6.エナの好きなもの
俺は執務室のデスクに肘をついて、考えていた。
「エナの、すきなもの……」
何が好きなのだろう。何が欲しいのだろう。
これは難易度が高くないだろうか。「すべて好きなものを贈ったら」と言うが、それはエナが「これは嫌い」と一言言えば終わり、というものではないのだろうか。
つまりは、俺を許すつもりなど欠片もなく、単に難癖をつけただけなんだろうか。
「いやいや、エナはそんな人間じゃない」
いくら怒っても、そのつもりがないなら、あんな条件は出してこない。そこは信じよう。好きなものなら「好きだ」とちゃんと言ってくれる。
「だが、好きなもの……」
「何を一人でブツブツ仰ってるんですか、殿下。熱で頭がおかしくなりましたか?」
「……あのな」
声をかけてきたのは、メンノだ。不敬罪に問えるような言い様だが、今さら気にする事でもない。
「ノックくらいしろ」
「しましたよ。何の返事もなかったので、入ってきたのですが」
「……そうか、悪かった」
考え事をしていたから、全く聞こえていなかったようだ。これは俺が悪かった。と、そこまで考えて思い出した。
「そういえば、お前結婚してたよな」
「ええまあ。殿下と違って浮気はしてませんけど」
「それはいいんだっ!」
余計な一言を加えるメンノに、俺は思わず怒鳴る。
「そうじゃなくてだな! お前、奥方に好きなもの十個贈れと言われたら、何を贈る?」
「……は? はあっ!? 十個ですか!? なぜまたそんなことを聞くんですか!?」
「……い、いや、ちょっと聞きたくてだな」
エナから言われたことを言ったら、自分で考えろと言われて終わるだけだろう。何でもいいから、何か参考になるものがあれば、と思う。
メンノは、俺を怪しいものを見るような目つきで見たが、やがて口を開いた。
「十個ですか……。定番のドレスとか宝石とか、五個ずつとかじゃ駄目ですかね」
「……いや、それはなんか違くないか?」
「ですよねぇ。後は、花とかなら女性は喜びますけど」
花、の一言に、初めてエナと出会った時を思い出す。
『ねぇ、こっちにかわいい花がいっぱいあるの』
そう言って、ドレスが汚れるのも構わず膝をついて。そういえば、後からドレスが汚れていることを、こっぴどく母親に怒られたと言っていたな。
思い出して……知らず、笑みがこぼれた。
「なんだ。エナの好きなもの十個なんて、簡単じゃないか」
何を悩む必要があったのか。こんな簡単なことで俺を許していいのかが、逆に心配になる。
いや、許すかどうかを考える、と言ったのだから、それで許されるかどうかは分からない。けれど、まずは十個のプレゼントを用意しなければならない。
「メンノ、頼みがある」
「……何でしょうか。というか、妃殿下にプレゼント攻撃でもするつもりですか? そんなものに靡いてくれるとは思えませんけど」
そうは言っても、先に言ってきたのはエナの方だ。靡いてくれるかどうかは分からないけどな。
そんなことを思いつつ、俺は頼み事をしたのであった。
次話からは、時間を遡ってマルティエナ視点になります。