恋せよ、少年少女(13)
恋せよ、少年少女 (13)
放課後の寄合部の部室内。
いつもは自分の用事を優先させていなかったり、ただお喋りや暇つぶしに集まるだけの部員も、今日は手元が忙しく動いている。
「ねえ、幸輔くんは、青と緑、どっちが好き?」
突然隣から投げかけられた質問に、内心警戒しつつも、「……青」と答える幸輔。それを聞いて円は、「じゃ、こっちにしよ!」と青い布地を手に取る。
「……夏目の好きにすればいいだろ、何で俺に聞くんだよ?」
「そんな冷たいこと言っちゃ嫌。恋する女の子の中心は、いつでも好きな男の子なのよ?」
ちっちっち、と顔の前で人差し指を動かし、円は可愛く口を尖らせる。前回の遠足の一件で強烈なアプローチはなくなったものの、いまだ幸輔を好きなことを隠しもしない円であった。
幸輔もだいぶ慣らされた感もあり、教室でぎゃあぎゃあ騒がれなければ、さらりと流せるようにもなっていた。そんな彼の心に、先日瑞貴が何気なく言った一言が静かに響く。過ぎたるはなお及ばざるが如し。行き過ぎた好意は、何も伝わらない好意と同じで、結局影響を与えはしないのだと……。
和風の模様に染められてある白いはぎれと青いはぎれを器用に縫い合わせ、小豆を器用に詰めていく。その過程を行う円の手つきは存外鮮やかで、幸輔も心ならずも少し見とれてしまう。すると、不意に顔を上げた円と視線が合い、思い切り嬉しそうに微笑まれてしまった。
「これね、隠し味」
「鈴が?」
「きれいな音が出るのよ?」
ちりちりと指先で揺らした鈴を、小豆と一緒に袋に詰める。布地が全て縫い合わされ、お手玉が完成し、それが小さな掌の上で踊るに至って幸輔にも円の台詞の意味が伝わった。宙に舞うとちりんと軽やかな音をたてるお手玉。
「うまいもんだなー……」
素直に感心する幸輔に、円は終始嬉しそうににこにことしている。
その手元からひょいとお手玉を奪った憲二も、上にしたり下にしたりしてしみじみと眺めながら、感嘆の声をもらす。
「マジ、すげーよく出来てんじゃん。夏目って意外と家庭的?」
「意外ってひどくない?」
「おっと失言。ウソウソ、んなこと思ってねーって。夏目ってアレだろ、将来の夢はお嫁さんとか言っちゃうタイプだろ?」
「えー、ダメかな?」
あっけらかんと笑う円に、憲二は「いーんじゃねーの?」と軽く返す。その人懐っこい愛想良しの笑顔が、円の隣で黙々と作業に没頭している久美子にも向けられた。
「んで、湯川はどーよ?」
「──、……えっ、…えっ……?」
声をかけられて三秒、みなの視線が自分に注目していることに気づいてから四秒経った後、久美子は状況が分からず「え」と疑問符を飛ばしまくった。
手元に広げられているのは画用紙とボール紙。真っ白な画用紙には用紙いっぱいのどかんと広がったのっぺり顔。どうやら、福笑いの土台を作っているようだ。ポスカを片手に固まったまま、声をかけてきた憲二、そして円、幸輔に視線を動かし、会話には加わらず作業をしている瑞貴のところでとまり、再び憲二に戻る。
「……ごめん、何の話?」
「もうっ、久美ったらおとぼけさんっ! でも円知ってるんだから。久美は保育士になりたいのよね~」
「まっ、まどか!?」
「保育士?」
憲二と幸輔の声が重なる。
オウム返しにされて、久美子は真っ赤になって俯いた。地味で真面目で内気な少女──という、いつの間にか久美子の認識としてあった単語が、微妙に変わりそうな予感。それは、意外な一面を知ったという嬉しい予感だ。
「……う、うん、……それは、本当なんだけど」
「なるほどねぇ。だけど湯川なら優しいし、向いてるかもなー。心広そーだし」
「……そ、そう、かな?」
憲二が何気なく発した言葉に、久美子の顔が嬉しそうにふにゃりと緩む。
その後、お互いの将来や未来像についてあーだこーだと意見を交わす後輩を眺め、瑞貴は作業で凝った肩を拳で軽くとんとんと叩く。この短期間で、一年生同士、だいぶ打ち解けてくれたようだ。それはとてもありがたい。自分が余計な気を回さずに済む。
──来年、この部活はどうなっているのだろう、とふと思うことがある。
数年前、発足されたばかりの実績年数の浅い部活である。学校の体制も予算もまだ余裕があった頃に出来たお遊び系の部。それが窮屈になってきたこの時代に、長々と生き残れるとは思っていない。
なぜ、そんなふうに思った部活に瑞貴はいるかといえば、やはり大きな理由として橋谷春賀が出てくるのだ。横暴なまでの強引な勧誘と、脅しに近い入部要請。瑞貴を絶句させたクリティカルな口説き文句は「だって衛藤くん、あたしの玩具になるために生まれてきたって顔してるもん」…だった。結局それに言い返す言葉を見つけられず、流されるままに入部。衛藤くんという呼び名が呼び捨てになり、ファーストネームになり。橋谷先輩と読んだら頭をはたかれ、意地で呼んでやるかと思った矢先にスペシャル・ラッキー・カードを引く強運。
──逆らってはいけないと本気で思った。
少なくとも、自分と春賀の力関係は、見えないもので定められているような気がしてならず……。
そうやって物思いに耽っていると、いつの間にか恋バナで盛り上がっていたらしい一年生の矛先が自分に向いた。いや、正確には矛先は瑞貴ではなく。
「衛藤せんぱぁい、春賀さんて、彼氏いないんですか?」
円がずいと身を乗り出しながら聞いてくる。瑞貴が答えるより前に、幸輔が強い口調で言い切った。
「いないよ」
「え? 何で幸輔くんが知ってんの?」
「好きな人はいないって言ってた。憲二も聞いてるよ」
円が振り向くと、憲二は「確かに」と頷いた後、納得いかないといった顔つきで「でもなぁ…」と呟く。
「あのルックスにあのスタイル。過去があったっておかしくはねーと思うけどな。……ってことで、過去も含めて、真相のほどは?」
四人に興味津々の顔で詰め寄られ、瑞貴は内心で呆れかえる。これじゃクラスの連中と大差ない。どうしてみんな、こうも恋愛系の話を好むのか。誰が誰を好きであろうが、誰と誰が付き合っていようがいいと思うのだが……どうも世の中の大半の人間はそうではないらしい。
困ったような表情で瑞貴は肩を竦める。
「真相は知らないけど、俺は聞いたことはないな。本人の口からは」
「んー、何か意味深?」
小首を傾げる円に、思わず笑みが漏れる瑞貴。
「──まあ、噂の絶えない人ではあるけど。部活動中にそれを匂わせたことは一度もなかったな。そういうところは、けじめをつけたがる人だから」
「……なぁんか、先輩って、悟っちゃってますよねぇ」
「え?」
「春賀さん通っていうか」
円のその台詞に、心穏やかでいられなかったのは誰であろう幸輔である。途端顔をひきつらせた幸輔をちらりと見、憲二は心の中で(あ~あ……)と溜息をついた。
きっと今幸輔は、瑞貴のことを要注意人物──恋敵として認識し直したに違いない。目尻と唇の端のひきつりがそれを如実に表している。
しかし、その空気の微妙な揺れに、瑞貴は気づいた。幸輔を一瞥すると、目を伏せがちにして、誰ともなしに呟く。
「あの人の行動にはパターンがあるから、分析さえ出来れば読むのは苦じゃないよ。だから知っていることは特別なことじゃない。むしろ、あの行動力に付き合える忍耐力が必要だ、ってことだ」
「へぇ~……」
暢気に感心している円と久美子は、男同士無言で交わされている視線の会話に気づいていない。
静かな疑惑がそれぞれの胸に去来し、ゆったりと重たげな動作で、横たわった。
続く




