011 初回の城壁
今いる、トリキャスの町は大きな町だ。
この世界ではそこそこに珍しい大きな本屋なんてのもある。
本、というか出版は大まかには手書き→写本→木版→活版→オフセット印刷→デジタル印刷と進化するが、俺が最後にコッチにいた頃は3つ目までは到達していた。
それから20数年後だか30年後だかの今、金属の活字を使う活版印刷までは到達したらしい。
但し自由に本が作れる所までは至っていない。
理由は技術的な話ではない。
活版の元になる活字がこちらでは魔法で作られており、魔道具ギルドが管理している。つまり活字を作るのは魔道具ギルドが独占しており、勢い活版印刷ができる印刷所も魔道具ギルドに管理されているに近い状態だからだ。
そして独占技術であるが故に、その使用料は不当と言って過言ではない程、高い。
なので印刷所の数は少ない。
印刷所≒出版社だから印刷物の数も限られる。
それに高価な為に数が捌けず、大量生産してコストダウンというところに行きついていない。
この辺りは商売だから現世界も異世界も関係なく、要は鶏玉で、リスクを獲って先に値段を下げて普及させる事による大量生産→コストダウン→大量販売で大儲けを狙うか、超高価だから少量しか売れないが原価割れではない現状で我慢するかの差である。
この世界での活版印刷は、今は後者に近い。
活字を使うが故に本の数だけ版を持たなくてはならない木版よりも省スペースで、木を削って作る木版より版の出来上がりが早く、金属を使うから耐久性が高く、使い回しも利く。だが活字自体が魔道具ギルドの認めた魔道具屋から買うしかない非常に高価なモノで、これを揃えるとなると多額の投資が必要になる。印刷所は簡単に開けるものではなく、本の値段も上がる。
なので現状での活版印刷の利点は大量生産というよりは、高い値段を気にしないお金持ちが本屋に在庫がない本をオーダーした場合、活版印刷なら木版のそれより早めに本が用意可能、という点だけだ。
もっとも経済の発展の歴史を鑑みれば、需要があればいつかは誰かがリスクを獲り、やがて価格破壊が始まって値段は下がるが市場自体は爆発的に広がるんだけどね。
この辺りの事情は雑談をした本屋の主人が教えてくれた知識+若干の俺の推測だ。
それでも俺がいた頃よりは多少なりとも生産効率化の恩恵を受けて印刷が盛んになっており、本の数も種類も増えたようだ。
トリキャスぐらいの町になると、無論、日本にあるようなな何とかブックセンターとか何とか堂書店とかってレベルではないが、6畳一間とかではなくショッピングモールに出店している店ぐらいの比較的大きな本屋があった。
活版制作技術を魔道具ギルドが実質的に独占しているとはいえ、写本や木版の頃よりは本の値段も大幅に下がっており、一般庶民でもギリギリ無理じゃない程度には手に入る値段になっている。まあ、地球で言えば3万とか5万とかいう価格帯だ。
中世のローマカトリックの様な知識の独占によって権威と権力を独占しようという邪な政治的意図がない限り、経済原則に従って需要のある側が出せるギリギリ高値と供給する側が望む金額が稼げる中間点に価格は収斂する。魔道具ギルドに払う法外な値段を含めたところで今の価格帯がその交差点なのだろう。
もっとも、このくらいの値段になると使い捨てと言うわけにはいかず、中古品にも価値が出る。
元々、ブツ自体というより中身が問題の本というものは、使われてもブツ自体は無くなったり減ったりはしないから地球でも雑誌やマンガの様な安い本も古本屋で中古品が多く出回る。
ましてやこちらのそれは3万とか5万とかの価格帯だ。買った方も読み終わって不要となれば売りたい!というのは自然な感情だ。
なので古本屋も結構盛んで、日本と同じく使用済の教科書の古本が売られる学校の周辺に数多くある。
と、言うかこちらの本屋とは古本屋9割、新刊1割ぐらいで本を置いているので、どちらかと言えば全てが古本屋と言った方がいいかも知れない。
ああ、そうか。
ここには大きな学校があるから本屋が盛んなんだ。
今更ながらに俺は気が付いた。
トリキャスには、この国の王家直営の学校がある。日本で言う国立の学校だ。正式名称はよく知らないが、こちらでは「学園」と呼ばれている。
この学院だが、日本で言う中学と高校、それに魔法学校とか士官学校とか一般の大学とかの内容を微妙な塩梅で混ぜ混ぜした様な学校らしく、王族を含むある一定レベルの貴族と、めちゃくちゃ厳しい選抜を潜り抜けたごく少数の超アタマのいい庶民がここで学ぶ、らしい。
こちらでは全世界的に有名らしくトリキャスの「学園」と言えば諸国でも名が知られており、この国以外から来る留学生も多いという噂だ。
話だけ聞くと少数精鋭っぽい感じもするが、全学年合わせれば1,000人を超えるレベルの学生+教員がいるから町の中心の一角を占めている。ちなみにこちらでは成人は15歳だが、学園の卒業は18歳らしい。ここから更に学ぶには各専門の研究機関やら道場やらに進むらしく、それは一握りの学問エリートだけが歩む道である。戦前の日本の帝国大学みたいなイメージなのかなあ。
勿論、前回の俺ら、魔王を1分1秒でも早くブチ殺し隊は当然、のんびり学園編を愉しむ余裕なんぞ全く無く、ここに限らず学校と名の付く場所とは何の関係もなかったので、通うどころか見える範囲内に立ち寄った事もないし、未だに正式な名称すらよく知らない。そもそも方角的にも魔王城とは逆だし。
だから散々語った割には学校の内容も噂レベルのいい加減な知識でしかもうろ覚えに過ぎない。本当は庶民でも入学はそんなに難しくないのかも知れないし、逆に高位の貴族なら誰でも入れるって話でもないのかも知れない。具体的に何を教えてくれるのかも知らない。
ま、無関係なのは前回も今回も同じだから確認とか全くする気もないけどね。
日本にいた頃も実は学校にあまり深い興味を持った事はなかった。
小中学校は地元の公立に通い成績は可もなく不可もなく。高校受験は大学受験を見据えてちょっと頑張って私立に通ったけど結果的には自主退学してFラン大学に入った。そもそも偏差値的にはちょっといい高校ではあったが、通ってみると特に進学に熱心な感じもしなかったし。
入った大学も特に何か学びたくて選んだわけではなく、通える範囲内で高2程度の勉学でも受かる偏差値内で受けて入っただけだ。
今は知らないが当時は就職には法学、経済学が有利で文学部は不利とか聞いていたけど、そんな事すら気にしなかった。文学部じゃないけどね。
要するに日本でも必要に応じてやっただけ、コッチの世界の勉学などは最初から一ミリも興味を持ってない俺が本など買い始めたのは、俺の冒険者としての活動は罠猟だからだ。
ポイントを見つけて罠、というか餌を仕掛ける。近場の木に昇る。そして後は何かが来るのをひたすら待つ。その間は暇なので、本を買った。
流石に本に夢中になって獲物が来たことに気が付かない程の素人ではない。
動物ならともかく、魔獣だった場合、ボウっとしていて先制攻撃でも受けたらたまらない。
10年以上も経ってあの頃の感覚を忘れかかっていたが、1回目での試練の迷宮、そして魔王城までの旅は本当に命懸けだったのだ。
なのでアタマというより体がギチギチに覚えていて、冒険者、そして弓師は初体験だったが魔獣退治の方は直ぐに勘を取り戻した。
それに決して安くはない本を買う事にしたのは、他にも理由はある。
町の城壁の見える見晴らしの良い木の上に昇ってジッとしていると、色々な事を思い出すのだ。
……大概は苦い思い出だ。
「こちらの方向に魔王城がある。」
今、よく昇っている高い木の上より更に見晴らしの良い王城の城壁の上でギーリー騎士団長は言った。
俺らは指し示された方向を見た。
が、指差された方向を見ても穏やかな田園風景が広がるだけでそれらしいものはまるで見えない。
「無論、ここから見えるものではない。最南方にあるオーランド帝国を超えてアンダラの魔の森も超えた更に先にあると言われている。我が国に直接見た者はいない。」
団長からもっともな補足も入ったが、試練の迷宮を生き残った俺ら5人は何も言わずに、その方向を眺め続けた。
今の漠然とした話からも随分遠い事は分かった。
魔王を倒せば元の世界に戻れるとは言われちゃいるが、長い旅の果てになりそうだ。マルコ・ポーロの旅みたいなものかも知れない。
しかも、彼とは違い、こちらは襲い来る魔獣とかを倒しながら行かねばならないし、マルコ・ポーロと違って行った先で歓迎して貰えるわけでもない。むしろ敵を蹴散らしながら進むチンギス・ハーンの征服行みたいな感じか?いや俺らは大軍勢を率いるわけじゃないし、国を滅ぼしながら進むわけでもないから、それもちと違うか。
「準備が必要だな。」
試練の迷宮を生き残ったのは俺を含めて5人だ。その中の1人、剣士の林田さんが言った。
彼は当時の俺より2つ上の高3でバンドマンだ。
バンドマンだが大学には進学したいって事で、受験勉強中だったらしい。
彼の高校は俺の知る限り、中堅に位置する都立高校だから、東大早慶はまあともかく、どっかは入る分には大丈夫そうだなと勝手かつ生意気にも判断していた。
夢はバンドマンではあるが、彼は話しぶりからも、世間一般で想像する様なファンからキャーキャー言われて常に自己陶酔的な表情が目立つ俺カッコいい的なチャラい感じも、歌と楽器とライブ以外は酒とオンナとクスリにしか興味がない音楽がデキる以外にはほぼバカな感じもせず、楽器が趣味で得意な普通の高校生の様に見えた。
剣士として戦闘では常に先陣をきる役目をキチっと果たし、性格も悪くなく、俺にとっては気のいい部活の頼りになる先輩みたいな感じだった。
「長旅なら、そうなるな。」
マサさんも同意した。
試練の迷宮を潜り抜けてきた俺らは、最早来たばかりの頃の素人ではない。全員が準備の具体的な内容を思い浮かべながら魔王城の方を眺めた。
「俺らはいつ、出なきゃいけないんですか?」
「出来得る限り早いに越した事はない。が、ハヤシーダが言う様に準備は必要だ。1週間程を考えている。」
俺の問いにギーリー団長が答え、俺らは顔を見合わせた。
「俺が武器と全員分の防具を見繕う。マサさんにスクロール系はお願いしていいスか?」
「任しとき。俺のフィールドだあな。」
剣士の林田さんが武装は請け合い、魔法使いのマサさんも頷く。
「そうなると、アタシは薬系かな。」
魔法使いでも俗に白魔法使いと言われる佐藤さんが言った。
「ハルちゃんはそれでいいけど、薬もそうだけど、どっちかってと薬草とか白魔法の本とかがいいかも知れない。先は長そうだからあまり多くは持ち歩けないだろ?」
シイちゃんの指摘に彼女も頷く。
「じゃあそうする。」
「タカトは、アレだな。地図とかの担当だな。地理とかバッチリ、アタマに叩き込んでくれ。いざって時に地図見れるかも分かんないしな。」
マサさんの言葉に俺も頷いた。迷宮でも地図と方角決めは俺の役割だった。
「ッスね。やっときますよ。城には地図は揃ってるでしょ。」
特に彼に聞いたわけではなかったが、横にいたギーリー団長が頷く。
「用意しよう。」
「俺はタカトと一緒に地図を眺めながら旅を考える。ギーリーさん、誰か詳しいヤツを付けてくれ。」
「分かった。」
俺らは迷宮内で分業でやってきた。パーティーによる迷宮踏破だから当然だ。
物理戦闘職はもう林田さんだけだったが、詠唱が不要な俺も前衛で戦い、中衛にシイちゃん、後衛に攻撃魔法使いのマサさんと回復の魔法使いの佐藤ハルさんが並ぶ。そして中衛でこの集団のリーダーでもあったシイちゃんが戦闘指示出しで戦う。
最後の4層はこのコンビネーションで戦ってきた。
戦って、戦って、戦って地上まで戻ってきたのだ。
なのでお互いの専門と得意は肌に沁み込んでいるし、分担を決めるのに時間はかからない。
迷宮ではスピード命だったのだ。
ダラダラしている暇はないし、ああでもない、こうでもないと相談してる時間もない。
指示役でリーダーのシイちゃんがパンっと手を打ち合わせた。
「よし!ブツやら知識やらが揃ったところで一度、打ち合わせが必要だ。準備は3日で整えんぞ!」
「んだな。スクロールは任せな。」
「う、地理覚えんのに3日はツライな…でも仕方ねえっすね。」
マサさんもヤル気を見せる中、1人弱音を吐く俺の肩をシイちゃんが叩く。
「タカト1人に押し付けやしねえ。俺も旅考えながら覚えるから。」
「とっとと始めましょう。ギーリーさん、武器庫見せてくれ。」
林田さんの言葉に騎士団長も満足げに頷く。
「了解だ。」
だが、この迷宮で鍛え上げた息の合ったところを5人で見せつけたのはその日だけだった。
翌々日、俺、シイちゃん、マサさんの3人だけが朝食も出されずに1部屋に集められた。部屋の外には複数の衛兵が立ち、実質的に軟禁だった。
事情が分かったのは昼も遅くなった夕方間近、ギーリー団長が姿を見せてからだ。彼はどことなく薄汚れた感じで、流石に兜は被っていなかったが、鎧姿だった。
「林田とハルちゃんが!?」
「そうだ。」
2人は逃げた。
この準備期間を逃せばその機会が次にいつ来るか分からない、と思ったのかも知れない。それとも何かアテがあったのか。
とにかく林田さんと佐藤さんの2人は逃げた。
俺ら3人には何も言わず、2人だけで逃げた。
「こんなものを貴君ら宛に部屋に残してな。」
ギーリー団長は1枚の紙を机に置いた。俺ら3人は覗き込んだ。
そこには簡単に、俺ら3人には今まで世話になった、との謝辞と、日本にゃ帰れなくても自分達は2人で生きて行くから心配するな、俺らが魔王を倒して無事に日本に帰れる日が来る事を願っている、と書いてあった。
「我々は連れ戻しに行っただけなんだが、かなり激しく抵抗されてな…」
俺ら3人は顔を見合わせた。
「……誰かヤられたんすか?」
顔を見合わせてが、誰かが聞くしかない。
仕方なくリーダーのシイちゃんが聞くと、団長は渋い顔をした。
「こっちは10人以上が殺られた。」
「「「……」」」
俺らはまたも顔を見合わせた。
言葉には出さなかったが思っている事は同じだ。3人とも顔色は蒼いを通り越して白い。
マズい!マズい!マズ過ぎる!
俺ら3人と団長の間には暫し沈黙が漂った。
「林田さんと佐藤さん、どうなったんスカ?」
このヤバい空気を何とかしなくては、と思いながらアセアセした挙句、誰かが聞かねばならない問いを、結局、3人で目で押し付け合った挙句、今度は俺が口にした。
団長は首を振った。
「結局、2人は捕まえられず、その場で斬り殺された。」
「「「……」」」
俺らは無言だった。思ってることはまたも同じだ。
大人しく捕まっておけばいいものを何で抵抗とかすんだ!?
後から考えればこの時、俺らはもっと状況を聞くべきだったのだろう。
威嚇の魔法(?)でEクラスの弱い方ならその場で恐慌状態にもでき、Dクラスの魔物程度だったら数匹を纏めて切り倒せ、CクラスはおろかBクラスとも上手くすれば単独で戦うことも可能だった、今、思い出しても間違いなくブラッククラスに匹敵した剣士だった林田真治と、防御と回復の複数の魔法を非常に短い時間差で唱えられ、最後の方では近距離ながら瞬間移動すらも使えた強力な白魔法使いだった佐藤遥香を、騎士団程度でどうやって倒したのか。
そして今にして思えば、決して弱くはなかった林田さんと佐藤さんですら脱走に失敗したこの思い出が今回の俺の根底にはあったのだろう。
確実に追手がかかる事を念頭に置き、勇者の力をもってしても逃げ切れなかった事を覚えていたからこそ、相手の準備がまだ整わないうちに行動を開始し、偶然にも助けられたが二重、三重に身分を偽装して、騎士団が本格的に追って来る前に駅馬車を使ってなるべく遠くへ逃走したのだ。
今回の俺の脱走は今のところは上手くいっている。
だが、初回のこの時はそんな冷静にアタマが回ることなく俺らはただ呆然としていた。
「申し訳ないが…」
ギーリー団長が疲れた表情で続けた。
「私個人としては君らに隔意は抱かないが……この件で君達の立場は悪くなった。」
「「「……」」」
具体的な話はないが、見た目から考えて彼は今、林田さんと佐藤さんと戦って来たのだろう。
そして大勢の部下が殺られた状況下で、彼らから見れば林田さん、佐藤さんのお仲間である我々に隔意がないと伝えられるのは素晴らしい事だ。
けど、ご厚意に甘えられるのもここまでだ。
「ここに長居しても良い事は何もない。明日にでも発って貰いたい。」
「「「……」」」
予想通りの言葉とは言え、俺らはまた顔を見合わせた。
取り敢えず、俺らはここで処刑とかでないのは安心した。
けど、まだ準備が出来てないって言うべき場面なのだが、3人とも言葉が出なかった。普通に考えて、もう、そんな言い訳が通用するような段階ではない。
「準備不足は承知している。だから予定には無かったが、案内と護衛をする者を4名付ける。」
未だ呆然とした感の抜けない我々を他所に、ギーリー団長がパンパンと手を叩くと扉が開き、鎧姿の4名が入ってきた。全員が女性だった。
「彼女達が護衛につく。準備もこちらで整えたから明日には出て欲しい。」
俺ら3人は三度、顔を見合わせた。
護衛とか言ってるが、見張りなのは間違いない。俺らまで逃げ出さないように。
なんせ俺らより人数が1人多い。
「わあったよ。」
不貞腐れた様にシイちゃんが言った。
リーダーが言ってる以上、決定だったが、結局、誰が返事しても一緒だったのは明らかだった。
このトリキャスの町は、貴族のボンボンが揃う学園都市だからかあの時の王城程ではないがそれに近いガッチリとした城壁がある。狩場である周辺の森からもしっかり見える大きさだ。
だからだろうか、ここで木に昇って獲物を待つ間のヒマな時間には遠くからでも城壁が目に入り、それと共にイヤな事も思い出す。
他国に入り、国境沿いの町も離れ、時間も経った今はもうザンビーの追手が来る事はないかも知れない。それに本屋が多いここでは罠猟待ち時間用の本も入手しやすくはあった。
けど、この町ともそろそろお別れするべきかも知れないな、と俺は木の上で獲物を待ちながら思った。




