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なまず 未確認物体  作者: 春原 恵志
9/9

エピローグ

 清水統括官は自室にて、部下が作成した総理会見用の原稿を確認していた。修正が多いが、会見までもう時間もないので自ら直していく。

 これでこの国の危機は去った。だが個人的には何も変わっていない。相変わらず問題が山積みだ。思わず頭を抱える。

 なぜか人の気配がして顔を上げる。

 目の前に女がいた。それも若い。

「誰だ?」

「伊瀬知悠と申します」

「伊瀬知?ああ、例の探偵か、どこから入った?」

「そこの扉からですよ」

 伊瀬知が右手で入口の扉を指す。しかし清水には音がした覚えがない。そこではたと気付く。

「いや、そんなことより、君は死んだと聞いたぞ」

「はい、私はその伊瀬知悠ではありませんが、伊瀬知悠です」

 この女は何をとち狂ったことを言っているのか、清水が怪訝そうな顔をする。

「実は私は3代目の伊瀬知悠です。2代目は不幸な事故で亡くなりましたが、私は彼女の双子の妹です」

「え、双子?」

 清水は伊瀬知を見る。確かに写真で見た彼女とは、少し印象が違う気もする。

「3代目ってどういうことだ」

「はい、伊瀬知悠というのは探偵としての源氏名です。本名ではありません」

「おかしなことを言うやつだな。いや、そんなことより、アポイントも無しに何だ。出ていきなさい」

「清水統括官がお困りではないかと思いまして、参上致しました」

「なんの話だ」

「ええ、娘さんのことです」

 清水の顔色が変わる。「なぜ、それを知っている」

「探偵柄、情報源は言えませんが、状況は分かっております。娘さんは、カナダに留学中に北朝鮮に拉致されたのですね。現在は耀徳郡におられます」

「え、そうなのか。いや、それよりもなぜ、それがわかった」

 清水には思い当たることがあった。伊瀬知はそれを知っているのか。

「北朝鮮に情報を流していたのは貴方ですね」

 図星だった。清水は黙することでそれを認める。

「最初に気付いたのは、大森博士がホテルから早朝に拉致されたことです。この話は博士の最も私的な内容です。博士が習慣から、朝、散歩をされることを知っているとすれば、近くにいた人間になります。日本に来てからですと、小松川で一緒に実験に携わった人間に限られます。さらに博士のスケジュールを熟知している人物です。それと、あの日、早朝に散歩するというのは、イレギュラーなことでした。まさに博士の思い付きでしたから、前日にでも話したとすれば辻褄が合いますし、該当者は絞られます」

 清水は黙ったままだ。伊瀬知が話を続ける。

「ただ、それだと小松川にいた数人が該当します。ただ残念ながら該当者は、ナマズの再起動でほとんどが亡くなってしまいました。しかし再起動以降も情報漏洩は続いていた。そして残ったのは総理と清水さんだけです。総理ではないですから、必然的に清水統括官が残ります。それで貴方の周辺を調査しました。カナダに娘さんが留学されており、留学先の大学に問い合わせてわかりました」

 ついに観念した清水が言う。「そうか、さすがだな」

「それにしても不用心でしたね。貴方ほどの要人の御子息になんの警護もなかったとは」

「そうだな。まったく迂闊だったよ。カナダは安全だとも過信していた」

「今や世界中に安全な国などないですよ。日本も同じです。気が付いていないのは日本国民だけです。それでやつらに脅迫されていた」

「ああ、笑ってくれ、国家と娘を天秤にかけて娘を取ったんだからな」清水が自嘲気味に笑う。

「そうですね。それについては何とも言えません」

「あきらめるのが筋なんだろうが、やつらは返してくれると約束したんだ」

「北の約束を信じてはいけません。いや、国家間の口約束など、糞の役にも立ちません」

 清水は言葉を返せない。いつも自分が言っていたセリフだ。だが、娘となるとこうまで自分を見失うのか、情けない。

「で、私に依頼しますか?娘さんの救出」

「はあ、出来るわけないだろ、北朝鮮だぞ、軍隊でも出すつもりか?」

「伊瀬知悠は今まで仕事で失敗したことはありません。100%の成功率です」

 清水が真顔になる。「まさか、どうやるんだ?」

 伊瀬知はいつもの笑顔を見せる。

「それは企業秘密です。ただ、こういうことは一人で行動したほうがいい場合もあります。相手の警戒が薄れます」

「本当にやれるならお願いするが」

「ああ、でも料金はいただきます」

「いくらだ」

「探偵業は時間給で計算します。まあ、伊瀬知悠探偵事務所は良心的な料金です。時間当たり5000円になりますので、今回の案件ですと、約1週間から10日といったところでしょうか、ですので50万円プラス必要経費になります」

 清水はその値段に呆気にとられる。

「いや、それで本当に救出できるのなら、かまわない。いや、金額の問題じゃない。いくらかかってもいい。娘を助けてくれ」

「わかりました。じゃあ、早速、仕事にかかりますね」

 そういうと伊瀬知は部屋から出ていく。


 清水はしばし茫然とするが、すぐに我に返る。いや、彼女なら本当にやってくれるかもしれない。今までの数多くの報告がそんな気にさせてくれる。そう思うと、少しだけ、生きる希望が湧いてきた。清水は再度原稿を見直した。

                                             了


このお話はこれで終了です。個人的にはこのキャラクターは気に入ってます。続編が読みたい方がおられましたら書いてみたいとも思っています。感想ください。

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