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恋せよ、少年少女(6)

恋せよ、少年少女 (6)



「……あれ、開いてないや」


 帰りのSHRを終えて部室に直行した幸輔だったが、引き戸の錠が閉まっていたので、しばらくその場で立ち往生していた。間もなくトイレに寄っていた憲二が来て、二人して手持ち無沙汰に廊下の壁に凭れる。

 運動部の人間が自分たちの前を通り過ぎるのをぼーっと眺めていた憲二だったが、隣の幸輔が盛大な溜息をつくに至って、「どうした?」とごく自然な反応をする。


「……いや、なんか、……疲れるなあ、と思って」


 溜息交じりの愚痴に、憲二はにやりと笑う。


「ははっ、お前人に惚れられんの初めてだもんなー」

「笑い事じゃないよ! しかも……橋谷先輩の前でべたべたされるから、余計嫌なんだよ」

「だけどあの人絶対楽しんでるぜ、この状況」

「……………」


 憲二の言う通り、春賀は円をけしかけては、困る幸輔を見て楽しんでいるようにしか見えない。


「意外と鬼畜だったよなあ」


 本当に──意外だった。窓枠に凭れた憂い顔の少女を見た時は、なんて儚げな、と思ったのだから。

 黙っていれば本当に可憐な少女そのままに。しかし、一度口を開けば、そこから流れ出る無責任な発言の数々。奈津や瑞貴が少々嗜めたくらではおさまることを知らぬ常なるハイテンション。──もう、見ているだけで、開いた口が塞がらなくなる。


「でも…本当に、可愛い人なんだよ……」


 瞼の裏に春賀の姿を思い描くと、幸輔はそう言ってほうっと溜息をついた。

「どんな時にも笑顔を絶やさずに、臆することなく人に向かっていって……強くて素敵な人だよ。悪戯がちょっと過ぎるけど……そういうほうが可愛いじゃんか。ただか弱い女の子よりもさ」


 うっとりと春賀への冷めぬ恋心を語る親友の話を適当に聞き流しながら、憲二は(恋は盲目……)と再度心の内で呟く。

 ──憲二は、幸輔の視点には賛同できないでいた。橋谷春賀は、確かに容姿は上・中・下で言えば間違いなく上、表面の明るさや人懐っこさはある、笑顔が多いことも彼女を可愛く見せている。感情のままに口走る台詞は決して許されるものばかりじゃないけど、悪戯好きなのだと思えば理解できなくもない。……しかし、その笑顔の裏がありそうな気がしてならない。そんな気がしていた。


「……あれ」


 ふっと二人の前に現れた人物が小さな声を上げて、憲二と幸輔は顔を上げる。そこには鍵を手にした瑞貴がいた。


「ああ……ごめん、一年生にはまだ鍵を渡してなかったな。多分、正式に入部した時には貰えると思うから」


 瑞貴が鍵を開けてくれたので二人も続いて部室に入ったものの、すぐに、男三人気まずい沈黙が流れる。瑞貴が、部屋の隅の定位置で早々に文庫本を開いて読書を始めてしまったからだ。


「……………」

「……………」

「……………」


 息の詰まりそうな時間に一番最初に耐え切れなくなったのは憲二だった。読書を邪魔しては…と思うものの、一年生同士で何らかの話に興じるのも気がひけて、瑞貴に話しかける。


「あの……衛藤先輩?」

「──ん?」


 幸い、すぐに瑞貴は顔を上げ反応をしてくれた。


「橋谷先輩と坂木先輩は……今日は?」

「ああ、多分教室かどこかで喋ってるんだと思う。そのうち来るだろう」

「はあ……」


 そして再び訪れる沈黙。

 やりにくい人だ……、そう思いながら二人は、沈黙を破る来訪者をただただ待ち続けた。

 それからの十数分……永遠に思えた十数分が過ぎ、がらりと開けられる引き戸。


「あれ? 今日は三人ぽっち?」


 春賀と奈津が部室に姿を見せた瞬間、世界に色がついた……と本気で一年組は思った。

 荷物を隅に置きながら、春賀は読書に興じる瑞貴に声をかける。


「ちょっと瑞貴。ちゃんと一年生、接待してたでしょうね?」

「……いえ」

「も~っ、使えないわねえ! ごめんねー、気詰まりだったでしょ、こんな無愛想男と一緒でさー」


 いえいえ、と返事しながらも、内心では大きく頷いてしまった幸輔と憲二であった。無愛想男、と呼称された当の瑞貴は、興味がなさそうにまた文庫本に視線を落とす。すると、すかさずそれを春賀に奪われた。


「会話に加わんなさい、部長命令」

「……はい」


 春賀が軽く睨みつけると、瑞貴は抗議することなく中央の机近くに椅子を寄せる。


「今日は一年生、二人だけ?」

「あ……夏目さんと湯川さんは、今日は買い物して帰りたいからって……」

「ふーん、そっかぁ。まあいいわ、この人数でも出来るし。瑞貴、トランプ出して、トランプ」


 そう言って瑞貴にトランプを用意させると、春賀は慣れた手つきでカードをシャッフルする。


「何をやるんスか?」


 当然の問いを発した憲二に、春賀はシャッフルする手を止め、唇を弧の形にして企み顔でゲーム名を宣告した。


「罰ゲーム付ババ抜き……題して『トランプ・トーキング』」

   



「っしゃー! あがりっ!」

「あっ、ウソ!? ちょっと早すぎない!?」

「私もお先に……っと」

「あ、俺も」


 机の中央に次々と積まれていくトランプカード。憲二、奈津、瑞貴があがり、最後、春賀と幸輔の一対一の勝負となった。


「うーん……」


 真剣な顔で幸輔の手元を睨みつける春賀。対する幸輔は、春賀が間近で自分を見ていることでドキドキしているのか、勝負についてドキドキしているのか分からぬまま、震える手でカードを握り続ける。

 春賀が狙いを定めて、一方のカードに指をかける。


「……よし、こっち! ……やったぁ!」


 見事数字カードを引き抜いて大喜びの春賀に、苦笑を見せる幸輔。ジョーカーを手に苦笑いをしている幸輔の前に、奈津がドンとティッシュのボックスを置いた。否、テッシュの箱を使って作ってあるくじ引きの箱だ。中には沢山の折りたたまれた紙が入っている。


「さあ引くがいい、敗者よ」

「……って、……え?」


 きょとんとしている幸輔に、瑞貴が静かに言った。


「罰ゲーム。負けた人はそこから一枚くじを引いて、書いてあることについて話さなきゃならないんだ」

「あ、言っとくけど嘘はなしよ。全部包み隠さず喋るんだからね? これが部員の親睦を深めるのに大いに役に立つんだから!」


 春賀の言葉に、気軽な気持ちでくじを引こうとしていた幸輔の手が止まる。


「あの……ちゃんと、喋れるような内容が指示されているんですよね?」


 上目遣いの幸輔の問いに、春賀はにっこり笑って首を傾げる。


「さあ? ずーっと昔から受け継がれてきているブツだからねえ。追加は自由だし。とんでもないこと書いた先輩がいたっておかしくはないわよね」

「……そんな」


 ──恋バナ関係が来たらどうしようと思いながら、幸輔は箱に手を入れ、指に触れたものを握り締めた。瑞貴がそれを受け取り文面を読み上げる。


「──『今日の朝食は何でしたか?』」


 ほっと安堵する幸輔、何だソレと爆笑する外野。


「さー、どんどん行きましょ!」

 幸輔の返答が終わるや否や、シャッフルしたカードを配り始める春賀。そうして時間は楽しく過ぎていった。

   



 ババ抜きは、難しく考えなければ運である。

 ゲームは順調に進み、全員が一回以上は何かしら喋った頃、カードを引きながら春賀が「そうだ」と思い出したように声を上げた。


「クラス遠足、どこ行くか決まった?」


 クラス遠足というのは、四月末、祝日の前日に学級の親睦を深める目的で行くバス遠足である。遠く他県まで行くところもあれば、近場でのんびりするところあり。高校生ともなればほぼ自由行動で、わりと皆楽しみにしている行事だ。


「あ…うちは花博らしいです」

「そうなんだ? 混みそうよね~。去年、フラワーパークの方は行ったけどさ。平日だったからがら空き」


 答えた幸輔に、春賀がくすくすと笑う。その手からぱさりとカードが山の中に放られた。


「あたしんトコは水族館だって。でもちょーっと遠いのよねえ」

「春賀のところもか? 奇遇だな、ウチもだ」

「え、奈津んとこも一緒? 3-Hと3-Gもソコだってね。瑞貴のとこは?」

「うちは苺狩りだそうです」

「苺!」


 聞いた春賀がそう言って叫ぶ。


「いいな~苺! 水族館行ったって魚食べられるわけじゃないしー。いいなあ、いいな~」

「近場なんだから遠足じゃなくたって行けるでしょう。……あがり」


 淡々と瑞貴があがり宣言をする。


「えーっ、学校行事でわざわざ行くからいいんじゃないの! 自分で行ったら楽しくないじゃない」

「……どういう理屈ですか、それは」


 そうして春賀がきゃんきゃんと喚いているうちにゲームは進み、今回の敗者は春賀になった。


「なにが出るかな~♪」


 ふんふんと機嫌よく歌いながらくじを引いた春賀は、奈津にそれを渡す。受け取った奈津が開くと、一瞬目を瞠らせたものの、冷静に読み上げる。


「……『現在好きな人はいますか?』だと」


 春賀に無言の視線が集中する。

 奈津の手から紙を受け取り、その文面が間違いないことを確認した春賀は、自分に注目している観衆をゆっくりと一瞥した。

 みなが固唾を呑んで答を待つその目の前で、春賀はゆっくり紙をたたみ直す。そして箱を手元に引き寄せ、ぽとりとくじの群れの中に落とした。


「──答、いません」


 そう──にっこりと笑って。



  続く

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