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恋せよ、少年少女(11)

恋せよ、少年少女 (11)



 五月も半ばに差し掛かり、日中の陽射しの下では僅かに汗ばむ陽気になってきた。

 二週間に一度のクラブ活動の時間、活動教室において寄合部員は、文化祭の出し物について話し合っている。顧問である安西教諭は春賀たちの意見交換に口を挟むことなく、にこにこした顔でそれを見守っていた。


「──ということで!」


 カツン、とチョークを黒板に突き立て軽快な音を立てると、春賀は適当な並びで座っている部員一同を見渡す。


「出し物は、昔懐かし遊びのリバイバル、ってことでオーケーかしら?」


 一同、話し合った結果なので、異存はなく頷く。

 黒板には、コマ回し、すごろく、福笑い、めんこ、おはじき、消しゴム飛ばし、あやとりなどの文字が書き連ねられている。それが、このたびの出し物の内容のようだ。


「じゃあ決まり。人数的に準備は一人一項目にしとこうか。内容を絞らなきゃだけど、二日間とも全員詰めているわけにはいかないし、来た人が自由にやれてくような単純なものがいいわよね。買って終わりじゃなくて、作れるものは全部手作りのほうがいいだろうし。そういうのはインターネットとか本で調べられるかしら……」


 決まり、と言った傍からすぐさまぶつぶつと呟き始める春賀。彼女の頭の中では今高速回転で情報が飛び交っているに違いない。

 とりあえずこうなったら春賀の思考が一段落するまで口を挟むことは出来ない。みなのんびりと雑談をしていると、春賀が口に出していた項目を誰に指示されたわけでもなくさらさらと書き取っていた瑞貴が、春賀の呟きの切れ目を見計らって、口を開く。


「春賀さん、どうせ休憩所を兼ねたような遊び場にするのであれば、アレを加えませんか?」

「え? アレ?」


 珍しくも積極的な発言をした瑞貴を、春賀も他の部員も興味深々の視線を向ける。

 それを受けて、僅かに企み顔に口元に笑みを刷いて、瑞貴は言う。


「『トランプ・トーキング』ですよ」

「……あ! なるほどっ!」

「ふむ、いい考えじゃないか?」


 ぽんと手を叩いた春賀に続いて、奈津が腕組をした姿勢でのんびりと発言をする。

 幸輔と憲二もそれはいい考えだ、とすぐさま賛同した。


「ひとつコーナーを設けて、ルールだけ書いておけば自由に出来ますもんね」

「内容もアレっね、もともと部室にあるヤツじゃなくて、文化祭バージョンにしてもいいし……」


 そんな中、円と久美子がきょとんとした顔で疑問符を飛ばす。


「何ですか? それ」

「あっ、そうか、円と久美子ちゃんはまだやってなかったもんね~。何なら今からやろっか? 盛り上がってきたところで!」

「ちょっと、春賀さん」


 勢いに乗ってきてしまった春賀を、瑞貴が静かに嗜める。まだクラブ活動中、顧問もいる席である。

 しかし安西教諭はにこにこしたまま立ち上がり、瑞貴に向かってまあまあ、と掌を下に向けて押さえるような仕草をした。


「あと十分だからいいだろう。今日の活動時間はここまでだ。どんな内容になるか楽しみにさせてもらうよ」

「はいっ、またご報告にあがりますね~」


 手をひらひらと振って見送る春賀。

 安西教諭が退席したところで、七人は揃って部室に戻った。


「今日は何でいく? 七人いるからね~結構盛り上がるんじゃない?」


 テーブルを囲んだみなを見回して、トランプを慣れた手つきできる春賀がそう問い掛ける。


「どうせだからちょっと頭使うゲームがいいわよね。七並べとか…どぼんとか……」

「大貧民は?」

「貧民? 富豪じゃなくて?」

「え? どっちも同じだろ?」


 わずかにそんなやりとりもあり、大貧民(地域によっては大富豪)をやることになった。

 最初の敗者は久美子である。

 ずい、と目の前に出された箱を、彼女は神妙な顔で覗き込む。


「……あの、……すいません、もうちょっと待ってください……」


 一度決心して出した手を引っ込め、久美子は一つ深呼吸をする。その様子を見て春賀がくすくすと笑った。


「久美子ちゃんは慎重派なのねえ」

「そーなんですよぉ。買い物とか行っても、すっごい時間かかるの! 一生懸命、一生懸命、時間をかけて選ぶんだから!」

「なるほどねぇ。でも、そういう人ってほら、一度買ったものとか、すっごく物を大切にするのよね」

「あ、分かります! 久美子の部屋ってね、小学校の頃のものとかまだ綺麗なまんまで置いてあって」

「春賀とは大違いだな」


 円との会話を聞いて、奈津が思わず楽しそうに付け加えた。それを聞いて円がそうなんですか?と首を傾げる。

 春賀は少しバツが悪そうな顔をして笑った。


「うーん、そうねえ、あんまりモノに執着しないタチなのよねえ。飽きやすいっていうか忘れやすいっていうか。長く大事にしておけないのよね。気に入りすぎて使いすぎてボロボロにしちゃうことも多いかな。一度手に入ったものが途端にどうでもよくなることもあるし……」


 そこでなぜか春賀は、憲二に視線を移す。


「……まあでも、あんまり良くない性格よね、こういうのって」


 まるで同意を求めるような視線と口調に、憲二は何でもない風で嘯く。


「セツナ的でいいんじゃないっスか? 今時っぽいでしょ」

「お、巧い言い換え。これからそう言おうっと」


 二人のやりとりはごく普通であり、僅かに情報をキャッチしている幸輔でさえ二週間前のあの騒ぎがなかったんじゃないかと錯覚してしまいそうになるほどだった。あの翌日、いつも通りに戻っていた憲二を受け入れない選択肢は幸輔にはない。幼い頃から喧嘩と和解を繰り返してきた仲である。部室に行った時も憲二が春賀に突っかかるのではないかと気を揉んでいたのだけれど、二人の態度は全く心配するところがなかった。

 そうこうしているうちに、ようやく久美子が一枚の紙片を摘み取る。

 受け取った春賀がそれを開き……満面の笑みで久美子を見る。


「……あの、先輩?」


 不安そうに声を上げる久美子を見る口元も目元も、とてもとても楽しげな色を滲ませている。その唇が発した言葉とは──、


「ファースト・キスはいつですか? だってさ。久美子ちゃんっ」

「え……え……、ええ~っ!?」


 一瞬で茹蛸のように顔を真っ赤にさせた久美子は、困ったようにおろおろして頬に手を当てたり、円に縋ったりと忙しい。その彼女に向かいずいと身を乗り出した春賀は、


「残念。ウソは認めないからね、ないならないと素直に吐きなさい。あるならあるで、包み隠さず喋るのよ」


 と、にっこり笑う始末。

 結局久美子はまた数分おたおたした後、小さな声で言ったのだった。「……幼稚園の時。同じ組の男の子と……」



   

 最初がキスの話題だったのは何かの予兆だったのか、その日は恋話関連の紙片が引かれることが多かった。

 二人目の敗者は瑞貴。問うことに「恋人イナイ歴は何年ですか?」、答え「年齢と同じ」

 三人目の敗者は春賀。問うことに「理想の恋人像をズバリ」、答え「私が自然体でいられる人」で一同の深い頷きを得。

 四人目の敗者は円。問うことに「好きな人はいますか?」、答え…イエス・ノーでいいところを「ずばりっ、幸輔くんで~すっ!」

 五人目の敗者はまたまた久美子。問うことに「今日一番眠かった授業は?」、答え「体育の後の数A……」

 そして六人目の敗者は憲二だった。

 気楽な気持ちでくじを引いた憲二だったが、隣で開封した幸輔が、それを見た瞬間表情を固まらせる。


「どうしたの?」

「いえ……」


 春賀の問い掛けに返事を濁らせるその手から、奈津はひょいと紙片を取り上げた。そしてその眉も同じようにひそめられる。


「……これは、どうしたモンかな」


 そうして見せられた文面に、春賀も僅かの間を見せた。しかし他の面々のように表情が曇ることはない。ただ、無表情になり、その後「いいんじゃない?」と笑った。


「嘘偽り気遣いなく、正直にどうぞ?」


 文面を読み上げずそのまま憲二に提示し、それを見せられた憲二の言葉も一瞬詰まる。


『──この部活内で、一番嫌いな人をズバリ』


 憲二は文面を二度ほど視線で追った後、それをちらりと春賀に向けた。首を傾げ、呑気な顔で返事を待つ春賀。恐らく分かっている。憲二が誰の名を言うであろうかを。──それを柔らかい笑顔で待っている。


「……………」


 一呼吸のあと、憲二は紙切れを静かにテーブルの上に置く。全員に見えるように。そして読み上げず、答だけを口にした。


「……部長」


 ──みな、どんな反応をしていいのか、分からず沈黙が流れる。

 しかし春賀だけは違った。「じゃあ次行きましょ!」と明るい声で気まずい空気を突き抜けていくと、トランプをさっさと切り始める。


「……何か、言わないんですか?」

「何か言って欲しい?」


 躊躇いがちに問い掛けた言葉は笑顔に一蹴され、憲二は返す言葉を失いかける。しかしプライドはそれを許さず、へらへらした口調と笑顔で言葉を継いだ。


「だってフツー、嫌いだって言われたら怒るっしょ?」

「そうかなぁ、あたしは寧ろ光栄だ、って思うけど?」


 そう言った後、春賀は真っ直ぐに憲二を見る。


「人を好きになったり嫌いになったりなんてねえ、他者と自己の同一化をはからなきゃ生まれない感情なのよ、もともと。嫌いだって感情だって、好きだと同じくらい、強く相手を意識しているものだもん。その他大勢にされるよりよっぽど嬉しいわよ。少なくとも、憲二くんの中のあたしは、嫌だって思われるくらい元気に飛び跳ねて生きてるわ」


 唖然として──憲二は春賀を見返す。

 それは他の一年生も同じだ。あまりの強引な感情論に、圧倒されることしか出来ない。

 視線を交差させて肩を竦めたのは瑞貴と奈津だ。仕方ない、とどこか諦め呆れたように。


「──それに」


 トランプをそれぞれの場所に手早く分けながら、春賀は付け加える。


「誰があたしを嫌いでも、あたしは他人が大好きだし」


 そう言って一点の曇りもない笑顔を見せる。その口元の鮮やかな笑みは、それぞれの胸に、それぞれの波紋を作った。望みもせずに無造作に投げ込まれる小石。だけど影響されるのは止められない。

 最後の敗者は春賀だった。

 しかし引いたカードはスペシャル・ラッキー・カード。部員全員に向こう一年効力のある命令カードだ。

 そのカードを手に、春賀はこんな注文をつけた。

 ──部長でもなく、先輩でもなく、自分を下の名前で呼ぶこと。

 そう言えば去年もこの人このカードを引いて同じ注文をつけたんだよな……、と改めて彼女の妙ちくりんな強運を思い、瑞貴は一人、たそがれたのだった。



  続く

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