表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
CRUMBLING SKY  作者: 莞爾
第四話 龍を追う者

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/22

新宿幻想

「東京都区部を円で結ぶ山手線がいわゆる《《陣》》だっていうのは饗庭ちゃんも知ってるわよね?」


「はい、有名な都市伝説ですよね」


「日本の行政はいつだってそうなんだけど、旧態依然としたシステムから乗り換えられない。とにかく腰が重いのね。だからあんな幻覚災害が起きてもなお、内部に旧ネットワーク設備をため込んでいるの。特に極微細ヨクトコンピュータはクラウドネットワークだから、設備替えでサーバー室を開ける必要がない。

 埃を被って化石みたいに眠ってる設備達が、山手線の内側にどれだけあるか……。上空では浮遊バクテリアが群がっている。さらに、年末年始に大量の人間が活動する。大勢が夜通しでメッセージを送り合えば、どうなると思う?」


 急な問いかけに困惑しつつも、小夜は腕を組んで考える。


「……帯域共鳴現象の条件が揃う……とか?」


 貝木は驚いた顔をした。

 付け焼き刃の知識で答えたようだが一字一句正解だ。


「饗庭ちゃん優秀ね。そう、帯域共鳴現象の条件が揃うの。都市全域という規模でね」


 注文した料理をつまみながら、貝木は小夜に対して熱く語っている。


オトリの仕事場も、公園で三角形を結ぶでしょ? あれの超広域版ってこと」


「だから出てくる幽霊も巨大……なるほど……」


 小夜は先ほど新宿駅前で見たものに納得がいったらしい。俺にはまだ見えなかったが、よほど大きな影を見たのだろう。


「それが『龍』の正体。都市全体が電界になって、大晦日から続く膨大なサーバー負荷によって出現するの。東京で毎年『龍』が出るのは言ってしまえば当然のことなのよ」


 小夜は難しい顔をする。


「龍が出てくる理由はわかったけど……結局なんなんですか?」


「浮遊バクテリアよ?」貝木は当然のことのように言う。


「そうじゃなくて、楽しそうに飲んでるってことは、仕事じゃないんですよね? 危ないものじゃないんですよね??」


 視線は俺に向いていた。

 貝木相手では笑い飛ばされてしまうと思ったのだろう。


「規模はでかいが濃度が薄いんだろう。幻覚災害みたいに誰でも見れる訳じゃない、調整員の適性がないとな」


「……あれ? 饗庭ちゃんには説明してなかったの?」貝木が首をかしげる。


「話してない。急な誘いだったし、その方が楽しいと思ってな」


「にゃるほど。先に見えちゃったから怖くなっちゃったか。……えっと、饗庭ちゃんは違法ドラッグってわかる?」


「え――」


 小夜は言葉が出ない。『知らないから』ではなく、あまりに心当たりがありすぎたがために戸惑ったのだ。

 だが、貝木は別に小夜の事情を見抜いたわけでなかった。小夜の戸惑いを気にすることもなく続ける。


「モルヒネとか、アンフェタミンとか色々あるけど、薄めて使えば麻酔や治療薬になるの。『用量が毒を作る』ってことね。幻覚災害や龍だって、同じことよ。浮遊バクテリアの見せる幻覚に変わりないけど、無害なレベルに薄まっているから楽しめる。

 『龍』は年始の特別なお祭りなの。見える人にとっての初日の出よ」


 ぴっと人差し指を立てて、貝木は結論付ける。


 ――龍が浮遊バクテリアの初日の出か……言い得て妙だな。


「饗庭ちゃんはもう姿を見たと思うけど、どんな感じだった?」


「え、っと……ビルのおっきいモニターから、映像が飛び出てる……みたいな、感じでした。壊れてるのかと思ったけど、そこだけザラザラして見えて、周りの誰も気付いてなくて……」


「混濁したネットワークが具現化しようとするから、しばらくは蚊柱みたいにぐちゃぐちゃしてると思う。いわゆるラジオの砂嵐だね。そこから時間をかけて周波数が整い、姿を現す。浮遊バクテリアが溜め込んできたイメージが結びついて、人間の想像を超える姿を生成するんだよ」


 貝木はうっとりして頬杖をついた。


「その姿は毎年ランダム。今年もどんな姿になるかわからないけど、私たちはそれを見て楽しむ。そういうお祭りなの」


「お祭り……」饗庭は言葉を転がす。その表情は少しだけ、期待と興奮を帯びていた。「じゃあ、私みたいに調整員以外も新宿に集まってるんですか?」


「見える人で、さらに情報を掴んでいる人なら、ここに集まってると思う」貝木は不敵に笑う。「でも……そういう人は結局、調整員になっちゃうものよ」


「そうなんですね」


「だってねぇ、そこまで見えちゃってる人って、世間ではもう道をはみ出してるでしょう? 片足突っ込んで『やっぱり辞めた』ができる人なら、龍なんて視えるはずないもの」


 小夜は感慨深そうに頷く。将来の進路として一つ展望が見えたようだ。


 視える人は、浮遊バクテリアに魅入られる。

 光に集まる羽虫のように、幻想の世界へと誘われていく。


 深夜に街を徘徊するような落伍者でなければ、幽霊とは出会わない。

 周波数が合わなければ『龍』の姿を見る機会は訪れない。

 真っ当な人間には縁遠い世界……。


 その点でいえば、間違いなく小夜は素質がある。

 この霊素可視化現象というオカルティックな夢がいつまで続くのかはわからないが、不良少女にも進路があるのだ。


 さて、三人の認識共有がひと段落したところで、改めて飲み物の追加注文をする。

 生ビールとシャンディガフとジンジャーエールが届くと、貝木は龍の出現を祝して二度目の乾杯をした。


「ぷはーっ! 美味い!!」貝木は旨そうに生ビールを呷り、立派な白髭を付ける。


「上機嫌だな」


「まぁね。『龍』の出現予測が来て新幹線飛び乗ったんだから。これを見ないと年が明けた気がしないわ」


 貝木はほろ酔いで笑う。蕩けた眼差しが俺を見る。


「お二人はどんな関係なんですか?」


 小夜は炭酸が昇るグラスを眺めながら聞いてきた。


「職場の先輩と後輩だ。俺が後輩で、付き合いは……もう五年か」


「そんなに一緒なの!? 歳はとりたくないわー」


 貝木はぼやきながら水餃子を頬張る。


「貝木はベテランでな。高校卒業してこの仕事にスカウトされる形で就職したんだろ?」


「そうよ。十七のときからバイトとして働いてた。ほら、世界同時多発集団幻覚イベントの年だったから。周波数調整員バランサーの発足メンバーよ」


「うわ……ベテランだ……」小夜は感嘆の声で呟く。


「その後に俺が転職して、担当地域が近いから関わるようになったんだっけな」


「そう。私の狩場を横取りしてきたの」


「横取り?」と小夜。


「武蔵関と東伏見公園はもともと私の縄張りだったもの。それをこいつが奪って――」


「奪ってない。引き継いだんだ。三年前に引っ越したんだろうが。『弟が事故った』とかなんとか言って」


「弟が事故にあって心配だから、新潟に戻ったの。あ、私新潟生まれなのよ」


「今実家か? 一人暮らしだと思ったが」


「新潟には帰ったけど親とは暮らしてないわ。賃貸で弟と二人暮し」


「えー、仲いいんですね」と小夜は少々のけ反る。家庭仲がいいことに驚いているようだ。


「普通よ普通。弟の彼女ちゃんとも仲良いけど……二人きりにはさせてあげないの」


 ひひひ。と貝木は意地悪に笑う。


「弟は幾つだっけ?」


「二つ下だから二十三」


「おお、小夜と同じだ」


 何気なく放った俺の一言。これが悪手だった。


「饗庭ちゃん二十三?」眉が怪訝そうに吊り上がる。「もっと若いと思ったけど」


「おお、二十三だよな」


「うん」


「……本当かなぁ……?」


 ひやりとする。


「そうだ。服!」俺は話題を変えた。


「服?」


「小夜の服をいろいろ買い揃えようと考えていたんだ。俺が選ぶより貝木に聞いた方がいいと思って」


「ちょい待ち。囮……あんたこんな若い娘と付き合ってるの?」


「い、や、付き合ってないが」


「じゃあなんで服のプレゼントなんか」


「プレゼントなんて言ってないだろ」


「『買い揃える』って、プレゼントとしか思えないでしょ」


「小夜は、……少々訳ありでな」


 この話題も悪手だと今更気付く。


 ――貝木に事情を説明することになる……芋づる式に隠し事が暴かれてしまう……。


 視線から動揺を悟られたか、貝木は小夜に向けて距離を詰める。


「ねぇ、饗庭ちゃんは今学生? それとももう働いてる?」


「あ……っと、働いてる? 感じです」


「どんな仕事」


「……コンビニバイトで」


「ふーん……大変ねぇ。ローソンかしら? ファミリーマート?」


「あー、ファミリーマートですよ?」


 ――まずい。


「ファミマね。この時期はおでんの販売もあって忙しいでしょう」


「そうですね……」


「おでんは何が好き?」


 小夜の目が泳ぐ。当然だ。やったことのない仕事についている設定で、さもよく知っている風に装う必要がある。

 単純に大根でも玉子でもいいはずの質問に思考する間が生じてしまう。『現場を知っていると思われたい』という心理が返答を遅くするのだ。それを見逃す貝木ではない。


「牛すじ串とかロールキャベツもあるのよ」


「あー、ロールキャベツ好きですね」


 小夜は完全に追い詰められている。もはやどちらが店員なのかわからないほど知識の差があった。

 貝木の提供した情報以上の会話が展開できていない視点で、もう黒だと見破られただろう。

 焦りからか、小夜は席を立とうとした。その手には電子タバコが握られている。


「あら、饗庭ちゃんタバコ吸うのね」


「はい、ちょっと失礼……」


 十七歳の限界だ。

 大人ぶる精一杯の背伸びが、喫煙者アピールなのだろう。


「はーい。気をつけてねー」


 貝木の声に感情が乗っていない。俺は酔いが吹っ飛んだ。

 小夜が煙草を吸いに席を外した後、仮面のような笑顔が俺を睨む。


「……囮」


「はい」


「未成年よね。すこし……いえ、かなり幻滅したわ」


「誓って手は出していない……! 聞いてくれ」


 貝木は槌を叩くように乾かしたビールグラスを卓に置いた。


「ええ。飲みながら聞かせてもらいますとも。お酒のおかわりいる?」


「あ、はい。シャンディ――」


「ダブルカルチャード」


「――……ダブルカルチャードで、お願いします」


 こうして俺は、新年の出来事を洗いざらい話した。未成年を連れ回している罰として、飲み物はビールのカルピス割りしか許されなかった。





 時刻は二十二時半。しこたま酒を飲み、肴に腹くちくなった三人は店を出る。


「いくらだった?」と貝木。


「ざっくり二万」


「とりあえずこれは奢りね」


「致し方ない」俺は貝木の言葉を受け入れた。


 未成年を保護していることは貝木に明かした。警察にも児童相談所にも頼れないことを伝え、今は仕事を手伝ってもらっているのだと。

 俺が会計を奢るのは、秘密にしていた罰ではあるがそれだけじゃない。小夜に似合いそうな服の提供とヘアーサロンの紹介料が含まれている。


「おー。だいぶ可視化が進んでるじゃん」


 貝木は駅前につながる大通りを見渡して『龍』を視認した。

 そこには液体金属のような、流線型のシルエットがビルの上空に聳え立っている。


 都市のきらびやかな明かりを反射する巨躯。

 足下を走る車はノーブレーキで龍に突っ込み飲み込まれていく。誰も姿が見えていない。反対に対向車線から龍の体をすり抜けて車輌が走り抜ける。


「ダイダラボッチみたいだね」貝木は言う。もう小夜の件で怒ってはいないようだ。


「不思議……」饗庭は恍惚と、しかし興奮に開いた瞳孔でその景色を眺める。「こんなに大きいのに、みんな『龍』が見えないんだ」


「量子の話、知ってる?」貝木がふいに言った。「ちょっとだけでも聞いたことあるでしょ? 『シュレディンガーの猫』とか」


「名前だけなら……有名ですよね」


「観測されるまで、猫は生きても死んでもいる。あの例えまさにこれじゃん。この龍も観測者に見られるまでは『いる』とも『いない』とも言えない。

 けど一度誰かが《《見た》》なら、世界にそれが《《在る》》ことになる」


 貝木は龍を仰ぎ見ながら、どこか楽しげに肩をすくめた。


「この街にいるのは、可能性の塊みたいな幻想。見てる奴がいるからこそ、こうして形になる。

 『見る』ってさ、世界に影響を与える行為なんだよ」


「じゃあ、俺たちが見てるから……龍は、いる?」


「そ。『波動関数の収縮』……量子が《《現実》》になる瞬間」貝木は指をぱちんと鳴らす。「ロマンだよ。空を覆う巨大な龍も、見つけてもらえなければ存在しないことになるんだから。こんなに目立っているのに、私達しか気付いてあげられないなんてね」


「見つけてもらえなければ存在しないことになる……」俺は腑意識に言葉を繰り返し、小夜を見つめた。『こんなに目立っているのに、私達しか気付いてあげられない』……彼女の境遇と龍の存在が重なっているように思えた。


 俺は新宿駅前交差点の鉄柵を背にして龍を見上げる。

 すれ違う人々は空に目もくれず、足早に通り過ぎていく。

 彼らは俺のことを、街頭広告を眺める暇な人間と認識しているのだろう。

 けれど俺には、確かに龍が見えていた。


「『龍がいるぞ』と叫んでも、誰も信じちゃくれないんだもんな」


「世界はそれを集団ヒステリと呼ぶ」貝木は自嘲して笑う。


「でも、奇麗……」


 小夜は目を奪われて離せない。感動しているのがわかった。


「同じ夢を見てるってことでしょ? すごく、綺麗じゃない……?」


「そうだな」


 例えこの龍が、多数決では存在しないものだとしても。

 集団ヒステリの幻覚だとしても。

 観測者は夜を共にし、同じ夢を見上げる。


 この経験が小夜の心に光を灯せるのなら、充分だ。


 可視化した龍が新宿のビル街に顕現している。

 質量のある巨大な幻想はまるで合成写真のようだった。

 建築物を破壊せずにゆっくりと移動していた。


 龍は長い首を降ろして駅前の方へと傾いだ。幸運にも正面からご尊顔を拝める機会が訪れる。

 夜空を滑る龍の首は、いくつもの建造物をすり抜けながら俺たちの目の前に覆い被さった。


「今回の『龍』は鏡みたいだね」


 貝木は言いながら、その鏡面反射する冴え冴えとした外殻に手を伸ばそうとする。

 反射して映る俺たちの姿は、複雑な流線形に沿って引き伸ばされたり圧縮されたりして歪んで見えた。鏡像の奥に目をこらすと、龍の表面を滑る魚影を発見する。


 それは手を伸ばしていた貝木の指先に向かっていた。


「おい、貝木」


 俺が伝えようとするより早く、魚影は龍の外殻からぷくりと顔を出す。

 鮭の稚魚と似た形をしているその魚影は、まん丸に膨らんだ腹に眼球を備え、きょろきょろと世界を見回している。


「おわ、びっくりした」


 貝木は手を引っ込めて、そしてまた手を伸ばす。背伸びをしても届くかどうかの距離がある。小夜にはちょっと怖いらしく、手を伸ばす勇気が出ない。


 魚は腹の眼球で貝木を見つめると一つ瞬きをして、ぐるりと白目を向いた。

 そのまま尾ひれを差し出して、貝木の腕に向かって突き出す。

 尾ひれが人間の手に変形する。

 指先同士が触れ合う。


 俺と小夜はその光景に息を飲んで見守り、貝木は声にもならない驚きの表情で「今の見た!?」と訴える。


 邂逅。

 そうだ。

 まさしくこれは、龍との邂逅。


 観測者と量子が出会った。


「わ、わ! ……すごい……!!」


 子供のような無邪気な反応をする貝木。瞳には龍の反射が写り込んで潤んでいるように見える。


 ふと視界の横に気配を感じ、俺はすぐそばまで迫る龍の外殻を見る。

 ここにも魚影が二つ。こちらの様子を伺っている。


「お、尾鳥……」小夜が俺を呼ぶ。


 俺は頷いて、手を伸ばしてみせる。

 それに続くように小夜も手を伸ばす。


 龍はおそらく、外殻の表面を滑る眼球によって俺たちを見ている。

 そしてコミュニケーションを図るように、握手を交わした。


 浮遊バクテリアで構成された手の感触は滑らかで、大理石に触れているような硬さがあった。これが幻想とは思えない、確かな質量を感じたのである。


 龍はいつの間にか消滅していた。

 俺たちは空に手を伸ばす三人として、往来の奇異の視線を集めていた。


「あ、あれ?」小夜は状況を理解して、慌てて腕を引っ込めた。「消えちゃった……?」


「いつも呆気なく消えちゃうのよ」


 貝木は名残惜しそうに掌を見つめて饗庭の疑問に答える。


「私たちって周りの人からはどう見えてたんですか? ずっと変人だと思われてたり……」小夜は己の奇行を俯瞰して、耳まで紅潮していた。


「貴重な体験が出来たんだから気にしない気にしない」


 まさに『集団ヒステリ』ってね。――貝木は愉快そうに笑った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ