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恋せよ、少年少女(1)

初投稿です。完結しているので、ちょこちょこ投稿していきます。

恋せよ、少年少女 (1)



 空気がピンク色に染まる、春爛漫。

 本日は、県立中埜(なかの)高等学校の入学式。式典の真っ最中である午後、校舎はしんと静まり返っていた。

 桜の花びらがはらはらと散る裏庭を、部室棟の二階の窓から眺めつつ、彼女は一言呟いた。


「暇」


 ──同じ部屋で読書に興じていた少年は、眼鏡の奥から、窓際で椅子の上に体育座りしている少女に一瞥をくれただけで、再び細かい文字の羅列に視線を戻す。無視されたと分かった少女は気分を害したように彼を睨みつけると、今度は名指しで訴える。


瑞貴(みずき)、暇なんだけど」

「そのようですね」


 瑞貴、と呼ばれた少年は至極あっさりとした返答をし、彼女の不興を買うことになる。


「部長のあたしが暇だって言ったら、副部長のあなたが何とかしなさいよ! あ~、舞い落ちる桜は無情を誘うし、傍にいるのは気の利かないこんなんだけだし! 春! 出会いの春、だというのに! あたしの周囲は何て、何て、虚しいの~っ!?」


 椅子の上に立ち上がり、清楚なイメージを与える黒の長い髪をひらめかせ、熱く不満を語る彼女を、瑞貴は物静かに見詰めていた。叫び終わり肩で息をする彼女に、小さく溜息をつくとパタンと本を閉じる。


春賀(はるか)さん、喉が渇いたでしょう。お茶でも淹れましょうか?」


 すると、突然ころっと機嫌が良くなる春賀。


「うんうん、お願い~。瑞貴の淹れるお茶好きなのよっ」

「この前、安西先生が差し入れてくれた羊羹が冷蔵庫に入ってるはずですよ。もし食べるんでしたら、用意、お願いします」

「食べる! 食べる!」


 いそいそと冷蔵庫に向かう春賀に、瑞貴は内心で思い切り失礼なことを呟いた。


 ──全く、扱いやすい人だ、と。


 今時の女子高生にしては珍しい、素の色のままの長い黒髪に、自己主張の激しくないそれでいて整った可憐な容姿の、橋谷春賀に憧れを抱く男子生徒は多い。けれど、同じ部活に所属して早一年。その中身を不幸にも知り尽くしてしまった瑞貴としては、騙されている……、としか言えなくなっていた。

 大人しそうな容姿とは裏腹に、活発で奔放であるのはまだいい。人に命令するのが大好きだし、一分一秒ごとに言うことが変わる超天気屋だし、後先考えない楽観主義者だし。それに振り回され、疲れ果て、部活を辞めていく者が一人、二人……。遂には、春賀を面白がって可愛がっていた先輩たちが抜けた頃には、三年生は春賀とあと一人、自分の学年には瑞貴のみという、とんでもない部員数になってしまっていた。

 ただでさえ活動内容が不鮮明であると、同好会降格の動議を出された三学期の汚辱があるのに、今年新入部員を獲得できなければ、確実に同好会に格下げだ。

 部長にあるまじきことではあるが…春賀はそんなこと気にしてはいないのだろう、と瑞貴は思う。『人間さえいれば何とかなる』が彼女の口癖である。三学期の部長会議でも、

『予算が下りなくなるだけでしょ? 別に、人さえいれば活動は出来るもの。あ、部室がないのが痛いのか~』

などというとんでもない暴言を吐き、顧問と副部長の居心地を悪くさせるという暴挙をしでかしてくれた。


 彼女自身に悪気はない。だから始末が悪い。


 そんな二人が所属する部活名は『寄合部(よりあいぶ)』。何代か前のOBで命知らずな革新派がいたらしく、「部活動を限定するのはおかしい! 寄り合って、その上でやることを決めようではないか!」というモットーで立ち上げられた部活である。しかし今では当初の情熱も薄らいで、帰宅部同然の無秩序な空間が広がっているだけである。無論、教師陣や生徒会の風当たりも強い。そんな中唯一尊敬すべきは、春賀の神経の図太さというか、おおらかさであろう。彼女のお気楽ご気楽な精神は、確実に相手の闘志を殺ぐ。


「じゃ、いっただきまーす!」


 先輩達が餞別にと置いていった電気ポットで注いだ湯気のたつお茶と、差し入れの栗羊羹を前に、春賀はとても嬉しそうだ。二人は向き合ってお茶を啜りつつ羊羹をつつく。

 そんな中、瑞貴が思い出したように言った。


「春賀さん、新入部員の件ですが。本当にどうするつもりなんですか」

「ああ、何とかなるわよ、そんなの。部活説明会過ぎてみなけりゃ分かんないでしょ?」

「……その根拠のない自信はどっから湧いてくるんですか。やってみなけりゃ分かんないを繰り返してこの現状になってるんですよっ?」

「瑞貴ー……男のヒスはみっともないわよ」

「誰がヒスってますか」


 普段寡黙な瑞貴が少し熱を込めて話をするだけで、この言い様。盛大な溜息をついた彼に、春賀は羊羹を小分けにして口に運びながら呟いた。


「本当にねえ……あたしはいいと思うのよ、同好会でも。内申に響くかもしれないけど、推薦取りたいよーな、それが嫌な人は入ってこないでしょ? 実際『部活動で何やってました?』って聞かれて、返答に困るから部員が増えないのよ。曲がりなりにもウチ、進学校だしね。だけど、あたしは好きなのよ、この空気。先輩たちが作っていった、この気楽な空気が好き。こうしてお茶を飲むのも、お喋りするのも、一人じゃ出来ない大事な人生経験だと思うのよね。──この部活には執着がもの凄くあるの。だけど、部か同好会であるかには、執着ない」


 感情で紡ぐ春賀の主張も分からないわけではない。だから瑞貴は何も言い返さず彼女の空いた湯飲みにお茶を注ぎ足した。そんな瑞貴を、春賀はぼーっと見詰めている。本当に何も言い返さない子だなあ、と思いながら。

 眼鏡をかけているせいで表情が変わりにくく見えてしまい、その整った容姿はあまり知られていない。けれど、瑞貴は春賀の基準の中では、文句なしにカッコイイ男だった。理知的な優等生マスク。派手が好きな女性には好まれないかもしれないが、中身も外見も、誠実さや真面目さ等々、かなり株の高い男だと思っている。

 瑞貴が入部してきた時から、彼は春賀のお気に入りだった。ただ見学に来ただけの瑞貴に半ば脅しをかけて入部を約束させ、それ以後、自分の気まぐれに付き合ってくれる貴重な存在だった。わがままを許しながら、全てを肯定するわけじゃなく、淡々と春賀との距離を保っていく。春賀にとってとても居心地のいい存在だった。そうして一年培った関係は、二人は付き合ってるのだと、実しやかに囁かれるほどである。

 しかし、当人たちにその自覚はない。これは恋愛感情ではないのだと、どこかで感じていた。二人の間にそのような話題が上がったことはないが、双方、相手もそう思っているだろうと諒解していた。

 そうしてまた無為に時間を過ごしていると、部室棟の廊下がざわつき始める。体育館から校舎までの渡り廊下に沿う形で部室棟は位置している。式典を終えた生徒や保護者らが教室に移動しているのだろう。


「そういえば坂木さんはどうしました?」

「奈津は尚志くんとデート。部活になんか出てらんない、って」


 もう一人の部員である坂木奈津(さかきなつ)は、春賀の友達である。国立大進学クラスに所属する才女で、同じクラスの楠田尚志(くすだたかし)とイイ仲なので、春賀も部活も放っておかれることが多い。少しぶすくれた様子で答える春賀に、瑞貴は内心でやれやれと苦笑を零した。

 羊羹を食べ終えて満足した春賀は、再び窓際に戻った。窓枠に腕を乗せ、虚ろに空を眺めている。

 瑞貴もまた、閉じてあった文庫に手を伸ばした。

   



 トイレから出て辺りに誰もいないことに、田代幸輔(たしろこうすけ)は愕然とした。

 入学式を終えた後尿意を催してトイレに行ったはいいが、自分のクラスが集団の最後であったことが災いして、廊下には人っ子一人見当たらなかった。みんなもう教室に入ってしまっているようで、中学からつるんでいた親友の姿も、母親の姿も、どこにも見当たらなかった。おまけに、自分の戻るクラスさえも分からない。


「やべ~……教室どっちだよ」


 うろ覚えの道をとぼとぼと歩く。校舎の階段を降り、クラス札を見ながら自分の1Aの教室を探した。その時、開け放されていた窓から一陣の風とともに桜の花びらが吹き込んできて、幸輔は足を止め、その様子にしばし魅入られる。花びらの飛んできた方向に何気なく視線を移して……彼は見つける。

 風に髪を靡かせた、桜の精。


「……………」


 口をぽかんと開け、幸輔は彼の人を見詰める。校舎とは別棟の、二階建ての建物の、たった一つ開け放された窓から、女性とが憂い顔で桜の木々を眺めていた。遠目でも見惚れてしまうほど、その容姿は幸輔の好みにヒットしている。見詰め続ければ続けるほど、幸輔の胸は高鳴りを覚えはじめ、頬が熱くなってきた。一瞬しか時を要さない恋…つまりは一目惚れのようなものである。


「…………!」


 突然、少女がこちらに気付いた。開け放した窓越しに、二人はしばし視線を交し合う。

 次の瞬間、彼女の唇が動いた。綺麗な弧を描く微笑みになり、幸輔に向かって手を振る。まるで、知り合いを見つけたかのような気軽さで。


「俺にっ……? だよな……?」


 誰か他にいるのかもしれないと思い辺りをきょろきょろ見回すが、見た限りでは自分以外に該当者はいないように思える。どきどきと高鳴る鼓動を抑えつつ、幸輔は小さく手を上げ、反応をする。すると彼女は、とても嬉しそうに笑った。

 彼女の笑顔に言い知れぬ幸福感を覚える間もなく、廊下の角から現れた教師に声をかけられてしまった。


「一年生か? どうした、教室に行かないのか」

「あっ……スイマセン、トイレ行ってたら迷っちゃって……」

「なんだ、間抜けな奴だな。何組だ?」

「あ、と……1-Aです」


 その年配の教師には見覚えがあった。入学式で一年学年主任と紹介のあった人物だ。ちょっと辛口の喋りも温和な笑顔に相殺されて、「間抜けな奴だな」と言われても馬鹿にされたようには感じない。

 まだ窓越しの彼女を気にしている幸輔の視線を追って、教師はぷっと吹き出した。彼女は年配の教師の存在に気付くと、今度はピースサインを送ってくる。


「何やってんだ、あいつ……。じゃ、行くぞ。A組はこの廊下の一番奥だ」

「あ、はい」


 後ろ髪ひかれる思いで、幸輔は教師の後を追う。しかし、聞くチャンスは今しかないとばかりに、口は動いていた。


「……あの、先生、あの校舎って何があるんですか?」

「ん? あそこは部室棟だ」

「へえ……」


 じゃあ彼女は部活動に来ていた上級生なのだ。──あそこに行けばまた逢えるかもしれない、と思うと、幸輔の胸は期待に踊った。

 教室の扉を開けるともうHRが始まっていた。年配の教師は、教壇に立っていた担任教師に、幸輔を引き渡す。


「そこの廊下で迷ってたぞ」

「お手数おかけします、安西先生」


 クラスメイトに笑われ、からかわれながら、幸輔は頭をかきつつ席についた。丁度隣の席だった親友の曽根憲二に「何やってんだ」と脇腹を小突かれる。

 安西教諭が去り、HRが再開されても幸輔は心ここに在らずの状態だった。彼の胸を占めるのはただ、彼女のことばかり。

 何年生だろう、名は何というのだろう。どうして自分に微笑みかけてくれたのだろう。どうしたら彼女と知り合えるのだろう。

 彼はもう、始まりかけたこの恋に夢中だった。



  続く

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