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CRUMBLING SKY  作者: 莞爾
第六話 機械仕掛けの幻想 下

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12/22

夜に待ちぼうけ

「……それで?」


 時刻は二時。

 俺たちは東伏見公園の木造デッキにいる。


 杵原はご機嫌がよろしくないようだった。


「『龍』のほうを優先して僕は一人ぼっちだったんだね」


「連絡は入れたろう」


 膨れ面で不貞腐れている杵原に、俺は弁明する。

 日程変更はメッセージを送ったはずだ。通信端末の送信履歴にもはっきりと証拠が残っている。


 だが、杵原が癇癪を起こしているのは、メッセージの行き違いではない。


「当日に言われても寂しいんだよ!」


「そう言われたら謝るしかない。すまん」


「ヤダ! 心がこもってない!」


 杵原は地団駄を踏もうとするが、浮遊バクテリアのホログラム体では地面を踏み鳴らすことはできない。怒りを表現する手段を持たない少女の姿はどこか滑稽だった。


「今日はその分たくさん話そ?」


 小夜が宥めるように微笑みかける。

 その穏やかな表情は昼間に泣いていた姿が嘘のようだ。


「そりゃ話すけどさぁ、どうせ土産話でしょ? 私を置いて楽しんだ新宿の話するんでしょ?」


「話しづらいやつだな」


 俺は雑談係を小夜に任せて、ベンチに腰を下ろした。


「聞きたくないなら別の話にしよっか?」と小夜は言う。


「あー! 龍を見に行って楽しんだくせに勿体ぶるー!」


 杵原はもう手当たり次第だった。

 構って欲しいという気持ちが先行し過ぎて面倒な人になっている。子供の外見も相まって、厄介そのものだ。


 話し好きな人間なら杵原の態度も気にしないのだろうが、小夜にそこまでの図太さは期待できない。たじたじになっている小夜に助け舟を出すため俺が導入を語ることにした。


「貝木に誘われたんだよ。今年の龍は新宿に出るから飲みに行こうってな」


「椛が? わざわざ新潟から見に来たってこと?」


「そう、貝木椛だ。当日の朝に連絡が来たから杵原に伝えるのも急になってな。夕方から飲みに出かけて、龍を見に行った」


 俺はそこから小夜に目配せして、続きを譲る。


「杵原さんと貝木さんて知り合いなの?」


「そうだよ。元々この公園を担当してたのが椛だもん」


 小夜は話が繋がったという顔をする。


「んで、椛は私のこと何か言ってた?」懐かしい名前に杵原は興味を示すが、残念ながら貝木は何も言っていない。


「あー……」


 小夜は言葉を濁す。


「なんでよぉ!?」


 杵原は再び癇癪を起こして公園で地団駄を踏む。

 どれだけ暴れても無音なのでかなりシュールだ。


「僕と椛って結構仲良かったはずなのに、酷くない?」


「それはそうだな」


「ていうか、囮も私の話題を振ったりしないわけ?」


「あー……」


 俺は言葉が続かない振りをした。


「くぬぅ……!」


 杵原は期待通り身を捩って癇癪を披露する。

 というより怒りに任せてツイストを踊り出した。


「あははっ、なにそれ」


 小夜は吹き出して笑う。東伏見公園の夜に楽しげな談笑が響く。





 不死の帯域に棲む地縛霊『杵原真綸香』との面談を小夜に任せ、俺はいつも通り端末で報告書を作成する。ここ数日は案件を抱え込んで忙しいので、書類作成は難航していた。


 小夜の話題は杵原が危惧していたとおり、もっぱら龍について語られた。


「すごかったよ。鏡みたいな皮膚に目玉の魚が泳いでてさ」


 杵原はいまいち姿形を想像できずにいた。舌を出して嫌がっている。


「でかくて気持ち悪いだけじゃん。何がいいの?」


「違うんだよ。気持ち悪いけど、もっとこう……神秘? 的な?」


「街の明かりをぴかぴか反射してて、皮膚に魚が泳いでて、その魚のお腹に目玉がある……どこが龍なのかわかんない」


「初めて観測されたのがたつ年の三が日だったから『龍』と呼ぶようになったんだ。毎年恒例のものだが、巨大な異形であることはいつも共通してる」


 俺は由来の説明のために口を挟んだ。


「杵原さんはもう二十八なんでしょ? 龍見たことないの?」


「西東京市は東京じゃないから」


 ――なんて事言うんだ。


 都会だけが東京じゃないというのに。

 ともかく東京都区部から外れている場所で地縛霊となった杵原は、残念ながら龍を見ることができない。


「あーもーわかった」


 杵原はやけくそに空を飛んで俺たちを見下ろして宣言する。


「こうなったら僕も龍になるんだから」


「できるの?」小夜は杵原を見上げて目を輝かせた。


「できるね。なんてったって成長期だから」


「もう三十だろ」


「二十八!!」


 杵原は俺の言葉に喰ってかかるように声を荒げる。

 今日はピーキーな性格してるな……。


「十四歳の設定で行かないと成長期を過ぎたことになるぞ」


「あ、確かに。……いやでも私は『永遠の十四歳』だから、いつまでも成長できないことになるかも……?」


 杵原は宙に浮かびながら腕を組んで考えている。

 こんなやつが龍になろうというのだから、おかしな話である。


「じゃあこうしたら良いんじゃない?」小夜は指を立てて提案した。「永遠に十四歳だから、永遠に成長期なんだってことで」


「おほぉー! 天才ジーニアスじゃない!?」


 それだ! と、杵原は興奮して奇声を上げる。


「ずっと成長期だから巨大化も可能! これで『杵原真綸香、龍になる計画』は見えたね」


「そうだね。で、実際のところなれるものなのかな?」


 ひとしきり杵原の冗談に乗っかり終えた小夜は、俺の方に訊ねる。


 不死の帯域に存在する彼女は、それこそ無限の時間と夢幻の可能性を秘めている。

 『龍』とは都市にわだかまる浮遊バクテリアからなる霊素可視化現象だから、論理的には杵原も同種のものなのだ。問題は規模の差だ。


 イメージの集合体が龍だと定義するなら、杵原が一人で大きくなってもそれは龍ではない。巨大化した杵原だ。


「一人じゃ出来ないな」俺は真面目な結論を提示する。


「なら仲間を集めるよ」


「どうやって?」


「僕みたいな地縛霊とか、植物状態の患者に呼びかけてみたら集まりそうじゃない?」


 杵原が不死になった原因は、生命維持装置を経由して特定の周波数帯域に意識をつなぎ留めたからだ。死に切れない者たちの意識を集めたら確かに『龍』にはなれるかもしれない。


「……問題が多いな」


「ほう、例えば?」杵原はふてぶてしく問いかける。


「仲間を集めるということは、生命維持装置を使って生にしがみつく患者を連れ去る事になる。これは大問題だ。

 延命治療を受けたはずなのに死んでしまうなら、杵原の体を保管している生命維持装置はリコールされるだろう」


「それはまずいね」


「あとは、集まった仲間の意識と混ざり合っていくうちに、『龍』にはなれるが『杵原真綸香』ではなくなってしまう」


「え、怖いこと言う……」


「あと……」


「まだあるの?」


 杵原はげんなりしていた。


「地縛霊同士がどうやって集まるかだ」


 俺の言葉に杵原も小夜も沈黙してしまう。そもそも東伏見公園から動けない杵原は、仲間を集める手段がない。


「なるほど。僕の夢がとても大きいってことはよくわかったよ」


「あきらめるつもりはないのか?」


「無いね! 仲間が集まらないなら、私が分身したらいいんだよ」


 分身――杵原の意識を浮遊バクテリア内で複写して、体積を増やすということか。

 確かにそれなら主人格は薄まらないが……。


「どうやって」


「それはまだわかんないけど。死ねない人生なんだもん、僕はでかいことを成し遂げちゃうのさ」


 杵原は宣言する。

 意外にもこの夜の面談は進展があった。杵原の今後の目標を報告書にメモを残す。


「ところで、オトリはどうなのよ。最近でかいことあったでしょう」


「は――」


 杵原にしては鋭い。

 俺は不意を突かれて取り繕うことができなかった。


「ほら、あったんだ」


「まぐれ当たりかよ……」


「いやいや、僕も馬鹿じゃないからね。いつもと違うことはわかるよ」


 ――可能な限り普段通りに振舞っていたつもりだが、どうやら杵原にはわかるらしい。


「年の功か、三十路は伊達じゃないな」


「二十八。二十八だから」


 軽口で流そうとした俺を小夜が見つめている。『いつもと違う』という言葉を聞いて、自分のせいではないかと考えたのだろう。「悩んでたりする……?」と問いかける。


「いや、小夜のことじゃない。別件の仕事でな、まあ厄介な案件があるのさ」


 時刻は四時。


 まだ夜闇は暗く、風は冷たい。

 木造デッキで立ち話をしているのも辛くなってきた。


「散歩しないか?」


 俺はコートのポケットに手を差し込んで、肩を震わせながら二人に言う。


「いいよ」と杵原。「公園内ならどこでも」


「……どこに行くの?」と小夜。


「この公園と並んで東伏見神社があるだろ。往復して歩くだけ」


 公園の舗道をなぞって神社へ進む。女二人の雑談は尽きない。

 『龍』の話題は尾を引いて、触った時の感触や都市に出現した時の驚きを、小夜は楽しそうに語る。


 少し後ろをついて歩く俺は明日の仕事について考えていた。

 武蔵関公園で、おそらく瀬川が待っている……。


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