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恋せよ、少年少女(25)

恋せよ、少年少女 (25)



「奈ぁ~津ぅ~……」


 恨めしげな声音とともに、どすっと背中にかかる重力。

 眼鏡の奥から冷たい視線を背後に投げかけながら、奈津は足を止め、冷たく言い放つ。


「──出たな、妖怪おんぶお化け」

「人を妖怪扱いしないでよ~言い返す気力なんてないんだからさぁ~」

「なるほど。ではアレは私の見間違いではなかったようだ」

「……………」


 奈津がにやりと笑ってみせると、春賀は顔を隠すように奈津の肩に額をぶつける。

 人目のある廊下からおんぶお化けを背負ったまま歩き出し、奈津は何でもないような調子で問いかけてくる。


「で? 今回のあの王子少年はどんな手を使って誑かしたんだ?」

「なんで誑かすとかゆーのよ……」

「火のないところに煙は立つまい」

「……絶対今回は火なんて起こしてないからね。あっちが勝手に熱上げてたんだからね」

「で? その熱のあがった少年に、へらへら笑いかけて調子よく会話していたのは、どこのお嬢さんだったかな」

「……見てきたよーに言わないでよ」

「分からいでか」


 肩を竦めせせら笑った奈津は、部室棟に足を踏み入れると、寄合部室の鍵がかかっているのを確認する。それはそのはず、今は午後の校内公開が始まっていた。人手の足りない寄合部員は全て発表会場にかりだされていることだろう。

 開錠し、一年生の荷物が転がっている場所を避け、春賀を窓際のパイプ椅子にすとんと落とす。

 その横に腰掛けた奈津は、ゆっくりと足を組み、「で?」と軽く首を傾げて春賀を見た。


「何か言われたか。何と言ったかな……そうそう、中山だ」

「中山くんには別に……ダッシュで逃げてきたし」

「ふむ」


 スカートのひだの上でぎゅっと指を組む仕草をする春賀。


「……別に、キスも今更だし。ちゃんと笑って流せたし」

「なぜそこで笑って済まそうとするんだろうな」

「だって……だって、困るじゃない!」


 呆れたように溜息をついた親友に、春賀は困ったような表情で必死に言い募る。


「あたしがあそこで泣いたり、ショックな顔したら、絶対みんな困るよ! 幕が下りた後、ステージ上、ずっごい嫌な雰囲気だったんだから。本当なら、終わったね、良かったね、って騒げたシーンだったのに。……あたしが笑いにするしかないじゃん! 自爆して、笑いにおさめちゃうのが一番じゃない! それに……」


 ちらりと春賀の脳裏に、中山の傷ついたような顔がよぎって、胸を苦しくする。


「ハプニングにしちゃえば……変なこと、聞かなくてすむもん」

「──告白を変なことと言うか、この娘は」

「だって──あたしには、応えられない」


 春賀は、強く握り締めた自分の拳を静かに見下ろし、震える声で呟く。


「好きだって言われたら、好きだって言い返してあげられるよ? だけどみんなが望んでるのがそんな答じゃないの、分かってるわよ。でも……拒絶して、傷ついた顔されるのは、辛い。応えられないから──聞きたくないんだもん」


 奈津は、その言葉を遮ることなく黙っている。

 春賀は大きく息を吸って気持ちを落ち着かせると、言葉を続けた。


「……好きで、いてくれるうちはみんな優しいのにね。好きでいてくれなくなったら、途端に冷たくなるのよね。あたしは単純だから……その場を取り繕う嘘を重ねることしかできなかった。好きでいてもらえるために、ずっと……」

「──人はそれを淫乱と呼ぶ、か」


 さらりときわどいことを言い放つ奈津だが、春賀はぺろっと舌を出して笑う。


「全くその通り」

「一体何人の男と寝たんだ」

「それがあたしもあんまり覚えてなくて」


 頭をぽりぽりとかく春賀に、ゆっくりと目を瞠る奈津。

 突然黙り込んだ親友に対し首を傾げ、春賀は自分が何か失言をしたかと記憶を巻き戻そうとする。


「えっ…と、あたしまた、変なこと言った?」

「いや──ごまかさなかったな、と思った」

「?」


 きょとんとする春賀、その表情に嘘は見えない。

 何かがこの子の中で動いている……それを探り当てたい気持ちに駆られる親友の内心を知ってか知らずか、春賀は「そういえば」と話題をふる。


「──幸輔くんに、告白されマシタ」

「──で、やったのか」

「それが、そうでもなくてさぁ」


 指を組みなおし、身を乗り出す勢いで話し始める春賀。


「何か、今まで聞いたことないような真摯な告白でさ。心があらわれちゃった感じよ。──ああ、これはダメだな、ちゃんと断らなくちゃダメだな、って思った。ごまかすと、あの子の情熱、台無しにしちゃう気がしてさ……。──健気よねぇ、一年生って。真っ直ぐすぎてびっくりだわ。幸輔くんも憲二も、可愛いったら」

「ん? 曽根にも何かやらかしたのか」

「ちょっとだけ、ね」


 人差し指と親指でちょっとだけ、を表現しては、悪びれずに笑う春賀である。

 しかし、笑顔がゆっくりと曇っていった。

 やや俯き加減に首をうなだれると、ちらと奈津を見上げ、言葉を選ぶように尋ねる。


「……ねえ、奈津はどうして尚志くんを選んだの?」

「おや、珍しい質問をするんだな」


 軽く笑って、奈津は思考するように顎に指先を当てる。


「──そうだな、別に尚志だけが特別なわけじゃなかったんだ。だが、別格を作ることで、想いを返せる気がしたんだ。私にとって大事な人間は尚志一人じゃないが、世界の終わりに選ぶとしたらヤツだろう。そう思ったら恋人同士の約束を交わすことは、わりと重要なことに思えたんだ。恋人にはならぬ、結婚はせぬというのも個人の勝手だがな、そのような不安定な関係で不安にならない人間がいるとは思えないし……尚志にはそんな思いをさせたくなかったんだ」


 言い終え、奈津は春賀を見てにっと笑う。


「どうだ? 少しは参考になるか?」

「……みんな大好きっていうのは、やっぱりあたしの勝手かな」


 奈津の答を聞き、難しい顔をしながら春賀は自問自答するかのように呟いた。


「みんな同じに好きだって言ったせいで、苦しめてたのかな」

「──誰のことを言っているんだ?」

「え……?」


 焦点の定まらぬ瞳で、春賀は質問を投げかけてきた相手を眺める。その瞳によぎっていたのは、二人の少年であった。


「……………」


 再び俯く春賀に向かい、奈津は静かに声をかける。


「……春賀、間違えるんじゃないぞ。私が尚志を選んだのは、心がそう求めたからだ。いいか、選ぶんじゃない、求めたところに自然に行くんだ」


 奈津の言葉に対して春賀は、「分かんないよ」と泣き笑いのような表情を見せた。

 必要な人間は、一人じゃない。だから迷う。困る。春賀には全ての人間が必要で、また全ての人間が不必要な時もあった。しかしそれはきっと当たり前のことだろう。当たり前のことなのに、彼女にはその取捨選択の意思の強さが欠けている。

 ただ──人に嫌われたくない臆病な心のままに。

 その臆病さは、溢れ出る無限の可能性を秘めた優しさと表裏一体で。

 他人の行為を余すことなく受け入れて──その反対で、器にすくい切れなかった零れるものに嘆く。手の中には余り余っているというのに、一滴の水さえも惜しむ。貪欲で無邪気な心。

 沈黙が部屋の中を包んだ時だった。

 しっかりとしたノック。曇りガラスの向こうに見えたのは、長身の男子生徒。春賀と奈津が訝しむ間もなく、引き戸がガラリと開けられた。


「玲──」

「ここにいたんだ。……坂木さん、ちょっと借りていいかな?」


 ゆっくりとした動作で部室に足を踏み入れてきた玲は、奈津ににっこりと微笑みかけて春賀の腕をとる。春賀がびくんと怯えたように体を震わせたのにも関わらず、腕を放さず見た目よりも強い力で春賀をその場に立たせた。


「……あ、玲? どうしたの?」


 戸惑いがちに問いかけてくる春賀には対しては、心配ないよとでも言うかのような優しい笑みを見せ。

 奈津が静かに頷くのを見るが早いか、春賀の腕を引いて部室を出ていく。


「ちょっ……玲、ホント、どうしたのよ?」


 彼の早足に一生懸命ついて行かざるを得ない春賀は、呆然とした様子ではあるが、必死に目の前の人に話しかける。しかし、玲は振り向くことなく廊下を歩いていく。途中、何人かの興味津々な視線にさらされ、春賀は僅かな羞恥さえも覚えた。


(──瑞貴……!)


 通り過ぎた教室の中に、衛藤瑞貴の姿を見つけた。

 しかし、彼は気づかない。

 そこは2-Iの発表教室なのだろう、クラスメイトと談笑している。

 廊下から一瞬視線を送った春賀のその姿に、気づかない。


「……玲、痛い、よ……」


 掴まれた腕が熱い。

 泣きそうな声で囁いた春賀の声に、玲は言葉を返すことなく、ただ、無言の背中を見せ続けた。



  続く

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