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10.翌日

 私とパウラさんが翌朝部屋に訪れたとき、まだ殿下は寝ていたけれど、もうかなり良くなっている、という話だった。そろそろ起きるのではないか、という話もあったから、私は早々に退室することにした。


 そしてパウラさんにお願いした。殿下の手を、握ってあげて欲しいと。昨日、殿下が私の手を握ったことは言わないで欲しいと。ものすごく何かを言いたそうにしたパウラさんだけど、何も言わずにただ頷いてくれた。


 それから少しして、殿下が目を覚まされたらしいけれど……。



*****



「……パウラさんが、実家へ帰る?」


 その日の昼、私はエリーセからその話を聞いた。青天の霹靂。まさかの事態だった。


「王太子殿下が慰謝料を支払うことで、決着したようです」

「……決着って。殿下が金銭を支払うことで、円満に別れたということ?」


 そう聞き返しながら、頭の中は「なぜ」でいっぱいだ。この二週間、ずっと側に置いていたのに、どうして殿下はパウラさんと別れたの?


 そもそも、パウラさんは金銭での解決をどう思ったんだろうか。それで本当に納得したんだろうか。


「パウラにしてみれば、ありがたい解決方法だと思いますよ。殿下が頭を下げて謝罪したところで、パウラには何の得もありません。王宮侍女として働くことも出来なくなったのですから、お金をもらえるのが一番ですよ」


「……そういうもの?」


 説明されてもよく分からない。お金で解決されても、不快感が残る。私だったら、頭を下げて欲しいと思う。でもそれは、働いて金銭を得る必要のないから言えることかもしれない、とも思う。


「それで、殿下はどうされているの?」

「まだ熱が下がったばかりなのだから、寝ていろと医師に言われたそうですよ。メンノ様より、もう少し仕事をお願いします、と伝言を預かってきました」

「……そう、分かったわ」


 殿下と話をしたいと思った。なぜパウラさんと別れたのか。これからどうしたいのか、どうするつもりなのか。


『あたしと一緒にいても、殿下はあたしを見ていませんでした。いつもあたしを通して、誰かを見ておりました』


 パウラさんの言葉が脳裏をよぎる。殿下は一体、誰を見ていたのと言うのかしら。

 私のもやもやは収まらなかった。



*****



 翌日、殿下が訪れたと話があって、私の心臓は勝手に跳ね上がった。それでも何とか冷静を装って、私は殿下と会った。


 "エナ"と呼ばれたときには、冷静を装うのは難しかった。二週間ぶりのその響きが、何だかとてもくすぐったくて、嬉しい。でもそれを素直に表現するのは癪だった。


 王太子殿下と呼んで、素っ気なく話をする。謝罪して頭を下げる殿下を見ながら、私の気持ちは複雑だった。


 嬉しかった。殿下が手を握ったのが私だと気付いてくれたこと。手を握って安心したと言ってくれたこと。


 パウラさんに私を重ねて見ていた、ということ。それに喜ぶのもどうかとも思ったけれど、でも嬉しかった。「パウラさんを通して見ていた誰か」が、私であったことが嬉しかった。


 でも同時に「誰が許してやるか」とも思った。だって、私は悲しかった。どう言いつくろったって、この二週間、殿下は私との時間を作らず、パウラさんとばかり一緒にいた。

 別れました、よりを戻しましょう、と言われたって、そう簡単に「分かりました」とは言えなかった。


 そんな気持ちが色々作用した結果、私の対応は終始素っ気ないものであっただろうと思う。それでも、殿下が諦めずに言葉を紡いでくれたことが嬉しかったのだから、もう本当にどうしようもない。


「明日から十日間、私の好きなものを一個ずつ贈って下さいな。すべてきちんと好きなものを贈って下さったのなら、考えてみます」


 別にこう言おうと考えていたわけではなくて、話をしながらふと思いついたことだ。

 何か欲しいものがあるわけじゃない。ただ、殿下に私のことを考えて欲しかった。寂しかった二週間の代わりに、何かが欲しかった。


 何をもらえば満足なのか、私自身にだって分からない。

 ……だから、翌日から届くプレゼントに、私は振り回されっぱなしになってしまうのだった。


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