第三話:火力信者、己の過去と向き合う
かつて、仲間と共に戦った日々。
そして、その絆を壊した“火力”という名の強さ。
御守りを胸に、ケンジは過去の自分と向き合い始める。
届いた一通のメッセージ。そして、再び寺の門を叩く。
「火の行、ねぇ……」
大学の帰り道、コンビニ袋を提げながらケンジ――剣持次郎は、夜のアスファルトを踏みしめていた。
ポケットの中には、赤と白の縞模様の御守り。袋の中の護符には、読めない梵字がひとつだけ刻まれている。
何かの真言か、それとも……。
(真観って人、ただの坊主じゃねぇな……)
あの法話から、何かが変わった気がする。
いや、正確に言えば「揺さぶられた」。
火力を誇り、仲間を失い、それでも手にした強さにすがるしかなかった自分。
それを、まるで見透かしたかのようなあの言葉の数々。
耳障りのいい説教じゃない。「俺自身」に向けられた言葉だった。
だからこそ、痛かった。
(……俺、なんでこんなに、虚しいんだろうな)
自室の布団に寝転び、ヘッドユニットを装着し、「Echoes of Logos」を起動する。
画面の中には、かつて自慢だった火力特化のアバターが立っていた。
高ランクの魔導衣装、紅蓮の杖、輝く称号《灼滅の征王》。
だがその姿が、今夜はひどく空虚に見えた。
(あの頃、俺には仲間がいた)
ゲームを始めたばかりの頃の記憶がよみがえる。
無課金でも効率よく戦えるビルドを仲間と一緒に考えた夜。
「俺が前線やるから、お前ら回復頼む!」と叫びながら、ダンジョンを走った瞬間。
笑って、怒って、ふざけて、喧嘩して——
でもそれらは、たった一つの課金アイテムで壊れた。
あの日、ケンジは、期間限定の超火力装備を手に入れた。
それは仲間たちにとって「理不尽の象徴」だった。
協力の輪を、一撃で粉砕する力。
まさに、“我”の火だった。
「お前だけ、別ゲーやってんだよ!」
その一言が、最後だった。
あの時、火力で殴ったのは、モンスターじゃなかった。
——仲間の信頼だった。
ケンジはスマホの画面を見つめながら、ぽつりと呟いた。
「……俺、何がしたかったんだろうな」
そのとき、画面に一通のメッセージが届いた。
From:晴人
サブ垢でログインしてんの、見えた
久しぶりに、話さね?
(晴人……)
かつての仲間の一人。
誰よりもビルドにこだわり、誰よりもバランスを大事にしていた奴。
だからこそ、ケンジの火力至上主義に最も怒っていた。
(まだ、俺のこと、許してねぇだろうけど)
でも、もう逃げたくなかった。
次の日曜日。ケンジは、久しぶりに密行寺の門をくぐった。
「阿闍梨様は、今日は後方の書院にいらっしゃいますよ」
受付の女性が柔らかく微笑む。
木造の回廊を抜けた先にあったのは、静かな書院。障子の奥に、真観の背中が見えた。
「入って、いいっすか」
「もちろん」
微笑みと共に迎えられ、ケンジは膝を折る。
「俺……昔の仲間と、喧嘩したんす。
自分の強さだけで突っ走って、結果、誰も残らなかった。なのに俺、それを“正しい”と思ってた」
真観は頷く。語るでも、否定するでもなく。
「でも、あんたの話を聞いて……ちょっとだけ、思ったんす。俺の火は、誰のためにあったんだろうって」
「よく、気づきましたね」
真観の言葉は、静かだった。
「その気づきこそが、己の火を“灯火”に変える最初の行です」
「俺、火力信者って言われてもいい。……でも、もうちょっとだけ、考えてみたいんす。誰かと一緒に戦うってことを」
「では、今日からあなたは“脳内沙門”です」
「えっ」
「あなたの行は、己の内側にある“火”との対話。
つまり、脳内にて“火”と向き合う沙門。――実にあなたらしい名前です」
笑う真観に、ケンジも吹き出した。
「……なんだそれ、だっせぇ……いや、ちょっとカッコいいかも……」
二人の間に、ゆるやかな風が流れた。
赤と白の御守りが、ケンジの胸元でかすかに揺れた。
過ちに気づくことは、弱さではない。
それは、灯火を掲げ直す勇気の始まり。
脳内沙門としての第一歩を踏み出したケンジの前に、
かつての仲間との再会が、静かに近づいています——。