『がけの上の天女と羽衣の原文帳』
宗介という男が釣りをしていると、天から天女が降りてきて、羽衣を木の枝にかけて水浴びを始めた。天女は、どことなく金魚っぽかったが、それは物語とは関係ない。
宗介は、羽衣が余りにも美しいので、こっそりいただいてしまった。水浴びを終えた天女は、羽衣をかけた木の枝に、羽衣がないのを見て、大層慌てふためき、あたりを探し回ったが、風で飛ばされてなくなったわけではなかったので、見つけることができなかった。
宗介が、何食わぬ顔で、天女に、どうしたのか尋ねると、水浴びをしていたら着物がなくなってしまって困っている、と言うので、たまたま持っていた大きなガラス瓶に天女を入れて、がけの上にある家に連れ帰り、着物を貸してやると、大層感謝され、名前を聞かれたので、名乗ると、宗介大好き、などと言われたが、それも物語とは関係ない。
天女が言うには、自分が着ていた着物は、特別な素材でできていて、速記を書くときに、自動で白いところが繰り出されてきて、めくる必要がないので、とてつもなく速記を速く書くことができるという優れ物なのだ、ということであった。
この話が本当かどうか試そうと思った宗介は、よく考えたら自分には速記の心得がないことに気がつき、町へ出てプレスマンと『速記が書ける』という本を買ってきた。原文帳は、羽衣があるので買わなかった。五十音を覚えたところで、羽衣に適当に書いてみたが、なるほど、白いところが自動的に繰り出されてきて、めくる必要がない。便利なことこの上なかった。
天女は、羽衣がなくて天に帰れないことを悩み、人間になりたい、などと口走るようになったが、宗介は、天女が天女であることを知らないことになっているので、何も答えなかった。
天女には、小さな妹たちがいて、彼女たちの情報から、羽衣を隠し持っているのが宗介であるとわかった。それはさておき、天女は、天女の偉大なる母親の夫が吹かせた、津波のような風によって強制的に天に戻されたのだった。
宗介は、羽衣を使って速記の練習を続けたが、原文帳をめくらなくていいかどうかは、かなり上達してから意味をなすものなので、それほど速記力は向上しなかった。
教訓:変な話。