第二話:密行寺にて、火の行を問う
火力信者、寺に行く――?
とある夢に導かれ、足を運んだのは「密行寺」と呼ばれる古刹。
そこでケンジは、運命的な“再会”を果たすことになる。
ゲームの力、欲、過去の過ち……すべての火が、今、問い直される。
「……マジで、こんなとこあったんだ……」
ケンジはスマホの地図アプリを見ながら、小さな石段の前で足を止めた。
駅から歩いて二十分。住宅街を抜けた先、ひっそりと佇むその寺は、鬱蒼とした木々に囲まれた静謐な空気を湛えていた。
密行寺。
古地図にも名前が載るほどの歴史ある寺だという。
本堂の屋根は苔むし、山門の木には風雨に削られた痕が刻まれている。だが、どこか温もりがあった。
境内を歩くと、ほのかに焚香の匂いが鼻をかすめた。
境内の隅には竹で編んだ風鈴が吊るされ、風に揺れてかすかな音を奏でている。
「……案外、落ち着くな」
受付らしき場所には、年配の女性が座っていた。
ケンジが紙片を見せると、彼女はにこやかに頷き、案内してくれた。
「今日の法話会は、本堂の奥にて。ただし、ご本尊前では静かにしてね。
阿闍梨様がお話になるまでは、私語は慎まれて」
「は、はい」
(阿闍梨様? 住職とかじゃないんだ)
促されるまま、畳敷きの部屋に通された。すでに何人かの参加者が、正座やあぐらで静かに座っている。
ケンジも一番後ろに腰を下ろし、深呼吸した。なんとなく、空気が違う。
(場違いかもな、俺)
そんなふうに思ったとき——
すっと、障子が開いた。
そこに現れたのは、一人の僧。
年齢は、ケンジより少し上か、同じくらいにも見える。
薄茶の袈裟に、黒い衣。丸めた頭。眼差しは鋭いが、どこか微笑を含んだような穏やかさをたたえていた。
「本日は、ようこそ密行寺へ」
低く、落ち着いた声。その声だけで、部屋の空気が変わる。
「私は……浦見真観と申します。僧として、ここで法話の場を預かっています」
(……真観?)
その名を聞いた瞬間、ケンジの中に、あの夢の映像がよみがえった。
——月明かり。白砂の庭園。
——「汝の火は、いずれ“道”をも燃やし尽くす」
(同じ……まさか、マジであの時の……!?)
呼吸が浅くなるのを感じながら、ケンジは身を固くした。
だが真観は、彼の存在に気づいているようでいないような、ふしぎな間合いで話し始めた。
「“道”とは、誰かから与えられるものではなく、自らの足で歩むものです。
けれど現代には、“自分の火”で周囲を燃やし、結果、己を見失ってしまう人があまりに多い……」
(……火……?)
「“欲”は、決して悪ではない。ですが、それが“我”を支配したとき、人は道を踏み外します」
真観は、ケンジを見た。
明らかに、その言葉は彼に向けられていた。
「たとえば、ゲームの中であれ、現実であれ、“力”を手に入れるとき……それが他者への攻撃になっていないか、考えたことはありますか?」
(……!)
胸が、ずしんと痛んだ。
ケンジは思い出していた。
かつて、課金アイテムで無双していた頃のことを。
無課金の友人たちを嘲笑い、バランスブレイカーのような火力で敵を焼き払っていた、あの快感。
それが、誰かの尊厳を踏みにじっていたのかもしれないなんて、考えたこともなかった。
「火力は、己を示す剣にもなる。だが、無明の焔は、己を焼く業火となる」
——無明。悟りに至らぬ、心の闇。
「だからこそ、我らは“火の行”を選ぶのです。
己の欲と向き合う火の行は、決して楽ではありません。しかし、その火は、他者をも照らす灯火となるかもしれない」
真観の声が、凪のように会場を包む。
その瞬間だった。
ケンジの中に、何かが崩れた。
たしかに、ゲームの火力は“俺の誇り”だった。
でも——本当は誰よりも、虚しかった。
誰かに「強いね」と言われたくて。
見下されたくなくて。
でも結局、誰もいなくなった。
(……俺……何してたんだろ)
法話が終わったあと、ケンジは無言で真観の元へ近づいた。
「……今日の話、すごかったっす」
「ああ。君に、届いたのなら嬉しい」
「……聞いてもいいっすか。“火の行”って、どうすれば始められるんすか?」
真観は、ほんの少しだけ微笑んで、言った。
「まずは、己の炎が何を求めているのかを知ること。それが、第一歩です」
そしてその日、ケンジは密行寺でひとつの“御守り”を受け取った。
赤と白の縞模様の袋に、古い梵字が刻まれた護符が納められていた。
それが、彼と真観との「第二の出会い」の始まりだった。
「火力」で自分を守ってきたケンジにとって、「火の行」という言葉はあまりに重く、しかしまぶしかった。
それは力を否定するものではなく、向き合う道。
次回、ケンジは「修行」という名の試練に足を踏み入れます――その先に何が燃えているのか。