ルーズな男は嫌い
「おっそいなあ、もう」
通りの向こう側にあるビルの屋上の大きなデジタル時計を睨み、左腕にはめた時計をイライラした気分で睨む。連絡が来ているかもしれないと思い、スマホを見る。その繰り返し×十一回。さっき少し遅れると連絡が来てから十七分経った。
年上を待たせるなんて、いい度胸じゃないか。それに時間にルーズな男は嫌いなんだけど。
…何かアクシデントでもあったのだろうか。
下ろしたてのハイヒールの踵を、駅前に敷かれている煉瓦色のタイルにコツコツと打ち付け、組んだ腕を解いてまた時計を見る。
本来の待ち合わせ時間から三十四分も過ぎている。
帰っちゃおうかな。
だいたい、オレと初詣に行きませんか、なんて誘ってきたのはアイツなんだし。
きみとデートはしないと言ったら友人を連れてくるからと言われて、それならわたしも知り合いを連れてくると言って、グループでの初詣企画がまとまった。
わたしの知り合いは急に予定が入って来られなくなったけれど、まあ…三人なら…それに予定が白紙になって暇だったからこうして来てあげたのに。
コツコツ…。
どうして彼女でもないわたしがこんなに待たされなくちゃいけないのか理解に苦しむわ。
それとも…やっぱり事故にでもあったのかな。
…コツコツ。
あと五分…七分待ってあげよう。それで来なければこっちから電話して帰っちゃおう。
すると…。
「そんなことをしたら、せっかくの素敵な靴が傷みますよ」
急に上から男性の声が降ってきた。
「遅い!遅すぎる。こんなに待たせてさ」
「なーんだ。着物じゃないんですね。七尾先輩の着物姿が見られると思ったのに」
「着物は着るのが面倒なんだよ。それに別にデートするわけじゃないから」
なーんだってなんだ!
腹が立ちすぎて、一瞬だけ絶句した。
この上背のある生意気な男は会社の後輩の黒崎玲。去年入社のW大法学部卒のホープ。なんだけど…。
確かに仕事はできる。しかしチームワーク精神に欠けているところがあり、勝手に先走って周囲に迷惑かけて、指導担当のわたしまで怒られて謝って…でも三年前の自分を見ているようで憎めなかった。
女に仕事を教えてもらうなんてプライドが許さないという心理が見え見えで、事あるごとに口答えして冷ややか反抗的な目をする彼の横っ面を、何度引っ叩いてやろうと思ったことか。
時間が経ち、ミスと失敗を乗り越えることで彼は徐々に周囲に馴染んでいった。
それまではいつも暗く険しい顔をして、笑顔なんて見せことがなかったのに、わたしにも周りの人間にも明るく振る舞うようになり、そうなると元々モデルのような端正な容姿のイケメンだったから、女子の間で人気者になった。
相変わらず生意気なヤツだったけど。
「それにしてもすごいファッションだね」
「ええ。先輩と一緒に初詣ですから当然です。それにてっきり先輩も着物で来ると思ったので」
紋付き袴の男なんて成人式以来だ。細身の身体。そして細面の黒髪に黒い和装がキリッと決まっていて、ちょっとカッコいい…かもしれない。でも約束の時間に大幅に遅れたのはマイナスだ。
「あのさ。四十二分も遅れて来てそれはないんじゃない?まず遅れたことを謝るのが先でしょう」
「四十二分もって…その二分の部分がきっちりしてる先輩らしいというか。細かいというか」
「ルーズな男は嫌いなんだ」
「そんなに細かいと男に嫌われる…」
「何か言った?」
横を向いてボソッとつぶやいても、きっちり聞こえてる。
「いえ。別に」
「細かいのは性分なの。それで男に振られてもしょうがないわ」
「振られたんですか」
「うん。去年のクリスマス前の…って、どうでもいいでしょ、そんなこと」
確かに「めんどくさい女」と酷い言葉をぶつけられ、半年付き合った彼氏に振られたが、後輩くんには関係ない。