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16.最終日

「王太子殿下がお越しになりました」

「通してちょうだい」


 翌日の朝食後。手紙に書いてあったとおり、ルトが直接来た。とうとう最終日。出迎える私も緊張している。

 ルトの姿が見えて、私はドレスの裾をつまんで、淑女の礼をした。


「エナ、顔を上げてくれ。今の俺は、一人の男として君に会いに来たんだから」

「……かしこまりました」


 一瞬ためらって、でもすぐに顔をあげた。そして、ルトがその手に何かを持っているのに気付いた。けれど布がかかっているから、それが何なのかが分からない。


「ドレス、着てくれたんだな。……似合ってる」

「あ、ありがとうございます」


 そう、今私が着ているのは、昨日ルトから贈られたドレスだ。今まで、意図的に赤いドレスを避けていたから、すごく緊張して、でも嬉しくてドキドキした。


 どうしよう。どうしたらいいのだろうか。刺繍を終えたハンカチを渡したい。渡して、今の私自身の気持ちを伝えたい。

 でも、どうしようか。先にルトからの十日目の贈り物を受け取ってからにするべきか。


 そんなことを考えて、うつむいてしまっていたら、目の前のルトが動くのが見えた。


「……どう、したんですか?」


 目の前のルトは、私に片膝をついたのだ。驚きすぎて、逆に言葉を出すのも難しくなった。

 ルトは、少し緊張した顔で笑った。


「エナ。――改めて、君に結婚を申し込むよ。エナを愛している。俺には、エナだけいればいい。今度こそ、君を裏切る真似はしないと誓う。だから……」


 ルトは手に持っているものの、布を取り払った。そこから出てきたのは、ティアラ。婚姻式で私が頭に戴いたけれど、どうしても身につける気になれなかったもの。

 それが今、ルトの手にある。


「俺の、側にいて欲しい。もっと我が儘を言えば、俺を支えて欲しい。俺は弱いから、すぐ逃げたくなるから。俺の側にいて、俺を助けて欲しい。このティアラを、エナの頭に載せることを、許してくれないか」


 ――ああもう本当に、この人は。


 自分の言葉で、自分の想いを、ちゃんと紡いでくれるから。真っ直ぐ私の目を見て、言ってくれるから。だから、嬉しい。だから、信じていいと思う。


 私は、ハンカチを差し出して、広げる。そこに刺繍したのは、王家の紋章だ。嫁ぐ女性が相手の家の紋章を刺繍したものを渡すのは、"自分はいつでもあなたと共にある"ことを意味する。


「ルト、あなたのことを愛しています。ずっとあなたの側にいたい。私だけを、側にいさせてほしい」


 私も、しっかり目を見て、言葉を伝える。きちんとあなたに伝わるように。


「我が儘を言うなら、私は全部放り投げて逃げたくなるときがあるから、私を支えて下さい。――このハンカチ、受け取って下さい」


 言って跪くと、頭を差し出す。それで、意図が通じたのだろう、ルトが立ち上がったのが見えた。


「ありがとう、エナ」


 そっと、ルトの手が私の頭にくる。そして、頭に感じる重さに、ティアラが載せられたことが分かった。

 それを感じて、ハンカチを持った手を伸ばすと、ルトがそれを受け取って、私の手を引く。つられて立ち上がった。


 泣き笑いのような笑顔のルトに、最後、私は釘を刺した。


「でももし、次に浮気したら、今度は王太子妃としてのすべてを放り投げるからね」

「……ハイ」


 肩を落としたルトの顔が情けな過ぎて、私は笑いを堪えられなかった。笑う私を、ルトは何とも言えない顔で見ていたけれど、やがて一緒に笑い出す。


 それが、この十日間のゴールだった。



******



 その翌日。

 私とルトは、仲良く熱を出して、寝込んでいた。


 ルトは、病み上がりなのに石を探すのに外をウロウロしていたのが、やっぱり祟ったらしい。

 私はなぜなのかよく分からないけれど、ルトのが移ったのか、あるいは精神的にキツかったのが解放されたのか、そんなことを医師が言っていたけれど、よく分からない。


「気持ちいいな、水の石」

「でしょ? でも直接だと固いから、水に濡らした布にくるんだらどうかしら」

「それがいいな。エナが使ってくれ」

「駄目よ、まずはルトが使わないと」

「これは俺がエナにあげたものだぞ」

「ゴホン」


 二人で横になって、せっかくだからともらった水の石をルトの額に当ててみた。元がヒンヤリしている石だから、こういうときにいいと思ったのだ。

 でも、わざとらしい咳払いが私たちの会話を止めた。


「大変申し訳ありませんが、両殿下、報告を聞いて頂きたいのですが」

「俺たちは仕事できる状態じゃないぞ」


 ルトの側近のメンノだ。体調を崩して寝ている寝室にまで押しかけてきた。とはいっても、ルトの言う通りに、仕事どころか体を起こしているのも辛い。


「そこは心配なさらずに、ゆっくり休んで下さい。仕事は国王陛下と王妃陛下に押しつけましたので」

「元々はあいつらの仕事だぞ。それをすでに隠居気分で、全部俺たちに押しつけてたんだろうが」


 メンノの話に私はちょっとホッとした。仕事しろと言われたら、間違いなくグレる自信がある。仕事を押しつけられたという陛下方に、申し訳ないとさえ思えない。


「優秀な息子と嫁がいるんだから、自分たちが出張る必要がどこにある、と仰っていましたからね」


「自分たちが楽したいだけだろ」


「いつまでも年寄りが口を出していたら、若いもんの芽を潰してしまう。それは国の成長にも繋がらない、と仰っていますが」


「それっぽいことを言って、ごまかそうとするなと伝えろ」


 笑いたいけど笑えないとは、このことだ。

 結構早くから、ルトの父母である国王陛下と王妃陛下は"隠居"生活をしていて、仕事の大半をルトが担っていた。婚姻式の時のルトの疲労は、そのせいでもある。


 "隠居"した国王ご夫妻は、仕事をしなくていい生活を満喫していらっしゃるようだけど、文句を言いたくなるときもある。


「伝えておきましょう。――ああ、そうそう。孫が出来たら真っ先に抱かせろと言っていましたが」

「やなこった、と言っておけ」


 あっさり言い返したルトだけど、私は恥ずかしくなった。昨晩、私とルトは初めて寝室を共にしたのだ。それを見透かされたような言葉にしか聞こえない。


「エナ、大丈夫か? 顔がずいぶん赤くないか?」

「……ルトのせいよ」

「俺!? まて、俺が何かしたか!? いや、やっぱり一緒の部屋は駄目か? 俺は前の時ほど悪くないし、俺のがエナにうつったか!?」


 本気で慌てふためいて、私の部屋を移す、いや自分が移るなど言い出しているルトの手を、私は握る。


「嘘よ。あなたが側にいてくれた方が嬉しい」

「……ああ」


 一瞬キョトンとしたルトだけど、すぐ笑って握った手を握り返してくれた。そして、二人で顔を合わせる。


「お互い、風邪をうつし合おうか。仕事はあいつらがやればいいんだから。二人でゴロゴロしよう」

「いいわね、それ」


 ルトの、冗談っぽく聞こえるようでいて、ちっとも笑っていない目に、私も大真面目に同意する。

 そして、お互いに指を絡めるように手を繋ぎなおして、笑みを交わした。


「またお二方のサボり癖が始まりましたね。……何としても、医師に頑張って風邪を治すよう言うしかないですか」


 ぼやくようなメンノの言葉は私もルトも聞き流して、繋がれた手の温もりをただ感じたのだった。


活動報告には全21話と書きましたが、手直しした結果、全20話となりました。残り三話です。

次から二話続けてパウラの話になります。

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