010 予定外あるいは計算違い
ギギイっと扉を開けると、薄暗い室内には小さなカウンターだけがあり、小柄の婆さんが座っていた。
「6号に来た。」
冒険者風の男が言うと、婆さんは薄暗い中で手元の紙を見た。
「番号は?」
「567番だ。」
婆さんは確認するとスイっとキーを差し出した。6と刻印がある。
男は無言でそれを受け取り、奥の階段へ向かった。
6号の部屋で依頼主を名乗るフードの男は言った。
「この冒険者を探して欲しい。」
目の前のフードは懐から紙を出した。
紙には1人の男の上半身のみが描かれている。海野が見れば「デカい証明写真だな(笑)」と言ったかも知れない。
スーツ姿の姿絵を見て、男は顔を顰めた。
「服装は何だ?こんな服を着てるのか?」
「いや……今は着ていないだろう。」
こちらでは胸にナプキンにしては細すぎ、マフラーにしては首がカバー出来てない奇妙な布をぶら下げた珍妙な姿については触れず、フードは後半の部分にのみ答えた。
「名前は?」
「タカシ・サトーだが、ここではアル・ニージゲン、あるいはアンジエラ・タマスと名乗っていた。」
「ふ~ん。髪と目の色は合ってるのか?」
「それは合ってる。」
男は再度、紙を眺めた。
これと言った目立つ特徴のない、強いて言えば黒目黒髪が特徴の男が、男が指摘する様にヘンな服装と共に描かれている。
「他には?」
「他?」
「特徴とかだよ。細かい事でも何でもいい。」
男の催促に依頼主は少し考えた。が、直ぐに首を振る。
「いや、特には思いつかないな。」
いきなり人の特徴を聞かれても直ぐには答えられないのは男も長年の経験で分かっている。
男は質問をより具体的に変化させた。
「身長とか体つきとかは?」
訊かれた依頼主も先程は「思い付かない」と即答したが別に非協力的なわけではない。
男の問いに真剣な雰囲気で考え始めた。
「やせ型で身長は普通…多分、お前さんと一緒ぐらいだ。」
「体に目立つ何かはあるか?痣とかホクロとか?肌の色はこの絵で合ってるのか?」
「似顔絵は数人から事情を聞いて作ってるんだが…この絵以上の特徴は聞いていない。」
特徴を聞いてない…
その変な言い回しからするに依頼人は当の本人とは面識はないらしい。それならばこれ以上、彼を問い詰めてもあまり意味はない。
依頼人の言い分に納得したわけではないが、これ以上の情報は引き出せないと分かり、冒険者は「ふ~ん」という風に取り敢えず頷き、更に質問を変えた。
「向こうはお宅さんが捜してるのは知ってるのか?」
聞かれた方は聞いた方の質問の意味を正確に捉えて答えた。
「我々…いや私が捜している事は向こうも知ってるだろう。だから近くで捜索がバレれば逃げられる…可能性がある。」
男は絵姿を再度眺めた。
とにかく変な服装以外に特徴がない。と言うか、変な服装の方に意識が引っ張られて他には黒目黒髪以外の特徴がアタマに入って来ない。
「何が得意なんだ?」
「得意?」
「いや、ほら、武器とか魔法とかさ。」
「…いや、よく分からない。」
「この男、今は何をしている?さっき冒険者って言ってた気がするが冒険者なのか?」
「それもよく分からない。」
依頼主の素っ気ない言葉の連続に、流石に男は呆れた様に両手を広げた。
「何だそりゃ。そんな分からん事だらけじゃ探しようがない。」
男の素振りに依頼主はちょっと慌てた風になった。
「いや、ここでは冒険者を名乗っていたのだが…その…彼の…元の仲間に聞いたんだが、元々は冒険者とは全く違う商売をしていたらしい。だから今も冒険者をやってるとは限らんのだ。」
「違う商売って?」
「彼の仲間によれば、商会の社員みたいな仕事…じゃないか、という事だ。」
象の説明で皮膚の硬さの話をしている様で、肝心な物事に全く繋がらないが、致し方ない面もあった。
実際問題としても残った5人はそもそも海野から社会人である以上の詳しい話は何も聞いてない。スーツで社会人と言ったって色々あるわけだがその内容は分からない。
1人、世代の違う海野に積極的に絡みにいったのは、大きな体格に似合わず小狡く事態の丸投げを図った米沢だけで、しかしこれも10も年上の社会人海野に軽くあしらわれただけで殆ど何の情報も得られていない。
そもそも名前からして用心深い海野に偽名のサトーと名乗られているのだ。
依頼主が本当に何も分かっていない雰囲気を察し、仕方なく、男は話を少し巻き戻した。
「他の情報は?」
「3か月程前に冒険者ギルドでアル・ニージゲンいう名前を名乗ってる。その後、直ぐにアンジエラ・タマスという名前で駅馬車に乗ってトクマーへ逃げた。そこから先は行方不明だ。詳しい日時は、紙に纏めてある。」
フードはもう一枚、紙を出し、男は手に取って眺めた。
今、フードが言った内容が多少詳しい日時付きで時系列で並んでいるだけだ。追加情報としては冒険者ギルドの新人受付の名前と駅馬車屋の名前、そして逃げた男の乗っていた駅馬車の御者と同乗した客名が書いてある。
「駅馬車の客は5日程、そいつと一緒に乗ってる。絵姿は彼らに協力させたから、そこそこには役立つはずだ。」
今回の逃走劇において数少ない海野の計算違いだ。
海野は自分の顔を覚えている人間など、この世界にはまずいない、と確信していたが、そうでもなかった。1週間程度、駅馬車に同乗した客はいて、彼らは隅で静かにしている何故か手ぶらの「冒険者アンジエラ・タマス」にあまり注目してなかったにせよ覚えてはいたのだ。
初動の遅さと、海野の嫌がらせの様な計算し尽くされた逃走方法を前に、結局は捕まえる事は出来なかったが、警邏達もやることはやっている。駅馬車に同乗した人間は遅巻きながらもキッチリ確認していて、全員ではないにせよ彼らに話も聞いていた。だから人相書きは下絵こそ最初に米沢達に聞いたからスーツ姿というこちらでは現実離れした格好ではあるが、顔そのものは実は結構しっかり描けていた。
男は絵姿を再度眺めた。
先程と変わらない黒目黒髪でこれと言った特徴のない顔が見返している。
強いて言えば西方系の顔立ちといったところだろうか。昔は珍しかったかも知れないが、魔王が倒されて30年余り経つ今はそうでもない。
「……手掛かりが滅茶滅茶少ないな。」
「だからこそ、この報酬額を用意している!」
偉そうかつ不機嫌そうに言う依頼人に対し、男は宥める様に言った。
「ま、それは理解してるよ。」
仕事を受ける前から依頼人と仲違いしても仕方がない。
もっとも、理解してる、と言うのは文字通り内容は分かったという意味だけだ。
要はすごーく困難な仕事だと言う事が分かったという意味だ。
冒険者業界で重要なのは自分の出来る仕事だけを確実にこなすことだ。
そして、この仕事はそうではない、と明らかに男の背中からすうっとやる気が抜けていくのを見た依頼主のフードはまた少し慌てた様に言った。
「いや、そうではあるんだが…確かに依頼に書いた通り成功報酬なんだが…まあ…途中で何か成果があれば、必要経費に色を付けるぐらいはする。」
「成果って?」
「足取りが辿れるとかだ。」
「なるほど。」
要するに似顔絵一枚で人を探せ、という事だ。
これだけなら出来ない事もないかも知れないが、依頼主の説明によれば、捜索範囲は別の町、いや、ややもすると国全体、あるいはもっと広いかも知れない。そう考えると限りなくムリだ。
だが、報酬はかなり魅力的な額だ。ここで即座に断るのは惜しい。
それに依頼主のフードも、成功報酬と言いつつも途中まで分かればある程度は出すと言っている。
そうは言っても、これだけ情報が少ないと足取りを辿るだけでも難易度は高い。
成功確率の低い仕事に時間と手間を取られても仕方がない。報酬が無ければタダ働きになるのだ。
男がその辺りの天秤具合を測りかねて迷って黙っていたのだが、依頼主はやる気になってきた、と取ったらしい。偉い人の思考は常に我田引水なのだ。
「で、いけるか?」
前のめりで言ってきた依頼主の様子に男は苦笑したが、ハラを決めた。
「まずはちと調べてみよう。けど全部成功報酬ってわけにはいかねえな。こんだけ分かってることが少ねえと、調べるだけでも時間も金もかかりそうだ。」
通常、ギルドを通じての仕事は雇い主と冒険者が直接報酬交渉をするのはご法度だ。腕っぷし勝負の冒険者に依頼主が脅されてぼったくられるのを防ぐ事と、逆に後から依頼主がゴネて正当な報酬を支払わないのを防ぐ為だ。だが双方がアングラでやり取りするのを完全に止める術はないし、双方が完全に合意の上でやっていれば双方に実害はない、と言えなくもない。
男の言葉は直接金額に触れる事無く、仕事を引き受ける条件をつけたと捉えればそのギリギリの線と言えなくない。一方の依頼主のフードの男の方は冒険者の言い分に特に異論を唱える事無く、カバンから小さな箱を取り出して開けてみせた。中身は金貨だ。
「調査費用も兼ねて、先ずはこれだけ渡しておく。」
冒険者の男はちらっと箱を見た。3か月程度ならばカツカツでも何でもなく遊んで暮らせる額だ。もっとも必要経費込みだから全額遊びに投入できるわけでもないが、それでも大金だ。
冒険者が中身を確認したのを見て、フードは箱を閉じて手を引っ込めた。
入れ替わりに冒険者が手を伸ばし、箱を掴んで自分のカバンに放り込んだ。これもギルドを通じての正規の報酬ではなく調査費用を渡された、と捉えればギルドのルールにはギリギリ抵触していない、かも知れない。
「持ち逃げはしないと信じている。」
ギルドを通じての支払いなら持ち逃げなど仕組み的に有り得ない。パーフェクトかどうかは別にしてギルドの査定を経てしか報酬は払われないのだから当然だ。が、この場合は依頼主からの直接の手渡しである。
依頼主の言葉に冒険者風の男の方は軽く肩を竦めた。
「心配すんな。こっちは信用第一でやってんだ。ギルドに破門されんのも、オタクの仲間に狙われるのもゴメンだ。」
「私が捜してる」風な話をしていたが、バックに仲間がいるんだろ?という男の遠回しな言い方にもフードは特に反応することはなかった。
偉い人の傾向として、嫌味や遠回しな言い方が通じない鈍感力が高い方が多い。そして目の前のフードは身分、仕事には勿論言及してはいないが、明らかに偉そうだった。
案の定、フードは立ち上がりながら超偉そうに言った。
「連絡はここの、この部屋の住所で私宛に知らせれば連絡がつくようにする。成果があろうがなかろうが、3か月後にはここに来て報告しろ。」
金額の目算通り、一応、期限は3か月という事だ。
冒険者は頷いた。
「了解した。」
「先に出る。お前は10分程、ここへ残れ。」
足取りを追わせない為だ。ギルドのオープンスペースではなくこの種の目立たない宿での密談を好む類の、立場を晒したくない客にはよくある。
捜索メインで自称正体不明の客にも慣れてる男は頷き、フードは部屋を出て行った。
「警邏所長だと思う。」
2時間後、男は宿の一室で、スカートを履いた男と喋っていた。
書き間違い(?)ではない。スカートを履いた男、である。
2人は連れ立って連れ込み宿の一室に来ていた。分かり易く言えばラブホである。
連れ込み宿もピンキリだが、高目の宿は出入りの際にも外から見られにくく、金のある客がよからぬ趣味で連れ込んでもいいように防音もしっかりしている。何より尾行がいても酒場や商店とは違って事の性質上、建物内までは追って来にくい。それで相棒は女装して来たのだ。
個人的な趣味ではない…と男は信じていた。少なくとも男の方は、こういう場所には相棒とではなく女と来たい。
いや、絶対、女と来たい!
「時間が合う辺りに、あそこを出た奴の中で、お前の言っている人相に合いそうなのは、警邏所長だけだ。恐らく間違いない。」
成程。
女装の男が、酒場とか泊ってる宿の部屋とかではなく、この連れ込み宿を打ち合わせ場所として指定した意味が分かった。お上が身分を隠しての依頼である。何が後をつけてきているか分からない。
万が一、付けて来たヤツがいても男が女(女装した相棒)と腕を組んで連れ込み宿に入れば「お楽しみなんですね」と理解して中までは入って来ないだろうし、1人なら入るのも難しい。外でそのまま張り込みをしてる自分に一抹のむなしさを感じるだけだ。
ともあれ相棒が趣味で自分と女装してこの宿に入りたかったわけでもないのにも安心した。
彼も自分同様に不本意なのだ…と信じたい。
加えて他にも安心材料もないではない。
警邏所長が身分を隠しての依頼なら、仕事が終わった後に支払いをバックレられる可能性は少ないし、仕事にしくじった時に八つ当たりで彼らが闇討ちで半殺しにされる可能性も少ないだろう。公的なお立場として出来ない、という意味ではなく、彼らはやろうと思えば昼日中から堂々と乗り込んできて半殺しに出来るからだ。
もっともその反面、お上が相手だ。彼らが前金だけ持ってバックレるのも限りなく不可能に近い。
「警邏が人探すんなら、賞金でもかけたら良さそうなモンだがな。」
「掛けられない理由ってヤツがあるんだろう。」
「そりゃ何だ?」
スカートは男らしい仕草でベットにドバっと寝ころんだ。
中身が見えそうだったが、スカート男は気にもしていないし、対する冒険者の男も見たくもない。
それでも男の性でついついスカートの裾に目がいってしまい、冒険者は心の中で少しヘコんだ。
対するスカート男はそんな冒険者の様子には気付いた風もなく続けた。
「そこまでは俺にも分からねえけど、3か月前って言ったな?」
「ああ。」
「3か月前頃に、町で結構大きな捕物があった。警邏事務所総出に近いヤツだ。」
「そりゃすげえな。大臣でも暗殺されたか?」
「いや、そんなんだったら、もっと大っぴらに捜しそうなもんだけど、そんな感じじゃなかった。コッソリ、でも全力でって感じだ。」
「何だそりゃ?」
スカートは少し黙った。そして寝ころんだまま天井に目をやった。
「……城のヤツに聞いて回ったんだが、どうも勇者が逃げ出したらしい。」
「勇者?」
勇者といえば、20年だか30年前に呼ばれた3人組が有名だ。
魔王軍をたった数人の仲間と共になぎ倒し、魔王を倒して平和をもたらした。
あまり詳しくはないが、いずれも勇者の名に相応しい一騎当千の凄腕だったと聞く。
そんな勇者が何でコソコソ逃げ出す様な真似をするんだ?
と、いうか…
「つか、勇者ってお前、城は新たに勇者を召喚したのか?」
「らしい。上の方は知らんが、町の警邏の連中の大半にゃその辺は流石に知らされてなくて、何モンかよく知らんで捜して回ってたみたいだけどな。」
「おいおい、そりゃ厄ネタだなあ。」
何で勇者が逃げ回っているのかはともかく、見付けたところで、伝説通りの強さならヘタすりゃこちらが瞬殺される可能性がある。
「勇者相手とかムリだろ?何も分かりませんでしたって、とっとと逃げちまうか?」
「けど、それじゃ手間賃程度で残りの金はパアだしな。」
寝ころんでいた相棒はムクッと起き上がった。
「んで、俺も勇者の事をちと調べてみたんだが…」
「調べられんのか?」
「侍女とかが俺の得意だしなー」
冒険者と女装の男はいいコンビだった。
どんな集団にでも何故かスルッと潜り込んで、話を聞き出して来る冒険者と、女装が似合う程の美形で女関係に滅法強い相棒。
腕が達ち、その辺の騎士やらCクラス程度の魔物などものともしない強さで正面から攻めるタイプの冒険者と、魔法使いで後方から、あるいは暗闇から襲い掛かるのを得意とする相棒。
今回は相棒の方が女関係のテクニックをフルに使ったらしい。
「で?」
「はっきりとは分からんのだけど、5人だか6人だかが召喚されたらしい。うち1人が逃げ出したって話だ。20後半ぐらいの男だってよ。」
冒険者は立ち上がって、机の上の酒瓶から自分のコップに酒を注いで呷った。
「勇者って言えば異世界から召喚すんだよな?」
「一応、伝説じゃそんな話だ。」
「こっち来て、右も左も分からんのによくそんなサクサク逃げ出せんな。」
女装の男は相棒の言葉に一瞬、「言われてみればそこは変だな」という顔をしたが、考えても何も分からんと思い直したのだろう。寝転んだまま首を曖昧に振った。
「そこらは、城の連中もよく分かってないんじゃないか。とにかく見た目からしてメチャメチャ違ったたしいから、この国の人間じゃねえのは確からしい。」
「どんなヤツとかは分かるのか?」
「依頼主から似顔絵、貰ったんだろ?」
「まあな。顔はな。顔じゃなくて、どんなヤツだって話だ。」
「それが、召喚されて速攻逃げ出したらしくて誰も何も分からんとよ。何でも当日だか次の日だかに警備の隙を突いて気が付いたらいなかったてな具合の話らしくてな。戦闘とかもなし。魔法とかもなし。」
だから依頼主は自身は警邏所長であっても逃げ出した彼についてあまり詳しく分かっていないのだろう。出せる情報が少ないわけだ。
「来て早々に城の警備を掻い潜って脱出出来るとか、異世界とかって相当ヤバい場所から来たんかな…」
実際には冒険者の感想程には大変ではなかった。
もし中世の要塞の様な、あるいは日本の城郭の様な防護、警備体制なら海野も出るのに苦労しただろう。だが、ここは欧州の中世の町と同じく、高い城壁が囲むのは町そのもので領主の館ではない。
城とは呼ばれてはいるが実際には町中にあるバチクソデカい邸宅に過ぎず、城壁はおろか堀も塀もなく、柵が囲っているだけだったので海野も楽々外に出たのだ。
それにそもそもお偉いさんの館は外からの侵入者には気を配っているが、刑務所じゃあるまいし中からの脱走とかは想定していない。
女装の男も立ち上がって、別のコップに酒を注いで呷った。
微妙に捲くれ上がっていたスカートの裾も重力に従って下に降り、冒険者も少しホッとした。
「本人がどうだかはよく分からんが、召喚された他の奴ら、そんな感じじゃなかったらしいぜ。」
「ふ~ん」
冒険者と女装の相棒はお互い思案顔で酒を飲んだ。
裏事情は分かったが、探索の手掛かりになりそうな情報はほぼ皆無だ。
が、既に仕事は受けてしまっている。
「さって、とにかく今後はどうすっか、だ。」
女装の男にも仕事を諦めるという選択はない。彼らは人探しを専門とするベテランのチームなのだ。
冒険者風の彼も思案顔のまま頷いた。
「王城のヤツらも必死で探しただろうに、サラっと消えたんだ。誰かが手引きしたんかもしんねえが…」
「今更、そこを漁っても何も出ねえだろな。」
「だな。そっちはとっくに警邏が叩いてるだろうからな。」
「仲間の勇者に話を聞くってのは…」
「アホか!警邏所長が身分隠して依頼かけてんだぜ。勇者召喚だって公にされてねえ。何処で何してるかも分からねえ。」
「だよな。」
2人はまた黙って酒を啜った。
「今、何してんのか知らねえが、アンジェだかタマだか何か名前名乗ってるんだろ。まずはそっからかな…って…」
そこまで言って女装じゃない方の男はグラスを口に運ぼうとしていた手が止まった。
「あん?何だ?」
「………コイツ、異世界だか何か知らんが、少なくともコッチの知識あるぞ。」
「何で分かる?」
「アル・ニージゲンってコッチの名前だろ。冒険者ギルドでいきなりそれを名乗ってる。」
「…なるほど。異世界でもフツーの名前ってセンは?」
「勇者の名前、ちと変わってるだろ?ケータ・シーバとかタッカート・ウンノウとか、コッチにゃねえ名前だ。」
実際には根拠としては極めて薄弱だったが、見ず知らずのはずの土地で官憲の目を見事に掻い潜って逃げおおせたのだ。”見ず知らず”じゃないと考えれば腑に落ちた。
「まあ…そうかもな。けど難易度は変わんねえ。いや、向こうはコッチをよく知ってるとなりゃ、むしろ上がったか?」
ところが冒険者は言った。
「そうでもねえかも。」
「ほー?」
「確かにコッチを知ってるとなりゃあ、そこはちと厄介だ。だけどな、逆に言やあ…」
冒険者はニシッと笑った。
「コッチでの人探しがハマるって事じゃねえか?」
向こうはコッチを知ってる。
知ってるからこそ、彼らもよく知悉しているコッチの流儀に従って逃げている可能性が高い。
現に警邏所長に渡された時系列を見る限り、真っ先に冒険者ギルドに顔を出してアル・ニージゲンを名乗り、直後には別に入手したらしいアンジエラ・タマス名義の身分証を使ってとっとと駅馬車に乗って立ち去った行動がそれを裏付けていた。
冒険者ギルドが身元確認なんぞをしない事をよく知悉し、逆に駅馬車に乗るには身分証が必要な事を知っているからこその行動だ。そして徒歩で外に出る事無く迷わず駅馬車に乗っている。遠くに行くなら駅馬車がいい事も知っていて、しかも名前を使い分けたのは官憲がそこまで調べに来ることを想定した動きだ。
意味の分かったスカート姿の相棒もニヤッと笑ってグラスを掲げた。
「前金を返さなくてもよさそうだな。」




