可能性が高い。
それと今日の一件でよく学んだこともある。
ゴキブリは追い払う事に意味はない。直ぐにツブさないと増殖して襲って来る。
俺はズンズンと歩き、町の出口の門まで来た。
「おう、クリス。こんな時間にどうした?」
話し掛けて来た馴染みの門番に片手を挙げて俺は答えた。
「昼の稼ぎが悪かったんだ。んで、ちょっとブラットバットを狙う気でね。」
ブラッドバットはその名の通り吸血蝙蝠だ。
蝙蝠と言っても魔物だから、大きさはカラスぐらいのエラい大きいヤツだ。大きさはデカいが習性は蝙蝠と同じく夜行性だから、基本的には夜しか狩れない。討伐部位になってる耳が解熱剤の材料として知られていて、主に俺の様な弓師なんかには、夜にこいつの狩りに出かける者もいる。
俺の言い訳に、門番は何も疑う事無く、門を開けてくれた。
「気ぃつけなよ。」
「おう!ありがとよ。」




