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CRUMBLING SKY  作者: 莞爾
エピローグ
1/3

――昧旦《まいたん》の欠落者――

 饗庭あえば小夜さよは毒虫のように生きていた。

 しぶとく、強張りながら、じっとして動かなかった。


 彼女の母親はステンレスハンガーを握りしめ、うずくまっている娘の背中に振り下ろす。


 鋭い風切り音の後に、容赦のない痛みが爆ぜた。

 饗庭小夜は歯を食いしばり、目に涙をためて呼吸を浅く繰り返す。


 鞭打ち刑は断続的に、悪意を込めて不規則に、幾度も振り抜かれた。

 痛みの雨に打たれる最中、饗庭小夜は己の罪について内省していた。


 ……しかし、どれだけ考えても、叩かれてきた理由を理解できたことは、一度もなかった。

 なので彼女は、いつからかこの行為を当然のものだと認識し始めた。


 自然災害に悪意を求めないように、彼女は親の暴力も、ただの『そういうもの』だと思っていた。


 悲しいことに、彼女は親の理不尽を当然のことと受け止めていた。

 それ程まで幼い頃から、常習的に虐待行為は繰り返されていたのだ。


 ステンレスハンガーがすっかりひしゃげて使い物にならなくなると、母親は鞭打ちの執行を終了する。

 次に母親は、憔悴しょうすいして床に額を押し付けている饗庭小夜の頭に手を伸ばした。

 乱れた髪を鷲掴みにして持ち上げ、ごみ袋を捨てに行くような歩調で玄関まで引っ張り歩く。


 饗庭小夜は苦しい体勢のまま、母親の歩調についていく。

 ずかずかと進む母の脚と、散らかった廊下が視界に映る。

 母親は上がり框を裸足のまま出て、玄関の扉が開かれた。


 つかまれた髪が放られる。

 その勢いで頭から転げ落ちる。

 荒れた玄関先は冷え切っていた。


 とても寒いはずなのに、痛みのおかげで全身が暖かい。体からは湯気が立つようだった。

 饗庭小夜は、ほんの少しだけ清涼さを感じていた。


 視界の端、母親が扉を閉める姿が見えた。

 錠をかける音が一つ響いた後には、静寂が耳に詰まる。


 毒虫のように耐え凌いだ彼女は、やがてゆっくりと身を起こした。

 枯れ枝ばかりの庭に隠していたサンダルを履いて、まだ暗い昧爽まいそうの街を歩き出す。


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