009 初回の転移魔法
キッチュで無事にDクラスに昇格した俺は、移動することにした。
別にこの町がどうこうはないが、ここはまだザンビアナに近過ぎる。最初からここでDランクに昇格か、あるいは少し金を貯めたら次の町へ移動する気だった。
車も鉄道も飛行機もないこの世界での移動手段は大きく3つある。徒歩か馬か、馬車だ。川沿いや海なら船も使える。
そう言えば、前に俺がこっちにいた時は鉄道らしいものがどこかの軍で研究されてたな。あれ、モノになったのかなあ。
因みに転移魔法というのもあるとは聞いているが、召喚を除けば少なくとも前回の俺は見た事がなく、今回も耳にしないから全然一般的ではないのは確かだ。
…いや1回見た事があったな。
最初にここに来た、しかも一番最初の頃だ。
俺ら14人+護衛の騎士団5人は転移魔法陣に乗せられて迷宮に連れていかれたんだった。
場所は今なら答えられる。試練の迷宮と呼ばれている場所だ。
石造りの薄暗い部屋で、窓がある様子はない。
天井の所々がボウッと光っており薄暗くはあるが真っ暗ではない。
「ここは最深部だ。前に来た勇者によると50階層らしい。」
試練の迷宮には俺ら勇者組の他、騎士団の小隊が付いて来た。
その騎士団の中で一番目立つ兜(赤くて上に角が生えてる)を被った男が言った。
「自分はこの小隊の小隊長を務めるログ・ギーリーだ。自分は武人であるから言葉遣いが少し乱暴なのは許してくれ。」
今なら「赤くてツノってシ〇アじゃないのか?」と余裕で突っ込むところだが、その時の俺らは、いきなりのマジな雰囲気に完全に呑まれてしまっていて、何も言わず頷いた。
「これからここに魔獣が現れる。我々が相手をし、倒し方を教えるから勇者殿達はそれを見て学んでくれ。」
ログ隊長が言い終わるか終わらないかぐらいに、部屋の片隅がボンヤリ光り始めた。
隊長も含め5人の騎士は、担いできた大きな荷物を下ろし、剣を抜いて構えた。
光の中から3匹のトカゲの様な生物が姿を現す。トカゲ、と言っても大きさがハンパない。3mぐらいはあるヤツだ。
「うわっ!マジか!」
誰かが狼狽え気味に叫んだが、騎士達は落ち着いていた。
「いいか!コイツはレッサーサラマンダーだ。口から火を吐いて攻撃してくるが、喰らっても顔面とかじゃなきゃ火傷するくらいで死んだりはしない!落ち着いて対処すれば大丈夫だ!」
騎士達は剣を振るい、3匹に襲い掛かった。
レッサーサラマンダーの方も口から炎を吐き、短い手足で騎士に掴みかかったりしていたが、5人は上手に連携し、爪や口を近場のヤツが盾で防ぎ、その横の隙間から別の騎士が剣を刺して攻撃した。
やがて3匹は動かなくなった。
俺らが彼らが戦っているのも、3匹が動かなくなった後、暫くして光を発し煙の様に消えるまでを声もなく眺めていると、ログ隊長がこちらに向き直った。
「ここの魔物は通常と違い、死んで少し時間が経つとこの様に消えてなくなる。だから倒したという判断は簡単だ。」
死ねば消える、という事は逆に消えなくては倒しきれてない可能性がある、という事だ。分かり易いと言えば分かり易い。
我々が依然として声もなく曖昧に頷くと、隊長さんは続けた。
「先程も言ったが、この迷宮は50階層だ。試練の迷宮と呼ばれている。」
「「「……」」」
「50階層、登った場所に出口がある。君らはこれを登っていかなくてはないらない。」
漸く我に返って来た我々の誰かが聞いた。
「何故ですか?」
「我々は諸君らが戦いの素人である事は理解している。だからこの迷宮で戦いに慣れ、勇者の力を存分に発揮出来る様になって出て来て欲しい。ここはその為の迷宮、らしい。」
今にしてみれば、何だそりゃ?意味ワカンネーよ!と突っ込んでも良かったのだろうが、繰り返しになるが当時の俺らは雰囲気にのまれてしまって、当然あるはずのツッコミを誰も何も言えなかった。
「過去の勇者によれば…」
ギーリーさんは少し早口で話を続けた。
「各階に休憩出来るセーフティーゾーンというものがある。魔物に襲われない部屋だ。どういう仕組みかは知らないが食料も確保されているらしいから、魔物を喰ったりする必要はない。武器もその部屋にある。」
「「「「……」」」」
「この次の階層のセーフティーゾーンは図書室と聞いている。そこで各勇者に相応しい能力が身につくらしい。」
「ギーリーさん達も来てくれるんですよね?」
誰か女子が声を上げたが、ギーリーさんは首を振った。
「本当は我々が最後まで付き添ってやりたいのだが…」
不意にログ隊長の足元がキラキラし始めた。
ギーリー隊長は自身の足元にチラリと目をやり、悔し気に顔を歪めた。
この時の彼は本当に悔しかったのだろう、と思う。
俺らをここへ呼び出したのは彼ではない。
しかし、第一級の腕を持つ戦士として、このズブの素人集団の俺らをここで見捨てて去るのは忸怩たる思いだっただろうし、彼は王の命令を忠実に実行する近衛騎士団長として最後まで責任を持つのが仕事と捉える人だった。良くも悪くも、ではあったけど。
だが、その時の彼はどうしようもなかった。
彼は悔しさに顔を歪めながら言葉を継いだ。
「残念ながら我々はここに長居出来ない!」
「長居出来ないってなんスか!?」
イケメンの高校生、坂本が叫んだ。
「元々、我らはココには来れない。だが今は転移魔法陣の力で無理矢理やってきているだけだ!」
ギーリーさんが叫んだのとほぼ同時に騎士団の姿は掻き消えた。
足りようが足りてまいがチュートリアルはここで終わり、ということだった。
「問題は、今、俺らがどうするか、だと思う。何か違う?」
騎士団が消え失せた後、何となくその場に座り込んだ俺らを前にして坂本が言った。
全くその通りだ。何も違わない。
何も違わないからこそ念押しがウザい。
何がウザいかって、実質的に選択肢がないことだ。
ここで黙って座ってたって誰も助けには来ない。前に、というかギーリーさんの言葉を信じれば上に進むしかない。
さっきのみたいのが現れれば逃げるか戦うかだけど、恐らく逃げるのも難しいだろう。
そして、そんなことは俺や坂本が取り立てて優秀だから理解してるのでもなく、みんな分かってる。
その上、俺的には何か最初から坂本がリーダーみたく振舞っているのは微妙に釈然としなかった。
これも今考えれば、召喚されて魔王と戦ってくれと言われたのに対し、坂本が何も考えずにOKしてしまったからここにいる。はっきり言って坂本のせいだ。
けど、こういうのはまずはオーラだ。
人をリードするタイプは殆ど知り合いのいない高校でも入学の時から既に目立っている。何もしていないのにボス然としてるのが多い。彼ら彼女らは周囲にそんな態度で臨んでも、周囲も黙って従う。
坂本もそんなタイプだ。何となく俺がリーダー的なオーラの漂うイケメンだ。
女関係はまず無敵を誇る感じだから、クラスの半分は無条件で彼を支持する環境に慣れてもいるだろう。同時にそれはリーダー経験も豊富という事を意味するから、こんな状況でもオタついたりもしない。
「まず、この部屋を出る前に皆で自己紹介をしておきませんか。」
常識的な意見だから誰も特に反対したりはしない。
反対はしないが、同時に坂本に指示されてるみたいで微妙だったが、それを見て坂本が当然の様に指示を出した。
「申し訳ないスけど右端からいいスか?」
仕切り慣れしている彼の指す”右端”に足を投げ出して座っていた小太りの男が「俺かよ!?」という風に顔を上げた。
坂本の様なタイプは悪気なく常に攻撃をしていい対象を嗅ぎ分ける。
しかも今から考えれば、まずは自分からすりゃいいのに、敢えて「ハジから」というもっともらしい理由で他人を指名するところがこれまた悪気なくイヤらしい。
とにかく「今考えれば」が多いが、その時は雰囲気に呑まれてしまったのか、ガキだったのか、冷静に考えることが出来てなかったと思う。
不意を打たれた感じの小太りも同様だったようで、彼の方が明らかに年上に見えるのに慌てて姿勢を正す、様な動作をした。
「マサダだ…です。正しい田んぼと書いてマサダです。」
正田さんはお終いとばかりに黙ったが、イケメンは笑顔で追い討ちをかけた
「えっと…歳っつうか学校っつうか…そういうのもお願いします。」
この種の本人的には望んでないが、「イヤダ!」と言えない類の話の振りは困る。
実際にまたしても不意を突かれて正田さんはちょっと片手でアタマを掻いて、少し困った顔をした。
「ああ…えっと…ハタチとかはとっくに過ぎてて今は…コンビニでの…まあ仕事が中心、かな。」
詳しい話はなかったが、全員が意味は分かる。
ツッコミの入れ辛い回答に、皆、何とも言えない表情で視線を交わした。
リーダータイプは無意識のマウンティングにも長けているのが、もう一つの特徴だ。
「……次、いいすか?」
隣の明るい感じの男子が今度は自分から言って、何故か坂本が鷹揚に頷いて許可を与えた。
「あ、えっと、高橋直哉です。C高…えっと埼玉のC高校の2年、軟式テニス部です。一応、こないだレギュラーになりました。えっと、宜しくお願いします。」
どことなく明るく楽しい学生生活を謳歌している感じの高橋君は自己紹介が終わると、目顔で隣の女子に回した。
「崎本恵梨香です。……えー……T高の…書道部?みたいな感じです。字とかあんましキレいじゃないんですけど。なんか友達に誘われて入って、あんまし字とか練習しないでそのままっていうか?えっと……あ、宜しくお願いします。……えっと、次、お願い?します?」
高橋君が何故か部活に言及したので、彼女も流れでそんな話をしたがしどろもどろになって、隣の男に話を振った。
「椎葉圭太。F大経済文学部1年。サークルはF大武道研究会…って言うと何かやってそうな雰囲気だけど、実際はそんなヤツはいなくて、見る専なんだよね、俺ら。だから技には詳しいけど自分じゃ一切出来ないから宜しく。」
お、大学生か!
細身の兄ちゃんの自己紹介がパパパッと終わると、隣の金髪の男が特に姿勢を正すでもなく、俺らの方に視線を向けた。パッと見、いいガタイの男だ。
「新宮義則っス。株式会社J園芸でひとんちとか寺とか学校の庭の工事とか。…ああ、一応、俺も埼玉のH工業出身だからC高は近いかも。」
「あ、H工業、知ってます。つか俺ん家のすぐ近く。俺ん家、H町だから。」
金髪で少し童顔気味だが、えらくガタイのいい新宮さんが自己紹介をすると、前に紹介し終わった高橋君が嬉しそうに言った。
金髪さんも「おお!」という感じで笑顔になった。
「マジか?歩きの範囲じゃん。俺の会社、J園芸ってさ、C高から川の方行って直ぐのトコよ。」
「マジっすか?…ああ、あの灯篭とかいっぱい並んでるトコ?」
「そうそう、それそれ。」
高橋君と土建らしくガタイのいい新宮さんが地元トークでちょっと盛り上がった所で、俺も順番に従い、自己紹介した。
「海野隆人です。K高2年。家は都内です。宜しくお願いします。」
俺の簡潔過ぎる自己紹介に何故か崎本さんが反応した。
「……なんか聞いた事ある。」
彼女の呟きに、彼女の対角線上ぐらいに座ってったギャルっぽい女子も反応する。
「ちょっとアタマいい方?トーダイとか?」
本人が全くトーダイとかには縁が無さそうな女子に言われて、俺も何で彼女達が高校名に反応したのか気が付いた。
「あ、いや、東大とかもちょっとはいなくはないけど、多分そっちじゃない。5年ぐらい前に甲子園出たから…」
「ああ。何か、ピッチャーが凄かったヤツだ!」
そうなんです。
ピッチャーがイケメンなスポーツマンで当時話題になったんです。女子の印象が強いわけだった。
「袴田先輩な。あの人、ちょっと1人、スーパー入ってるからウチの学校の参考にゃなんないけどねー。あ、次どーぞ。」
ウチの野球部のエースとして創立以来初の甲子園に導いた袴田先輩のことは、自校出身の有名人として名前は知っている。だが俺は残念ながら面識もないし、TVで見た以上には知らない。
なので俺はその話を引っ張る事無くサッサと切り上げて隣に回すと、隣の大学生ぐらいの男性が一瞬「もう俺か?」という顔をしたが落ち着いた口調で言った。
「幸田太一郎と申します。W大教育学部4年。来年から中学校の先生かな。」
「W大!?オー!」
「先生!おー!」
「えっと、アタシは佐藤遥香。えっと浪人、かな……」
驚くのはそこじゃねえだろ的なところはあったりなかったりだったが、その後も順番に自己紹介が続き、男9名、女5名、計14名の自己紹介が終わった。仕切り役の坂本が言った。
「えっと、一応、聞くんすけど、こん中で剣とか使える人います?」
15名?いや14名もいればマイナー部活とはいえ剣道部員の1人もいそうだが、残念ながらいなかった。
「なんか武道とかって人はいたりします?…さっき、椎葉さんとか武道の同好会って言ってた気が…。」
分かってるクセにさり気無い風を装った坂本のフリに、言われるだろうと思っていたのか椎葉さんは若干苦笑しながら即座に手を振った。
「ああ、さっきも言ったけど、俺ら見る方専門だから。知識はあるけど自分でやる方じゃないから。」
「…マニアってこと?」
「ああ、まあ、そんな感じ?」
つかえねーという雰囲気が漂ったが、彼は全く気にしていない様子だった。
「ああ、俺ら実際マニアだし、その目線は慣れてっから。野球だってサッカーだってアニメだって、見てるヤツはみんな出来る訳じゃないのにねー。」
まあ、正論ではあるし、何より自分達と同じく何も出来ないなら、それ以上は何もない。
なので、皆、それ以上、突っ込まなかった。
「まずはリーダー決めよう。こっから先は戦闘っぽい。ちゃんと指揮する人間がいた方がいいと思う。」
坂本の言う事は相変わらず正しい。
正しいし、イケメンの彼の言葉に女性陣は態度では賛意を示しつつ、一斉に目を拡散させた。イケメンには賛同するが、彼女達は、そういう役割は振られたくないらしい。
まあ、俺らもこういう時は男かなって思ってたから、あまり問題はない。
「新宮さんか幸田さんがいいんじゃないすか?歳、一番上っぽいし。」
新宮さんのご近所仲間、高橋君が言うと、皆、何となく頷いた。
俺個人としては見るからにクラスの主人公の匂いしかせず、自然体のマウンティングがキツい坂本よりはマシかな、という感覚だった。
後から聞いたら直哉もこの時は何でか偉そうな坂本じゃなけりゃ誰でも、というつもりだったらしい。
新宮さんと幸田さんが顔を見合わせた。
「幸田さんは先生って事だから、指揮とかなら幸田さんがいいんじゃねえか?」
新宮さんが言って幸田さんも少し迷いながらではあるが頷いた。
明らかにガデン系でガタイが一番デカいのは新宮さんだったけど、幸田さんは一番年長だけあって、何となく1人、大人な雰囲気があった。それに、ぶっちゃけ有名大だからアタマも良さそうだ。先生になると言ってるのだ。
その上、ガタイ的には如何にもガデン系で一番腕力がありそうな新宮さんが幸田さんを推しているのだ。俺らに特に異論は無い。
今、考えても、ここまではそんなにマズい判断じゃなかった…と思う。
結局、これから起きた事を振り返れば、誰がリーダーでもあまり結果は変わらなかっただろう。
俺らはズブの素人集団だったのだ。
ちなみに今の俺が玄人かというと微妙だ。
魔物を倒すという1点は一日の長があるかも知れないが、冒険者稼業自体は初めてだ。
前回は謂わば大企業のサラリーマンみたいなものだ。
自分の関与しない場所で決められた目標が与えられ、高みの見物の上層部を尻目に現場で泥にまみれて魔物と戦うのは一兵卒の俺らだ。
だが大企業と同じく待遇はそう悪くはなかった。迷宮を出た後は腕の達つ護衛が付けられ、各国へ協力要請が成され、補給も確保されて俺らは目先の戦いだけに集中できる環境が整えられた。
それに対し、今の俺は1人親方だ。
自分1人の腕前だけを頼りに請ける商売から自分で選択して自分で獲らねばならず、道具も何も全て自前だ。バックアップも無ければ助けてくれる仲間もいない。
けど上が見てない所で決めた何かではなく自分で自分の仕事は決められるから、前みたくA級の魔物だらけの道を敢えて直進する必要はないし、休みたけりゃ好きに休み、気の進まない魔物相手にヘジりたけりゃ幾らでもヘジれる。
もっとも玄人かどうかは分からないし、そういう立場の違いはともかく、腕前も知識も当時よりは数等、というか桁違いに上なのは間違いない。だから当面の冒険者暮らしにさしたる不安はないし、食い扶持もそんなに心配してない。
あの時の1回以来、転移魔法陣というのは見ていない。
だが逆に確実にあるのは確かと断言出来る。断言は出来るが、今も昔も町に普通にあるもんではなさそうなんで今は考えなくていいだろう。
とにかく俺はキッチュを離れて、ゴトゴトと駅馬車に揺られて次の町ブックステンに着く。
そしてブックステンで1泊して、冒険者ギルドに顔も出さずに翌日には次の駅馬車に乗り換えた。
特に何か気になる事がある訳ではない。けど、一応の用心はするという意味での乗り換えだ。そしてまた国境を越えて、今度はボウシュー王国の王都の町トリキャスに到着した。
暫くはまた、ここで稼ぐつもりだ。




