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CRUMBLING SKY  作者: 莞爾
第四話 龍を追う者
9/19

ダブルカルチャード

 西武新宿上り線の終着駅に到着した俺たちは、そこから徒歩移動でJR新宿駅へ向かう。


 いつの時間でもそうだが、新宿駅は常にキャパシティオーバーな人口密度でごみごみとしている。用事がなければ赴きたくない街だ。


 人混みを縫うように進むと、小夜が俺の袖をつかむ。


「もっとゆっくり」


 俺以上に人混みに慣れていないらしい。


「思ったより時間がない。手を繋いでいこう」


「待ち合わせてる人はもう着いてるの?」


「連絡は来ていないが着いてるだろうな」


「どこで待ち合わせ?」


「東口だ。このまままっすぐ歩けばいい」


「私が参加するのは伝えてある?」


「伝えてあるから心配ない」


 そんな話をしながら路地を進み、新宿駅東口改札前に到着する。しかし貝木の姿はない。

 時刻は十九時四十五分。彼女が先に待っていてもおかしくない時間だ。


 ――キオスク前にいないのか……。


 新宿駅は南口、新南口、東南口、東口、中央東口、西口、中央西口……と、その他にも改札口が存在している。正気とは思えない駅である。貝木は東京に住んでいるわけではないので、久しぶりの迷路に彷徨っているかもしれない。

 三が日も終わる今日は往来もいっそう激しく、夥しい人波に待ち合わせの相手を探すのは苦労しそうだ。


「お、いたいた。囮」


 後ろから声をかけられて振り向く。


「よかった、探そうかと思ってたところだ」


「明けましておめでとう」


 貝木は腰まで届く長い髪を鮮やかな赤色に染めていた。


「明けましておめでとう。派手になったな」


「副業の影響でね。それで、お連れの方は?」


 貝木は俺の隣に立つ小夜に気付くとにこやかに会釈をする。


「饗庭小夜だ。仕事を少し手伝ってもらってる」


「饗庭ちゃんね。はじめまして」


「はじめまして、よろしくお願いします」


 貝木は小走りに距離を詰めて握手を求め、小夜が応える。

 本物の大人の女性。それもアパレル系の仕事もしているとなると俺も緊張する。

 小夜が未成年だと明かすべきかどうか、俺は貝木の出方をひそかに伺っていた。


 小夜は握られた手を揺すられて、動揺しながら貝木と見つめ合う。貝木の視線は素早くシャツの襟と唇、アイラインと移動し、もう一度「よろしくね」と言った。


「派手な見た目で絡んでやるなよ。怖がられるぞ」


「私は貝木 もみじ。『貝木さん』でも『椛さん』でも『お姉さん』でも好きに読んでね」


「はい……あの、貝木さん――」


 恐る恐るというような態度で小夜は続ける。


「尾鳥さんと同期なんですよね? そのぅ……」


 視線は貝木の向こう。都市の冬空を見上げている。


「……なるほど」貝木は未だ小夜の手を放さず、「饗庭ちゃんには見えるのね」と言った。


 俺は何のことかわからず、小夜の視線の先を追った。新宿のビル街に切り取られた空は煌々と輝き、別段おかしなものはない。


「何か見えてるのか?」俺は貝木に訊ねる「悪霊でも連れてきたんじゃないだろうな」


「私はちゃんと除霊してきたから」貝木はおどけて言う。


「じゃなくて、……そうじゃなくて、その、後ろに……」


 小夜は指先で指し示す。

 暴力的なまでに夜を追い出す都市の灯……いつもの新宿にしかみえない。


「後ろってどこだよ?」


「見えてないの? え、ほんとに言ってる?」と小夜は共有できない恐怖を溜め込んで、不安そうな顔をする。


「大丈夫、怖がらなくていいよ。今夜はまさにそいつが目当てなの」


 貝木は全て理解しているような態度。


 ――待てよ……?


 貝木の言葉から察するに、もう『龍』が姿を現しているのか?


「変だな。俺には見えない」どれだけ目を凝らしても、『龍』を視認できない。


「嘘!? あんなに大っきいのに」と小夜。


「まぁまぁ、時間はたっぷりあるから。とりあえず飲みまひょー」


 貝木は呑気にそう言って、そこにいるはずの『龍』を無視して歩き始めた。

 俺は何度も振り返り、依然として見えないことに歯がゆさを感じながら、貝木について歩く。


「なんで俺には見えないんだ? 貝木、お前は見えてるか?」


「私もまだ見えてなーい。饗庭ちゃんは『龍』と相性がいいみたいね。呼んできて大正解よ」





 新宿上空に可視化を始める超広域浮遊バクテリア群……『龍』。

 現在時刻は二十時。行き交う人々は、誰も空を見上げない。


 腹が減っては戦はできぬ。俺たちは三丁目方面に進み、雑居ビルの中にある居酒屋へ入った。掘り炬燵式の個室で男女に分かれ、三人が座る。

 店は新年から稼ぎ時らしく、薄い壁越しに酔いどれのにぎやかな声が漏れ聞こえる。


 最初の注文を決めるため、俺はメニューを開く。


「とりあえず貝木は生だろ」


「え、みんなは違うの?」貝木は信じられないという顔をした。「初めは生でしょ。生三つ」


「俺まだビールわかんねぇんだよな」


「はっ、青二才が。じゃあ私と饗庭ちゃんは生で、オトリはカルピスね」


「そこまでガキじゃねぇ」


 貝木は軽快な会話のやり取りに笑い、俺もつられて口角が吊り上がる。小夜を成人として見ていることに安堵したのも大きい。何とか誤魔化せているようだ。

 さりげない視線のやり取りで小夜とアイコンタクトを送る。――お前は未成年だからソフトドリンクだ。


「小夜は酒が苦手なんだ。ジンジャーエールにするか」


「もう、最初は生ビールがお約束でしょ! 『とりあえずビール』。『とりビ』よ『とりビ』!」


「うるさいなぁ」


「じゃんけんで言えば最初がグーと一緒! 残しておくべきミームよミーム!!」


「お前はもう酔ってるのか?」


「もはや生ビールよりも生ミームを頼むしか……!」


 貝木は乾杯する前からやかましい。


「ジンジャーエールって何だっけ? 私が飲めるやつ?」


 と、小夜が言うので俺は少々驚きながらも説明する。


「いや、ジュースだよ。生姜シロップの炭酸割。俺はシャンディガフにしようかな」


「ジャンディガフって何だっけぇ? ジュース? ねぇジュース?」


「おまえは知ってるだろ! ビアカクテルで歩み寄ってるだけありがたいと思えアルハラ女!」


 貝木の茶々に突っ込みながら、呼び出しボタンを押す。

 店員が来るまでの間に選びたいから、と貝木がメニューを引き取った。

 さして待たずに店員が個室の暖簾をくぐり、注文をうかがう。


「あ、生一つとー、ソフトドリンクのジンジャーエール、あとダブルカルチャードで。お願いしまーす」


 店員は慣れた手つきでオーダーを入力すると、さっさと戻ってしまう。


「なんだ? ダブルカルチャードって」


 俺は貝木に冷たい視線を送る。思うにそれは俺が飲まなければならないものだ。


「シャンディガフと同じよ、半分はビールでできてる」


 二分と待たずに三人の飲み物がそろった。

 貝木の言う通り、俺の前に置かれた酒はビール由来の細かい泡がグラスに盛られている。液体の色は、やや白く濁りがあった。


「駆けつけ一杯! それじゃあ乾杯!」


 貝木は楽しそうに音頭をとって杯を掲げる。

 あとに小夜と俺が続く。


「お疲れ様ですー」「お疲れーぃ……」


 一息に酒を呷り、喉を鳴らす。

 なるほどダブルカルチャード……確かにビアカクテルだ。

 苦みと甘みが両立しているのが『ダブルカルチャー』という名前の由来か。

 この甘みは――


「カルピスじゃねぇか!!」


 ガキ扱いしやがって! と俺が声を荒げると貝木は大笑いして、小夜も楽しそうにけたけたと笑みをこぼす。


 楽しい夜が始まった。

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