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そんなこと、してませんよね⁉⑦

 レオナールを見つめ、「騙されるものか!」と念を送る。

 すると、彼から気遣わしげに言われた。


「食べたばかりですぐにボートに乗ると、酔うかもしれないから、少し休んでからにしようか?」


「ボートに乗るときは、私ってばいつも酔っていたのかしら?」


「いいや。頑丈だけが取り柄のエメリーだから……ないな」


「酷い言いようね」

 ふんっと拗ねて言った。


 そうすると、不機嫌な私の態度をものともしないレオナールが、幸せをかみしめるように反応した。


「いつだって元気だったのに、エメリーが目を開けないときは、もう二度とこんな幸せな時間は訪れないと思っていたからな……。正直、この場所に二人で来られたことが、嬉しくてたまらないんだ。だから俺はこのまましばらく、エメリーの顔を見ていたい気もする」


「それは何分見ていたら満足するのかしら」


「日が暮れるまで見つめていても、飽きないな」


「──もう! 真面目な顔で何言ってんのよ!」


「ははっ、嘘じゃないぞ」


「そんなの照れちゃうから、ボートに行きましょう」

 彼を急かすようにして、『彼に嫌われる』という、今日の達成すべき目標を終えにかかる。


 ◇◇◇


 何の意味もなさない七番のスワンボート。ジンクスなんて存在しない。


 ただ単に、そのボートが前のお客さんによって、しばらく戻って来ないことを知っていたから、ありもしない「乗ると、幸せになれるジンクス」をでっち上げただけである。


 だから、乗ったからといって何のご利益もないのは言うまでもない。


 今、私たちの中だけで「幸運を呼ぶスワン」に昇格したボートへ、レオナールに手を取られ乗り込んだ。


 その次の瞬間だ。

「あっ、ぁあ、あっ」

 ボートがゆらゆらするため、足元がおぼつかなくなり、先に乗り込んでいたレオナールに思わず抱きついてしまった。


「大丈夫か」

「ごめんなさい」


「いや、俺の手の取り方が悪かったんだ。次のために、もっと勉強しておくから」


「いいえ。初めてだったから、ボートが揺れるって認識がなかっただけだし、次は大丈夫よ」


 いつもスワンボートに乗っていたのなら、レオナールは大きく揺れることを知っていたでしょうに。


 私と同じレベルで動揺する時点で、彼にとってもスワンボートが初めてだと、言っているようなものだ。


 そんな彼がおかしくて、くすりと笑うと、ゆっくりとシートに腰を下ろす。


 私が顔を上げ前を見据えるのを確認したレオナールは、ゆっくりとペダルを漕ぎ始め、ボートは静かに動き出した。


「エメリーが俺との幸せを意識してくれているみたいで、嬉しいよ」


「今までも、私たちはここのスワンボートに乗っていたんでしょう。それならどうして私に合わせてくれたの? レオナールにとってはどれでも良かったんじゃない?」


「俺は何度もエメリーと出かけているが、エメリーの記憶の中では今回が初めてなんだ。一生想い出に残るんだから、大事にしたいだろう」


 随分とできる恋人を演じ続けるレオナールに舌を巻く。


 いつまでこのキャラが保てるのかしらと、一向に終わりの見えない『愛し合う恋人設定』にドギマギしてしまう。


 だがキスまで交わしていたと言い張る突拍子もない婚約者設定だ。このまま流され続ければ、どうなってしまうのかと不安が募る。


 その反面、彼の言葉に嘘偽りがなければどれだけ嬉しいことだろうとも考えてしまう。


 男性にこんなに褒められたのは、これまでの人生で初めてだもの。


 このまま優しい態度を翻さないで欲しいな。そう思う自分もいる。


 レオナールってば──。

 華やかな見た目のくせに、こんな調子で令嬢に接するからつけ狙われるのだ。


 彼らしくない甘い言葉の数々にドキドキする私は、これ以上惑わせないでよね、と彼の横顔を見つめる。


「涼しくて気持ちいいわね」

 風になびく髪を抑えながら言った。


「ああ、そうだな」


「以前と同じ時間を過ごしているはずなのに、過去のことは、ちっとも思い出せないわ」


「無理に思い出さなくてもいいさ。エメリーの記憶がなくても俺たちは困らないし、想い出はこれから二人で作っていけばいいから」


「そうね……。そういえば、ここで私たちが出会ったと言っていたけど、印象に残る何かがあったのかしら?」

 こんな質問をしたが、彼と出会った日のことを、ちゃんと覚えている。


 だが今後、何かの拍子に間違って口走りそうだから、今のうちに正直に口を割ってもらいたくて誘導した。


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