表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

第2話 天の声の正体は母でした



 異世界に来て最初の夜、私は王城の客室で寝かされた。ふかふかのベッド。豪華な天蓋。枕が四つ。

 落ち着かない。落ち着かなさすぎる。

『ひより、寝てる?』

「寝てないよ……天井が高すぎて怖い」

『高いのはいいことよ。換気がしやすい』

「そういう問題じゃない!」

 天の声――ママは、夜でも元気だった。いや、元気すぎた。

 神様になったら夜勤とかないんですか。神界って労基ないの?

『さっき王様が渡した旅の支度金、確認した?』

「したよ。袋に入ってた」

『中身、数えた?』

「数えるの!?」

『当然。数えないと抜かれる可能性がある』

「王様が!? 抜くの!?」

『王様が抜かなくても、途中で盗まれる。だから分散して持つ。財布は二つ。あと靴の中に――』

「ママ! 異世界で防犯講座やめて!」

 私は枕に顔を押しつけた。

 でも、少しだけ安心してる自分もいて、それが悔しい。悔しいけど仕方ない。だって私は今、勇者で、しかも高校生で、しかも異世界で、しかも帰れるかどうか分からなくて――

『……ひより』

 ふいにママの声がやわらかくなった。

『怖いよね。でも大丈夫。ママがついてる』

「……うん」

 悔しいのに、返事してしまう。

 それが、私の負けだ。

     ◆

 翌朝。

 旅立ちの準備は「王城が全部やってくれる」らしく、私はほとんど何もしないまま、隊商みたいな一団に混ざって城門を出た。

 同行者は三人。

 剣士の青年(やたら爽やか)、魔法使いの女の人(落ち着いてる)、僧侶の少年(寝癖がすごい)。

 全員、私を見るたびに「勇者様!」と目を輝かせる。

 いや、私、昨日まで普通の女子高生だったんだけど。

『勇者様、って呼ばれたときは、こう、軽く頷いて笑う』

「ママ、横で顔芸指導しないで」

『顔芸じゃない。コミュニケーション』

「コミュニケーションを顔の筋肉で管理しないで!」

 隊商の外に出ると、道は土で、空が近くて、草の匂いが濃かった。

 異世界だ――って、ようやく実感が湧いてくる。

 実感が湧いてくると、次に湧くのは不安だ。

 魔王。

 旅。

 命がけ。

 私は、唾を飲み込んだ。

『ひより、深呼吸。肩の力を抜く。今はまだ、レベル上げの段階』

「……レベル上げって、ゲームじゃないんだから」

『ゲームみたいな表示出てたでしょう? 受け入れなさい』

 ママが正論を言う。正論で殴ってくる。

 神ってそういう存在なの?

 そんな会話(会話なのかこれ)をしながら、私たちは最初の町へ向かった。

     ◆

 町は思ったより普通だった。

 石畳の道。露店。パンの匂い。走り回る子ども。

 現代日本と違うのに、生活の音は同じで、少しだけほっとした。

 そして、町の端にある「冒険者ギルド」へ。

「勇者様、まずはここで依頼を受け、実戦経験を積みましょう」

 爽やか剣士が言った。

 私は頷こうとした――その瞬間。

『ひより、入口の右から入って。左は――』

「ママ、今、なに?」

『左は“ぼったくり受付”』

「ぼったくり受付!? 制度として存在するの!?」

 私は目を凝らす。

 たしかに受付が二つある。右は列が長い。左は空いてる。

 え、空いてるほうがぼったくりってなに。逆じゃない?

「……右にします」

「勇者様? 左が空いていますよ?」

「……右が好きです!」

 私の声が裏返った。爽やか剣士が首を傾げる。

 魔法使いの女の人が「勘が鋭いのね」と微笑んだ。やめて、持ち上げないで。ママのせいだから。

『ほら、危機回避できた。次は依頼の選び方。初心者は採取系――』

「ママ、うるさい!」

 思わず口に出した。

 ギルド内が一瞬、静かになった。

「……勇者様?」

 僧侶の少年が不安そうに覗き込んでくる。

 私は慌てて笑った。

「いや、えっと……独り言! 独り言です!」

『ひより、独り言は危険。周囲に誤解される。対策として――』

「対策を今言わないで!」

 私の額に汗が浮かぶ。

 これ、最悪だ。異世界で「天の声」聞こえてる勇者って、どう考えてもヤバい人だ。

 受付で依頼書を見ていると、目の前に「スライム討伐」「薬草採取」「迷子の猫探し」みたいな、よくあるクエストが並んでいた。

『迷子の猫探しはダメ。時間かかる。スライムは経験値効率いい。薬草は安全』

「ママ、最適化しないで。ちょっとは冒険のロマンを……」

『ロマンで死なないで』

「うっ……」

 また正論。

 私は仕方なく「薬草採取」を選んだ。安全第一。ママが喜ぶ。悔しい。

     ◆

 町の外れの森に入る。

 木々の間から差す光が綺麗で、鳥の声がして、空気がひんやりしていた。

「勇者様、ここから先は魔物が出ます。油断せずに」

 爽やか剣士が剣の柄に手を置く。

 私は杖(木の棒)を握りしめた。昨日、王様から渡されたやつ。やっぱり木の棒だ。魔王が笑うわ。

『ひより、右足一歩下がって』

「え?」

 言われた瞬間、私は反射的に右足を引いた。

 次の瞬間、私の足元の地面が――ずぼっ、と沈んだ。

 落とし穴。

「うわっ!」

 間一髪。私の足は穴の縁にかかった。

 爽やか剣士が顔色を変えて駆け寄る。

「勇者様! 大丈夫ですか!」

「だ、大丈夫……」

『言ったでしょう。森は危険。だから足元確認』

「ママ、いまドヤらないで!」

 穴の中には尖った杭が見えた。

 背筋が冷たくなった。もし一歩遅れてたら――

『ひより、顔色悪い。水分。あと糖分』

「ママ、ここ森!」

『携帯食、持ってるでしょう? ポケット確認』

「……ある」

 昨日、ママが「非常食は必要」って言って、なぜか私の荷物にねじ込ませた干し肉。

 この世界でも干し肉なのは笑うけど、今は助かった。

 私は干し肉をかじりながら、思った。

 ママ、ほんとに……うるさい。

 でも……すごい。

     ◆

 薬草を採取していると、草むらががさっと揺れた。

 出た。

 緑色のぷるぷるした、あれ。

「スライムです!」

 僧侶の少年が叫ぶ。爽やか剣士が前に出る。魔法使いの女の人が詠唱を始める。

 私は固まった。怖い。そりゃ怖い。異世界の初戦闘。

『ひより、深呼吸。スライムは弱い。弱いけど油断すると溶かされる。だから――』

「ママ、情報が怖い!」

『じゃあ簡潔に言う。顔を守って、距離を取って、横に動け』

「わ、分かった!」

 私は横に動いた。

 スライムがぴょん、と跳ねた。

 ――当たらない。

 不自然なくらい、当たらない。

「……え?」

 スライムの体当たりが、私の横を通り過ぎて空振りする。

 もう一匹が襲ってきても、なぜかぎりぎり当たらない。

『命中率、少し下げておいた』

「やってる! ママ、やってるよ!」

『最低限』

「最低限が最低限じゃない!」

 私がツッコミながら杖を振ると、杖がスライムに当たった。

 ぷるん、と弾けて、スライムが消えた。

 その瞬間、また表示が出る。

【経験値 +50(×5)】

【レベルアップ!】

【レベル 1 → 3】

「えっ、いきなり!?」

 爽やか剣士たちが目を見開いた。

「勇者様……今の一撃で……!」

「さすが勇者……!」

 やめて! 誤解! 私の一撃じゃなくてママの陰謀!

『ひより、今のはあなたの一撃よ』

「え?」

『あなたが振った。あなたが当てた。だからあなたの成果』

 ママの声が珍しく、ちょっとだけ誇らしげだった。

『ほら、言ったでしょう。ひよりはできる』

 胸が、きゅっとなった。

 悔しいけど、嬉しい。悔しいのに、嬉しい。

「……ママ。私だって、それくらいできるよ」

『うん。知ってる』

 ……ずるい。

 その返事はずるい。

     ◆

 町に戻る道中、私の頭は忙しかった。

 勇者としての現実。

 ママが神様になった現実。

 そして何より――

 これから毎日、天の声で指示され続ける現実。

 耐えられる気がしない。

 でも、いないよりはずっといい。

 その矛盾が、また私をぐるぐるさせた。

 ギルドに依頼を報告し、報酬を受け取って宿に戻る。

 部屋に入った途端、私はベッドに倒れ込んだ。

「はぁ……今日、疲れた」

『お疲れさま。ちゃんと水飲んだ?』

「飲んだよ!」

『歯は磨いた?』

「まだ!」

『じゃあ磨く。あと、足のマメ見せて』

「ママ、異世界で足のマメチェックやめて!」

 私は枕を叩いた。

 でもその瞬間、あることに気づく。

「……ねえママ」

『なに?』

「ママってさ、私に加護盛りすぎじゃない?」

『盛ってない。必要な分』

「必要って……世界のバランスとか、他の神様怒るでしょ」

『怒ってる』

「でしょ!?」

『でもね』

 ママの声が、いつもの「段取りお母さん」から、少しだけ低くなる。

『ひよりが死んだら、誰が責任取るの? って言ったら黙った』

「圧がすごい……」

『圧じゃない。正論』

「正論の暴力!」

 私は天井を見上げて、息を吐いた。

 そして、決めた。

「ママ。明日から、ちょっとだけ静かにして」

『……え?』

「いや、うるさいからとかじゃなくて……うるさいけど。そうじゃなくて」

 うまく言えない。

 でも言わないと、ずっとこのままだ。私はずっと「ママに守られる勇者」のままだ。

「私、勇者なんだからさ。少しは……自分でやりたい」

『ひより』

 ママの声が、止まった。

 たぶん、ショックを受けてる。母親ってそういうところある。うちの母は特に。

「私だって、それくらいできるよ。だから……見守って」

 沈黙。

 そして、やっと。

『……分かった』

 ママの声が、少しだけ小さくなる。

『じゃあ、約束。危ないときは言う。危ないときは絶対言う。いい?』

「……それくらいなら」

『よし。じゃあ寝なさい』

「そこは即命令なんだ……」

『神だから』

「神だからって便利に使わないで!」

 私は笑ってしまった。

 疲れてるのに、笑ってしまった。

 異世界の夜は静かで、窓の外には知らない星が瞬いていた。

 私は布団を引き上げて目を閉じる。

 天の声が少しだけ遠くなって、それでも確かにそこにある。

 うるさい。

 でも――

 私は、ひとりじゃない。

(つづく)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ