恋せよ、少年少女(20)
恋せよ、少年少女 (20)
清風祭まで一週間をきっていた。
寄合部のメンバーは、瑞貴を中心に、小道具の制作や教室の展示方法の打ち合わせに毎日盛り上がっている。正確には一年生が盛り上がっている横で瑞貴は淡々と自分の仕事をこなし、意見を求められれば加わり、助言する程度であったけれども、何とか足並みはそろいつつ本番に向かっていた。
「でね~昨日はなんっと! ウチの近くまで幸輔くんに送ってもらったんですよ~!」
「……それは、良かったね」
「はいぃっ!」
幸輔たちは模造紙を買いに、久美子が教材室にポスカや画鋲を借りにいっている間、部室では瑞貴と円に二人きりになってしまっていた。
円の口からマシンガンのように弾き出される話題は、すべて幸輔とのことに終始している。このところ、部活のせいで毎日一緒にいられるのが嬉しいらしい。それに、遅くなった日は仕方なしに幸輔と憲二が二人を送り届けているらしく、それを大変嬉しそうに幸せそうに瑞貴に語ってくれるのである。
瑞貴にとっては、どうでもいいことこの上ない。が、どうやら円もかの人と同じで、聞いてくれる相手がいればそれが誰だろうと気にしない人種のようだった。愛想のない形だけの相槌でも、にこにこと笑うのだ。頬をぽっと染めて、恋する少女、そのままに。
何と言うか……そのバイタリティーだけは尊敬に値する、と瑞貴は思う。
そんなふうに適当に円の相手をしていると、生徒会役員である澤田繭子が寄合部室を訪ねてきた。
「衛藤くん、ちょっといい?」
「ああ」
彼女に呼ばれるままに部室の入り口で会話をする。内容は他愛ないことだ。清風祭での注意事項の伝達や、書類の受け渡し。
「──実行委員って、忙しいんだな」
「え?」
瑞貴の問いにきょとんとした顔をする繭子。受け取った書類を流し読みしながら、瑞貴は思ったままを何の気なしに口にする。
「いや、生徒会役員を伝達のパシリに使うくらいだから。忙しいんだな、と思って」
「あ──。あ、うん、そうだね、今週末だしね、本番」
一瞬言葉を詰まらせた繭子の言動を、特に瑞貴は気には留めなかった。彼女が去っていくと同時に室内に戻り、椅子に腰掛け『教室での発表についての注意事項』と書かれた書類のチェック項目を指で追っていく。
そうしながら、やけに部室内が静かだとは、頭のどこかで思いつつも、意識がそちらに向くことはなかった。
結局円が黙り込んでいたことに気づいたのは、彼女が再び口を開いてからだったのだ。
「──さっきの人」
「え?」
「よく、来ますね、最近」
「──ああ、澤田さん? 生徒会役員だからな」
書類から顔を上げ返答をすると、そこに、何故か微妙に目を据わらせているような円と視線がぶつかる。
「生徒会役員だって、たくさんいるんじゃないですか?」
「俺がいるから来やすいんだろう。クラスメイトなわけだし」
「……危険! それって危険ですよ、衛藤先輩!」
突如、机をバンバンと掌で叩いた彼女は、椅子を蹴倒す勢いでその場に立ち上がる。──どこかで見たような光景だ、と思う間もなく、机に置いた手に体重をかけ、体を前のめりにしながら、瑞貴の前にぐいと顔を突き出す円。
「あの人の目、先輩ちゃんと見てます!? 危険じゃないですか、すっごく! あれは──恋する女の目ですよ!?」
「は──?」
「衛藤先輩に、春賀さん以外の虫がつくなんて円、絶対許せません! これは断固阻止、です!」
「──ぷっ…」
思わず吹き出した瑞貴に、円は「せんぱい~」と責めるような声音を出す。しかし、口元を覆いながらも笑いをとめられない瑞貴は、小さく肩を揺らしながら、眼鏡の奥で瞳を悪戯っぽく動かした。
「春賀さんも──虫?」
「あ」
指摘され、自分の失言に気づいた円。思わず口元に手をやり、きょろきょろと狭い部室内を見回す。
「言い方、間違えちゃった。誰も聞いていなかったですよね?」
「一番烈火の如く怒り出しそうな人はいないはずだけど。──で、会話が中断したけれど、俺と春賀さんが何だって?」
「ん、もう! とぼけちゃって! 円、ちゃーんと分かってるんですからねっ? 衛藤先輩と春賀さん、両思いなくせに!」
「─────」
疲れたようにがっくりと肩を落とし、瑞貴は溜息をついた。
「……何の根拠があってそんな……」
「否定したって駄目ですよぉ。見てれば分かるじゃないですか、そんなの。春賀さんてば衛藤先輩のことものすごぉーく信頼してるし、衛藤先輩だって春賀先輩のお相手ならとことんしてますもんね」
「……よく、見てるな」
その空っぽそうな頭のどこで、と思いつつそう返すと、円は立てた指先をちっちっちと左右に振った。
「恋する女は鋭いのです!」
「……あ、そう……」
まともに返答する気も失せ、短く呟いた瑞貴に、円はなおもバンバンと机を両の掌で叩いてみせる。
「だからぁ~! あの女は危険なんです! 二人の恋路を阻む障害なんです! 絶対、絶対円は嫌です。春賀さんには衛藤先輩じゃなくっちゃ、駄目なんです~っ!」
……その絶叫が響きわたっていた部室棟の廊下。
扉に手をかけていた幸輔は、固まっていた。背後にいた憲二も、僅かに顔をゆがめる。
「……憲二、今の、何?」
「何って……聞いたまんまだろ」
苦虫を噛み潰したような、歯切れの悪い親友の返答が、遠くに聞こえるような気がした。呆然としている幸輔に、ちりっと胸を焦がすような苛立ちを感じた憲二は、思わずきつい口調で吐き捨てる。
「……つぅか、お前、マジで今まで気づかなかったとか言わないよな?」
「え……?」
「夏目の言うとおりだろ。見てりゃアヤシーっつうか……確かに、ラブラブっぽいじゃん。マジかどうか知らねぇけど」
「…………ッ」
認めたくない。そう言うかのように、幸輔はさっと顔を伏せ、憲二から視線を逸らした。
それから、来た道を──昇降口の方へと戻り出す。
「おい、幸輔──」
「帰る。ちょっと頭冷やしたい」
「帰るって、お前──……」
文具屋で買ってきた模造紙や画用紙やらを押し付け、幸輔は後ろを振り返ることなくずんずんと歩き去って行く。その後姿を見送って、憲二は小さく溜息をついた。
「ばぁか……一人で浸ってんじゃねーよ」
毒づいて、さっと表情を切り替えると部室の扉を開ける。
「あれ? 幸輔くんは?」
「ちょっと急に用事入ったとかで途中でバックレ。んで、買ってきたモンだけど、これでオッケ?」
意識を清風祭の準備に切り替え、購入物を机の上に広げているうちに、久美子も戻ってきた。そうやってあーだこーだと言い合っていると、バタバタと慌しい足音が廊下の向こうから近づいてくる。その足音はブレーキも惜しいように急カーブ気味に部室のドアに体当たりし、ガラリと開けると、第一声、大声で命令した。
「瑞貴ッ、付き合いなさい!」
走ったせいで振り乱れた髪は、止まると綺麗な曲線を描いてその肩に落ちていく。上気した頬で必死な形相をした彼女──橋谷春賀の登場に驚くこともなく瑞貴は、静かに言い返す。
「……今日は随分切羽詰まっていますね」
「分析はいいから! 来るの、来ないの!?」
入り口に仁王立ちする春賀に対し瑞貴が返答をする前に、突然、円が彼の腕をぐいと引く。
「駄目ですよぉ、先輩。部長命令」
「……あのな」
「あとは私たちだけでも出来ますし、ほら、行ってくださいってば!」
ぐいぐいと両手で瑞貴を部室から押し出し、ぴしゃりと扉を閉めると、円は一人満足気に微笑んだ。
そんな彼女の様子を見、憲二の胸にふとした疑惑が浮かび上がる。
「……夏目」
「なに?」
「もしかして、幸輔の好きなヤツ、知ってるだろ?」
「知ってるよ?」
事も無げに言い返す円に、次の言葉を失う憲二。
くるりと体を反転させ憲二と久美子を見渡して、円はあっさりと言った。
「でも、幸輔くんのは憧れで、円のは恋だもん」
にっこりと笑う円に、憲二も、久美子も、何も返せないまま数秒が過ぎる。沈黙の後、憲二が怖いものみたさ、といった様子で、二人が去っていった扉を指差した。
「じゃあ……夏目流に、アレは?」
「ん~アレはぁ……ずばり、愛でしょ?」
ぴっと指を立て断言する円。最早残された二人に、反論する気力は残ってはいなかった。
続く




