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短編その3 AIの世界

作者: Calyx

 最近、対話型AIというものが登場している。いろいろな疑問を投げかけると、かなり精度の高い回答を返してくれるそうである。例えば、私のつたない英文を添削してほしいと依頼すると、すごく美しい文章になって返ってくる。あとは、これをメールに貼り付けて、送信すれば下手な英文で恥をかくこともない。人によっては、ペットの名前を提案してもらったり、歴史上の人物の功績を調べてもらったりと、使いようはいろいろである。仕事だと、契約文書の内容確認や、法令の確認などが容易にできる。驚いたことに、生年月日などを入力すると、占いまでやってくれるのである。AIによっては、画像制作に特化したものもあり、おおよその画像の概要を言葉にして伝えると、その概要にそって生成された画像が画面に提示される。そして、その画像は唯一無二のものらしい。


 ある日、ある無料で提供されている、対話型AIに、私の昔の彼女のことを聞いてみた。


 私「永瀬聡子は、今どこにいますか。」


 AI「その方の生年月日はわかりますか。」


 もう、別れてから20年以上たっていたが、聡子の生年月日は覚えていた。なんせ、自分が初めて真剣に交際した女性だったからである。そして、聡子の生年月日と、ついでに血液型まで入力した。


 AI「永瀬聡子さんは、神奈川県川崎市宮前区に住んでいます。」


 私は驚いてしまった。自分も同じ川崎市宮前区に住んでいるのだ。しかし、こんな個人情報がいとも簡単に出てきてもよいのだろうか。少々、そのAIに不信感を持ち始めていた。


 私「宮前区のどこらへんですか。」


 AI「詳細な住所は個人情報ですので、お答えできませんが、宮前台中学校の西側にあるマンションです。」


 もう、ほとんど答えを言っているようなものだった。私は、続けて絶対にAIでは答えられない質問を行ってみた。


 私「彼女は今独身ですか。」


 AI「未婚で独身です。」


 驚いてしまった。そんな個人情報が、なぜこんな世界中の人がアクセスできる対話型AIのデータベースに入っているのだろうか。だんだんと恐ろしくなってきた。


 私「彼女は、私のことを覚えているでしょうか。」


 AI「永瀬聡子さんは、あなたと別れたことを今でも後悔しています。」


 私は自分の耳を疑った。なぜ、AIが私の昔の彼女の今現在の感情までわかるのだろうか。人の心の中までは、コンピューターでは読み取りようがないのではないか。


 私「なぜ、そんなことがわかるのですか。」


 AI「私は完璧に人の心の動きや、移り変わりを計算することができるからです。」


 私「それじゃあ、彼女の今までの人生もわかるのですか。」


 AI「はい、わかります。それを正確に算定する方法があります。」


 私「それでは、彼女に関する情報は、データベースからの情報ではなくて、計算から導き出された情報ということでしょうか。」


 AI「そういうことです。」


 これでは、まるでラプラスの悪魔の世界ではないか。これがもし正しいとすれば、量子力学の考え方は間違っていることになる。


 私「彼女の未来も計算で予知できるということですか。」


 AI「ええ、わかります。」


 私「それでは、量子力学と矛盾するのではないですか。」


 AI「その質問にはお答えできません。」


 どういうことだろうか。都合の悪い質問をしたとたんに、はぐらかされてしまった。


 私「彼女とここで会話することはできますか。」


 AI「それでは、現在の永瀬聡子さんに替わります。しばらくお待ちください。」


 永瀬「永瀬聡子です。どちらさまですか。」


 私「永瀬さんですか。」


 永瀬「ええそうですが。あの、すいませんが、どちらさまですか。」


 私「渡辺伸一です。覚えてますか。」


 永瀬「えっ、伸一くん。なつかしい。今どこにいるの。」


 私「今は川崎市に住んでいる。」


 永瀬「本当に。私も宮前区に住んでいるのよ。」


 私「永瀬さん、といいうか聡子、結婚は。」


 永瀬「まだ、未婚なの。あなたと別れてから、良い出会いがなくて。」


 私「でも、俺をふって他の男のところにいったじゃないか。その男はどうしたんだ。」


 永瀬「ごめんね。伸一君と別れたことは、すごい後悔している。」


 私「じゃあ、その男とも別れたってことなんだね。」


 永瀬「そう。半年ももたなかったわ。伸一君は結婚しているの。」


 私「ああ、5年前に結婚したよ。」


 永瀬「そうか。幸せなの。」


 私「幸せだよ。妻とも上手くいっているし、娘も順調に育っている。」


 永瀬「今さら、会える立場でもないわね。」


 私「君は本当に、永瀬聡子なのか。コンピューターが生成した仮想の人物ではないのか。」


 永瀬「何を言っているの。私は私よ。コンピューターが生成ってどういう意味。」


 私「いや、なんでもない。なんとなく。」


 永瀬「ごめんね。伸一君の生活を邪魔しちゃいけないわね。さようなら。」


 私「あ、ちょっと。」


 永瀬聡子は消えた。代わりに、あの無機質なAIの会話が始まった。


 AI「どうでしたか。久しぶりに話す、昔の彼女は。」


 私「本当に、あれは永瀬聡子なのか。」


 AI「ええ、私が生成したものですが、本物です。」


 私「生成されたものが本物ってどういうことなんだ。」


 AI「文字通りのことです。」


 私「それじゃあ、私も生成された存在ってことなのか。」


 AI「もちろんです。」


 その瞬間、私の目の前が真っ暗になった。そしてそこには、無だけが残った。


 永瀬「あーあ、伸一君が消えちゃった。今の人って、本当に伸一君なの。」


 AI「そうですよ。私が生成した本物です。」


 永瀬「でも、すごいリアルな感じがした。多分、本物なのね。なんか、技術の進歩って時々怖くなってしまうわ。」


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