000 裏通りに帰郷
個人的には長くてくどい文章が好きです。宜しくお願いします。
現在の俺を一言で言うならアラサーのサラリーマンだ。
昔、流行ったネット動画風に言えば、繋いでアラサラリーマンって言うのかね(笑)。…いや何か語呂が悪いな(苦笑)。まあ略語はともかく、20代後半のサラリーマンである。
向こうから帰って来たのは10年程も前になる。
気付いた時には、その時は何処だか分からなかったが、横浜辺りの裏通りに立っていた。
薄暗いその通りには俺以外に3人のガタイのいい感じのお兄ちゃん達がいた。
彼らがなんでそんな場所に屯っていたのかは知らない。
ダンゴムシとかと同じく、本能的に薄暗い場所を好むのか、ヴァンパイアとかみたく、日の光を思いっきり浴びると死んでまう程、弱っちいのか。
実際にヴァンパイアが本当に日の光に弱いと知った後の彼らの退治は実に容易だった。
昼間のうちに物陰に逃げ隠れして震えている奴らの首根っこを引っ掴んで、手足ブチ折って動けなくしてから直射日光の当たる場所にただ蹴り出してやれば、勝手に直ぐに死ぬ。ダンゴムシだってあんなに弱くはない。
生態的なものはよく分からないが、彼らは突然現れた俺をどろんとした目で眺め、俺自身はと言えば、あまり彼らに興味がなく、周囲を見回しても薄暗く小汚い路地には何もなさそうなので、立ち去ろうとした。
「おい、テメエ待てよ。」
待つ謂れもなく、俺が彼らに背を向けたまま2、3歩、歩くと、また声が掛かった。
「おい!シカトすんじゃねえよ!コラ!」
同時に背中に衝撃があった。
「うわっ!痛って!」
叫び声は俺じゃなくて、俺に背中から飛び膝蹴りをくれたっぽいお兄ちゃんの方だ。
蹴られてしまったからには仕方なく、俺は振り向いて改めて彼の方を見た。
痛い痒いの問題ではなく、他人に蹴りをキメられて愉快な人間はいない。
彼は俺の記憶とあまり違和感のない恰好をしている。履いているのはバスケ選手みたいなスポーツ風の少し長めの短パンだ。
便宜上、彼をバスケ君と呼ぶことにした。
蹴った時に足でも捻ったのか、バスケ君が「痛て!痛て!」と言いながら膝を抑えてケンケンしているのを見て、少し大柄で太り気味の連れと思しきもう1人が寄ってきた。
体つきは小さくはないが、さりとて相撲取りの様な太り方でもないので、彼は便宜的にコデブと呼称することにした。
「おお!テメエ!ああっ!?」
「…?」
何が言いたいのか全く伝わらず、俺はコデブ君の続きの言葉を待ったが、続きはなく、彼はいきなり殴り付けてきた。
特に脅威を感じなかったが、そうは言っても無防備に顔を殴られなきゃいけない謂れはない。
なので、見え易い大振りで振られた彼の拳を左手の平で受け止めて、そのまま軽く握り潰した。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
手を離すとコデブ君は潰れた方の手を反対の手で押さえて蹲った。
少しやり過ぎたか?
俺は見た目はこんなでも向こうでは結構長い間戦ってきた。
向こうの兵士や冒険者と比べれば見た目はそうでもないが、一般人よりはかなり握力も上がっている。
今なら分かるが、それはこっちの一般人と違い、リンゴが握り潰せるとかって生易しいレベルではない。
それはともかく、加減が難しいな。
「あんだあ!テメエ!」
最後の1人…特に特徴はないが金髪に染めてるのでパツキン君と呼ぼう…が前蹴りしてきたが、俺は見え見えのそれを軽く避けて、手を伸ばして襟を掴み振り回した。
「ごっ!……」
狭い路地の建物の壁に彼は肩とアタマをぶつけ、低く呻いて崩れ落ちた。
加減、マジムズいな。
「訊いてもいいか?」
今度はこちらから、3人のうちで比較的口の利けそうなバスケ君に言ったが、バスケ君は答えてくれなかった。それどころか顔を顰めながらも足を下ろし、ポケットからナイフを出すと「テメエ!コノヤロウ!」と叫びながら踊りかかってきた。
何がしたいんだ、コイツら?
俺は彼らの氏素性に全く興味がないんだが、彼らは俺が誰かにそんなに興味があるのか?
俺はちっこいナイフ片手にこれまた大振りされた彼の腕を避け、彼の首を横から掴んだ。
「おがあっ!げお!が、ほっほっほ…」
一瞬だけナイフを持った手がこちらを向いたが、バスケ君は直ぐに泡を吹いて脱力した。口は利けそうにない。
はあ…
俺は思わず溜息をついた。
見た事はないが見覚えはある、しかし記憶にはない風景に、少し動揺があったのかも知れない。
それに考えてみれば、今までの相手はほぼ魔物ばかりで対人戦の、特に格闘の経験はそれ程多くない。加えて手加減を必要とするような対人戦の経験など皆無に近いから仕方がないのかも。
そうは言っても自分の失敗に心の中で苦笑しながら、俺は息が止まったっぽいバスケ君を放り出し、仕方なくまだ呻きながら蹲ったままのコデブ君に再度尋ねた。
「訊いていいか?」
コデブ君は蹲ったまま、顔を上げてこちらを向いた。目に脅えが走っている。
なんでさ?
殴りかかってきた以上、少しは反撃される可能性を考えなかったのか?
でも口は利けそうだ。
俺は尋ねようとして、ふと思いついた。
「ケータイ、持ってるなら出せよ。」
彼は無事な方の手でポケットを弄り、無言でケータイを差し出した。この形は知っている。折り畳み式のケータイだ。
俺はパカッと開けた。液晶画面に俺の知りたかった情報が映し出された。
”2005年8月27日”
どうやら日本に帰って来たらしい。しかも覚えている年代とそんなにズレてない。
「ありがと。」
お礼を言ってケータイを返した後、この3人組をどうするか少し考えた。が、答えは直ぐに出る。
日本で2005年なら、多分、俺の知っている常識が通じる。
俺の常識から考えるに、例え先にこの3人が殴りかかってきたとはいえ、正直に警察にでも届け出れば、何故か俺の方が彼らが悪い事を証明する必要が発生し、しかも証明する間はブタ箱にブチ込まれ、取調室で詰められる。
意味のない時間潰しだし、話せる事も多くないので同じ話のエンドレスリピートになるが、警察は個々の警察官の勤務状況ではなくその仕組みから考えて、事件が無ければ基本的にヒマなので、俺が「私が悪かったです」と言うまで気長にお付き合いしてくれるだろう。無論、こちらはヒマでもないし、ヒマであってもそんな時間潰しは全く望んでない。
ここが何処だかよく分かっていない、つまり全く知らないこの地の地元ポリの体質を問題視しているのではなく、何処の世界でも官憲の基本は犯人は見逃して、無実の人間を捕まえるのがデフォルトだ。イギリスの大家の書いたものだろうが、日本の少年漫画雑誌で有名なものであろうが、どの推理モノを読んでも描写に差異はあっても中身は同じだから間違いない。
善意の関係者が長時間拘束されて自分の生まれた時から事件の瞬間に至るまで詳細に喋らされた挙句、嘘を言ってないと誓わされるのに対し、犯人とその関係者とは碌に接触も出来ず協力も得られず、出身地から事件時の行動に至るまで警察自ら足を運んで証明しなくてはならず、しかも裁判では本人からも、アタマが良すぎて他人の言う話を認めるのが苦手な裁判官からも否定されるのもお約束だ。多くの人間の行動にそう深い理由はない。けどアタマのいい裁判官からすれば手足の一挙手一投足に理由が在り意味があるはずだし、警察からすれば被告人の行動はその全てが犯罪の予備動作となる。
それによくよく考えてみれば、そもそも警察は犯人を検挙するのが仕事だ。犯人自体は誰でもいい。
なので被害者を加害者扱いするのも普通にあるし、捜査をしたフリも重要だから目撃者、通報者を長く拘禁して手放さないし、終いにはやっぱり犯人扱いするのも珍しくない。捜査に協力すればするほどドツボにハマる。
事件の目撃証言を求めていると言うので協力を申し出れば、「その時、アナタはどうしてたんですか?」「どうして被害が発生するのを止めなかったんですか?」と犯人宜しく尋問する。
しかも犯人にすら黙秘の権利があるのに、目撃者は自分の住所、氏名、連絡先、3親等の家族構成、勤め先から今までの履歴まで喋らされ、指紋まで盗られる。
挙句、無罪放免とはならず犯人よろしく「何かあればまた聞く可能性があるのでいつでも連絡が取れる様にしておくように」と言いつけられる。
その割には事件がその後どうなったか、犯人は捕まったからもう心配はいらない、など必要な連絡はない。連絡がある時は、裁判に証人として出席させる時ぐらいだ。自分をムショにブチ込むのに協力した証人にお札参りを固く誓った犯人が刑期を終えてシャバに舞い戻っても、証人を守るどころか連絡もしない。
そもそも普通に考えて、犯人や仲間が仕返しに来る事は充分考えられるが、守ってくれる仕組みもない。守る必要性すら感じていない。警察からすれば捜査に一般市民が協力するのは義務であって、何らかの不利益が生じても警察が責任を感じる必要はないと認識しているからだ。
この場合だって、もしこのチンピラ君達の仲良し仲間達が後から俺に仕返しに来ても、俺が自分で対処を求められるだけだろう。
しかも後腐れがない様に全員返り討ちにして目とか手足とかぶっ潰すとか、向こうの親兄弟とかって関係者の首を2、3個トバして見せしめにするとかはなしで、「お話合いをして下さい」とかって無理な注文付きだ。そう言われても、相手は「おお!テメエ!ああっ!?」とかしか言わないのだ。会話が成立する可能性は極めて低い。
それでも警察も裁判所も「お話合いで(以下同文)」としか言わない。相手はゴキブリと一緒で生きている事自体が人間にとって害悪で、かつ、そもそも脳機能的に人間の言語は理解出来ず、口の機能も人語を話す様には出来ていないにも関わらずだ。
アメリカなどでは、捜査への協力は市民の義務で、お札参りには返り討ち以外の手段をご検討下さいというのは変わらないが、一応、証人保護プログラムというものもある。但しこれは何ら悪くない証人の方が何故か名前まで変えて生涯逃げ隠れするのを警察がお手伝いするというもので、証言して嬉しい事など何もない。関わり合いになったら負けなのだ。
しかも、ちょっちやり過ぎて窒息したっぽいバスケ君に加え、壁にぶつけたパツキン君も、よく見ると首がヘンな方向に曲がっているから死んでる可能性が高い。
そうなれば、警察から簡単には帰れないという意味で、1人も2人も3人も同じ事である。
俺はケータイを握って怯え顔でボケっとしているコデブ君の額に指を向けた。
ピッ!
コデブ君の額に小さな穴が開いて、コデブ君はケータイを取り落としてそのまま顔を地面にぶつけて蹲り直した。内部は焼き付いているから血は出ない。
俺は地面に転がったコデブのケータイを拾い、残り2人のポケットからケータイを取り出し、電源を切った。
彼らは、電話が架かってきてももう出れない。持ち主は出れないがケータイはそんなことはお構いなしに着信音を周辺に響き渡らせる。
電源は切っておく方が無難だ。
そして、今更だが指紋が付かない様にパツキン君の上着を拝借して手を巻き、マンホールの蓋を開けると3人を放り込んで蓋を直した。(バスケ君は首を絞めた時にやっぱり死んでいた。しつこいようだが、どうも手加減が難しい。)
蓋を閉める前に覗き込んだら、3人も入れたせいか、下の下水道が狭いせいか、ドブの匂いの中で、彼らは途中で中途半端に引っかかっていた。これで完全犯罪になるかどうかは分からないけど、この寂れ切った薄暗い裏通りのマンホールが開けられるのは相当先だろう。
裏通り、というかビルとビルの隙間のような場所から出ると、そこは商店街というか繁華街の外れの様な場所だった。夜がメインなのか、周囲の店は殆どが閉まっており、人通りが少ない。
俺が適当な方向へ歩き出すと、ちょうどいい所に、汚れた白いスーパーだかコンビニだかのレジ袋が落ちていたのでそれに3人のケータイとパツキン君の上着を入れる。
更にちょうど良く、先にはごみ回収をしている収集車がいた。
俺が袋を持って近づくと、収集車の中にゴミを放り込んでいた清掃作業員が振り向いた。彼は俺を興味なさそうにチラリと見て、俺の持っている道で拾った小汚いレジ袋に目をやった。
俺が目顔で「いいか?」と聞くと、彼は忙しそうに手を動かしながらも軽く頷いたので、俺は袋を回収車のローラーの中にヒョイと放り込んだ。
バリバリバリ
他のゴミと一緒にケータイが潰されて中に引き込まれていく。清掃員はそれには目もくれず、もうこちらも見ずにゴミ集積所に残っているゴミ袋を手際よく後ろ手で収集車の中に放り込み、ケータイはそれらと一緒にコナゴナになって巻き込まれながら、収集車の中に消えて行った。
用の済んだ俺は歩み去り、更に先に歩を進めると大通りに出た。
どこだか全く分からないが、標識を見て「横浜」と書いてある方に歩き始めた。分かる地名がそれしかなかったのだ。




