恋せよ、少年少女(10)
恋せよ、少年少女 (10)
GW明けに行われた各クラスのLHRでは、六月に盛大に開催される中埜高校文化祭『清風祭』の出し物について話し合いが行われていた。
毎年、一年生の出し物はなし、二年生は教室を使っての出し物、三年生は体育館でのオリジナルの演劇上映と決まっている。加えてサッカー部とバスケ部が招待試合を行い、文化部も無論空き教室等を利用しての出し物をする。
ここ、春賀の所属する3-Dにおいても、学級委員中心にあれやこれやと意見が交わされていた。
演目は愛と笑いをテーマにしたものにしようと決まり、ある程度の本筋を決めたところでキャスト決定の段階になったのだが、ここで彼らはつまづいていた。
みなの一致でヒロイン役に推されてしまった春賀が、頑として首を縦に振らないのである。
「やぁよ。私、寄合部の方で忙しいもん」
憮然とした様子でそう言う春賀であるが、文化部部長はみな同じ条件なのである。
「あのねえ、だからこその、一年二年部活優先、三年クラス優先なんじゃない」
「寄合部、今年一年入ったんでしょ? 去年もクラスの出し物免除したんだから、今年は絶対クラス優先にしてもらうよ!」
クラスの女子に詰め寄られ、春賀は珍しくたじたじになる。
「……って、ヒロインが別に私じゃなくても……」
「あまーい! 折角の顔の良さを活用しなくてどうするのよ~!」
「……………」
超強引グ・マイウェイという自分の十八番をとられ、春賀はなす術もない。男子たちは女子らの勢いの良さを遠巻きに見守りながら、ひたすら春賀が頷くのを待つ。
一分近く……彼女は黙り込んでいたように思う。
しかし、やおら肩を揺らし盛大な溜息をつくと、「分かったわよ!」と叫んだ。
「もー何でもやってやるわよ! お姫様だろーとSMの女王様だろーと! ただしその代わり、どうなってもしらないからねっ?」
やけくその春賀の叫びに、クラス中が湧いたという……。
そうして疲れきった風体の春賀が部室に辿り着くと、狭い部室の中、幸輔が一人窓際で外を見ていた。
ガラリと立て付けのわるい扉の開く音で、彼は振り返る。
「あ……鍵、使わせてもらいました」
正式入部の際に渡された鍵のスペアを掲げ、軽く頭を下げる幸輔。
「ん、びしばし使って? サボり以外ならお昼もここで食べていいしさ。──今日は一人?」
いつも一緒にいる憲二の姿を探し春賀がそう言うと、幸輔の顔が曇る。
窓枠に軽く置いていた手でぎゅっと拳を握り、俯いて躊躇いがちに呟いた。
「……ちょっと、俺ら、喧嘩して」
「喧嘩? それってもしかして、遠足の日のことだったりして」
扉を閉め、鞄を隅に置くと、春賀はとことこと幸輔の横に近づく。彼が遠慮してスペースを空けると、その横に並んで同じように外を眺めた。爽やかに吹き込む風に目を細め、「いい風」と嬉しそうに呟く。
春賀の言葉に幸輔はぎょっとした。
「何で知ってるんですか?」
「帰りに憲二くんに会ったんだけど、なーんかピリピリしてたのよね。……して、喧嘩の原因は何?」
頬杖をついて至近距離で見上げる瞳に一瞬見とれた後、幸輔は慌てて外に視線を移す。
「……大したことじゃないです。……すっごいくだらない」
「なによ~私に言えないこと?」
「……あんまりくだらなさすぎて、恥ずかしくて言えないですね」
曖昧に苦笑して見せる幸輔を春賀はじっと見上げた。
敢えてこちらに視線をよこそうとしない横顔を眺め、その桜桃色の唇に淡い溜息を乗せる。
「くだらないから、じゃなくて、間接原因が私だから言えないんじゃない?」
「えっ……?」
「図星?」
「……っ、……いいえっ……」
春賀の言葉に慌てた素振りで振り返り、間を置いてから首を振る幸輔。挙動不審な一連の動作を見、春賀は一人、合点がいったように頷く。
「成る程ねえ……それであの台詞、か。……まあ、それだけじゃないだろうけど……」
「……先輩?」
「あ、ねえ、幸輔くん。憲二くんって携帯持ってたよね? 番号分かる?」
「あっ……はい」
幸輔が生徒手帳にメモってあった番号を見せると、春賀は自分の鞄から携帯電話を取り出した。電話番号を入力すると、迷わずに発信ボタンを押す。
「あ…もしもぉし。あ・た・し。誰か分かる?」
窓枠に背をつけた姿勢で、春賀は高いトーンの声音で、そんなふざけた言葉で電波の向こうに話し始めた。
その電話を憲二は、駅前のコンビニで受け取った。
雑誌を立ち読みしているとバイブレーターの振動を与えた携帯電話に気付き、通話ボタンを押しながら店の外に出る。
すると──第一声は、耳に馴染んだ女の声だった。
「え? 誰?」
慣れた調子で軽くそう聞き返す。こういう電話は、別に珍しくもなかった。本名も職業も知らない、ただ携帯番号だけでつながっている女の子たち。
『分かんない? あたしだってば、あたし。ちゃんと名前当ててよ~』
「んー、誰かな。ミカちゃん? それともユッコちゃん? エリサちゃん?」
ふざけた調子で女の子の名前を羅列させると、向こうで明るい笑い声がした。そのノリの良さに憲二は(適当に遊んだ子の中の誰かかな)と思う。
「だって分かんねーもんよ。電話で話すの初めてじゃねぇ? したら声変わるしさ」
『そぉねえ、電話で話すのは初めてよね~。じゃあ教えちゃう! ハルカよ、ハルカ。思い出した?』
「あー、あー、ハルカちゃんね……、……って、……え?」
それまで軽い調子で喋っていたのが、段々と曇る。ハルカ…はるか。その名前に聞き覚えがあった。それは、もしや──、
ブツッ!
思わず憲二は終話ボタンを押して通話を切っていた。
「……んであの女からかかってくんだよッ……」
コンビニのガラス壁伝いに地面に腰掛け、憲二は嫌そうに顔をしかめる。情報が漏れそうなルートは幸輔しかない。
「あのバカ、あの女に相談しやがったな……?」
苦虫を噛み潰したように顔を歪める間もなく、再び着信がある。このまま電源を切ってやろうかとも思ったが、そのあとの煩わしさを考え、結局応答することにする。
「……もしもし」
『盛大に驚いたリアクションしてくれてありがとね~。電話に出たことは褒めてあげるけど、随分さっきと声のトーンが違うんじゃない?』
言わなくてもいい嫌味を笑い声で言ってくれるものだから、憲二のテンションは更に急下降する。
「あんたに振りまく愛想なんてアリマセンよ」
『まーご挨拶。あたし何かしたかしらね? あなたの気に障るようなこと』
「それは……」
探したところで出てくるはずもない。ただ──憲二は苦手だ、嫌だ、と思っただけなのだ。生理的嫌悪に似た感情。
憲二が黙ると、春賀はふと真面目な声音で囁く。
『──同族嫌悪』
「…………!?」
『認めなさい、逃げんじゃないわよ。──今週は免除してあげるわ。でも来週は部活に出ること! 清風祭が近いんだから、一刻の猶予もないのよ、おまけにあたしは面倒くさいことになるし……』
春賀が呟いた一言は、すぐにワケの分からない世間話に流された。
憲二が呆然と彼女の言葉を聞いていると、言いたいことだけ言って春賀は電話を切ってしまう。
来週部活来なさいよ! という何度も繰り返された言葉だけが脳裡に耳に残った。
「……んだよ、分かったように……」
虚しい音を響かせる携帯電話を握り締めて憲二は呟いたが、たった一単語、それが胸に鋭く刺さった。
──同族嫌悪。
彼女は認めた……自分が汚れた人間であると、それを分かる憲二に対し、その言葉でもって。
そう、言わせたかったはずなのに。暴きたかったはずなのに。──何故だか憲二の胸は、重苦しく沈んだのだった。
一方こちらは寄合部部室。
電話中に瑞貴が来、久美子が来ていた。瑞貴は窓際の春賀と幸輔を一瞥しただけで、いつも通りの場所で早々に読書に勤しむ。その後来た久美子は、花柄の封筒を幸輔に渡して帰って行った。曰く「円から……」と。
春賀の電話を気にしながらも、幸輔はその封筒を開く。
無造作に破ってしまったが、幸いにも中の便箋は破らずにすんだ。開いたそれに並ぶ文字は……。
『Dear 幸輔くんへ
色々メイワクかけてごめんなさい。
やっぱり円、ちょっと浮かれてたと思うの。
あと、春賀先輩に憧れる気持ちもあって…。
もうちょっと、反省します。
そうしたら、いつも通りの円に戻るから。
お願いだから、いつも通りにお話してね。
円は幸輔くんのこと、本当に好きなんです。 From 円』
「……………」
とりあえずこれは……素直に受け取って、彼女の今後に期待すればいいのだろうか? 幸輔は脱力して手紙を眺める。
(諦めてくれればてっとり早いんだけどな……)
どうも文面によると、諦める気持ちはないらしい。それでも、クラス内での傍迷惑な浮かれっぷりがなくなるだけまだマシなのだろうか。
──好意に二面性があることを、幸輔は初めて知った。
人を好きになる気持ちは、柔らかくて温かくて、素敵なものばかりだと思っていたのに……。
「円から手紙?」
いつの間にか電話を終えた春賀が、幸輔の手元を覗き込もうとしてくる。慌てて手紙を隠した幸輔に、春賀は「あーあ、隠されちゃった」と楽しげである。
「あの……憲二、何て……?」
「あー大丈夫なんじゃない? その内いつも通りに戻るわよ。それより手紙、何て書いてあったの?」
「はあ……」
さらりと大丈夫という春賀に少々の疑いの念を持ちつつも、誰ともなしに、溜息まじりに愚痴った。
「……好意って、イイモンじゃないんですかね?」
「好意? そりゃーイイモンに決まってるでしょうよ?」
何を当たり前のことを、という春賀。困ったように笑って幸輔が視線を動かすと、瑞貴とばっちり目が合ってしまう。
「……………」
瑞貴は眼鏡の奥の瞳を僅かに眇めると、遠い目をして呟いた。
「……過ぎたるはなお及ばざるが如し、だ」
「え?」
「好意も嫌悪も、ほどほどが一番疲れない」
淡々と呟くと、また彼は、手元の文庫へと視線を落としたのだった。
続く




