14.残り半分
「ご自愛下さい、だけか? 他には? 嬉しいとか喜んでるとか……」
「それだけです」
「……………そうかぁあぁ」
俺は執務室のデスクに突っ伏した。
手強い。分かってはいたが、エナは手強い。そう簡単に、自分がどういう反応をしているのか、俺に悟らせるつもりはないらしい。
あと残り五日。残り半分だ。
どうか、喜んでくれていることを祈る。俺は、ティアラにそっと手を触れたのだった。
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六日目。残り半分。
届いたプレゼントは、クッキーだった。
「ずいぶんと、今度はシンプルに来たわね」
そうつぶやいて、私は手紙を手に取った。
『すまない、エナ! 考えてみれば、俺は昨日手紙を入れなかった気がする。喜んでくれただろうか。そして、伝言を受け取った。ありがとう。大丈夫だ、俺は頑丈だけが取り柄だから』
そんなことを言って、つい最近風邪を引いたばかりでしょ、と心の中でツッコミをいれる。昨日、手紙がなかったことは、すっかり頭から抜けていた。それだけ、贈られてきたものが衝撃だったから。
『今日はクッキーにした。街で人気の、エナが好きだったお菓子だ。……と言いたいのだが、これは王宮の料理人が作ったものだ。普段のお菓子と変わらないじゃないかと思われそうだが、俺が買いに行くと言ったら、大反対された』
まあ、それはそうだろう。
王太子が街に買い物に行くといって、大手を振って賛成するものはいない。いざ行くとなったら、護衛だのなんだの、大変な準備をしなければならないのだから。
『だからといって、他の者に買いに行かせるのも違うし、店の者に王宮に届けろと命令するのも違う。それで結局、料理人に頼んだ。俺がやったのはラッピングだけだから、味自体は問題ないはず……というか、いつものだ。こんなんで、すまない』
「ああ、それで、リボンが曲がってたのね」
例え不格好になったとしても、自分の手でも出来ることはやってくれようとしているらしい。狙っているのか無意識なのかは分からないけれど、心がこもっている気がして嬉しい。
口に入れれば、確かにいつも食べているお菓子の味。でも、いつもより少し甘い気がした。
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七日目は、花束だった。
今度は小さな野花ではなく、きちんとした"贈り物"としての花束。
『エナへ。もしかしたら、誰が見ても"プレゼント"だと思うものは、これが初めてではないだろうか。エナの誕生日の時に花束を贈ったら、すごく喜んでくれていたよな。
今回、贈りたい花は俺が選んで庭師に切ってもらった。ラッピングは俺がしようと思ったら、侍女に"その前に花が駄目になります"と言われて、やってもらった。……自分が不器用であることを、初めて思い知らされた気分だよ』
ブッと吹き出した。気付いてなかったのか。どう考えても、昔から器用ではなかったのに。
「ちゃんと、私が好きだって言った花、入れてくれたのね」
花束を見ながらつぶやいて笑った私は、多分すごく幸せな顔をしているんだろうな、と思う。
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八日目は、万年筆だった。
「あら」
今、私が持っている万年筆と同じ物。殿下と婚約したとき、お父様に贈られたものだ。書きやすくて気に入っていたのだけど、もうそろそろ古くなっていて、どうしようかと考えていたのだ。
『エナへ。八日目のプレゼントだ。
この万年筆、実はエナと婚約したときに俺が君に贈ろうと考えていたのに、君の父上に先を越された。悔しかった。でも、買い換えを考えていると言ってたから、今度こそ俺が贈ろうと決めていたんだ』
「そうだったのね……」
そういえば、私が「父からもらった」と言ったら、殿下がひどくショックを受けた顔をしていたことがある。あれはそういうことだったのかと、今さらながら思った。
そして、手紙に目をやる。少し空白があって、そこからまた文章が続いていた。
『あと残り二日だ。もう贈るものは決めていて、用意も間に合った。今までのプレゼントを、君はどう思ってくれているのか不安はあるが、後悔はしていない。最高の十個のプレゼントだと、俺は自信を持っている。もし駄目なら……いや、やめておく。ではまた明日』
「楽しみにしてるわ、ルト」
殿下ではなく、ルトと、名前を口にする。何だか、すごく久しぶりな気がして、くすぐったい気持ちになった。
そして私はハンカチを手に取って、刺繍の続きを始めた。




