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CRUMBLING SKY  作者: 莞爾
第二話 機械仕掛けの幻想 上
6/19

不死の帯域:杵原真綸香

 夜。

 仕事の時間である。


「昨日の公園じゃないんだね」と、後ろをついて歩く小夜が言う。


「あそこは武蔵関公園。今日は東伏見公園の方に行く」


 マンションを出て東伏見駅を西武柳沢方面に進むと、左側に鳥居が現れる。

 道路に跨る赤い鳥居を潜り、東伏見稲荷参道を真っすぐ歩いていけば目的の公園にたどり着く。


 時刻は深夜二時。小夜のような未成年は本来出歩いてはいけない時間だ。

 まだ肌寒い風が吹く今夜、彼女は買ったばかりの服を着こんで、上着は俺のアウトドアパーカーを羽織っていた。


「なんか公園ばっかり行くね」


 小馬鹿にしたような視線で言う。小夜にとって社会人のイメージは朝に出勤するサラリーマンしかないのだろう。

 夜に公園をふらついているのは寝床を探す浮浪者か、精神に問題を抱えた不審者ぐらいのものだ……そんな偏見の目が痛い。


 俺のこれは、立派なフィールドワークなのだと証明しなければ。


「この地域には武蔵関公園と東伏見公園、あと武蔵野中央公園の三つがある。その地点を線で結ぶと三角形を描く」


「都市伝説にありそう」


「そして公園の一つが神社なのも大きい。帯域共鳴現象の条件が揃っているんだ」


「幽霊が現れやすくなるんでしょ?」


「そう。大気中の浮遊バクテリアが微弱な電界の影響を受けて霊素可視化現象を引き起こす。人間の脳波や土地の電磁波にも感応する。幻覚災害時は古いネット回線が原因だな」


 俺は続ける。


「だから今では国営の極微細コンピュータの回線だけを残して、古い規格のネット回線は全て停止している。混線が解消したことで集団幻覚は滅多に起きなくなった」


「国営化はわかるけど、なんで浮遊バクテリアを残したの? 大変な事件が起きたんだから古い回線を残せばいいのに」


「……幻覚災害が起きた時点で、大気には回収しきれないほどの極微細コンピュータが散布されていたからな。多少の不具合は俺たち調整員が対応すればいいと考えているんだろう」


「ん……? まって、それなら国営のネットワークを管理してる仕事ってこと? 公務員なの?」


「公務員ではないな。周波数調整員は民営企業だ」


「稼ぎは良さそうだけど」


「……否定はしないが、浮遊バクテリアバブルが弾ければ一気に稼げない仕事になると思う」


「なぁんだ」


 小夜は少し残念そうな顔をした。簡単に稼げる仕事だと思ったのだろう。

 実際うまくやれば相当な報酬が得られる。俺の同期にもかなり羽振りがいい奴を一人知っているが、あいつは幽霊退治ゴーストバスターとしてかなり危険な仕事を任されている。

 幻覚は人を死へ誘う。世界同時多発集団幻覚だって、たった三ヶ月で人類の二割を殺した。楽して稼げるわけではないのだ。


「それで、幽霊を見るにはどうしたらいいの?」


「昨日と同じ。じっと待つ」


「ふぅん……ここが待ち合わせ場所ってことね」





 時刻は三時になった。

 西東京市は都心部から外れているが、練馬区の眠らない光が届いているためこの時間でも真っ暗闇とはならない。


 大蛇のように車両を連ねた貨物線が、千駄山ふれあい歩道橋の下をいつまでも走行していた。


 俺は歩道橋の隣にある木造デッキへ上がり、欄干にもたれた。背中に触れる金属のひやりとした温度が少しずつ馴染んでいく。


「……何も起きないよ」小夜が手のひらを擦り合わせながら寒さに耐えている。


「俺ほど敏感ではないみたいだな」


「尾鳥さんにはもう見えてるの?」


「ああ。小夜にも少しずつ見えてくるはずだ」


 俺は木造デッキの中央を指差す。

 そこにはぼんやりと光る煙のような、夜闇に馴染まない白い粒子の集合体がある。空間にホログラムを展開し、不定形に変化し続けるフラクタル図形が人の形へと成長する。


「……あ、うそ……見えてきた……」興奮を押し殺しながら、小夜は「すごい、すごい……!」と繰り返す。


 浮遊バクテリアの立体投影が少女の姿に固定され、デッキに降り立つ。

 見た目は十四歳ほど。小夜より背も低く、中学生程度の見た目である。

 肩にかかるあたりで切りそろえられた黒髪は僅かに癖のあるうねり毛で、病衣を纏い、いかにも幽霊然とした姿の中にも可愛げがあった。


「やっほー囮オトリ。お待たせー」


「おう。だいぶ待ったぞ」


「え? 話せるの?」


 小夜は年齢相応の無邪気さで興味を示すが、幽霊が怖いのか俺から離れず、近付こうとはしない。


「そりゃ話せなきゃ仕事にならない」


「見ない顔だね、誰さん?」


 杵原は俺に近付いて服を引っ張り、説明を求めた。小夜は身を隠すように背中に回る。


「訳ありで保護してる家出娘だ。名前は本人から」


「あ、えっと」小夜は戸惑いながら杵原と俺を交互に見て、「饗庭小夜です」と短く名乗った。


「初めまして。僕は杵原真綸香。訳あって死ねない女の子だよ」


 不穏な自己紹介とは裏腹に破顔一笑。

 小夜は愛想笑いをして、俺に視線を送る。

 距離を近づけるにはもう少し手助けが必要そうだ。


「そうだな、仕事内容から改めて説明しよう」俺は杵原と小夜から離れ、二人の前に立つ。「今日の仕事は『不死の帯域:杵原真綸香』の観察。及び話し相手になること」


「うむうむ」杵原は頷く。


「……そんな仕事だっけ?」小夜は首をかしげる。


 二人は正反対の反応をした。


「昼に話したこととは違うな。『幽霊退治ゴーストバスター』と言ったが、この案件はそんな肉体労働じゃない。

 杵原はな、肉体が植物状態となった今も、意識だけを周波数帯域に残している稀有けうな例だ。何故そうなったのかは……言わない方がいいか」


「いや、別に隠すことじゃないよ」


 杵原は言葉を継いだ。


「簡単な話だよ。僕は修学旅行のバス移動で事故に遭って、死にきれませんでしたー」


「……って感じだ。調査資料によると――」


「ま、待ってよ」小夜は俺の説明を遮る。「急にいろいろ言われてもわかんないって! えっと、不死の帯域って何なの?」


「それを説明するには、通常の周波数帯域から話さないといけない。

 普通、死者の魂は体から抜けて消滅するまでの僅かな猶予があるんだ。俺たちはこの魂を業界用語として『霊素』と呼んでいる。

 霊素は割と浮遊バクテリアと感応しやすいから、幽霊となって現れたりする。ここまではわ解るか?」


「なんとなく」


「よろしい。で、普通の霊素は幽霊として現れても一夜限りしか持たない。浮遊バクテリアの感応しやすい周波数から外れて、あとは自然消滅する。

 杵原が特殊なのは、浮遊バクテリアが形成するネットワークの中でも『不死の帯域』と呼ばれる周波数にとどまり続けていることだ。幽霊で例えると地縛霊だな」


 小夜は眉間にしわを寄せながら「なるほど」と呟く。


「何で杵原さんだけ死にきれなかったの? 他のクラスメイトは?」


「そこで、調査資料だ」俺は通信端末を操作する。「事故現場は福島県の山道で、対向車と修学旅行のバスが衝突。……そのままバスはガードレールを突き破り、道路からはみ出した車体から崖へ数名の生徒が落下。死者は落下した杵原を含め十五名の生徒。バスの中に残った他の生徒も重軽傷の大事故だ」


「じゃあ、杵原さん以外の落下した生徒は即死……だよね」


「僕は川の水深が深い場所に落ちたんだ。全身を川底に打ち付けられたけど、おかげでまだ死んでなかった」杵原が補足する。


「川に転落し、意識不明となった杵原は病院で治療を受けた。外傷と低酸素状態で大脳はダメージを負い、植物状態となった」


 再び杵原が補足する。


「クラスメイトも同じ病院で治療を受けたけど、手の施しようがなかったみたいだよ。僕も絶望的な状況だったけど、親がそれなりにお金持ちだったから、高額な治療でも全部受けさせてくれたみたい」


 そう語る彼女の声は、少しだけ気落ちしていた。

 あらゆる手を尽くしてくれた親と医師の努力も虚しく、今は幽霊になっているのが申し訳ないのだろう。


「身体は今も、生命維持装置に繋がれている」


「生き返ってあげたいんだけど、なんか無理っぽいんだよね。困ったこまった。

 ……ここからは憶測だけど、その生命維持装置を介して、浮遊バクテリア側に意識が移動しちゃったみたい。幽体離脱のまま、もう何年もここに留まり続けているのさ」


「……はー……」小夜は理解が追い付いているのか怪しい返事をした。


「どう、どう?」杵原は無邪気に詰め寄る。


「いや、どうって言われても……! ていうか、死んでる割に元気すぎない……!?」


「くよくよしてられないでしょー。今じゃ生きてた年数より、幽霊としての年数が長くなっちゃったんだから」


 杵原は笑う。


「今何歳だっけ」


「人間で十四歳と地縛歴十五年。合わせて二十九だけど、四月まではぎりぎり二十八歳」


「あ、新年だもんな」


「……はあ、なんかすごい疲れた」小夜は目の前の幽霊に生気でも吸い取られたかのようにデッキにしゃがんだ。「……ちなみに尾鳥さんは何歳?」


「俺は二十五」


「年下だった……」


 小夜の言葉に杵原は慌てて取り繕う。


「いやいや、僕は永遠の十四歳だから」





 その後は小夜と杵原の二人で雑談に花を咲かせる。


 やはり女同士だと話題は尽きないのか、杵原はいつもより饒舌で楽しそうにしていた。小夜も初めこそ人見知りのような態度だったが、杵原に影響されて早くも打ち解けている。


 俺は二人の時間を邪魔しないように、少し離れた四阿あずまやに腰を落ち着かせて、会話ログを通信端末に記録していた。

 音声入力のため、データはあっという間に膨れ上がっていく。


饗庭「地縛霊になってから、尾鳥さん以外には会った?」


杵原「ううん。基本ひとりぼっちだよ。親に会いに行こうかなーって思ったけど無理そうだし」


饗庭「それは寂しいね」


杵原「だから新しい友達は大歓迎。特別に、僕が練習している『初対面の人と仲良くなる方法』を披露しようと思うよ!」


饗庭「健気な努力……是非どうぞ」


杵原「まずは世間話から」


饗庭「無難に天気の話かな?」


杵原「では、『そこのお姉さん、かわいいね』」


饗庭「ナンパかよ! 結構です結構です」


杵原「ちっ、釣れないか」


饗庭「嫌なナンパだ……」


杵原「次はー……『好きな食べ物は何ですか?』」


饗庭「これはまともっぽい。えーと、焼鳥が好きかな」


杵原「それなら美味い店知ってるんで、僕と一緒に飲みません?」


饗庭「やっぱナンパだ! 結構ですから! ……っていうか地縛霊はお店行けないでしょ」


杵原「あれー? 全然仲良く出来ないな」


饗庭「世間話なんだから、天気の話とかでいいんだよ」


杵原「そう? じゃあ、『今日は暖かいですねー』」


饗庭「いや寒いよ! 一月の夜は全然寒いよ」


杵原「この体じゃ気温が分からなくて」


饗庭「幽霊に天気の話は無理か」


 ――仲は良さそうだ。


饗庭 「地縛霊ってさ、日中は何してるの?」


杵原 「ん-? 基本暇してるよ。ずっとダラダラしちゃって」


饗庭 「いいなぁ……学校にも会社にも行かないんだ」


杵原 「『試験も何にもない』――でも、このままでいいのかって最近不安なの。大人になったとき綺麗なお姉さんでありたいし」


饗庭 「幽霊が? 大人に……なれるかなぁ」


杵原 「ダラダラしすぎて太ってきたし」


饗庭 「太れるもんなんだ、幽霊」


杵原 「そ。だからダイエット始めたんだー」


饗庭 「え……?」


杵原 「食事制限とかね、本格的なやつ」


饗庭 「幽霊が?」


杵原 「夕方にはランニングしたりー」


饗庭 「幽霊が??」


杵原 「ヨガとかも極めちゃってー」


饗庭 「幽霊が!?」


杵原 「最近は空も飛べるようになったのさ!」


饗庭 「幽霊だからでしょ!」


 杵原の冗談に小夜が突っ込みを入れて、二人は楽しそうに笑っている。





「尾鳥さんとはどんな話をするの?」


 小夜は雑談もそこそこに、少し真面目な話題に踏み込んだ。


「んー、僕もいい年だからね、饗庭ちゃんには言えないかな」


「え、そんな話してるの……?」


 俺は通信端末の文字を目で追いながら「永遠の十四歳じゃなかったか」と割り込む。

 杵原は聞いていないふりして小夜の耳にそっと呟く。こちらには聞こえない声でなにか伝えたようで、小夜は信じられないと言いたげな顔で俺を見た。


「意外と初心うぶだね。かわいい」


「あんまり小夜で遊ぶなよ三十歳」


「二十八!!」


 今日一番の大声が杵原から発せられた。

 これだけ盛り上がっている会話も、見えない人には聞こえないのだ。

 せっかく小夜が仕事の話に戻してくれたので、俺も会話に参加する。


「普段はもっとつまらない話ばかりだ。例外案件……不死の帯域にいる他の幽霊の情報とか」


「杵原さん以外にもいるんだ?」


「いるぞ。三人。資料によればどちらも好き勝手に暮らしてるらしい」


「どんな風に?」と言う小夜の横、杵原は少し心配そうに目を細めた。


「あんまり気分のいい話じゃないぞ」


「いいよ」小夜は俺の警告を意に介さない。


「怖い話になるよ」杵原が念を押して確認する。


「頑張る」


 小夜が言うと、杵原はそっと手をつないだ。

 俺は資料を読み上げる。


「不死の帯域:佐藤太郎(仮)」


 ――経緯、借金苦により飛び降り自殺を試みたが失敗。

 病院で一命を取り留めたが頭骨の陥没骨折と半身麻痺に苦しみ、一時帰宅の際に服毒自殺を試みたと推定される。救急隊が対応していた際に世界同時多発集団幻覚が発生。佐藤太郎(仮)は、災害に巻き込まれる形で不死となった。


「死にたがってたのに死ねなくなっちゃったわけだ」杵原が言い添える。


「彼は今も、自分が住んでいたアパートで死ぬ方法を模索している。と、書いてある。新たに入居者を入れることができないため、解決に向けて経過観察を続けているみたいだな」


 俺は資料の一枚目を読み上げたところで切り上げた。続く報告書のページは、佐藤太郎氏の傍迷惑な自殺奮闘記が書き連ねられていたので読み聞かせる訳にはいかない。


「死にたがりは大変だね」杵原はあえて軽口を言う。


「もう一人は?」と小夜。


「二人めの方は、また毛色が違うな」


 小夜が聞きたそうな目で見つめるので、俺はその報告書を読み上げ始める。


「ええと、……不死の帯域:封月ふうづきあかり


 ――経緯、世界同時多発集団幻覚の発生時、東北地方で百鬼夜行が出現。

 それを一人で祓ったのが封月燈なのだそうだ。


「ん……? 聞く限りだと幽霊退治してる強い人って感じだけど……」


 小夜は首を傾げる。


「この封月燈っていう人も幻覚の存在らしい。一人の娘を守るために現れた……言い換えれば守護霊ってことだな。あまりにも強い上に他人に害意がないから特例として不死の帯域にカテゴリー分類されたみたいだ」


「杵原さんに、佐藤(仮)に、封月さん。……ばらばらだね」


「どれも特例案件だからな。杵原は脅威レベルが低いから俺でも担当できるけど、普通は専門の調整員しか受け持てない」


「他二つはどんな人が担当してるの?」


「貝木椛って女だ」


「椛か……」と、杵原はわけ知り顔で呟く。


「その女の人が二つとも担当してるの?」


「ああ。自慢じゃないが知り合いだぞ。俺の同期だ」


「へへ、本当に自慢にならないね」杵原は小馬鹿にしたように笑みを浮かべた。


 ともかく、小夜のおかげで杵原との経過観察はだいぶ楽に済ませることができた。

 空はうっすらと白み始め、通信端末を確認すると退勤時間が迫っている。


「もう朝だな」


「今何時ー?」杵原は背伸びをして空に浮遊する。


「五時。経過観察は順調そうだな」


「ねぇ尾鳥さん」小夜が問いかけた。「この経過観察って最終的にどこに向かうの?」


「……さぁ?」


「『さぁ?』って、不死の地縛霊なんでしょ? 杵原さんはいい人だから問題ないかもだけど、佐藤太郎案件は何かしらの解決をするんでしょ?」


「不死の帯域は前例が少ないからな。対処法は特に決まっていない」


「じゃあ杵原さんはどうなるの?」


 小夜の問いに俺は答えられない。


「僕は神にでもなろうかな」


 重苦しい空気になる前に、杵原はそんなことを言う。


「ほら、ちょうど神社も近くにあるし、綺麗な大人のお姉さんになって、たくさんの人に崇められるのさ」


「……不死には可能性と時間があるからな、頭ごなしに否定は出来ない」


 もしかしたら、浮遊バクテリアを介して遠い未来に顕現するかもしれない。


「饗庭は?」


「え?」


「これからどうしたいのか、目標だよ」


 杵原は問い返す。未来のこと。将来のことを。


「うーん。……目標か……」


 饗庭は欄干に肘を置いて街を眺める。


「尾鳥さんと会ってまだ二日しかたってないのに、いろいろなものが見れた。視界が開けた気がするんだけど、まだ先のことはわかんないや」


「……つまり?」


「つまり、もっといろいろなものを見たい。それが目標かな」


 小夜は振り返り、俺を見つめる。

 最初にあったときとは別人のような、微笑みの柔らかさ……。


「いいじゃんいいじゃん」杵原はにっこりと笑う。「オトリの目標は?」


「俺か? ……そうだな――」


「私の第一シンパかな?」


「それはない」


 俺と杵原が笑う。


「そういえば、杵原さんが尾鳥さんを呼ぶときの発音って変じゃない?」


「あぁ、仕事では『囮』って名乗るからイントネーションが違うんだ」


「何で囮なんて名乗ってるの?」


「調整員は面倒事に首を突っ込む仕事だけど、俺は面倒事に巻き込まれる体質なんだよ。だから職場内で『囮』って呼ばれ始めて、そう名乗ることにした」


「囮は夜に公園にいるだけで仕事が舞い込むもんね」


「へぇ……いいな……」


 小夜は羨ましそうに俺を見た。

 会話を遮るように始発電車が走り抜ける。仕事上がりの時間だ。


「よし、俺たちは帰る。じゃあな」


「じゃあまた。……饗庭ちゃんはまた連れて来てくれるの?」


「本人次第だな」


「私はまた来たい」


「じゃあ決まりね。おやすみー」


 こうして、不死の帯域:杵原真綸香は朝日に溶けていった。

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