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恋せよ、少年少女(3)

恋せよ、少年少女 (3)



 その日の放課後。

 今日は坂木奈津も部に参加して、寄合部の出席率は満点である。中央にある机に三人顔をつつき合わせながら、明日の部活説明会のための案を練っていた。


「んも~! 何でそんなフツーなのよ! フツーにやろうとするのよ!」


 瑞貴が考えてきた原稿が気に入らないらしく、春賀はきーきーと喚きたてている。呆れ顔の瑞貴は大きく溜息をついた。


「たった一人で何をやれっていうんです? 淡々と原稿読んで終わり、ってのも別に珍しいわけじゃないでしょう」

「だってそれじゃあ、この部の面白さが伝わらないじゃない!」


 叫ぶなり春賀は、がしっと瑞貴の顔を両手で掴む。


「……この出来のいい顔を有効利用しなさいっ! 眼鏡もとる! 前髪も梳いて!」

「……痛いです」

「春賀、暴走しすぎだぞ」


 瑞貴の頬をぎゅうぎゅうと引っ張りすごむ春賀の脳天を、背後からばしっと叩くものがあった。奈津である。その手には数学用教材であるはずの長い線引きが握られていた。数年前、廃材置き場から先輩らが失敬してきたものらしい。

 瑞貴から手を離さないまま春賀は、背後にいる奈津を振り返り睨む。


「奈津~……、頭は痛いのよ、頭はっ」

「ああ、すまん。貴重な脳細胞を幾つか破壊したかもしれんな」


 事も無げに言い放ち線引きを壁に立てかけると、手をぱんぱんと叩き合わせて埃を落とす。


「馬鹿が更に馬鹿になったところで、問題あるまい。キーキー騒ぐな」

「奈津のいじわる……」


 ようやく瑞貴を解放した春賀は、そう言って叩かれた頂頭部を掌でさすった。毎度のことではあるが、先輩の暴行から一時逃れることができた瑞貴は、小さく溜息をついて胸を撫で下ろす。

 そんな2人を我関せずの冷静な瞳で眺めているのが坂木奈津、前述した通り春賀の親友であり寄合部の貴重な部員である。額全開のひっつめのおさげに、知的な眼鏡で、いかにも才女そうな雰囲気をまとっている。感情の出にくい瞳と唇、そして性別の分かりにくい口調がとっつきにくい印象を与えてはいるが、これでも中学からずっと一緒のラブラブな彼氏がいるというのだから、世も末だ、というのは後輩の瑞貴の感想だ。実際瑞貴は、その彼氏のことをあまり知らないからそんな感想が出てくるだけで、春賀などは『お似合いの2人』と彼らを評価している。


「しかし春賀はいつにも増してテンションが高いな。やっぱり春だからか」

「うふふ~分かる? 分かる?」

「一番好きな季節だと言っていたものな」


 頬杖をついた姿勢でそう言って僅かに微笑んだ奈津に椅子ごとすりよりながら、春賀は嬉しそうに笑う。


「先輩たちが出ていっちゃった時はすごく悲しいのにね、春になって新入生が入ってくると、ものすごくワクワクするの。何かが起こりそうで、毎日が楽しくなりそうで、嬉しくてたまんない。なんかね、クラスにいても、去年と同じメンバーなのにみんな輝いて見えるのよ。きっとみんなワクワクドキドキしてるんだと思う。だからね、とっても嬉しいの」


 夢見心地の春賀の言葉を聞き終えたところで、奈津は目の前で黙っている瑞貴に視線を向ける。


「……咲いていそうだと思わないか、衛藤」

「……はあ、そうですね」


 頭の中にびっしりと……、…と、2人は声には出さずに同じことを考える。

 年がら年中天気屋陽気屋な少女ではあるが、またそれが、春になると一層酷い。

 奈津はくっと喉の奥で笑う。


「まあ……陽気な人が昼夜徘徊を始める季節でもあるし。春賀は案外その仲間かもしれんな」

「ちょっと奈津。人を変質者扱いしないでよ」

「おや、会話が見えていたか。失敬」

「まったく失礼……」


 ぶつぶつと口の中で文句を言う春賀、それを適度に宥めあしらう奈津の2人を尻目に、瑞貴はせっせと明日の原稿を仕上げる。

 そもそも事前配布のパンフレットの中に部員写真と活動概要は載っているので、自分たちのような弱小部にとっては部活説明会への参加は片身が狭い。大きな部のようにパフォーマンスが出来るわけでもないし、活動内容も主旨もぼやけているから言っていることもうそ臭くなる。


(……顔で釣れないのは春賀さんで証明済みのような気もするし)


 去年のこの時点で、寄合部の人数はもう少しいたのだ。部活説明会も原稿を読むだけではなかったし、会終了後、1年生の間では橋谷春賀のことがちょっとした話題にもなった。見学者も多かったはずだ。

 ……それがここまで人が残らないというのは、ひとえに、彼女の人間性に問題があることの証明のような気もしてしまう。

 破天荒な人間は見ている分には楽しくても、付き合おうと思ったら凄まじい根気と労力が要る。

 それでも年上の人間にはそれが幼稚さや構われたがりに見えるようで、先月卒業していった上級生はえらく春賀を可愛がっていたものだ。それこそ男女問わず。つまり、同年代や年下など、彼女にリードを渡してしまう存在では扱いづらい人種だということだろう。

 かと言って他のメンバーに対しフォローできるほど、奈津も瑞貴も他人に関心がある方ではない。結局春賀は一人暴走を続け、2年生と1年生の部員は辞めて行き、今年、3年生2人、2年生1人というこの有様。

 瑞貴が色々考え込んで暗い溜息をついた頃、春賀と奈津はもう別の話題に移って盛り上がっていた。


「とりあえず花見しよう、花見! 土日晴れるみたいだし、ちょうどよくない?」

「ああ、ちょっと待て。土曜は模試だ。日曜はどうだ?」

「あたしは大丈夫だけど、瑞貴は?」


 書き上げた原稿を先輩らに見せずに鞄にしまいこみながら、瑞貴は曖昧に頷く。


「……一応予定はありませんが、……何をする気ですか?」

「何って、お菓子食べてジュース飲んで、桜散る下で語り明かすだけよ。いいじゃない?」


 何を当然のことを、という顔で春賀は答えた。そんな彼女に、瑞貴は去年の花見大会を思い出し、胃が痛むのを感じた。

 その、お菓子を食べてジュースを飲んで語る『だけ』の会で、異様にテンションが上がり、巡回していた警察官に酒を持ち込んでいるのではないかと疑われてしまった嫌な思い出だ。当時、仮入部の状態だった瑞貴は、本気でこの部に所属するのはやめようと強く思ったのだ。


「明日明後日もし仮入部の子がいたら誘おっか。去年瑞貴も来てくれたのよね」

「……行きました、けど」

「あ、なんか逃げ腰。予定がないのに参加しない気?」


 テーブルの上に両手をつき、ずいと身を乗り出しながら春賀は脅しをかけているかのように目尻を鋭くする。

 そんな二人のやりとりに奈津が盛大な溜息をつく。


「可哀想に、衛藤は去年のことを思い出したのに違いない」

「なに、去年のことって」

「……まさか、覚えてないんですか?」

「……んー……?」


 真顔で首を傾げている春賀。それが冗談なのか本気なのか確かめる術のない瑞貴は、結局来い行かないの押し問答のややこしさを想像し辟易したところで、素直に参加表明をすることに決めた。

 そうしてしばらくしたところで、下校のチャイムが鳴り響いたのを合図に、3人は帰宅の途についた。



  ◇



 部活説明会は、運動部から文化部の順に行われ、最後に生徒会役員の募集をして終わるのがここ数年のスタイルだ。

 日課の関係で本日は二年生のみで行われる。司会進行を務める生徒会役員も二年生で、舞台の袖から広がるスペースで友人らと会話をしながら瑞貴は出番を待った。

 野球部の熱血スポ魂風劇仕立ての発表の次は、サッカー部によるリフティングなどの実演披露。水泳部は「本来はこんなことしませんが…」と言いながら、人気ドラマにも取り上げられていたシンクロを題材にして面白おかしく発表をしていた。一年生の間からは絶えず笑いが起こり、地味な発表をすると分かっている部にとっては本当に居辛いと、気心知れたクラスメイトらと言葉を交わしていた瑞貴であったが、突然、生徒会役員の少女から声をかけられる。

 振り向けば、クラスメイトの澤田繭子(さわだまゆこ)であった。あの、例の生徒会長・澤田玲の妹である。


「寄合部、歴史部の後だったよね。歴史部発表しないっていうから、時間、5分早まるから」

「え? 発表しない?」


 驚いて小声で問い返した瑞貴に、繭子が困ったように笑う。


「棄権、だって。今年なんだかどこの部も熱入ってるしね」

「棄権……」


 歴史部も、寄合部と変わらず部員数名の同好会降格一歩手前の弱小部である。口元に掌を当てしばし思案し、瑞貴はちらりと繭子を見た。


「……それって、アリ?」

「……生徒会としてはナシとしたいけど」

「だよな」


 肩を竦め苦笑した瑞貴に、繭子は一度口を開きかけ、結局その言葉を飲み込む。その仕草に気付かなかった瑞貴は、もう他の部の男子と会話を再開してしまう。

 繭子は、少し悲しそうに俯いた。その拍子に肩口で切りそろえられた綺麗な髪がさらりと揺れる。彼女はそのまま身を翻し、とぼとぼと本部席の方に戻っていった。

 その様子を見ていたお節介なクラスメイトがひそと瑞貴に囁きかける。


「衛藤お前、あからさまに冷たい」

「何が」

「とーぼけんな。澤田さんのこと実は避けてるっしょ?」


 周囲にいた人間はちょうど、去年も今年も瑞貴のクラスメイトではなかったため、みな興味深々といったふうで会話を見守っている。それに気付き、瑞貴は呆れたように溜息をついた。


「……別に避けてない」

「うそうそ、だって澤田さん、アレだもんな。生徒会長の妹」

「あー……なるほど」


 妙に勘がいい輩はどこにでもいるもので、輪の中からそう声があがる。


「生徒会長っていうと、橋谷春賀と噂がある、例の?」

「何、それで澤田さんに辛く当たるってのは、もしかして衛藤、ジェラシー?」

「……………」


 呆れて物も言えない瑞貴は、どっしりと目を据わらせ無言で会話の行方を眺めていた。それでも強く否定しないのは、否定することが噂を加熱させることを何となく悟っているからだ。

 一学年九クラス、全校千人以上の生徒数の高校とはいえ、噂が駆け巡るのに数は問題じゃない。

 澤田繭子が折に触れ自分を何か物言いたげに見ていることは前々から気付いてはいたが、それが自分の素っ気無い態度のせいだとは思ってはない。そもそも、素っ気無い態度をとっているつもりもない。女子に対しては一様なはずだ。殊に同学年に対しては。

 瑞貴が何も言い返さないので皆すぐに話題に興が冷めたらしく、会話は徐々に部活説明会のことに軌道修正された。

 胃の痛む思いでじりじりと出番を待ちながら、瑞貴は小さく溜息をつく。

 ──この部活に、否、あの人に関わってから、胃のむかつきを覚えるようなことが多い……、なんて、今更のことを感じながら。



  続く

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